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2025.04.24

習近平総書記と中国軍

 習近平氏は2012年に共産党の総書記に就任して以来、腐敗撲滅を国政の最重要事項の一つとして取り組んできた。その結果、毎年万の台に上る幹部が摘発され、軍においても中央軍事委員会の幹部級が摘発されるなど、成果は上がった。しかし、それでも腐敗はまだ撲滅されず、相変わらず多数の腐敗が摘発されている。

 2022年10月に開催された中国共産党第20回大会では、習近平総書記がそれまでの慣例を破り、第3期目にあたる9年目以降も総書記に就くことが決定された。内外で習近平の独裁体制が固まったといわれたが、問題は抱えていた。その一つが軍との関係であった。

 次に進む前に、同大会終了時点での軍の最高指導機関である中央軍事委員会のメンバーを確かめておこう。党と国家組織とそれぞれに同名の委員会があるが、実態は一体である。

主席 習近平
副主席 張又侠
副主席 何衛東
委員 李尚福 
委員 劉振立 
委員 苗華
委員 張昇民

 ところが2023年に入ると、軍において激しい異動が生じはじめた。

(何衛東)
何氏は台湾を管轄する中国軍東部戦区の司令官を務めていたが、2022年に中央軍事委員会の副主席に就任した。党の幹部ではなかったにもかかわらず、いきなり軍のナンバー3にのぼりつめたことから、当時、大抜擢とも評された。何衛東は習近平が1985年から88年にかけ福建省厦門市で党委員会常務委員・副市長を務めた時に知遇を得たという。
 2025年3月から何は失脚した、もしくは取り調べを受けていると多数のメディアなどで報道されるようになった。正式の発表はまだないが、失脚はほぼ間違いない。

(李尚福)
2023年3月に国防相に任命されたが、その後数か月もたたないうちに問題があると噂されはじめ、2023年9月からは動静が伝えられなくなった。2024年6月、重大な汚職などがあったとして党籍を剝奪された。
 代わって海軍司令官であった董軍が2023年12月から新しい国防相に任命されていた。

(苗華)
24年11月、職務停止処分を受けていることが明らかになった。苗氏は何氏と並んで習主席の側近の一人であるといわれていた。


2022年10月の第20回党大会で確認された軍の指導体制が、数か月ないし1年程度の短期間に激しく動揺したのである。失脚させられたのは全員習氏とのつながりが深い人物であるが、習氏はこの人事を承認した、あるいはせざるをえなかったらしい。

 さらに、習近平の独裁体制が絶対的でなくなっていることを示唆する文書も出て来ている。2024年10月30日、中国共産党中央軍事委員会弁公庁は「強軍文化繁栄発展のための実施綱領」という軍の正式文書を公布し、その概要が翌日の「解放軍報」一面トップに掲載された。
 この概要では、「習近平」という名前すらいっさい出てこず、「党の指導」が繰り返し強調された。そのため、この文書は「党の指導」に従うが、習近平の個人独裁には従わないことを述べていると解する向きも現れた。
なお、この文書に先立って8月10日の解放軍報は、「民主的な意思決定はすなわち党組織の集団的意思決定であって、個人的な独断による意思決定があってはならない」と述べていた。これらのことから解放軍報は夏ごろから習近平独裁を批判していたとみられている。

 第20回党大会以降軍内では副主席の張又侠(チャン・ヨウシア)の地位が上昇した。7人の中央軍事委員会の委員のなかで地位が上昇したのは張又侠ひとりであり、習近平総書記の対立軸の角度から見られることが多くなったともいわれた。
張又俠は根からの軍人であり、軍内部で習近平よりも強い人脈を築いているといわれる。張の父と習の父は共に陝西省出身で、1945年の爺台山反撃戦で共産党の紅軍に参加し、国民党軍と戦った人物である。習は太子党の粛清に当たり、政治局の仲間以外にも味方を必要とし、張の力を借りたこともあったという。
そんなこともあったが、張又侠は現在、習近平と対立する立場にあるとみられている。苗華に続いて何衛東を失脚に追い込んだのは張又侠であり、軍においては習近平の地位と影響力が下がる一方、張又侠が軍を掌握しつつあるようだ
2025.04.18

ワンシアター構想と台湾

 中谷防衛相は「ワンシアター構想」を抱いており、3月のヘグセス米国防長官との会談で「日米豪、フィリピン、韓国などを一つのシアターととらえ、連携を深めていきたい」と伝え、ヘグセス氏はこれを歓迎したという。

 ワンシアター構想は台湾に言及していないが、東シナ海から南シナ海へつながる海域を見るのであれば、当然台湾を無視することはできない。これら海域の諸島はいずれも規模が小さく、住民もいない島が多いが、台湾はこれらに比べるとはるかに大きく、住民は数万倍、数え方次第では数千万倍に上る。要するに抜群に大きいのである。

 東シナ海と南シナ海を一つのシアターとしてみるのは安全保障上の考慮からであり、いざという時には日米豪、フィリピン、韓国などの諸国が協力して危険に対処する必要があると思われている。もっとも、国によってできること、できないことがあるのは各国とも了解しているのであろう。日本は2005年に安保法制を改正し、自衛隊は海外へ出ていくことが可能になったが、厳格な条件を満たさなければならない。

 台湾についてはいわゆる有事の場合に日本は何をするか、何ができるか、非常にデリケートな問題である。1972年9月の日中共同声明では、要約すれば、「日本は台湾が中国の領土であるという中国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」ことになっている。

 東シナ海と南シナ海を一つのシアターとみなす場合に台湾も含めれば、この日本の立場との関係で困難な問題が起こる可能性がある。中国は日本が共同声明に違反していると非難するだろう。

 だから中谷防衛相は地理的にはシアターの中心である台湾の除いた形でシアターに言及したのであろう。日本政府の一員として、それは正しいことであった。

 しかし、安全保障のために関係各国の協力強化が求められる事態になれば、台湾を東シナ海や南シナ海から分離してみることはできない。その原因は中国にある。

 中国は1992年に「領海法」を制定し、その範囲内の島嶼は台湾や尖閣諸島を含めすべて中国領であると明言した。東シナ海、南シナ海、台湾などに安全保障上の問題が生じるのは中国が「領海法」を制定し、これら海域を中国領化しようとして生じた問題である。

 中国のそのような主張が国際法に照らして根拠がないことは2016年に国際仲裁裁判所が下した判決によって明確に示された。中国はその判決を尊重すべきであり、日米など国際法を重視する諸国としては、中国が「領海法」を実現しようとするのに対処するのは当然である。

 最近、台湾有事に関する議論が出てきており、また東シナ海から南シナ海へ延びる海域に安全保障上の問題が生じている中で、日米の安全保障担当閣僚がワンシアター構想を検討するのは当然であるが、安全保障上の危険が増大しないよう努めることも必要である。
2025.04.10

尹錫悦大統領罷免後の韓国 雑感

 2025年4月4日、憲法裁判所は裁判官全員一致の判断で尹錫悦大統領に罷免を宣告した。昨年12月に尹大統領が行った「非常戒厳」は違法、違憲であり、罷免の理由とされた。韓国の憲法は戦時やこれに準ずる国家非常事態においては非常戒厳を出せると定めている。尹氏は野党による相次ぐ弾劾訴追などで国政がマヒしたので非常戒厳は合法的な措置であったと主張したが、憲法裁判所は「政治的、制度的、司法的な手段を通じて解決しなければならない」とし、また尹大統領が戒厳令を発布するのに必要な閣議を経なかったことも違法だとした。

 尹氏は直ちに失職し、6月3日に次期大統領が選出されることになった。現職大統領の罷免は2017年の朴槿恵氏に続いて2人目である。

 尹氏は内乱を首謀した罪でも起訴されており、4月14日に初公判が予定されている。

 この一連の出来事に関し、韓国社会は分断しているとよく耳にする。韓国では非常戒厳令以降大統領の「罷免派」と「罷免反対派」の対立が激しくなり、大統領を支持するはずの与党「国民の力」のなかにも罷免派が多くなったという。

 分断は韓国社会に限ったことでない。西欧諸国も移民問題が原因で国内の分断が激しくなっている。米国でも先般の大統領選挙に際して「分断」が深刻だと叫ばれた。日本では現在「分断」はあまり問題にならないが、かつては保守と革新の分断が深刻な問題であった。

 与党と野党の分断は、民主主義の政治思想とその実践をめぐっても表れている。尹氏は大統領に就任以来民主(自由を含む)が重要であることを繰り返し述べてきた。そして与党側は、野党のあまりにも激しい行動により行政府がまひし、国政運営がままならない状況に立ち至った、野党は予算を政争の手段として利用したなどと主張した。

 一方、野党側は尹氏の「独善的」な政治手法を批判し、尹氏は韓国の民主主義を傷つけた、市民から政治の自由や報道の自由を奪おうとしたなどと批判し、国民の多数はこのような野党の声に賛同した。しかし、韓国の野党が民主的かと言えば、同調するには躊躇を覚える。

 今回の弾劾をめぐって大統領を拘束するのにいとも簡単に国家機関が動き出したこと、またそのような動きを多数の国民が支持したことは衝撃的であった。かりに大統領に非があったとしても一国のリーダーであり、それなりに敬意を払われるべきであろう。

 韓国では1980年代末のいわゆる民主化以降、金泳三、金大中、廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅、尹錫悦が大統領に就任した。個人的には有能な人物であるが、家族などを含めるとほとんどすべての人が追及され、訴追された。一人や二人ならば例外とみなすこともできようが、ほとんどすべての大統領となるとそうはいかない。

 韓国民の行動が激しいことも目に付く。国会では2019年4月、選挙法改正や高位公職者の不正を捜査する機関の設置に関する法案が原因で与野党が激しくぶつかり合い、乱闘が起きたこともあった。怒声が飛び、つかみ合うなどしたため「動物国会」の再現だと揶揄されたこともあった。

 李在明氏は23年8月福島第1原発の処理水の海洋放出に抗議してハンガーストライキを始めた。もっともこれには国民は積極的に支持しなかったので、国民の方が冷静であったとも考えられるが、李在明氏はその後も野党の指導者として活動しているので、全くの徒労でなかったのかもしれない。

 韓国は民主国家の制度を備えているが、全体的に違和感を覚えることが少なくない。政治が不安定なのかなとも思う。尹大統領は国際法を重視し、日本など近隣諸国との関係を大切にしてきただけに罷免は残念であった。

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