オピニオン
2023.03.06
元徴用工らを支援する韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、日本企業が命じられた賠償に相当する額を原告らに支給する。この財団は2014年6月に設立された公益法人であり、元徴用工や遺族への福祉支援、追悼・記念、徴用工に関する文化・学術研究、調査などを行っている。
財団からの支払いには韓国企業からの寄付金が当てられる。韓国側は日本企業が自発的に寄付を行うよう呼びかけるという。
林芳正外相は6日、「2018年の(韓国の)大法院判決により非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価する」と外務省内で記者団に語った。
「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化した両国関係を改善するのに積極的意義がある。尹氏の努力を讃えるとともに、今後、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望みたい。
ただし、今後注目を要する問題がある。
尹政権下で本件問題が完全に解決すればよいが、同政権の任期は2027年5月までであり、それまでに解決が完了しない場合、次期政権下でどのように扱われるか。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。
徴用工問題のみならず、慰安婦問題についても支援団体がいる。すでに「解決策」に批判の声をあげているようだ。支援団体にも、一部かもしれないが、資金の横領などの問題が起こっており、韓国政府に対しどこまで批判を行えるか。また尹政権の対応を見守りたい。
日本側の関係企業としては今回の「解決策」が発表されたことをもって直ちに韓国側との関係改善に踏み出すことは困難であり、韓国での「解決策」の実施状況を見定める時間が必要であろうが、民間での協力は両国にとって利益となるものであり、問題解決の速度を速めるのに貢献するよう期待したい。
日本政府としては、韓国との関係改善は安全保障、北朝鮮との関係、さらには米国との関係でも極めて有益であり、これまでのわだかまりを克服して協力関係の回復・構築に努めてもらいたい。
かねてから問題となってきた対韓輸出管理の強化は、日本側は徴用工問題と関係なく必要な措置を取ったのだというのが日本政府の公式態度であるが、韓国側は輸出管理の強化に努めるなどの措置をすでにとっている。日本側としては、徴用工問題とは別にしても、強化措置の撤廃を行うべき時期に来ている。韓国側は対抗措置として世界貿易機関(WTO)に提訴しているので、これも早急に撤回する必要がある。
徴用工や慰安婦問題に関してこれまでに生じた複雑な経緯にかんがみると、今後問題の解決が長引くかもしれない。一部に不満の声が上がっても、粘り強く対処し、解決を進めてもらいたい。1965年の日韓基本条約について、韓国側においては、これは無効であるとの考えが強いが、日本側はこれは両国間の正式の合意であり、あくまで尊重されるべきであるとの立場を貫いてきたと理解している。日本側がこの条約の尊重を韓国側に求めるのは、これが国際法であること、韓国が主権国家であることを認め、そうすることが両国にとって絶対的に必要だからである。今回発表された「解決策」を機会に両国の国際法尊重に関する立場が近づいたことを望みたい。
徴用工問題の解決策
韓国政府は元徴用工をめぐる訴訟について、3月6日、日本企業が命じられた賠償を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。元徴用工らを支援する韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、日本企業が命じられた賠償に相当する額を原告らに支給する。この財団は2014年6月に設立された公益法人であり、元徴用工や遺族への福祉支援、追悼・記念、徴用工に関する文化・学術研究、調査などを行っている。
財団からの支払いには韓国企業からの寄付金が当てられる。韓国側は日本企業が自発的に寄付を行うよう呼びかけるという。
林芳正外相は6日、「2018年の(韓国の)大法院判決により非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価する」と外務省内で記者団に語った。
「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化した両国関係を改善するのに積極的意義がある。尹氏の努力を讃えるとともに、今後、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望みたい。
ただし、今後注目を要する問題がある。
尹政権下で本件問題が完全に解決すればよいが、同政権の任期は2027年5月までであり、それまでに解決が完了しない場合、次期政権下でどのように扱われるか。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。
徴用工問題のみならず、慰安婦問題についても支援団体がいる。すでに「解決策」に批判の声をあげているようだ。支援団体にも、一部かもしれないが、資金の横領などの問題が起こっており、韓国政府に対しどこまで批判を行えるか。また尹政権の対応を見守りたい。
日本側の関係企業としては今回の「解決策」が発表されたことをもって直ちに韓国側との関係改善に踏み出すことは困難であり、韓国での「解決策」の実施状況を見定める時間が必要であろうが、民間での協力は両国にとって利益となるものであり、問題解決の速度を速めるのに貢献するよう期待したい。
日本政府としては、韓国との関係改善は安全保障、北朝鮮との関係、さらには米国との関係でも極めて有益であり、これまでのわだかまりを克服して協力関係の回復・構築に努めてもらいたい。
かねてから問題となってきた対韓輸出管理の強化は、日本側は徴用工問題と関係なく必要な措置を取ったのだというのが日本政府の公式態度であるが、韓国側は輸出管理の強化に努めるなどの措置をすでにとっている。日本側としては、徴用工問題とは別にしても、強化措置の撤廃を行うべき時期に来ている。韓国側は対抗措置として世界貿易機関(WTO)に提訴しているので、これも早急に撤回する必要がある。
徴用工や慰安婦問題に関してこれまでに生じた複雑な経緯にかんがみると、今後問題の解決が長引くかもしれない。一部に不満の声が上がっても、粘り強く対処し、解決を進めてもらいたい。1965年の日韓基本条約について、韓国側においては、これは無効であるとの考えが強いが、日本側はこれは両国間の正式の合意であり、あくまで尊重されるべきであるとの立場を貫いてきたと理解している。日本側がこの条約の尊重を韓国側に求めるのは、これが国際法であること、韓国が主権国家であることを認め、そうすることが両国にとって絶対的に必要だからである。今回発表された「解決策」を機会に両国の国際法尊重に関する立場が近づいたことを望みたい。
2023.02.15
〇キム・ジュエ
金正恩の娘、キム・ジュエが報道されるようになったのは、2022年11月18日、ICBM「火星17」の試射と関連の行事に父の金正恩総書記に随行したのが初めてであった。それ以前にも、出生(2013年)についての報道、同年に訪朝した米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマンが初めて「ジュエ」という名前を明かしたことなどがあったが、昨年11月以降は様相ががらりと変わって北朝鮮の国家的行事に父親に同行して出席したことが報道されるようになり、またその報道ぶりは派手になった。
当初、世界の北朝鮮ウォッチャーは金正恩総書記の後継者とするための準備ないし布石かもしれないと耳目をそばだてた。もっとも、キム・ジュエは現在10歳の少女なので後継者とみることに疑問を唱える向きも少なくなかったが、金正恩が娘を可愛がっていることはもちろん、政治的にも特別扱いしていることは明らかであった。
北朝鮮の朝鮮中央テレビは2月12日、8日の朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードに関する録画中継において、キム・ジュエが白馬に騎乗している姿を公開した。白馬は北朝鮮の指導者が乗る特別の馬であり、金正恩も指導者になったころ白馬に騎乗する姿が盛んに放映されたことがあった。同テレビによれば、キム・ジュエの乗馬は「愛するお子様が最も愛する忠馬」だという。
この報道により、キム・ジュエが金正恩総書記の後継者(の一人?)と目されている可能性は一段と高まった。
キム・ジュエには2人の兄弟(姉妹?)がおり、その性別については確認されていない。兄は留学中であるという噂もあるが、これも確認されていない。かりにそうだとしても金正恩による娘の扱いは尋常でないように見受けられる。
金正恩の妻のリ・ソルジュ(李雪主)が公の場に姿を見せたのは1年ぶりであり、しかも娘に同行する形で報道されていた。その行動は従来と変わりなく、控えめであった。
〇金与正(キム・ヨジョン)
注目されるのは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)の立場である。同氏は現在朝鮮労働党副部長の肩書になっているが、金正恩が指導者としての地位を固める過程で、実質的には特別秘書として金正恩を補佐し、他の高官が金正恩に接近できない時も間近で世話を焼くなどしてきた。2018年6月の米朝首脳会談の際もつねに金正恩の特別の側近としてふるまってきた。
一度だけ金正恩から大目玉を食らったことがあったらしい。2019年2月、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談に際して、金与正は李容浩外相らとともに首脳会談失敗の責任を取らされたのか、その後重要な場に出てこなくなった。しかし、2019年末からは党第1副部長として復活し、対南(韓国)事業を総括する役割を任された。2020年4月には正式に党政治局員候補に返り咲いた。ここまで回復すれば問題は解消されたとみてよいであろう。その後、金与正は韓国との関係で発言したり、談話を発表したりしており、特に22年5月に尹錫悦が韓国の大統領になってからは対韓国批判の舌鋒は一段と鋭くなった感もある。
同年11月24日付の談話では、「尹錫悦の大ばかたちが入ってきて、しきりに危険な状況を作っていく政権を、国民たちがなぜそのまま見ているだけなのかわからない」と口汚く批判した。だが、このような対韓発言が金与正の政治的地位とかかわりがあるか分からない。
しかし、本年2月8日の朝鮮人民軍創建75年の行事においては、金与正はリ・ソルジュ夫人とキム・ジュエから離れた場所に立って行事を見守っていた。宴会でも同様であった。自分は金正恩一家のように特別でないことを示そうとしたともみられる振る舞いであった。だが、これだけで金与正の立場を云々することはできない。いつも通りともいえる様子であった。
今後金与正の地位がどうなるかを占うのは早すぎるであろう。文在寅前大統領とちがって北朝鮮に対して言うべきことは言う姿勢が強い尹錫悦大統領の在任中南北関係が好転することは望みえないとすれば、金与正として韓国に厳しい姿勢をみせる機会は今まで以上に出てくるかもしれない。
〇李容浩(リー・ヨンホ)元外相
今年のはじめ、李容浩元外相が2022年夏から秋頃、処刑されたと報道された。韓国から出た情報らしく、北朝鮮外務省員も数人処刑されたという。この報道が事実であるなら、北朝鮮の状況はますます不可解である。
李容浩は第2回の米朝首脳会談の際、金正恩の不興を買い、会談後公の席には出られなくなった。前述の金与正と同様の状況だった。そして翌20年には外相の職を解かれていることが判明していた。しかるに今回の報道では、李容浩は2022年夏から秋にかけ処刑されたというのである。クビになった者を2年以上も経ってから処刑するというのは訳の分からないことである。この間何が起こったのか。金与正は復活できたが、李容浩は復活できなかったということだけであればそれほど不思議でない。しかし、クビになったのちに処刑されたというのであれば、不可解である。職を解かれた後に再び不興を買うことなどありえない。
さらに北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党総書記を除く軍の序列1位の地位にあった朴正天(パク・チョンチョン)を23年1月1日に解任した。同人は21年9月、党政治局常務委員へ昇格してトップ5入りした。抜擢されたと言ってよかったが、わずか1年余りで解職されたのだ。なぜか。昨年のミサイル大量発射と関連があるか、疑問は尽きない。金正恩総書記はこれまで軍人を含め高級官吏を何人も解雇ないし配置転換してきた。今後の情勢にも目が離せない。
北朝鮮で何が起きているのか
北朝鮮は昨2022年に過去最多となる約70発の弾道ミサイルを撃ち、今年の2月8日には朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードを盛大に催した。その一方で理解に苦しむ出来事が起こっている。〇キム・ジュエ
金正恩の娘、キム・ジュエが報道されるようになったのは、2022年11月18日、ICBM「火星17」の試射と関連の行事に父の金正恩総書記に随行したのが初めてであった。それ以前にも、出生(2013年)についての報道、同年に訪朝した米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマンが初めて「ジュエ」という名前を明かしたことなどがあったが、昨年11月以降は様相ががらりと変わって北朝鮮の国家的行事に父親に同行して出席したことが報道されるようになり、またその報道ぶりは派手になった。
当初、世界の北朝鮮ウォッチャーは金正恩総書記の後継者とするための準備ないし布石かもしれないと耳目をそばだてた。もっとも、キム・ジュエは現在10歳の少女なので後継者とみることに疑問を唱える向きも少なくなかったが、金正恩が娘を可愛がっていることはもちろん、政治的にも特別扱いしていることは明らかであった。
北朝鮮の朝鮮中央テレビは2月12日、8日の朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードに関する録画中継において、キム・ジュエが白馬に騎乗している姿を公開した。白馬は北朝鮮の指導者が乗る特別の馬であり、金正恩も指導者になったころ白馬に騎乗する姿が盛んに放映されたことがあった。同テレビによれば、キム・ジュエの乗馬は「愛するお子様が最も愛する忠馬」だという。
この報道により、キム・ジュエが金正恩総書記の後継者(の一人?)と目されている可能性は一段と高まった。
キム・ジュエには2人の兄弟(姉妹?)がおり、その性別については確認されていない。兄は留学中であるという噂もあるが、これも確認されていない。かりにそうだとしても金正恩による娘の扱いは尋常でないように見受けられる。
金正恩の妻のリ・ソルジュ(李雪主)が公の場に姿を見せたのは1年ぶりであり、しかも娘に同行する形で報道されていた。その行動は従来と変わりなく、控えめであった。
〇金与正(キム・ヨジョン)
注目されるのは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)の立場である。同氏は現在朝鮮労働党副部長の肩書になっているが、金正恩が指導者としての地位を固める過程で、実質的には特別秘書として金正恩を補佐し、他の高官が金正恩に接近できない時も間近で世話を焼くなどしてきた。2018年6月の米朝首脳会談の際もつねに金正恩の特別の側近としてふるまってきた。
一度だけ金正恩から大目玉を食らったことがあったらしい。2019年2月、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談に際して、金与正は李容浩外相らとともに首脳会談失敗の責任を取らされたのか、その後重要な場に出てこなくなった。しかし、2019年末からは党第1副部長として復活し、対南(韓国)事業を総括する役割を任された。2020年4月には正式に党政治局員候補に返り咲いた。ここまで回復すれば問題は解消されたとみてよいであろう。その後、金与正は韓国との関係で発言したり、談話を発表したりしており、特に22年5月に尹錫悦が韓国の大統領になってからは対韓国批判の舌鋒は一段と鋭くなった感もある。
同年11月24日付の談話では、「尹錫悦の大ばかたちが入ってきて、しきりに危険な状況を作っていく政権を、国民たちがなぜそのまま見ているだけなのかわからない」と口汚く批判した。だが、このような対韓発言が金与正の政治的地位とかかわりがあるか分からない。
しかし、本年2月8日の朝鮮人民軍創建75年の行事においては、金与正はリ・ソルジュ夫人とキム・ジュエから離れた場所に立って行事を見守っていた。宴会でも同様であった。自分は金正恩一家のように特別でないことを示そうとしたともみられる振る舞いであった。だが、これだけで金与正の立場を云々することはできない。いつも通りともいえる様子であった。
今後金与正の地位がどうなるかを占うのは早すぎるであろう。文在寅前大統領とちがって北朝鮮に対して言うべきことは言う姿勢が強い尹錫悦大統領の在任中南北関係が好転することは望みえないとすれば、金与正として韓国に厳しい姿勢をみせる機会は今まで以上に出てくるかもしれない。
〇李容浩(リー・ヨンホ)元外相
今年のはじめ、李容浩元外相が2022年夏から秋頃、処刑されたと報道された。韓国から出た情報らしく、北朝鮮外務省員も数人処刑されたという。この報道が事実であるなら、北朝鮮の状況はますます不可解である。
李容浩は第2回の米朝首脳会談の際、金正恩の不興を買い、会談後公の席には出られなくなった。前述の金与正と同様の状況だった。そして翌20年には外相の職を解かれていることが判明していた。しかるに今回の報道では、李容浩は2022年夏から秋にかけ処刑されたというのである。クビになった者を2年以上も経ってから処刑するというのは訳の分からないことである。この間何が起こったのか。金与正は復活できたが、李容浩は復活できなかったということだけであればそれほど不思議でない。しかし、クビになったのちに処刑されたというのであれば、不可解である。職を解かれた後に再び不興を買うことなどありえない。
さらに北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党総書記を除く軍の序列1位の地位にあった朴正天(パク・チョンチョン)を23年1月1日に解任した。同人は21年9月、党政治局常務委員へ昇格してトップ5入りした。抜擢されたと言ってよかったが、わずか1年余りで解職されたのだ。なぜか。昨年のミサイル大量発射と関連があるか、疑問は尽きない。金正恩総書記はこれまで軍人を含め高級官吏を何人も解雇ないし配置転換してきた。今後の情勢にも目が離せない。
2022.11.28
今回の地方選挙は2024年に行われる次期総統選の前哨戦であり、総統選でも民進党が敗北し、最大野党の国民党が政権を奪取する公算が高くなったとみるのは単純すぎる。
台湾の政治は、変化が速い面と岩盤のように変わらない面がある。変化が速いのは民進党か国民党かという問題である。2018年に今回とよく似た状況があった。蔡英文は2016年に総統になり、18年の地方選で大敗して主席を辞任したが、20年に再任された。その原因の一つは、19年の香港の抗議デモを中国が厳しく弾圧したことであったが、それにしてもその時の変化は大きく、かつ早かった。
岩盤は台湾人がますます台湾化していることである。台湾人の圧倒的多数は現状維持を望んでおり、中国との統一を支持するのは10数パーセントにすぎない。この傾向は民進党であろうと、国民党であろうと無視できなくなっている。国民党はもともと同党の下での、つまり共産党の下でない「統一」を標榜していたが、今や「現状維持」を支持する姿勢を強めている。
今回の地方選でもこの潮流は変わらなかった。大勝した国民党の朱立倫(チューリールン)主席は「国民党ではなく、台湾の民主主義の勝利だ」と述べていた。この言葉は意味深長である。民主主義は中国にはないという認識が強い台湾人に対して、「国民党は中国寄りでない。台湾人の味方だ」という印象を与えようとしているのである。
一方、蔡英文総統は、「中国共産党大会のあとに行われる初めての選挙に全世界が注目している」と、対中関係を争点化しようとしたが、有権者には受け入れられなかったという。蔡氏は「国民党政権では対中接近が復活する。そうなれば、台湾の自由と民主主義は失われる」と示唆しようとしたのであろう。だが、台湾人はそれには乗らなかった。
民進党は台湾独立を志向する傾向が強く、国民党は中国に近いという構図は崩れつつある。
台湾人が望んでいるのは、長引くコロナ禍や物価高など身近な問題への対応であり、また新鮮な政治である。7年目に入った蔡政権への若年層の後押しは弱かったという。
彼らは、民進党と国民党の両立には満足しなくなっている。「台湾民意基金会」の10月の世論調査によると、蔡政権の支持率は51・2%。政党支持率は民進党が33・5%、国民党が18・6%、第三勢力の民衆党が15・8%、支持政党無しが25・1%に上っていた。
「民衆党」とは2019年8月、台北市の柯文哲市長より結成された政党である。民進党にも国民党にも満足できない第三の勢力であり、中道政治を目指している。本稿で民衆党の将来性を論じる気持ちはないが、民衆党の支持率は国民党に追いつく構えを見せている。政党としての組織力などはまだ国民党に遠く及ばないが、台湾の政治バランスとしては無視できなくなっている。
今回の選挙で台北市長に当選した蒋万安は蒋介石のひ孫として紹介されているが、その看板だけでなく、3つの政党と若者の政治志向の中から生まれた面も見過ごせない。
台湾の政治情勢が複雑化の傾向を強めていることは中国にとっても大問題である。中国はこれまで「民進党は台湾独立だ」として警戒・攻撃する傍ら、国民党との関係を強化して台湾の統一を実現するという方針であった。しかし、馬英九政権時代の失敗経験にかんがみ台湾の今回の地方選をどのように受け止めるか、非常に微妙な問題になっているはずである。
中国国営の新華社通信は26日夜、中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官のコメントを伝えた。この中で朱報道官は「結果は『平和と安定を求め、よい生活を送りたい』という主流の民意を反映したものだ」と評価し、そのうえで「われわれは引き続き多くの台湾の同胞と団結し、両岸関係の平和で融合した発展をともに推し進め『台湾独立』の分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対する」と強調した。これだけで中国の台湾に対する今後の政策を見通すことは困難であるが、中国の反応は控えめである。
先般の中国共産党全国大会の際、一部には、習近平独裁体制の確立とともに中国は台湾に対し強く出てくることを懸念する声が上がったが、これも単純すぎる見方である。中国の対台湾政策は、内外の情勢を考慮して実行されている。中国内には軍などに強硬派がいるが、中国が危険を冒した結果、元も子もなくしてしまってはならないとする慎重な考えも強いとみるべきであろう。
中国にとって米国との関係は、口には出さないが壁となっている。米国は台湾の現状維持を望んでいることを闡明している。台湾と中国が話し合いで統一問題に結論を出すのは何ら問題ないが、武力行使には絶対反対するという姿勢をバイデン大統領は明言している。中国をそれに反発しているが、下手に手を出すと、これまで築き上げてきたことを危険にさらす恐れがある。ウクライナ侵攻問題で米国と西側の諸国が団結して当たっていることは中国にとっても大きな問題であろう。
それに、中国は今後経済を立て直すのに注力する必要があり、そのためにも米国や西側諸国との関係をこれまで以上悪化させないよう努めなければならない。そのような諸事情を考慮すると台湾に対して強硬な姿勢は取りにくいと思われる。
台湾の地方選と中台関係
台湾で統一地方選が11月26日、投開票された。蔡英文総統の与党・民進党は台北市長選などで敗れたほか、首長ポストの獲得が全土の4分の1以下にとどまった。惨敗であったとみられている。蔡英文氏は民進党主席を辞任した。今回の地方選挙は2024年に行われる次期総統選の前哨戦であり、総統選でも民進党が敗北し、最大野党の国民党が政権を奪取する公算が高くなったとみるのは単純すぎる。
台湾の政治は、変化が速い面と岩盤のように変わらない面がある。変化が速いのは民進党か国民党かという問題である。2018年に今回とよく似た状況があった。蔡英文は2016年に総統になり、18年の地方選で大敗して主席を辞任したが、20年に再任された。その原因の一つは、19年の香港の抗議デモを中国が厳しく弾圧したことであったが、それにしてもその時の変化は大きく、かつ早かった。
岩盤は台湾人がますます台湾化していることである。台湾人の圧倒的多数は現状維持を望んでおり、中国との統一を支持するのは10数パーセントにすぎない。この傾向は民進党であろうと、国民党であろうと無視できなくなっている。国民党はもともと同党の下での、つまり共産党の下でない「統一」を標榜していたが、今や「現状維持」を支持する姿勢を強めている。
今回の地方選でもこの潮流は変わらなかった。大勝した国民党の朱立倫(チューリールン)主席は「国民党ではなく、台湾の民主主義の勝利だ」と述べていた。この言葉は意味深長である。民主主義は中国にはないという認識が強い台湾人に対して、「国民党は中国寄りでない。台湾人の味方だ」という印象を与えようとしているのである。
一方、蔡英文総統は、「中国共産党大会のあとに行われる初めての選挙に全世界が注目している」と、対中関係を争点化しようとしたが、有権者には受け入れられなかったという。蔡氏は「国民党政権では対中接近が復活する。そうなれば、台湾の自由と民主主義は失われる」と示唆しようとしたのであろう。だが、台湾人はそれには乗らなかった。
民進党は台湾独立を志向する傾向が強く、国民党は中国に近いという構図は崩れつつある。
台湾人が望んでいるのは、長引くコロナ禍や物価高など身近な問題への対応であり、また新鮮な政治である。7年目に入った蔡政権への若年層の後押しは弱かったという。
彼らは、民進党と国民党の両立には満足しなくなっている。「台湾民意基金会」の10月の世論調査によると、蔡政権の支持率は51・2%。政党支持率は民進党が33・5%、国民党が18・6%、第三勢力の民衆党が15・8%、支持政党無しが25・1%に上っていた。
「民衆党」とは2019年8月、台北市の柯文哲市長より結成された政党である。民進党にも国民党にも満足できない第三の勢力であり、中道政治を目指している。本稿で民衆党の将来性を論じる気持ちはないが、民衆党の支持率は国民党に追いつく構えを見せている。政党としての組織力などはまだ国民党に遠く及ばないが、台湾の政治バランスとしては無視できなくなっている。
今回の選挙で台北市長に当選した蒋万安は蒋介石のひ孫として紹介されているが、その看板だけでなく、3つの政党と若者の政治志向の中から生まれた面も見過ごせない。
台湾の政治情勢が複雑化の傾向を強めていることは中国にとっても大問題である。中国はこれまで「民進党は台湾独立だ」として警戒・攻撃する傍ら、国民党との関係を強化して台湾の統一を実現するという方針であった。しかし、馬英九政権時代の失敗経験にかんがみ台湾の今回の地方選をどのように受け止めるか、非常に微妙な問題になっているはずである。
中国国営の新華社通信は26日夜、中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官のコメントを伝えた。この中で朱報道官は「結果は『平和と安定を求め、よい生活を送りたい』という主流の民意を反映したものだ」と評価し、そのうえで「われわれは引き続き多くの台湾の同胞と団結し、両岸関係の平和で融合した発展をともに推し進め『台湾独立』の分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対する」と強調した。これだけで中国の台湾に対する今後の政策を見通すことは困難であるが、中国の反応は控えめである。
先般の中国共産党全国大会の際、一部には、習近平独裁体制の確立とともに中国は台湾に対し強く出てくることを懸念する声が上がったが、これも単純すぎる見方である。中国の対台湾政策は、内外の情勢を考慮して実行されている。中国内には軍などに強硬派がいるが、中国が危険を冒した結果、元も子もなくしてしまってはならないとする慎重な考えも強いとみるべきであろう。
中国にとって米国との関係は、口には出さないが壁となっている。米国は台湾の現状維持を望んでいることを闡明している。台湾と中国が話し合いで統一問題に結論を出すのは何ら問題ないが、武力行使には絶対反対するという姿勢をバイデン大統領は明言している。中国をそれに反発しているが、下手に手を出すと、これまで築き上げてきたことを危険にさらす恐れがある。ウクライナ侵攻問題で米国と西側の諸国が団結して当たっていることは中国にとっても大きな問題であろう。
それに、中国は今後経済を立て直すのに注力する必要があり、そのためにも米国や西側諸国との関係をこれまで以上悪化させないよう努めなければならない。そのような諸事情を考慮すると台湾に対して強硬な姿勢は取りにくいと思われる。
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