平和外交研究所

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2015.08.04

(短評)中国の反腐敗運動は峠を越したか

 7月下旬、中国は元党中央弁公庁主任(我が国の官房長官と与党の幹事長を兼ねたような役職)の令計画および中央軍事委員会副主席であった郭伯雄について、ともに党籍剥奪の上起訴するという処分を決定した。令計画は胡錦濤前主席のナンバーワン側近であり、郭伯雄は制服組のトップであった。
 習近平主席と反腐敗運動の遂行責任者の王岐山は現在も反腐敗運動の手綱を緩めていないようにも見えるが、両人の失脚は実質的には昨年すでに決定していたので、今回の処分決定をもって習近平政権が依然として反腐敗運動に力を入れているという結論を導くことは困難である。
6月24日、当研究所のHPに掲載した「反腐敗運動は竜頭蛇尾となったか‐何清漣の批判」で紹介したように、大物については周永康と徐才厚(郭伯雄と並んで前中央軍事委員会副主任。両名についてはすでに判決が下っている)、それに今回の令計画と郭伯雄の処分によりヤマは越したという見方も成り立つ。
 反腐敗運動は、言論統制の強化とともに習近平政権の2大方針であり、現在も軍、国営企業、地方では追及の手が緩められておらず、全体的にかなりの規模の摘発が続いているので今後も注目が必要であるが、何清漣が指摘するように大物に対する追及は事実上終了しているのかもしれない。
 王岐山は、7月31日、党中央・政府各部門および専門家を集めて座談会を開催し、「政治浄化および党規律処分に関する規則」の修正について議論した。これに先立って、7月初めには陝西省でも同様の座談会を開催し、同じ問題について議論している。また、規則の修正は最近言い出したことでなく、昨年の18期4中全会の後から何回か提起している問題である。
 王岐山は党規律と国家の法律は区別しなければならないと主張している。規律検査委員会がなすべきことは党規律にしたがって問題を正すことであり、法律に従って処分するのは司法当局の任務である。両方行なうことはそもそも規律検査委員会の能力を超えている。
 実際には党規違反と法律違反が重なっている場合が多いだろうが、規律検査委員会は党規違反問題の処理がすみ次第司法当局に引き渡すべきである(香港『大公報』8月4日付)。
 王岐山がこのような座談会を開いているのは、直接的には、何でも自分でやりたがる傾向がある規律検査委員会にブレーキをかけるためだろうが、その裏には、規律検査の本来の任務についても抑制しようとする意図があるのか、気になることである。

2015.08.01

(短文)アフリカにおける米中の角逐

 オバマ大統領のアフリカ政策について欧米のメディアにはかなり辛口のコメントをしているものがあり、英フィナンシャル・タイムズなどは、世界で急成長を実現している「上位10カ国のうち7カ国はアフリカの国々だ」「新規投資の機会をつかんでいるのは中国だ」などと指摘しつつ、オバマ大統領の思惑通りに事は運ばないだろうという趣旨の論評を加えている。
 オバマ大統領は7月24日からケニアおよびエチオピアに合計6日間滞在した。1期目の2009年にはガーナに20時間立ち寄っただけであったのと比べると、はるかに長く本格的な訪問であった。
 アフリカ諸国はかつてのように援助を受けるだけでなく、投資の対象国として重要になっている。今回の訪問を前にオバマ大統領もアフリカへの投資増大を語っていた。これを機会に米国とアフリカとの関係が前進することを期待する声もあるが、米国の投資が本当にアフリカに流れ込むか、半信半疑の人もあるそうだ。

 アフリカにはすでに中国が猛烈な勢いで進出しているからである。コロンビア大学のHoward French准教授は”China’s Second Continent”という本を出版している。アフリカは「第2の中国大陸」というわけであり、過去10~15年間に中国の勢力が増大し、米国の影響力は後退したと指摘している。
 アフリカでは、日本人は多くても一カ国に数百人が滞在している程度であるが、中国人は万の台である。旧宗主国の英国やフランスと比較しても中国はけた違いに多い。飛行場に降り立つと空港ターミナルへ向かうバスの運転手が中国人なので驚かされることも珍しくないそうだ。そもそもアフリカ大陸は巨大であるが、人口は少ない。資源開発に中国が投資しても、雇える労働者は少ない。このことも中国人が進出する一つの理由である。
 今や、アフリカ各都市に中国が建てた高層ビルが立ち並び、その中で中国商人が商売をしている。交通網も中国が建設している。有名なMombasa-Nairobi鉄道は中国人の手で改修中であり、将来は完全に中国標準になるのではないかと言われている。中国モデルがアフリカのいたるところで広まっている。

 オバマ大統領のアフリカ訪問と相前後して、中国はジブチと1・85億ドルの経済協力協定を結んだ。ジブチは紅海とアデン湾に面する要衝の地で、米国は基地を置いている。海賊対策のため派遣される自衛隊の拠点もジブチである。ジブチは米国のテロ対策の拠点であり、4500人の兵員を配し、イェーメンとソマリアでのドローン活動もそこから行っている。
 その隣接地へ中国が進出してくることに米軍は神経をとがらせ、基地の機能に悪影響が出る恐れがあるとも言っている。米軍の状況も気持ちも想像に難くないが、資源確保に躍起となり、そのために資金も労働力も大量に投入してくる中国パワーは難敵である。米中の角逐は南シナ海からインド洋、さらにはアフリカにまで広がっている。

2015.07.30

明治遺産の世界遺産登録-forced to workについての政府の考え

 ユネスコ世界遺産委員会は7月5日、「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録することを決定しました。対象となるのは九州の5県と山口、岩手、静岡の計8県にまたがる製鉄・製鋼、造船、石炭産業関係の23遺産です。
 この決定に至る前、韓国はこの中に朝鮮人(朝鮮半島出身者)労働者が強制徴用された施設が含まれているとして世界遺産への登録に反対したので、日韓間で協議が行われました。そして6月21日、久しぶりに開催された日韓外相会談で妥協が成立し、日本側の」「明治日本の産業革命遺産」と韓国側の「百済歴史地区」という両国の推薦案件が共に登録されるよう協力していくことになりました。

 ところが、正式の決定が行なわれる世界文化遺産委員会で日韓双方が行なう声明の内容に食い違いのあることが判明しました。これでは決定ができなくなります。
日本側は、公表されていませんが、朝鮮人が労働に従事していた施設について歴史的事実を説明する表示を行なう考えでした。
 一方、韓国側は声明の中で、朝鮮人に関する「forced labor(強制労働)」という文言に言及することにして、委員会の開催前に声明案を日本側に伝えてきました。しかし、この文言を使うことは外相協議までの努力を無にすることになるので日本側としては受け入れられず、韓国側に強力に是正を求めました。
 結局、日韓双方、それに世界文化遺産委員会の議長などの努力であらためて妥協が成立しました。日本側代表は、「日本は,1940年代にいくつかのサイトにおいて,その意思に反して連れて来られ,厳しい環境の下で働かされた(forced to work under harsh conditions)多くの朝鮮半島出身者等がいたこと,また,第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である」と表明しました。
 韓国側代表は日本側の発言を引用し、日本が表明した措置を「誠意を持って実行する」ことを信じて全会一致に加わったと述べました。

 こうして「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産への登録が決定したのですが、その後、日韓間で「強制労働」という文言に関してまたひと悶着起こりました。このきっかけとなったのは、菅官房長官や岸田外相の「我が国代表団の発言は強制労働を意味するものではない」との説明であり、これに対し韓国で、日本は態度を変えたという趣旨の批判が相次いだのです(たとえば、7月7日付東亜日報社説)。せっかく芽生えていた両国間の協力的雰囲気に水が差された形になりました。

 何が問題だったのでしょうか。最初からの経緯を大きく見ていくと、「強制労働」であったことを理由に世界遺産登録に反対したのは韓国側です。これに対し日本側は、「強制労働」であったとは言えないが、妥協案を模索し、韓国側といったん合意しました。
登録決定後、今度は日本側から「強制労働でなかった」と言い、韓国側が反発しました。つまり、決定前は「強制労働であったか否か」が、決定後は「強制労働でなかったか否か」が争いになったのです。

 以上の議論は「強制労働」の有無に焦点が当たっていましたが、単なる言葉だけの問題でなく日韓双方ともに「強制労働に関する条約」を意識していました。この条約は1930年に国際労働機関(ILO)で採択された労働問題に関する基本条約の一つです。韓国側としては、日本はこの条約に違反しており、日本での労働は違法であったと主張するためであり、「強制労働」を認めさせることは日本の行為の違法性を確立する第一歩だったのでしょう。韓国内には、朝鮮人の労働は違法であり、日本に補償を求めるべきであるという意見が根強く存在しています。
 また、韓国側では、朝鮮人の労働の根拠とされている「徴用令」は、日本側は有効とみなしているが、そもそも日韓併合やそれ以降の植民地支配が違法であり、したがって「徴用令」を朝鮮人に適用したことも違法であったという考えも見られます。
 一方、日本側の法的立場は、朝鮮人の徴用問題は「1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決済みである」ということです。「強制労働でなかったから解決済み」と言っているのではありません。「徴用令」は、経緯を説明する中で言及していますが、「強制労働ではなかった」という見解は法的主張ではありません。日韓請求権協定に基づく日本の法的立場は明快であり揺らぐ危険はありません。韓国側から訴訟を起こされても、日本側が敗訴することは考えられません。
 このように考えると、登録直後に日本側から「強制労働を意味しない」とコメントし、さらに岸田外相が7月10日、「強制労働には当たらないと考えます」と発言したのは、そもそも韓国側から「強制労働」を言い出し、両国の間で論争になっていたという経緯はあるにせよ、不必要なひと言であり、力士が勝負のついた後にもう一突き相手を突いた形になったと思います。

 国際的な感覚でこの問題を見ておくことも必要です。日本側が声明の中で“forced to work under harsh conditions”であったことを認めたことを各国は評価しますが、それに加えて、“forced labour(強制労働)”であったことを認めたのではないと言うことは、残念ながら国際的な理解はなかなか得られないと思います。この説明を支持している外国人がいるという報道もありますが、それを国際社会全体の反応とみなせるか、非常に疑問です。
 各国は、多くの朝鮮人が意思に反して連れて来られ,厳しい環境の下で働かされたことについて同情を抱いています。日本人の多くも同じ気持ちでしょう。日本政府の法的立場は明確かつ堅固であり、「強制労働」の文言で左右されることはありません。したがって「強制労働」の有無にかかわる議論を戦わすことは無益であるのみならず、国際社会における日本のイメージを損なう恐れがあると思います。

(THE PAGEに7月30日掲載)

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