オピニオン
2023.11.23
アンワル・マレイシア首相とは海上保安機関間の共同訓練の実施、日本によるOSAの実施に向けた調整を加速化させることを確認しあった。
11月15日には米サンフランシスコでAPEC首脳会議の傍ら、タイの新任のセター首相と会談し、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化するため協力していきたい」と話し合った。間接的ではあるが、安全保障面での協力も含まれている。
12月には東京で日本とASEANの特別首脳会議が開かれる。それに先立って11月15日、日本とASEANの防衛相会合がインドネシアで開かれた。
東南アジア以外の諸国とも安全保障協力が進んでいる。韓国では尹錫悦大統領が2022年5月に就任し、日本との関係を改善する意欲を示し、尹大統領は2023年3月来日し、岸田首相と会談した。日韓両国の関係は戦後最悪の状態になったといわれていたが、正常な軌道に戻り始めた。
日韓の関係は安全保障面でも顕著に改善した。文在寅前大統領時代は日本の自衛隊と韓国軍の関係も悪化し、日本の護衛艦が自衛艦旗の「旭日旗」を掲げて韓国の港に入港することが妨げられ、また、両国間の防衛協力にとって欠かせない軍事情報保全協定(GSOMIA)が運用されない状態に置かれていたが、いずれも正常化された。
航空面でも協力が進んでいる。さる10月、日韓は米国とともに日韓両国の防空識別圏(ADIZ)が重なる空域で初の合同空中訓練を行った。
安全保障面で日韓の関係が改善したことには米国が強く促した結果であった。日韓両国はともに米国と同盟関係にあるが、日韓の関係が疎遠な状態では米国の東アジアにおける安全保障戦略が円滑に機能しなかった。
豪州は日米印の3か国とともに4か国戦略対話(Quadクアッド)を形成する重要な一角を占めている。クアッドはワクチン、インフラ、気候変動、重要・新興技術などの幅広い分野の協力であり、直接安全保障にかかわる仕組みでないが、日本は豪州を米国に次ぐ「準同盟国」と位置づけている。日本の防衛省は航空自衛隊の戦闘機をオーストラリア空軍基地に一定期間派遣する「ローテーション展開」の検討に入っており、早ければ来年度にも段階的に始める方針だ。ただし法的根拠が乏しく、事実上の海外配備との指摘もある。
豪州は南シナ海に面してはいないが、近接しており、その安全を確保するうえで米国および東南アジア諸国とともに重要な役割を担える立場にある。
インドや欧州諸国はロシアや中国とも関係が深いが、日本との協力関係は着実に進んでいる。英国、ドイツ、フランス、イタリアは艦船や航空機を日本に派遣し、自衛隊との共同訓練を行っている。
以上のようにアジア太平洋の安全保障はさまざまな形で進展し、すでに複雑な状況になっている。わが外務省は「我が国は、日米同盟の強化に加え、二国間及び多国間の安全保障協力を重層的に組み合わせることで、地域における安全保障環境を日本にとって望ましいものとしていく取組を進めている」と説明している。
本稿では細かいところまで立ち入った議論はできないが、このようにアジア太平洋の安全保障協力が進展してきたのはこの地域で問題が多くなっているからである。中国が歴史的根拠なく、また国際仲裁裁判の判決を無視して南シナ海のほぼ全域を自国領とし、その主張に基づく地図を作製・配布し、他国の行動に制約を加えようとしているのは最たる例である。
一方、日本として考えておくべきことがある。日本は2015年に一連の安保法制を行い、集団的自衛権の行使を認めるという憲法上極めて疑わしいことまで敢行した。その問題は解消されていない。各国と協力してアジア太平洋の安全保障体制を強化するのは当然であるが、協力が拡大すれば集団的自衛権の行使が広がる危険がある。
日本は安保法制により、「他国に対する武力攻撃」であっても「我が国と密接な関係にある国」であり、この攻撃により「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるものを排除するため」であれば自衛隊は武力を行使できると定めた(武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)。こうして憲法解釈を拡大し、集団的自衛権を行使できる場合を定めたのである。
アジア太平洋の安全が脅かされる事態が増大している今日、各国と協力することは必要であるが、自衛隊の海外における武力行使についてこの要件で認める、あるいは縛りをかけることは適切かという問題である。
最後に念のために付言しておくが、憲法の改正をよくないことと頭から否定すべきでないと思う。憲法は必要に応じて改正すべきである。日本の現状に照らせば、極端に聞こえるかもしれないが、集団的自衛権行使の可否も、改めて、真正面から検討すべきである。国会では憲法改正の理由として自衛隊を国防軍と正式に認めるべきだからと議論されることがあるが、それはしょせん自衛隊の名称の問題でないか。憲法で定めるべきはもっと根本的な、各国との安全保障面での協力のありかたである。
日本と諸外国(米国以外)の安全保障協力
日本は最近各国と安全保障面での協力を強化している。岸田首相はフィリピンおよびマレーシアを歴訪し、マルコス・フィリピン大統領とは、自衛隊とフィリピン軍が共同訓練をする際の入国手続きなどを簡略化する「円滑化協定」の締結に向け、正式交渉入りで合意。日本が「同志国」の軍隊に防衛装備品などを無償で提供するため2023年度に創設した「政府安全保障能力強化支援(OSA)」でも、フィリピンに6億円分を初適用することで合意した。アンワル・マレイシア首相とは海上保安機関間の共同訓練の実施、日本によるOSAの実施に向けた調整を加速化させることを確認しあった。
11月15日には米サンフランシスコでAPEC首脳会議の傍ら、タイの新任のセター首相と会談し、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化するため協力していきたい」と話し合った。間接的ではあるが、安全保障面での協力も含まれている。
12月には東京で日本とASEANの特別首脳会議が開かれる。それに先立って11月15日、日本とASEANの防衛相会合がインドネシアで開かれた。
東南アジア以外の諸国とも安全保障協力が進んでいる。韓国では尹錫悦大統領が2022年5月に就任し、日本との関係を改善する意欲を示し、尹大統領は2023年3月来日し、岸田首相と会談した。日韓両国の関係は戦後最悪の状態になったといわれていたが、正常な軌道に戻り始めた。
日韓の関係は安全保障面でも顕著に改善した。文在寅前大統領時代は日本の自衛隊と韓国軍の関係も悪化し、日本の護衛艦が自衛艦旗の「旭日旗」を掲げて韓国の港に入港することが妨げられ、また、両国間の防衛協力にとって欠かせない軍事情報保全協定(GSOMIA)が運用されない状態に置かれていたが、いずれも正常化された。
航空面でも協力が進んでいる。さる10月、日韓は米国とともに日韓両国の防空識別圏(ADIZ)が重なる空域で初の合同空中訓練を行った。
安全保障面で日韓の関係が改善したことには米国が強く促した結果であった。日韓両国はともに米国と同盟関係にあるが、日韓の関係が疎遠な状態では米国の東アジアにおける安全保障戦略が円滑に機能しなかった。
豪州は日米印の3か国とともに4か国戦略対話(Quadクアッド)を形成する重要な一角を占めている。クアッドはワクチン、インフラ、気候変動、重要・新興技術などの幅広い分野の協力であり、直接安全保障にかかわる仕組みでないが、日本は豪州を米国に次ぐ「準同盟国」と位置づけている。日本の防衛省は航空自衛隊の戦闘機をオーストラリア空軍基地に一定期間派遣する「ローテーション展開」の検討に入っており、早ければ来年度にも段階的に始める方針だ。ただし法的根拠が乏しく、事実上の海外配備との指摘もある。
豪州は南シナ海に面してはいないが、近接しており、その安全を確保するうえで米国および東南アジア諸国とともに重要な役割を担える立場にある。
インドや欧州諸国はロシアや中国とも関係が深いが、日本との協力関係は着実に進んでいる。英国、ドイツ、フランス、イタリアは艦船や航空機を日本に派遣し、自衛隊との共同訓練を行っている。
以上のようにアジア太平洋の安全保障はさまざまな形で進展し、すでに複雑な状況になっている。わが外務省は「我が国は、日米同盟の強化に加え、二国間及び多国間の安全保障協力を重層的に組み合わせることで、地域における安全保障環境を日本にとって望ましいものとしていく取組を進めている」と説明している。
本稿では細かいところまで立ち入った議論はできないが、このようにアジア太平洋の安全保障協力が進展してきたのはこの地域で問題が多くなっているからである。中国が歴史的根拠なく、また国際仲裁裁判の判決を無視して南シナ海のほぼ全域を自国領とし、その主張に基づく地図を作製・配布し、他国の行動に制約を加えようとしているのは最たる例である。
一方、日本として考えておくべきことがある。日本は2015年に一連の安保法制を行い、集団的自衛権の行使を認めるという憲法上極めて疑わしいことまで敢行した。その問題は解消されていない。各国と協力してアジア太平洋の安全保障体制を強化するのは当然であるが、協力が拡大すれば集団的自衛権の行使が広がる危険がある。
日本は安保法制により、「他国に対する武力攻撃」であっても「我が国と密接な関係にある国」であり、この攻撃により「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるものを排除するため」であれば自衛隊は武力を行使できると定めた(武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)。こうして憲法解釈を拡大し、集団的自衛権を行使できる場合を定めたのである。
アジア太平洋の安全が脅かされる事態が増大している今日、各国と協力することは必要であるが、自衛隊の海外における武力行使についてこの要件で認める、あるいは縛りをかけることは適切かという問題である。
最後に念のために付言しておくが、憲法の改正をよくないことと頭から否定すべきでないと思う。憲法は必要に応じて改正すべきである。日本の現状に照らせば、極端に聞こえるかもしれないが、集団的自衛権行使の可否も、改めて、真正面から検討すべきである。国会では憲法改正の理由として自衛隊を国防軍と正式に認めるべきだからと議論されることがあるが、それはしょせん自衛隊の名称の問題でないか。憲法で定めるべきはもっと根本的な、各国との安全保障面での協力のありかたである。
2023.11.11
橋本龍太郎首相の下で米軍普天間基地を移設する検討が始まったのが1996年。翌97年に名護市辺野古付近に移設する方針が固まったが、沖縄県民の多くは辺野古新基地の建設に一貫して反対している。沖縄県民の是非を問う投票が2019年2月24日に行われ、その結果、「反対」が72・15%と圧倒的多数が反対していることが示された。それ以来数年が経過するが、沖縄県民の反対は変わらない。
普天間基地は在日米軍のなかで重要な役割を担っている。日本としては新基地の建設を急がなければならない。県民が強く反対している沖縄県と国は対立しつつも、法的手続きに従い建設は始められた。
その後、埋め立て予定海域に軟弱地盤があることが判明し、地盤を強化する改良工事が必要になった。工事の方法は元の計画から変更しなければならないが、それには沖縄県知事の許可が必要である。防衛省は2020年4月、変更を県に申請したが、沖縄県は工事の変更を承認しないので国は県に対して裁判を起こした。2023年9月4日、最高裁判所は「県に許可を求める国の指示は適法だ」と判断し、沖縄県の敗訴が確定した。
この判決を受けて軟弱地盤に対応する工事が再開されることになるが、国も県もあらためて検討すべき問題が出てきている。
元来、普天間基地は早ければ2022年度に返還とされており、検討が始まってからすでに20数年が経過している。軟弱地盤に対応するため、防衛局によればさらに12年待たなければならないのだが、あまりに長すぎる。当初の計画と比べれば絶望的だという声も上がっているくらいである。検討が始まったときに生まれた子は今や30歳を優に超えている。住所も変わっているかもしれない。ともかく、住民の安全を確保するため暫定措置が必要である。
米軍がどのように考えるかは重要な問題であるが、暫定措置に反対するとは思えない。米軍にとって周辺の住民の安全が確保されることは願ってもないことだろう。
在沖縄米軍幹部はさる11月7日、辺野古に建設する代替施設の課題を挙げ、「純粋に軍事的な観点からはここ(普天間)にいたほうがいい」と述べた。
普天間の滑走路は約2700メートルだが、辺野古で建設が進む代替施設の2本の滑走路はいずれも約1800メートル。幹部は「より短い滑走路は、この地域で運用する米軍の能力に大きな影響を与える」と述べ、「おそらく嘉手納基地で補完するのではないか」とも語った。要するに、米軍としては辺野古への移転が実現しなくても任務の遂行に支障はないどころか、普天間の方がベターだという考えである。
また、日米両政府の合意では、長い滑走路が必要な場合、民間施設の使用が普天間返還の条件の一つとされたが、民間空港については何も決まっていないという。要するに、辺野古へ移転しても長い滑走路が必要な場合、日本側は民間空港の使用を米軍に認めなければならないが、そちらについては何も決まってないのである。
さらに、普天間は西海岸に近い高台にあるため「レーダーやセンサーを使うのに好都合である」という。一方、東海岸に面する辺野古は「大きな山に覆い隠されて、西や北の方向が見えにくい」と指摘されている。
この幹部はさらに、軟弱地盤の、米軍の運用への影響を問われ、「もし(問題を)軽減できなければ、影響があるかもしれない」と話したという。辺野古には致命的な欠陥が残るかもしれないとみていることを示唆する発言ではないか。
一方、この幹部は、日米間のDPRI(防衛政策見直し協議)の専門家の見解として、辺野古の代替施設の完成時期は2037年以降になるとの見通しを示した。滑走路だけでなく、格納庫などの建物の建設も考慮した見方だという。
このような状況を勘案すると、辺野古の新基地が完成するまで暫定措置を実施することは不可欠である。そのようなことに政府・防衛省・外務省などは同意しがたいかもしれない。それはよくわかる。辺野古移転は日米両国間の合意であり、簡単に変更できるものでない。
また、かりに暫定措置を講じるとすれば追加費用の問題も出てくる。しかし、移設工事費用は、軟弱地盤への対応のため3500億円程度から9300億円に膨れ上がることになるが、それは国として呑み込むのであろう。そのことを思えば、住民の安全確保のための暫定措置に伴う追加費用は安いものではないか。
普天間住民の移転も暫定措置の一つである。普天間飛行場の周辺には約1万2000世帯が居住している(2019年時点)。その移転を無理じいすることはできないが、移転を希望する住民に国として支援することは十分考えられる。ただし、住民移転案は以前にも出たことがあるが、あまり広がっていない。辺野古案と住民移転案の費用比較、沖縄への政府からの補助への影響、運動を推進している政党の考えなどさまざまな事情が絡んでいるのだろうが、細かい損得勘定はともかくとして、飛行場移設より住民移転のほうが負担は少ない。政治的立場の違いを超えて合意を形成できる案だと考える。
以上のような状況を考慮すれば、辺野古への移転を考え直すのが望ましいが、それができない場合でも暫定措置は不可欠だと考える。
辺野古の基地建設まで暫定措置が必要
2019年2月25日、本研究所は普天間飛行場の辺野古移設問題について新飛行場建設のための埋め立てを強行することは考え直すべきだとの論旨を発表した。その理由として挙げた5点は基本的には現在も変わらないが、その後に重要な情勢変化もあったので、あらためて考えをまとめてみた。橋本龍太郎首相の下で米軍普天間基地を移設する検討が始まったのが1996年。翌97年に名護市辺野古付近に移設する方針が固まったが、沖縄県民の多くは辺野古新基地の建設に一貫して反対している。沖縄県民の是非を問う投票が2019年2月24日に行われ、その結果、「反対」が72・15%と圧倒的多数が反対していることが示された。それ以来数年が経過するが、沖縄県民の反対は変わらない。
普天間基地は在日米軍のなかで重要な役割を担っている。日本としては新基地の建設を急がなければならない。県民が強く反対している沖縄県と国は対立しつつも、法的手続きに従い建設は始められた。
その後、埋め立て予定海域に軟弱地盤があることが判明し、地盤を強化する改良工事が必要になった。工事の方法は元の計画から変更しなければならないが、それには沖縄県知事の許可が必要である。防衛省は2020年4月、変更を県に申請したが、沖縄県は工事の変更を承認しないので国は県に対して裁判を起こした。2023年9月4日、最高裁判所は「県に許可を求める国の指示は適法だ」と判断し、沖縄県の敗訴が確定した。
この判決を受けて軟弱地盤に対応する工事が再開されることになるが、国も県もあらためて検討すべき問題が出てきている。
元来、普天間基地は早ければ2022年度に返還とされており、検討が始まってからすでに20数年が経過している。軟弱地盤に対応するため、防衛局によればさらに12年待たなければならないのだが、あまりに長すぎる。当初の計画と比べれば絶望的だという声も上がっているくらいである。検討が始まったときに生まれた子は今や30歳を優に超えている。住所も変わっているかもしれない。ともかく、住民の安全を確保するため暫定措置が必要である。
米軍がどのように考えるかは重要な問題であるが、暫定措置に反対するとは思えない。米軍にとって周辺の住民の安全が確保されることは願ってもないことだろう。
在沖縄米軍幹部はさる11月7日、辺野古に建設する代替施設の課題を挙げ、「純粋に軍事的な観点からはここ(普天間)にいたほうがいい」と述べた。
普天間の滑走路は約2700メートルだが、辺野古で建設が進む代替施設の2本の滑走路はいずれも約1800メートル。幹部は「より短い滑走路は、この地域で運用する米軍の能力に大きな影響を与える」と述べ、「おそらく嘉手納基地で補完するのではないか」とも語った。要するに、米軍としては辺野古への移転が実現しなくても任務の遂行に支障はないどころか、普天間の方がベターだという考えである。
また、日米両政府の合意では、長い滑走路が必要な場合、民間施設の使用が普天間返還の条件の一つとされたが、民間空港については何も決まっていないという。要するに、辺野古へ移転しても長い滑走路が必要な場合、日本側は民間空港の使用を米軍に認めなければならないが、そちらについては何も決まってないのである。
さらに、普天間は西海岸に近い高台にあるため「レーダーやセンサーを使うのに好都合である」という。一方、東海岸に面する辺野古は「大きな山に覆い隠されて、西や北の方向が見えにくい」と指摘されている。
この幹部はさらに、軟弱地盤の、米軍の運用への影響を問われ、「もし(問題を)軽減できなければ、影響があるかもしれない」と話したという。辺野古には致命的な欠陥が残るかもしれないとみていることを示唆する発言ではないか。
一方、この幹部は、日米間のDPRI(防衛政策見直し協議)の専門家の見解として、辺野古の代替施設の完成時期は2037年以降になるとの見通しを示した。滑走路だけでなく、格納庫などの建物の建設も考慮した見方だという。
このような状況を勘案すると、辺野古の新基地が完成するまで暫定措置を実施することは不可欠である。そのようなことに政府・防衛省・外務省などは同意しがたいかもしれない。それはよくわかる。辺野古移転は日米両国間の合意であり、簡単に変更できるものでない。
また、かりに暫定措置を講じるとすれば追加費用の問題も出てくる。しかし、移設工事費用は、軟弱地盤への対応のため3500億円程度から9300億円に膨れ上がることになるが、それは国として呑み込むのであろう。そのことを思えば、住民の安全確保のための暫定措置に伴う追加費用は安いものではないか。
普天間住民の移転も暫定措置の一つである。普天間飛行場の周辺には約1万2000世帯が居住している(2019年時点)。その移転を無理じいすることはできないが、移転を希望する住民に国として支援することは十分考えられる。ただし、住民移転案は以前にも出たことがあるが、あまり広がっていない。辺野古案と住民移転案の費用比較、沖縄への政府からの補助への影響、運動を推進している政党の考えなどさまざまな事情が絡んでいるのだろうが、細かい損得勘定はともかくとして、飛行場移設より住民移転のほうが負担は少ない。政治的立場の違いを超えて合意を形成できる案だと考える。
以上のような状況を考慮すれば、辺野古への移転を考え直すのが望ましいが、それができない場合でも暫定措置は不可欠だと考える。
2023.08.11
ミサイルの発射実験数もさることながら、ICBMの完成に近づいていることが注目される。朝鮮中央通信は4月13日、固体燃料を使ったICBM「火星18」を試験発射したと報道した。ミサイルを遠くへ飛ばすための分離の技術、様々な機能を制御するシステムなども試験し、「驚異的な成果」を得たと誇った。ミサイル開発の順調な進展に自信を抱いているらしい。
北朝鮮による核とミサイルの開発は我が国にとって重大な脅威であるが、北朝鮮としては米国への対抗が最大の目的であり、ICBMが完成すれば必要な抑止力を持てると考えている。これは以前からの対米軍事戦略の核心であり、この点では特に変化はない。
変化したのは大韓民国との関係である。たとえば、北朝鮮の対韓国窓口機関である「祖国統一委員会」を解消した。また、「わが民族」という呼び方をしなくなった。最大の変化は、以前は韓国を「南朝鮮」、または「南朝鮮かいらい」などと呼んでいたが、最近「大韓民国」という呼称を使い始めたことである。さる7月10日、金与正氏が米軍の偵察活動を非難する談話で「『大韓民国』の合同参謀本部が米国の報道官のように振る舞っている」と述べて注目され、その後もこの呼称を使うようになった。
北朝鮮のこうした対韓方針の変化は、2021年1月の第8回朝鮮労働党大会から徐々に現れた。同党大会で党規約を改正し、「全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言を削除して「共和国北半部で富強かつ文明ある社会主義社会を建設」といった文言を新たに加えた。半島の統一は金日成主席から受け継いできた基本戦略であったが、金正恩総書記はこのころから変更しはじめたのである。
これら一連の変化は米国との関係に根がある。金総書記は19年のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことに非常に不満であり、外交と軍事のトップレベルを大幅に入れ替えた。また、米国との交渉はうまくいかない、バイデン政権とはなにも新機軸を試みることはできないという認識を抱くようになり、挑戦的な姿勢を取り始めた。
ミサイルの大規模開発はその象徴であり、米朝会談後、早速発射実験を繰り返し行ったので19年の実験回数は過去最高となった。20~21年はコロナ禍の対策を進める傍ら、ミサイルの開発を進めたためか、発射回数は19年より著しく減少したが、22年には激増し、ICBM「火星18」を試射するに至った。
北朝鮮は国連から受けた制裁が重荷となっており、解除ないし緩和を望んでいた。米国との首脳会談に応じたのもそのためであった。しかし、米国との交渉は行き詰まり、制裁の解除も実現しなかった。北朝鮮はなけなしの資源をミサイルの開発に投入した。北朝鮮からすれば米国との話し合いがとん挫し、バイデン政権が北朝鮮との関係改善に熱意を示さない以上必要なことと考えたのであろう。
北朝鮮は韓国との関係でいくつかの新機軸を見せているが、基本戦略の核心はあくまで米国との関係にあり、韓国との関係は米朝関係に次ぐものであろう。韓国の尹錫悦大統領は米国との同盟関係を重視し、さる4月にバイデン大統領と会談し、北朝鮮の核に対抗するための「ワシントン宣言」に合意した。これは東アジアの安全保障にとって大きな前進であったが、北朝鮮からすれば主要な相手はあくまで米国であろう。南北の統一を考えない姿勢を見せているのも韓国との関係はさほど重視していないことの表れと思われる。
日本との関係では、岸田首相が5月27日、東京都内で開かれた、北朝鮮による拉致被害者全員の即時帰国を求める「国民大集会」に出席し、首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べたことに応じ、2日後に北朝鮮外務次官が談話を発表した。談話は、「日本が新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」と関係改善に前向きの発言であったが、拉致問題については「すでに解決した」と従来通りの姿勢を変えなかった。
日本政府がどのように動いているか承知していないが、このような両様にとれる談話は以前にも行っており、米国や韓国との関係が膠着状態に陥った時、日本に関心を向けることが過去何回かあった。小泉首相の訪朝の際もそのような背景があったという。現在の状況は似ているところがあるが、だからと言って、金総書記が岸田首相との会談実現に前向きになるわけではない。
繰り返すが、北朝鮮にとっては一にも二にも対米関係が死活にかかわる重要問題である。もちろん日本としては北朝鮮流の外交に付き合う必要はない。今後も国連制裁違反のミサイル発射を非難し、拉致被害者全員の帰国実現を求めることは正義にかなっている。ただ日本がそうするだけでは、金総書記は岸田首相に会おうとしないだろう。今回の外務次官談話が述べていることは明確であり、北朝鮮には北朝鮮としての言い分がある。それを無視しては外交は成り立たない。
最後に、金正恩の娘であるキム・ジュエさんについては、将来の後継者として育てているとする見方が大勢である。しかし、それは誰でも考えうる推測にすぎない。
キム・ジュエさんは2013年に誕生しているので、年齢は今年で10歳になる。この少女をどのように育てようとしているのか。金正恩氏の本当の考えはわからない。
キム・ジュエさんが初めて公の場に現れたのは2022年11月18日、ICBM「火星17」の発射実験の際であり、北朝鮮の尊称らしく「尊い子ども」と呼ばれた。その後何回か金総書記に連れられて姿を現したが、2023年5月16日金正恩氏と軍事偵察衛星を視察(報道は翌17日)したのを最後に写真の公開はなくなった。ただし、7月26日、金正恩氏がロシアのショイグ国防相に新兵器などを説明した際、ジュエ氏と正恩氏が一緒に写っていたという。
10歳の少女は国防の現場などに現れないほうが自然である。常態に戻ったとみるべきかもしれない。
ミサイルなど軍事戦略においても穏健な路線に立ち返ることが期待されるが、はたしてそれは可能か疑問である。真相が見えてくるにはなお時間が必要であろう。
北朝鮮の最近の外交・安全保障
北朝鮮ではコロナ禍の3年目にあたる2022年に約70発のミサイル発射実験を行った。それまでの最多は2019年の25発であったので一挙に3倍近くに跳ね上がったのである。今年はどうなるか。まだ年の半分をちょっとすぎたばかりであり、はっきりしたことは言えないが、印象としてはかなり少なくなる傾向である。ミサイルの発射実験数もさることながら、ICBMの完成に近づいていることが注目される。朝鮮中央通信は4月13日、固体燃料を使ったICBM「火星18」を試験発射したと報道した。ミサイルを遠くへ飛ばすための分離の技術、様々な機能を制御するシステムなども試験し、「驚異的な成果」を得たと誇った。ミサイル開発の順調な進展に自信を抱いているらしい。
北朝鮮による核とミサイルの開発は我が国にとって重大な脅威であるが、北朝鮮としては米国への対抗が最大の目的であり、ICBMが完成すれば必要な抑止力を持てると考えている。これは以前からの対米軍事戦略の核心であり、この点では特に変化はない。
変化したのは大韓民国との関係である。たとえば、北朝鮮の対韓国窓口機関である「祖国統一委員会」を解消した。また、「わが民族」という呼び方をしなくなった。最大の変化は、以前は韓国を「南朝鮮」、または「南朝鮮かいらい」などと呼んでいたが、最近「大韓民国」という呼称を使い始めたことである。さる7月10日、金与正氏が米軍の偵察活動を非難する談話で「『大韓民国』の合同参謀本部が米国の報道官のように振る舞っている」と述べて注目され、その後もこの呼称を使うようになった。
北朝鮮のこうした対韓方針の変化は、2021年1月の第8回朝鮮労働党大会から徐々に現れた。同党大会で党規約を改正し、「全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言を削除して「共和国北半部で富強かつ文明ある社会主義社会を建設」といった文言を新たに加えた。半島の統一は金日成主席から受け継いできた基本戦略であったが、金正恩総書記はこのころから変更しはじめたのである。
これら一連の変化は米国との関係に根がある。金総書記は19年のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことに非常に不満であり、外交と軍事のトップレベルを大幅に入れ替えた。また、米国との交渉はうまくいかない、バイデン政権とはなにも新機軸を試みることはできないという認識を抱くようになり、挑戦的な姿勢を取り始めた。
ミサイルの大規模開発はその象徴であり、米朝会談後、早速発射実験を繰り返し行ったので19年の実験回数は過去最高となった。20~21年はコロナ禍の対策を進める傍ら、ミサイルの開発を進めたためか、発射回数は19年より著しく減少したが、22年には激増し、ICBM「火星18」を試射するに至った。
北朝鮮は国連から受けた制裁が重荷となっており、解除ないし緩和を望んでいた。米国との首脳会談に応じたのもそのためであった。しかし、米国との交渉は行き詰まり、制裁の解除も実現しなかった。北朝鮮はなけなしの資源をミサイルの開発に投入した。北朝鮮からすれば米国との話し合いがとん挫し、バイデン政権が北朝鮮との関係改善に熱意を示さない以上必要なことと考えたのであろう。
北朝鮮は韓国との関係でいくつかの新機軸を見せているが、基本戦略の核心はあくまで米国との関係にあり、韓国との関係は米朝関係に次ぐものであろう。韓国の尹錫悦大統領は米国との同盟関係を重視し、さる4月にバイデン大統領と会談し、北朝鮮の核に対抗するための「ワシントン宣言」に合意した。これは東アジアの安全保障にとって大きな前進であったが、北朝鮮からすれば主要な相手はあくまで米国であろう。南北の統一を考えない姿勢を見せているのも韓国との関係はさほど重視していないことの表れと思われる。
日本との関係では、岸田首相が5月27日、東京都内で開かれた、北朝鮮による拉致被害者全員の即時帰国を求める「国民大集会」に出席し、首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べたことに応じ、2日後に北朝鮮外務次官が談話を発表した。談話は、「日本が新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」と関係改善に前向きの発言であったが、拉致問題については「すでに解決した」と従来通りの姿勢を変えなかった。
日本政府がどのように動いているか承知していないが、このような両様にとれる談話は以前にも行っており、米国や韓国との関係が膠着状態に陥った時、日本に関心を向けることが過去何回かあった。小泉首相の訪朝の際もそのような背景があったという。現在の状況は似ているところがあるが、だからと言って、金総書記が岸田首相との会談実現に前向きになるわけではない。
繰り返すが、北朝鮮にとっては一にも二にも対米関係が死活にかかわる重要問題である。もちろん日本としては北朝鮮流の外交に付き合う必要はない。今後も国連制裁違反のミサイル発射を非難し、拉致被害者全員の帰国実現を求めることは正義にかなっている。ただ日本がそうするだけでは、金総書記は岸田首相に会おうとしないだろう。今回の外務次官談話が述べていることは明確であり、北朝鮮には北朝鮮としての言い分がある。それを無視しては外交は成り立たない。
最後に、金正恩の娘であるキム・ジュエさんについては、将来の後継者として育てているとする見方が大勢である。しかし、それは誰でも考えうる推測にすぎない。
キム・ジュエさんは2013年に誕生しているので、年齢は今年で10歳になる。この少女をどのように育てようとしているのか。金正恩氏の本当の考えはわからない。
キム・ジュエさんが初めて公の場に現れたのは2022年11月18日、ICBM「火星17」の発射実験の際であり、北朝鮮の尊称らしく「尊い子ども」と呼ばれた。その後何回か金総書記に連れられて姿を現したが、2023年5月16日金正恩氏と軍事偵察衛星を視察(報道は翌17日)したのを最後に写真の公開はなくなった。ただし、7月26日、金正恩氏がロシアのショイグ国防相に新兵器などを説明した際、ジュエ氏と正恩氏が一緒に写っていたという。
10歳の少女は国防の現場などに現れないほうが自然である。常態に戻ったとみるべきかもしれない。
ミサイルなど軍事戦略においても穏健な路線に立ち返ることが期待されるが、はたしてそれは可能か疑問である。真相が見えてくるにはなお時間が必要であろう。
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