平和外交研究所

オピニオン

2021.06.19

米ロ首脳会談

 バイデン米大統領とロシアのプーチン大統領は6月16日、ジュネーブで会談した。バイデン氏は米国の大統領に就任して以来、ロシアに対し厳しい姿勢をみせていた。

 2回の電話会談では直接ぶつかっておらず、失効が間近に迫っていた新戦略兵器削減条約(新START)の延長合意(1月26日の第一回目の電話会談)など協力的なこともあった。

 しかし、米大統領選挙においてドナルド・トランプ前大統領を有利にするための工作をプーチン大統領が承認した可能性が高いという米国家情報長官室(ODNI)の報告書が3月16日に発表されると、バイデン氏の姿勢は厳しく反発し、ロシアに対する新たな制裁を科すことなどに言及した。

 折からロシアの野党勢力の指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の体調悪化について、欧米で懸念が強まっており、サリバン米大統領補佐官は18日、ナワリヌイ氏が収監されている刑務所で死亡すればロシアは「報い」を受けることになると警告した。

 バイデン氏は米ABCニュースとのインタビューで(3月17日放送)、プーチン氏を「人殺し」だと思うか質問され、「そう思う」と述べ、「確実に、ロシアは自分たちが取った行動に対して責任を問われることになる」とも発言した。

 この発言にプーチン大統領は反発し、駐米大使を一時召還(17日)。翌日にはロシアのテレビに出演し、バイデン氏の発言について、「そっちこそそう(人殺し)だ」と反論した。もっともプーチン氏はバイデン氏に対し、19日か22日にオンラインでの公開直接対話を呼びかけるなどもした。

 そのような経緯を背景に、バイデン氏はプーチン氏と直接会談したのであり、それまでの鋭い対決姿勢にかんがみれば、両者の間で協力的な雰囲気が生まれなくても不思議でなかった。

 約3時間半続いた会談後、両首脳は別々に記者会見を開催した。それだけ見れば、両者は立場の違いを強調したようにも取れたが、会談結果は両者が協力的な姿勢を取ったことを示唆していた。バイデン氏は「米ロ関係への対処について、明確な基盤ができた」、プーチン氏は「多くの点で立場が違うが、相手を理解し近づける道を見つけたいという双方の望みが示された」と発言したからである。バイデン氏は以前からロシアと「予見可能で安定した関係」を構築することが重要だと述べており、今回の会談はその点でも評価し得るであろう。

 両者はなぜ、意外と思えるほど協力的な姿勢をみせたのか。新戦略兵器削減条約(新START)の5年延長の合意は大きい。両国は新たな軍備管理協議の開始を明記した共同声明である「戦略的安定」を発表した。新たな協議は二国間の軍備管理のあり方やリスクを縮小する方策をさぐる「総合的な対話」であり、両国の軍事専門家と外交官が参加する見通しだという。

 もちろん両首脳はすべてについて意見が一致したのでない。サイバー攻撃やロシア国内の人権問題についての両者の隔たりはなお大きい。

 最大の疑問点は中国との関係である。今次首脳会談でバイデン氏とプーチン氏が中国についてなにか言及したか、外部にはなにも伝えられていない。プーチン氏にとって中国は欧米に対抗する上でもっとも頼りになる仲間であり、中国との関係は、冷戦時代の軍事同盟関係はすでに解消されているが、何にもまして重要であることに変わりはない。そのような状況にあって、プーチン氏がバイデン氏に対し中国について軽々に発言することはありえない。

 しかるにバイデン氏は今次会談後、記者団に「ロシアは困難な状況にある。中国に押し込まれつつある。必死に大国でいたがっている」と述べたという。実に興味深い発言であり、今次会談では中国について話し合いが行われたのではないが、米ロ関係について話し合う中で、ロシアは中国に押され気味であることが「にじみ出た」のではないか。外交の世界では発言よりも「にじみ出た」ことのほうが真実に近いことがある。バイデン氏が解説した中にはその一例が示されていると思われてならない。
2021.06.08

ハンガリーの中国寄り政権に対する反対運動

EU内でハンガリーと他の加盟国の不協和音が激しくなっている。さる4月中旬、EUは中国が香港の自由を強引に制限したことを非難する声明を発出しようとしたが、ハンガリーが反対したため、できなかった。

5月、ハンガリーは、EUとアフリカ、カリブ海および太平洋諸国との貿易協定批准にも反対した。また、イスラエルとパレスチナに停戦を求める声明にも反対した。

オルバン・ハンガリー首相はかねてより中国寄りの姿勢で知られ、EU内の団結を乱すとして警戒されていた。そして最近、その傾向が一段と強まったのである。独外務省のミグエル・ベルガー国務大臣は6月4日、1か国の反対ですべての案件が葬られる現状に危機感を示し、EUとしては多数決の導入を検討しなければならないと独仏など主要国の警戒心を代弁する発言を行った。

一方、オルバンはブダペストで中国の復旦大学の分校を建設する計画を進めようとしている。建設費は12億ユーロであり、資金の大部分は中国からの融資によって賄われる。2024年に完成の予定である。

しかし、これには多数のハンガリー国民が反対しており、Republikon Instituteによれば市民の3分の2が反対だという。
6月5日、ブダペスト市内で大規模な反対デモが発生した。

ブダペストのカラスコニィ市長は2022年の選挙で首相に立候補すると目されている反オルバン派であり、復旦大学の建設に反対して建設地付近の街路名を「ダライ・ラマ通り」、「ウイグル烈士通り」、「自由香港通り」と改名した。中国大使館は猛烈に反発した。

中国はハンガリーをはじめ東欧諸国を手なずけて影響力を高める方針である。一方、EUは中国とは価値を共有しないという認識を強め、外交面で対立的になることが目立っている。そんななか、オルバン首相はどこまで親中国路線を突っ走れるか注目される。
2021.05.31

セルビア-いつでも予約なしでワクチン接種を受けられる国

 セルビアは、テニスやサッカーなどは別として、日本ではよく知られていない国である。だが、コロナワクチンの関係では世界有数の先進国であることを5月30日の朝日新聞が伝えている。

 首都ベオグラードでは、たとえばショッピングモールで、予約なしでいつでも自由に、無料でワクチン接種を受けられる。ワクチンは中国シノファーム製と米ファイザー製、ロシア製スプートニクVから選べる。接種を待つ人の行列はなく、すぐに打ってもらえる。夢のような話である。

 セルビアがワクチンをこれほど潤沢に確保できたのは、ブチッチ大統領以下が早くから問題意識をもって取り組んできたからである。ブチッチ氏は「昨年7月末から米ファイザーと交渉を始め、中国の習近平(シーチンピン)国家主席のほかロシアのプーチン大統領や英国のジョンソン首相とも直接交渉した」と明かしている。

 その中で、最も多く供給したのが中国だ。ブチッチ氏は、「外交努力が報われた。中国がとても助けてくれた」と中国の「ワクチン外交」を評価している。EUは昨年3月、医療用品の域外輸出を禁止したが、同じころ、中国はマスクなど医療物資を大量に提供し、ブチッチ氏は空港に出向いて輸送してきた特別機を迎え、中国国旗にキスをした。一国の大統領が、どんな事情があるにせよ、他国の国旗にキスをするなど聞いたことがない。

 ワクチン確保がすべて順調だったわけでなく、苦労も大抵のことではなかったらしい。セルビア正教会の総主教といえばセルビア宗教界の頂点に立ち、国民の尊敬を一身に集めている人物であるが、2020年11月にコロナウイルスにかかって死亡した。政府は困難な立場に立たされたであろう。最近まで在セルビア大使を務めた丸山純一氏は、セルビアのワクチン確保のスピードと量は目覚ましいものであったと認めつつ、同国政府は必要な資金を確保するのに資金流用などもせざるを得なかったことをある会合で指摘していた。

 しかし、あまりに順調すぎると人はありがたさを忘れがちになるらしい。ワクチン効果もあり、セルビアの1日あたりの新規感染者数は、3月下旬から、多かった時の10分の1以下の300人ほどに減少しており、街中でマスク姿の人はほぼいない。レストランの店内営業も認められ、日常生活が戻りつつある。
だが、一方で接種への関心が低下して接種スピードが鈍化しており、「ワクチン余り」の状況になっている。
そのため政府は5月、接種した市民に3千ディナール(約3400円)の商品券を配ることを決めたという。

 セルビアは、かつてコソボ紛争が原因で欧米諸国と対立し、1999年にNATOの爆撃を受けボコボコにされたが、国連などでセルビアを擁護してくれたのが中国とロシアであり、それ以来セルビアにとって中国は特別の存在となっていた。

 2010年ごろから中国のセルビアへの進出が目立つようになり、鉄道、道路などの投資が急増した。中国はギリシャからハンガリーへ伸びる一大交通路の建設をも持ち掛けた。ギリシャのピレウス港は「一帯一路」の欧州第1号プロジェクトであり、またハンガリーはEUの中にあって中国寄りの立場が色濃い国である。この中間に位置しているのがセルビアなので、この輸送・交通路が完成すると、「一帯一路」は大きくと進むことになる。

 セルビアと中国の関係はコロナ禍を通じていっそう緊密化したようだ。今後もセルビアにとって中国が特別に重要な国であることに変わりはないだろうが、一方でセルビアはEUへの加盟を長らく渇望してきた。地政学的にセルビアは欧州の一部であり、EUとの友好関係なくしては国家として立ちいかない。

 しかるに、中国とEUは最近対立する場面が増しており、その傾向は今後容易に解消されそうにない。セルビアが今後中国との関係をさらに緊密化していくと、EUは警戒し、その結果、加盟問題にも悪影響が及ぶ可能性がある。

 セルビア国内でも、中国やロシアとの関係を重視する派(保守派)と欧米派(経済重視派)が併存しており、両者の関係は微妙である。セルビアはコロナワクチンの接種問題で各国から注目される成果を上げたが、内政・外交のかじ取りは逆に困難になっていくのではないか。

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