平和外交研究所

ブログ

ブログ記事一覧

2020.02.01

新型コロナウイルスによる肺炎の蔓延に関するWHOの問題発言など

 新型コロナウイルスが猛威を振るっている。様々な問題があるが、特に次の2点に注目した。

 第1は、世界保健機関(WHO)の対応である。WHOは1月22日、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」にあたるかどうか検討した結果、現在の情報だけでは判断が難しいと緊急事態宣言の発令を延期した。新型コロナウイルスの発生が公表されたのは昨年の12月8日であった。そしてそのウイルスによる肺炎は急速に拡大していった。しかし、1月22日になっても、WHOとして「緊急事態」を宣言するには判断材料が乏しかったというのであった。
 
 WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は1月27日に北京を訪れ、翌日に習近平主席以下と会談した。事務局長は感染拡大防止のため中国当局がとっている「並外れた対策」をたたえた。中国共産党の機関紙『人民日報』によると、テドロス事務局長は「中国が疫病の感染予防に対して行っている努力とその措置は前代未聞なほど素晴らしい。中国は感染予防措置に関して新しいスタンダードを世界に先んじて打ち出すことに成功している」とさえ言ったそうだ。中国政府の感染対策を支持すると表明したのはよいことであったが、このように中国の偉大さを喧伝する過度の称賛は適切でないと思う。

 さらに、テドロス事務局長は「現在中国にいる外国人の退避は推奨しない」とも発言した。その時日本も含め各国は武漢在留の自国民本国に緊急帰国させる準備を始めていたが、テドロス事務局長はそのような発言をしたのであった。これはWHOの事務局長として適切な発言であったか。困った自国民が多数いるときに、緊急帰国できるよう取り計らうのは各国政府の責任であり、その努力に水を差すような発言はすべきでなかったのではないか。

 テドロス事務局長は北京を訪れたが、肝心の武漢へは行かなかった。これも不可解なことであった。現場より、中国政府との話し合いを重視したとみられるだろう。

 世界保健機関(WHO)は30日になって、新型コロナウイルスによる感染の拡大は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)に該当すると宣言した。その時点では、WHOによると、感染者数は7818人、死者は約170人に達していた。この宣言はもっと早く出すべきでなかったか。

 要するに、WHOのこれまでの対応については、緊急事態と認定するのが遅すぎたこと、テドロス事務局長の言動はバイアスがかかっていると判断されること、さらには中国政府の意を受けて発言している疑いが濃厚であることなどの問題があるのだ。

 第2の問題は、台湾の扱いだ。これについては、Newsweek1月27日号に掲載されたTHE DIPLOMATの24日付記事を以下に再掲させていただく。

表題<中国の圧力でWHO会合出席もかなわず、感染対策の国際的な議論に加われない台湾。非常事態に蔡英文が情報共有を訴えるが>

 台湾でもコロナウイルスによる新型肺炎の感染が確認され、当局は直ちに、発生源とされる武漢住民の台湾入りを全て禁じた。WHO(世界保健機関)から排除されているために最新の情報が入らず、不安が高まっているからだ。

 中国政府は1月23日に武漢および隣接2都市を封鎖し、住民が市外に出るのを実質的に禁じた。台湾と武漢を結ぶ直行便も、既に全て運航停止している。

 台湾の公衆衛生当局は1月21日、武漢で働いていて20日に台湾に戻った55歳の女性の感染が確認されたと発表した。ほかにも感染の疑いのある人が多数いるという。

 台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は22日に中国政府に対し、このウイルスの拡散状況に関する情報の提供を求める一方、国際空港での防疫体制を最大限に強化していると述べた。

 しかし現状では、中国本土と台湾の間に公衆衛生上の情報を共有する正式な仕組みはない。独立志向とされる民進党の蔡が2016年に総統に選出されて以来、中国側は台湾と政府レベルの対話を全て打ち切っている。

 蔡はWHOに、この問題に関する緊急の専門家会議に台湾が加わるのを認めるよう要請した。中国政府の圧力により、今の台湾はWHOから排除されている。過去には総会にオブザーバーとして参加していたが、蔡政権の誕生以降はそれも許されていない。

 中華圏では1月24日に春節(旧正月)の連休が始まり、住民の移動が活発になっている。ウイルス感染の可能性がある武漢市民が既に市外に出ている可能性があり、国際社会もこれを懸念している。

それでも「一つの中国」
 中国本土で働く台湾住民は100万人超とみられ、その多くは春節の連休中に帰省するだろう。その中にはiPhone製造などを手掛ける台湾資本のフォックスコン(鴻海科技集団)の従業員もいる。ただし同社は、今のところ武漢工場で感染の疑われる者はいないとしている。

 一方で台湾当局は対策本部を立ち上げ、緊急対応チームをつくり、マスメディアやソーシャルメディアを通じた情報発信を強化している。

 しかし台湾はこんな事態になっても、中国政府の反対でWHOの会合に出席できずにいる。かつてSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したときも、2人の死者が出るまでWHOの専門家は台湾に来てくれなかった──医師でもある陳建仁(チェン・チエンレン)副総統は記者会見でそう語った。

 それでも台湾の衛生当局はSARSの蔓延をどうにか抑えた。それだけの実績があるのに、今も感染対策の国際的な議論に加われない。

 これはひどい。昨年5月にスイスで開かれたWHO総会でも、24カ国が台湾の参加を支持する意見を表明したが認められなかった。中国外務省はこの非常事態に及んでも、「一つの中国」の原則を認めない限り台湾の国際機関への参加は認められないと繰り返すのみ。「中国政府は誰よりも台湾人民の健康を気に掛けている」と言われても台湾人は誰も信じない。

 政治的信条も国境も越えて広がるのがウイルスの脅威なのだが……。

2020.01.31

トランプ大統領の中東和平提案

 中東で巨象がまた暴れはじめた。アフリカ象でなくアメリカ象だ。今度は今までに輪をかけて凶暴である。米国も含め国際社会が努力してきたこと(安保理決議242及び338など)をけちらし、米国の歴代政権が仲介者としてのバランス外交に腐心し、公平であろうとしてきた姿勢をかなぐり捨てた。

 国際問題を論じるのにたとえ話など不謹慎かもしれないが、言葉で表現するより雄弁に問題の本質を表せると思った次第である。

 一部アラブ諸国はこの荒れ狂う巨象に乗っている。パレスチナをめぐる中東和平問題において、従来は、イスラエルの存在を認めないアラブ諸国と、イスラエルの安全は守らなければならないとする米欧諸国が対立する構図になっていた(エジプトとヨルダンは例外的にイスラエルを認めた)。しかし、トランプ氏の和平提案については、アラブ諸国でもアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、オマーンは支持する姿勢を取った。サウジアラビアは、「包括的な和平案をつくったトランプ政権の努力に感謝する」と表明する一方、サルマン国王がパレスチナ自治政府のアッバス議長と電話会談を行う配慮も見せた。エジプトは和平案に理解を示し、米国とパレスチナの対話の再開を求めた。

 一方、パレスチナ自治政府はもちろん、イランやトルコなどはトランプ提案に激しく批判的である。

 アラブ諸国を束ねるアラブ連盟(21カ国・1機構)は今週末に緊急会合を開き、アッバス氏も出席する見通しだが、パレスチナに寄り添った強い対応に出る可能性は低いとみられている。

 中東諸国が真っ二つに割れているのである。かなりの数のアラブ諸国がトランプ提案を支持していること自体驚きだが、彼らは将来もそのような姿勢を続けることができるか。

 米国では今年の11月3日に大統領選挙が行われる。トランプ氏が再選されるかよくわからないが、仮に再選されても、将来米国を率いる政権がトランプ氏の提案を維持するとはとても思えない。米国がトランプ以前に戻った場合に、今トランプ政権を支持しているアラブ諸国はどのような姿勢を取るか。アラブ世界もいつまでも同じわけではないだろうが、イスラエルを承認することはきわめて困難なことである。長年の歴史をみると、イスラエルの主張だけを柱として中東和平が実現するとは到底思えない。

 日本の立場については、巨象が荒れ狂っている現在、EUと意思疎通をよくして共通の対処ができればよいが、それは実際的には困難なのであろう。かといって、トランプ大統領に盲目的に従うことは避けなければならない。日本は、イスラエルを認める国も認めない国も含め、中東諸国との友好関係を維持することは、今後も絶対的に必要である。
2020.01.30

韓国における政権と検察

 韓国の文在寅政権は検察改革を大々的に進めている。そんなことをしている国は他には見当たらない。ITなどの分野では世界のトップクラスにある先進国には似つかわしくないという印象もあるが、韓国では1980年代の民主化以来の大懸案なのである。

 文大統領の下で検察改革を進めようとしたのが曺国(チョ・グク)前法相であるが、就任後1か月余りで辞任に追い込まれた。ムン大統領がそもそもなぜチョ・グク氏を法相に任命したのか、チョ・グク氏はなぜ短期間で辞任せざるを得なかったのか、韓国政治への影響いかんなど注目されているが、この問題は氷山の一角である。

 文政権の検察改革は、①検察の過去の清算、および、②権限の大幅縮小であり、本稿ではそれに③検察庁人事の抜本的一新、を加えた3本柱で見ていくこととする。

 韓国の検察についての最大問題はあまりにも強大な力を有していることであり、政権の道具となることも、逆に政権に歯向かうこともあった。

 民主化後初めて民間人として大統領になった金泳三は1995年、過去の軍人政権の清算を図るとして全斗煥、盧泰愚両元大統領の訴追を主導した。この時は、大統領と検察が協力し合ったと思われる。

 その後任の金大中大統領は、自身が政治的な検察の被害者であり、死刑判決を受けたこともあったので、当然、検察改革には熱意をもって取り組むだろうとみられていたが、政権についた後は検察の権限を縮小せず、むしろ権力の道具にするようになり政治癒着は激しくなったといわれていた(韓寅燮 ハン・インソプ:ソウル大学法科大学教授)。

 検察の改革に積極的に取り組んだのは廬武鉉大統領であったが、成果を上げることはできなかった。退任後は自身の側近・親族が贈収賄容疑で検察によって厳しく追及されるようになり、追い詰められた廬武鉉氏は自殺した。このことは、廬武鉉大統領の側近であった文在寅氏にとっていやしがたいトラウマとなり、今日の検察改革への原動力となっているという。

 次の李明博大統領は、退任後、文在寅政権下で、巨額の収賄などの疑いで訴追された。

 朴槿恵大統領の場合は、現職中に国会で弾劾される中で、特別検察官が国政介入疑惑における収賄を認定して失職への道筋を決定づけた。

 韓国の検事総長は実質的には大統領が任命する。そして法務相の監督を受ける。日本と原則的に同じ仕組みである。にもかかわらず、韓国の検察が大統領に恐れられるほど強大な力を持っているのは、大統領が外見的には強力に見えるが、実際には脆弱なところがあるからだ。

 韓国の大統領は、自らは清廉潔白であっても、不正を働く側近や親族に囲まれているので、検察としては追及は難しくないのである。廬武鉉も李明博も朴槿恵もみなそういう状況にあった。朴槿恵の場合は友人の崔順実(チェ・スンシル)が不正を働いた。文大統領の場合も、チョ・グク氏の扱いをあやまると検察の追及を受ける危険があっただろう。

 また、大統領選挙の際の不正な資金の流れが検察に把握されている。この点でも完全に安泰な大統領はいないのが現実である。

 つまり、韓国ではどの大統領も、自身は潔白でも、親族や側近、選挙の関係で、たたけばほこりが出る状況にあるのだ。検察は、朴槿恵の場合のように国会で弾劾手続きが進められる場合は例外として、大統領の現職中はさすがに行動を起こすことを控えているが、退職するとそのような制約は取り払われる。

 ここでは大統領の場合を例に挙げたが、政治家には、多かれ少なかれ、同様の問題があるために検察に対して脆弱な立場にあり、標的になるのは珍しくないのである。

 検察のもう一つの問題は、「過去の清算」をしなかったことである。「過去の清算」は歴代政権にとって重要課題であったが、国民を弾圧したことがある機関のうち、国家情報院(元は韓国中央情報部 KCIA 後に国家安全企画部を経て現在の名称になった)と警察はすでに一定程度行ったとみられている。しかし検察だけは何もしなかった。

 文在寅大統領はまさにそのような考えの代表的人物であり、盧武鉉元大統領の死後、2011年に出版した共著『検察を考える』でも、「警察はある程度過去事の清算を行ったが、検察はまったくしていない」とし、これを「既得権守護」だと批判していた。また、2019年2月15日、大統領府で主宰した「国家情報院・検察・警察改革戦略会議」でもそのことを指摘していた。

 2017年12月、文政権は検察過去事委員会(キム・ガプペ委員長)を設置し、過去の検察権乱用事例に対する徹底した真相調査を行わせた。同委員会は約1年3カ月間、真相調査を行い、さまざまな事例を挙げて検察の行動を論じ、批判した。韓国法務部はその指摘の履行状況を点検することになっている。これが①の改革である。

 もう一つの問題である大統領など高官に対する訴追(②の問題)については、2019年12月30日、「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」設置法案が最大野党「自由韓国党」を除く与野党の賛成多数で可決された。準備が整って実際に設置されるのは約半年後だと言われている。

 「公捜処」の捜査対象は大統領、国会議員、大法院長(最高裁長官)および大法官(最高裁判事)、憲法裁判所長および憲法裁判官、首相と首相秘書室の政務職公務員、中央選挙管理委員会の政務職公務員、判事、検事、高位の警察官などであり、このうち警察官、検事、判事については、公捜処が直接起訴し、公判を維持できることになった。たとえば、検事総長に対しては、従来は大統領と法務相の監督下に置かれていたが、新体制では「公捜処」が起訴し、後半を維持できることになったのである。「公捜処」は憲政史上初めて検察の起訴権を分けて持つ常設捜査機関だと評されている。

 この①と②により検察の権限は大幅に制限されることになった。文大統領は、「先輩」であり「友人」であった盧武鉉大統領がなしえなかった検察改革を17年たった今、ようやく実現できたと言われている。

 文政権の検察改革③の人事一新については、1月8日、秋美愛新法相(チョ・グクの後任)が32人もの検察幹部を交代させる人事を発表した。その中には、大統領府による選挙介入疑惑などの捜査を指揮していた最高検の部長2人が含まれており、それぞれ済州地裁の検事正と釜山高検の次席検事に異動となった。事実上の島流しだと言われている。その後任には、大学の後輩など文大統領に近い人物が起用された。

 さらに1月23日には、第2弾として検事759人が異動になり、チョ・グク被告の疑惑を捜査していたソウル中央地検とソウル東部地検の次長検事ら計3人が地方に追いやられた。

 2回にわたる異例の人事によって、チョ・グク被告の疑惑の捜査を指揮する尹錫悦(ユン・ソンヨル)検事総長の立場はいちじるしく困難になった。保守系の『朝鮮日報』などは「文政権を捜査する『尹師団』の大虐殺」などと批判している。進歩系メディアも、「尹錫悦師団総入れ替え、公正捜査の原則が揺れることのないよう」(京郷新聞、同)「検察の破格人事注目、公正な捜査は保証されなければ」(ハンギョレ、同)と危機感を示している。

 検察改革は文在寅大統領の公約第一号であり、外交面、とくに日本、米国、北朝鮮との関係でも、また経済面でも成果を上げられず、支持率は不支持率より下がったり、上がったりの状況にあって検察改革を実現したことは文政権の唯一といってよい成果であろう。このことには文在寅氏の「過去の清算」にかける強い思い入れがうかがわれる。

しかし、大ナタを振るって検察をあるべき姿に戻せたか。「公捜処」の公平性をだれが担保できるか。大統領の権限が過度に肥大することにならないか。民主主義の国家において二つの検察機関にすることが果たして機能するか。疑問は少なくない。また、異例の人事異動には、来る4月に行われる総選挙を控えた政治的な意図があるとの指摘もある。

 文政権からは強いパンチを食らったユン検事総長だが、国民の間の評判は「うなぎのぼり」ともいう。文政権の検察改革の評価にはまだ時間が必要なようである。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.