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2025.01.22
〇第1の疑問 「韓国の国家秩序は乱れた」
尹錫悦大統領は12月3日、非常戒厳を突然宣布した。だが、それからわずか6時間後、国会から解除要求決議を突きつけられ、解除に追い込まれた。
尹氏は非常戒厳を宣布する際、野党が過半数を握る国会において、政府の官僚や検事らへの弾劾訴追の発議が相次いでおり、司法業務や行政府までまひさせていると主張。最大野党の「共に民主党」が予算までも政争の手段に利用していると批判し、国家機関を乱すことで内乱を画策する「明白な反国家行為」だと述べた。
大統領の周りには大統領が執務を滞りなく遂行できるよう必要な機構と人員が配置されているはずであり、国情を判断して大統領にアドバイスし、必要な場合実力を使ってでも大統領を擁護する。もちろん大統領が常に正しいわけではなく、弾劾によって大統領を否定しなければならないこともある。いずれにしてもそのような国家機能が正しく機能しないと国政はいたずらに乱れる。
今回、尹大統領側は非常戒厳を宣布すれば事態はどうなるか、詳しく検討したはずであるが、6時間で撤回を迫られたのは大統領側に判断ミスがあったのであろう。だが、大統領を批判する側も必要な手順を踏み、国家の秩序を揺るがせないよう慎むべきであったのではないか。これが今回の政変についての第一の、かつ最大の疑問である。
〇弾劾決議・弾劾審判
12月14日、尹錫悦大統領に対する国会の弾劾決議案(2回目)は議員300人全員が出席し、賛成204票、反対85票、無効8票、棄権3票という結果となって成立した。これにより、尹大統領の職務は停止された。
憲法裁判所は12月16日、尹氏の罷免の可否を判断する弾劾審判を開始した。非常戒厳が憲法の定める要件を満たしているかが判断され、6か月以内に弾劾の妥当性を判断する。6人以上の裁判官が弾劾に賛成すれば、大統領は罷免される。
(注 韓国では大統領が弾劾されたことはこれまで何回もあった。ただし、最終的に大統領を罷免されたケース、刑事訴追を受けたケース、退任後訴追されたケースなども併せてみていかないと大統領の地位の安定性ははっきりしない。この考えでみれば、韓国の大統領で問題にならなかった例はほとんどいないといっても過言でない。)
〇尹氏の拘束
弾劾決議が合法か、弾劾裁判が進行中だが、合同捜査本部は1月15日、尹大統領を拘束した。尹氏が宣布(宣告)した非常戒厳令は内乱罪であるというのが理由であった。
これに対し尹氏は、戒厳令は内乱に当たらない、憲法は大統領の不訴追特権を定めており、在職中に刑事上の訴追を受けない、合同捜査本部による拘束は違法であり、韓国の法秩序は崩壊していると主張した。
後に、憲法審判において検察役を務める国会の訴追団野党側が内乱罪の訴追を取り下げ、尹氏による「非常戒厳」宣言の違憲・違法性に立証を絞ると表明したので内乱罪の問題は解消した。しかし、尹氏側は内乱罪が成立しないなら訴追をすべて却下すべきだと反発した。
〇尹氏の逮捕
内乱容疑で拘束された韓国の尹錫悦大統領について、合同捜査本部に加わる高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)は17日、逮捕状を請求し、ソウル西部地裁は19日未明に逮捕状を発付した。
尹氏の支持者らはこれに反発して同地裁の敷地内に乱入し、暴動に発展した。
韓国の制度は日本と異なり、容疑者の身柄を拘束し、そのうえで逮捕するという2段階に分かれているが、尹大統領に対する弾劾の可否が審判中であるのに、拘束や逮捕が行われるのは不可解である。他の国では大統領の行動に不満があっても、拘束や逮捕には慎重だろう。韓国の2段階拘束制と大統領の拘束・逮捕も疑問である。
〇支持率
一方、尹大統領の支持率は年末から急速に回復しはじめた。12月7日に7%程度まで落ちていた尹錫悦大統領の支持率は、1月4日には40%を超えた。与党・国民の力の支持率も上昇しており、野党・共に民主党の支持率とほぼ同じ40%強まで回復、17日には共に民主党を5カ月ぶりに上回るという調査結果まで出た。尹大統領拘束・逮捕は過早であったと国民が思い直し始めたと思いたいが、実情は謎である。
韓国内の大手マスコミや新聞社ではほとんど報道していないという。世論調査についても問題があるともいわれている。韓国内の報道機関や世論調査機関を民主党と左派勢力が掌握していることは周知であり、自分たちに有利なデータばかりを公表しているともいわれているが、これらも疑問である。
最近の韓国政情
1月19日、尹錫悦大統領が逮捕された。韓国の大統領の地位は不安定である。特に疑問な点を挙げてみた。〇第1の疑問 「韓国の国家秩序は乱れた」
尹錫悦大統領は12月3日、非常戒厳を突然宣布した。だが、それからわずか6時間後、国会から解除要求決議を突きつけられ、解除に追い込まれた。
尹氏は非常戒厳を宣布する際、野党が過半数を握る国会において、政府の官僚や検事らへの弾劾訴追の発議が相次いでおり、司法業務や行政府までまひさせていると主張。最大野党の「共に民主党」が予算までも政争の手段に利用していると批判し、国家機関を乱すことで内乱を画策する「明白な反国家行為」だと述べた。
大統領の周りには大統領が執務を滞りなく遂行できるよう必要な機構と人員が配置されているはずであり、国情を判断して大統領にアドバイスし、必要な場合実力を使ってでも大統領を擁護する。もちろん大統領が常に正しいわけではなく、弾劾によって大統領を否定しなければならないこともある。いずれにしてもそのような国家機能が正しく機能しないと国政はいたずらに乱れる。
今回、尹大統領側は非常戒厳を宣布すれば事態はどうなるか、詳しく検討したはずであるが、6時間で撤回を迫られたのは大統領側に判断ミスがあったのであろう。だが、大統領を批判する側も必要な手順を踏み、国家の秩序を揺るがせないよう慎むべきであったのではないか。これが今回の政変についての第一の、かつ最大の疑問である。
〇弾劾決議・弾劾審判
12月14日、尹錫悦大統領に対する国会の弾劾決議案(2回目)は議員300人全員が出席し、賛成204票、反対85票、無効8票、棄権3票という結果となって成立した。これにより、尹大統領の職務は停止された。
憲法裁判所は12月16日、尹氏の罷免の可否を判断する弾劾審判を開始した。非常戒厳が憲法の定める要件を満たしているかが判断され、6か月以内に弾劾の妥当性を判断する。6人以上の裁判官が弾劾に賛成すれば、大統領は罷免される。
(注 韓国では大統領が弾劾されたことはこれまで何回もあった。ただし、最終的に大統領を罷免されたケース、刑事訴追を受けたケース、退任後訴追されたケースなども併せてみていかないと大統領の地位の安定性ははっきりしない。この考えでみれば、韓国の大統領で問題にならなかった例はほとんどいないといっても過言でない。)
〇尹氏の拘束
弾劾決議が合法か、弾劾裁判が進行中だが、合同捜査本部は1月15日、尹大統領を拘束した。尹氏が宣布(宣告)した非常戒厳令は内乱罪であるというのが理由であった。
これに対し尹氏は、戒厳令は内乱に当たらない、憲法は大統領の不訴追特権を定めており、在職中に刑事上の訴追を受けない、合同捜査本部による拘束は違法であり、韓国の法秩序は崩壊していると主張した。
後に、憲法審判において検察役を務める国会の訴追団野党側が内乱罪の訴追を取り下げ、尹氏による「非常戒厳」宣言の違憲・違法性に立証を絞ると表明したので内乱罪の問題は解消した。しかし、尹氏側は内乱罪が成立しないなら訴追をすべて却下すべきだと反発した。
〇尹氏の逮捕
内乱容疑で拘束された韓国の尹錫悦大統領について、合同捜査本部に加わる高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)は17日、逮捕状を請求し、ソウル西部地裁は19日未明に逮捕状を発付した。
尹氏の支持者らはこれに反発して同地裁の敷地内に乱入し、暴動に発展した。
韓国の制度は日本と異なり、容疑者の身柄を拘束し、そのうえで逮捕するという2段階に分かれているが、尹大統領に対する弾劾の可否が審判中であるのに、拘束や逮捕が行われるのは不可解である。他の国では大統領の行動に不満があっても、拘束や逮捕には慎重だろう。韓国の2段階拘束制と大統領の拘束・逮捕も疑問である。
〇支持率
一方、尹大統領の支持率は年末から急速に回復しはじめた。12月7日に7%程度まで落ちていた尹錫悦大統領の支持率は、1月4日には40%を超えた。与党・国民の力の支持率も上昇しており、野党・共に民主党の支持率とほぼ同じ40%強まで回復、17日には共に民主党を5カ月ぶりに上回るという調査結果まで出た。尹大統領拘束・逮捕は過早であったと国民が思い直し始めたと思いたいが、実情は謎である。
韓国内の大手マスコミや新聞社ではほとんど報道していないという。世論調査についても問題があるともいわれている。韓国内の報道機関や世論調査機関を民主党と左派勢力が掌握していることは周知であり、自分たちに有利なデータばかりを公表しているともいわれているが、これらも疑問である。
2025.01.04
尹大統領を内乱容疑などで捜査している合同捜査本部は1月3日、尹大統領に対する拘束令状を執行するため公邸の敷地内に入ったが、大統領の警護員らに阻まれ、この日の執行を断念した。合同捜査本部は再度の執行など今後の対応について検討するといっている。
事態の展開はあまりにも急速で、また劇的であり、この時点で韓国の政治を見通すのは困難であるが、早期に政情が正常化するとも思えないので、思い切って現在の政治状況、特に韓国の政治がわかりにくい点に絞って考察を試みることとしたい。
韓国の大統領は、日本のように内閣を議院が信任して選出する議院内閣制方式でなく、直接選挙でえらばれる。米国などとその点では類似している。しかし、この方式に韓国人が満足しているかというと、そうでもないらしい。直接選挙だと大統領の権限があまりにも強くなりすぎるという理由で、むしろ日本のような議院内閣制を取り入れるべきだという意見も少なくないらしい。
今回韓国で起こっていることは、そのような心配は杞憂であることをあらためて露呈した。直接選挙でえらばれるが、大統領の権限は弱すぎる。尹大統領が実際に身柄を拘束されるか、今日4日の時点ではわからないが、かりに拘束されるとなると、大統領の権限には脆弱なところがあることが明らかになる。かりに、尹大統領が逮捕されないで押し通すことができても、韓国の大統領が検察や警察から法令違反を問われることがある限り、また、そのような法令違反の追求が違法でない限り、大統領の権限は弱いといわざるを得ない。第三者の無責任発言になるかもしれないが、大統領はもっと強い権限を持ち、いわゆる不逮捕特権を認められるべきではないか。不適切な行為をしても逮捕されないことを認めている例は各国にあり、日本も国会議員の不逮捕特権を認めている。韓国大統領の権限はこれら諸国と比べても弱すぎる。
さらに不可解なのは、大統領側の「非常戒厳」宣言も、また大統領を批判している側もともに韓国の民主主義が損なわれることを理由にしていることである。
大統領側は、行政府がまひし、国政運営がままならない状況に立ち至っている、野党は予算をも政争の手段として利用していると主張している。一方野党側は尹氏の「独善的」な政治手法を批判し、尹氏は韓国の民主主義を傷つけた、市民から政治の自由や報道の自由を奪おうとしたなどとしている。国民の多数はこのような野党の声に賛同しているらしい。
詳しい事情はわからないので、我々第三者としてはどちらが民主政治を損なっているか安易に判断することは控えなければならないが、その前提に立っても大統領を拘束するのに国家機関が動き出したこと、またそのような動きを多数の国民が同調していることは問題であり、そういう事態が続けば韓国の政治の不安定性はなかなか是正されないのではないか。
第二次大戦が終了して以降、朝鮮は独立達成のため内戦まで経験せざるをえなかった。それも乗り越え、韓国は民主的な国家に成長した。韓国が民主化して以降の大統領は、金泳三、金大中、廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅、それに尹錫悦となったが、尹氏はすでに職務停止処分を受けている。その代行のハン・ドクス(韓悳洙)首相も弾劾され、さらにその代代行のチェ・サンモク(崔相穆)副首相兼企画財政相が代行している。韓国政治の不安定性は解消されていない
韓国の政治不安定
韓国の政情が危機的状況に陥っている。12月3日の夜、尹錫悦大統領が「非常戒厳」を宣言したが、4日未明に国会から同宣言の解除を求められ、宣布から約6時間後に解除に追い込まれた。それ以来さまざまな動きが起こっているが、年が明けても一向に収束せず、むしろ悪化している感がある。尹大統領を内乱容疑などで捜査している合同捜査本部は1月3日、尹大統領に対する拘束令状を執行するため公邸の敷地内に入ったが、大統領の警護員らに阻まれ、この日の執行を断念した。合同捜査本部は再度の執行など今後の対応について検討するといっている。
事態の展開はあまりにも急速で、また劇的であり、この時点で韓国の政治を見通すのは困難であるが、早期に政情が正常化するとも思えないので、思い切って現在の政治状況、特に韓国の政治がわかりにくい点に絞って考察を試みることとしたい。
韓国の大統領は、日本のように内閣を議院が信任して選出する議院内閣制方式でなく、直接選挙でえらばれる。米国などとその点では類似している。しかし、この方式に韓国人が満足しているかというと、そうでもないらしい。直接選挙だと大統領の権限があまりにも強くなりすぎるという理由で、むしろ日本のような議院内閣制を取り入れるべきだという意見も少なくないらしい。
今回韓国で起こっていることは、そのような心配は杞憂であることをあらためて露呈した。直接選挙でえらばれるが、大統領の権限は弱すぎる。尹大統領が実際に身柄を拘束されるか、今日4日の時点ではわからないが、かりに拘束されるとなると、大統領の権限には脆弱なところがあることが明らかになる。かりに、尹大統領が逮捕されないで押し通すことができても、韓国の大統領が検察や警察から法令違反を問われることがある限り、また、そのような法令違反の追求が違法でない限り、大統領の権限は弱いといわざるを得ない。第三者の無責任発言になるかもしれないが、大統領はもっと強い権限を持ち、いわゆる不逮捕特権を認められるべきではないか。不適切な行為をしても逮捕されないことを認めている例は各国にあり、日本も国会議員の不逮捕特権を認めている。韓国大統領の権限はこれら諸国と比べても弱すぎる。
さらに不可解なのは、大統領側の「非常戒厳」宣言も、また大統領を批判している側もともに韓国の民主主義が損なわれることを理由にしていることである。
大統領側は、行政府がまひし、国政運営がままならない状況に立ち至っている、野党は予算をも政争の手段として利用していると主張している。一方野党側は尹氏の「独善的」な政治手法を批判し、尹氏は韓国の民主主義を傷つけた、市民から政治の自由や報道の自由を奪おうとしたなどとしている。国民の多数はこのような野党の声に賛同しているらしい。
詳しい事情はわからないので、我々第三者としてはどちらが民主政治を損なっているか安易に判断することは控えなければならないが、その前提に立っても大統領を拘束するのに国家機関が動き出したこと、またそのような動きを多数の国民が同調していることは問題であり、そういう事態が続けば韓国の政治の不安定性はなかなか是正されないのではないか。
第二次大戦が終了して以降、朝鮮は独立達成のため内戦まで経験せざるをえなかった。それも乗り越え、韓国は民主的な国家に成長した。韓国が民主化して以降の大統領は、金泳三、金大中、廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅、それに尹錫悦となったが、尹氏はすでに職務停止処分を受けている。その代行のハン・ドクス(韓悳洙)首相も弾劾され、さらにその代代行のチェ・サンモク(崔相穆)副首相兼企画財政相が代行している。韓国政治の不安定性は解消されていない
2024.10.19
その1週間前には最高人民会議(国会に相当)を開いて憲法を改定した。その内容は公表されていないが、「統一」という表現を削除し、領土に関する条項を新設した可能性がある。2024年1月に行われた最高人民会議において、金正恩総書記は「今日、80年間の北南関係史に終止符を打つ」と宣言し、また、北朝鮮憲法から「和解や統一の相手であり同族だという既成概念を完全に消し去る」ことが必要だと主張していた。また2023年末の朝鮮労働党中央委員会総会では、「韓国とは同族関係でなく、敵対的な国家関係」だと述べていた。
韓国との統一は建国以来北朝鮮の国家目標であり、金正恩総書記の爆弾発言は直ちに信用されなかったが、今回の最高人民会議での憲法改定は金総書記が本気であることを示唆している。
さらに金総書記は、韓国を「第一の敵対国」「不変の主敵」として教育することなども求めている。詳しくは不明であるが、これらについても北朝鮮はすでに決定したか、その方向に向かって進みつつある。
北朝鮮の韓国に対する姿勢が著しく挑発的になったのは、北朝鮮内部の変化も深くかかわっている。
金日成は北朝鮮建国の父であり、「偉大なる首領様」と尊称されるなど、その権威は絶大であった。ところが、2019年頃から変化が表れた。労働新聞の2019年3月の記事は孫の金正恩が書簡で「もし偉大さを強調するなどといって、首領(最高指導者)の革命活動や風貌を神格化すれば、真実を隠すことにつながる」との考えを表したことを伝えた(朝日新聞2020年5月22日)。労働新聞のこの報道は金日成の立場に変化が生じていることを示す最初の兆候であった。さらに2020年5月20日付の同新聞は「縮地法の秘訣」と題した記事で、抗日パルチザン時代の縮地法について霊的な技術を言ったものではないとして金日成・金正日時代の解釈とは異なる見解を伝えた。「縮地」とは道教の思想で、この術を使えば地中に隠れたり、あるいは、地面自体を縮めることで距離を接近させ、瞬間移動を行うことができるという教えであり、金日成と金正日はこれを使えると北朝鮮では言ってきた。
そして、金日成の肖像や銅像が公の場から撤去され始めた。これは以前の常識からすればありえないことである。北朝鮮の指導者は金日成から始まり、次はその子の金正日、さらにその次は金正日の子の金正恩と続いてきた。金正日は父の金日成に付き従って指導者となったが、映画鑑賞などが趣味の好き者であり、その権威は金日成には到底及ばなかった。さらに金正恩は年若くして指導者となり、経験は乏しい。北朝鮮を率いていけるか、疑問に思われていた。
金正恩はこの常識を覆し始めた。金日成の偶像崇拝をやめた(完全にはやめていない可能性もある)のに続いて、金日成の生誕年である1912年を元年とする「主体年号」の使用もやめてしまった。2024年10月13日付からは西暦だけを公に使用するようになった。11日夜に北朝鮮外務省が出した「重大声明」では主体年号も明記されていたが、12日夜の金与正(キム・ヨジョン)党副部長の談話発表以後は西暦だけが記されていた。
金総書記が自信をつけたのは2つの理由があると思う。1つは世界にとってはなはだ遺憾なことだが、核兵器および弾道ミサイルの開発・配備である。
北朝鮮は核兵器や弾道ミサイルを開発・配備し、米国を攻撃することも可能になっていると自負している。このような軍事力は金正日のもとで開発をはじめ、金正恩の時代になって完成させたものである。これに比べると金日成時代には韓国と戦争したが、中国の助けがなければ負けていた。金日成時代にはそれでも強がりを言っていたが、核もミサイルもまだ保有していなかったのは明らかであり、北朝鮮の軍事力は米国などに敵うものでなかった、というのが金正恩総書記の考えであろう。
他の1つの理由はロシアとの関係で自信を深めたことである。ウクライナ侵攻がきっかけとなり、北朝鮮はロシアから弾薬などの提供を求められ、これに応じた。ウクライナでは北朝鮮製兵器の残骸が各処に転がっているという。
金正恩総書記は2023年9月ロシアの極東地域を訪問し、4年前の訪問時とは比較にならない熱烈な歓迎を受けた。当初、それは表面的なことにすぎないと高をくくる見方が多かったが、北朝鮮は兵器および兵員を提供し、ロシアは北朝鮮への依存を強めているのは事実のようである。ロシアがウクライナとの関係で劣勢にあるのかどうか、それは知らないが、ウクライナ戦争は北朝鮮の立場を一気に高めたのである。
ゼレンスキー・ウクライナ大統領は10月中旬、ベルギーでEU・ヨーロッパ連合の首脳会議に出席したあとの記者会見で、1万人規模の北朝鮮兵がロシアで訓練されていることを把握していると述べた。すでに数千の北朝鮮兵がロシアとウクライナの国境付近に配備されているとも、また一部の北朝鮮兵は脱走しているともいわれている。
これらの出来事とほぼ同時期、プーチン大統領は、さる6月19日に北朝鮮と締結した新条約「包括的戦略パートナーシップ条約」を批准のためにロシア国会に提出した。その第4条は、露朝いずれかが武力侵攻を受け、戦争状態に陥った場合、「遅滞なく、保有するあらゆる手段で軍事的、その他の援助を提供する」としている。冷戦時代の軍事同盟の復活を意味するものであるといわれている。
金正恩総書記がロシアとの関係で自信をつけていることは明らかである。北朝鮮が韓国を相手にしないという態度を取り始めたことも自信の表れであろう。北朝鮮の立場からすれば、いまや軍事面で世界的な影響力を持ち始めている北朝鮮として、韓国との関係にいつまでもかかずらわっていたくない。北朝鮮は核保有国である。その実態にふさわしいのは分裂国家という半人前でなく、独立した強国であると考えているのではないか。
1年前と比べ、北朝鮮の行動は一層過激になっているが、目指すべき方向は変わっておらず、北朝鮮の力を認めてくれるロシアとの関係を最重要視しつつ、金日成の権威にとらわれない金正恩のリーダーシップを確立すること、韓国との統一問題にかかずらわない独立国家を樹立することであり、その半ばは達成している、ないし達成しつつあるとみなしているのではないか。
一方、中国とはこれまでの関係を維持するにとどめるのではないかと推測される。韓国メディアなどでは、金正恩総書記が中国を「宿敵」と呼んだなどと報道されているが、北朝鮮と中国の関係は複雑である。今後の推移を見届ける必要があろう。
北朝鮮が最近挑発的行動を強めている 2024年秋
北朝鮮は2024年10月15日、韓国とつながる京義線と東海線の南北連結道路と鉄道を爆破し通行不能にした。その1週間前には最高人民会議(国会に相当)を開いて憲法を改定した。その内容は公表されていないが、「統一」という表現を削除し、領土に関する条項を新設した可能性がある。2024年1月に行われた最高人民会議において、金正恩総書記は「今日、80年間の北南関係史に終止符を打つ」と宣言し、また、北朝鮮憲法から「和解や統一の相手であり同族だという既成概念を完全に消し去る」ことが必要だと主張していた。また2023年末の朝鮮労働党中央委員会総会では、「韓国とは同族関係でなく、敵対的な国家関係」だと述べていた。
韓国との統一は建国以来北朝鮮の国家目標であり、金正恩総書記の爆弾発言は直ちに信用されなかったが、今回の最高人民会議での憲法改定は金総書記が本気であることを示唆している。
さらに金総書記は、韓国を「第一の敵対国」「不変の主敵」として教育することなども求めている。詳しくは不明であるが、これらについても北朝鮮はすでに決定したか、その方向に向かって進みつつある。
北朝鮮の韓国に対する姿勢が著しく挑発的になったのは、北朝鮮内部の変化も深くかかわっている。
金日成は北朝鮮建国の父であり、「偉大なる首領様」と尊称されるなど、その権威は絶大であった。ところが、2019年頃から変化が表れた。労働新聞の2019年3月の記事は孫の金正恩が書簡で「もし偉大さを強調するなどといって、首領(最高指導者)の革命活動や風貌を神格化すれば、真実を隠すことにつながる」との考えを表したことを伝えた(朝日新聞2020年5月22日)。労働新聞のこの報道は金日成の立場に変化が生じていることを示す最初の兆候であった。さらに2020年5月20日付の同新聞は「縮地法の秘訣」と題した記事で、抗日パルチザン時代の縮地法について霊的な技術を言ったものではないとして金日成・金正日時代の解釈とは異なる見解を伝えた。「縮地」とは道教の思想で、この術を使えば地中に隠れたり、あるいは、地面自体を縮めることで距離を接近させ、瞬間移動を行うことができるという教えであり、金日成と金正日はこれを使えると北朝鮮では言ってきた。
そして、金日成の肖像や銅像が公の場から撤去され始めた。これは以前の常識からすればありえないことである。北朝鮮の指導者は金日成から始まり、次はその子の金正日、さらにその次は金正日の子の金正恩と続いてきた。金正日は父の金日成に付き従って指導者となったが、映画鑑賞などが趣味の好き者であり、その権威は金日成には到底及ばなかった。さらに金正恩は年若くして指導者となり、経験は乏しい。北朝鮮を率いていけるか、疑問に思われていた。
金正恩はこの常識を覆し始めた。金日成の偶像崇拝をやめた(完全にはやめていない可能性もある)のに続いて、金日成の生誕年である1912年を元年とする「主体年号」の使用もやめてしまった。2024年10月13日付からは西暦だけを公に使用するようになった。11日夜に北朝鮮外務省が出した「重大声明」では主体年号も明記されていたが、12日夜の金与正(キム・ヨジョン)党副部長の談話発表以後は西暦だけが記されていた。
金総書記が自信をつけたのは2つの理由があると思う。1つは世界にとってはなはだ遺憾なことだが、核兵器および弾道ミサイルの開発・配備である。
北朝鮮は核兵器や弾道ミサイルを開発・配備し、米国を攻撃することも可能になっていると自負している。このような軍事力は金正日のもとで開発をはじめ、金正恩の時代になって完成させたものである。これに比べると金日成時代には韓国と戦争したが、中国の助けがなければ負けていた。金日成時代にはそれでも強がりを言っていたが、核もミサイルもまだ保有していなかったのは明らかであり、北朝鮮の軍事力は米国などに敵うものでなかった、というのが金正恩総書記の考えであろう。
他の1つの理由はロシアとの関係で自信を深めたことである。ウクライナ侵攻がきっかけとなり、北朝鮮はロシアから弾薬などの提供を求められ、これに応じた。ウクライナでは北朝鮮製兵器の残骸が各処に転がっているという。
金正恩総書記は2023年9月ロシアの極東地域を訪問し、4年前の訪問時とは比較にならない熱烈な歓迎を受けた。当初、それは表面的なことにすぎないと高をくくる見方が多かったが、北朝鮮は兵器および兵員を提供し、ロシアは北朝鮮への依存を強めているのは事実のようである。ロシアがウクライナとの関係で劣勢にあるのかどうか、それは知らないが、ウクライナ戦争は北朝鮮の立場を一気に高めたのである。
ゼレンスキー・ウクライナ大統領は10月中旬、ベルギーでEU・ヨーロッパ連合の首脳会議に出席したあとの記者会見で、1万人規模の北朝鮮兵がロシアで訓練されていることを把握していると述べた。すでに数千の北朝鮮兵がロシアとウクライナの国境付近に配備されているとも、また一部の北朝鮮兵は脱走しているともいわれている。
これらの出来事とほぼ同時期、プーチン大統領は、さる6月19日に北朝鮮と締結した新条約「包括的戦略パートナーシップ条約」を批准のためにロシア国会に提出した。その第4条は、露朝いずれかが武力侵攻を受け、戦争状態に陥った場合、「遅滞なく、保有するあらゆる手段で軍事的、その他の援助を提供する」としている。冷戦時代の軍事同盟の復活を意味するものであるといわれている。
金正恩総書記がロシアとの関係で自信をつけていることは明らかである。北朝鮮が韓国を相手にしないという態度を取り始めたことも自信の表れであろう。北朝鮮の立場からすれば、いまや軍事面で世界的な影響力を持ち始めている北朝鮮として、韓国との関係にいつまでもかかずらわっていたくない。北朝鮮は核保有国である。その実態にふさわしいのは分裂国家という半人前でなく、独立した強国であると考えているのではないか。
1年前と比べ、北朝鮮の行動は一層過激になっているが、目指すべき方向は変わっておらず、北朝鮮の力を認めてくれるロシアとの関係を最重要視しつつ、金日成の権威にとらわれない金正恩のリーダーシップを確立すること、韓国との統一問題にかかずらわない独立国家を樹立することであり、その半ばは達成している、ないし達成しつつあるとみなしているのではないか。
一方、中国とはこれまでの関係を維持するにとどめるのではないかと推測される。韓国メディアなどでは、金正恩総書記が中国を「宿敵」と呼んだなどと報道されているが、北朝鮮と中国の関係は複雑である。今後の推移を見届ける必要があろう。
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