平和外交研究所

2016 - 平和外交研究所 - Page 31

2016.06.21

(短文)農民の権利保護か、中国の安定重視か‐烏坎村事件の再発

 烏坎(ウーカン)村事件とは、2011年秋、広東省の一農村、烏坎村で発生した村民による抗議事件だ。問題となったのはこの村の共有地467ヘクタールが村民の知らないまま売却され、村民にはわずかな補償しか与えられなかったことで、ここまでは中国の農村でよく起こる農民無視の開発問題だが、烏坎村では約3千人の村民(村の人口の約4分の1だから、主要な働き手の大多数が参加した)が抗議して当局と激しく衝突し、鎮圧を図った警察隊を村に入れないよう阻止するため村民はバリケードを築いて対抗するなど大規模な騒動に発展した。この問題は海外でも注目され、危機感を抱いた党中央は広東省党委員会に、管理者側の責任を認め、村民の要求に理解を示す形で収拾させた。

 それから約5年たつが、烏坎村では再び抗議の声が上がった。村民の指導者である林祖戀は、問題の土地がまだ返還されないので、村民大会を開くことと、上級官庁に対して「上訪(上級官庁に訴え出ること)」を計画し、その許可申請を行った。
 林祖戀は村民に対し、指示に従うこと、物を壊してはいけないことなどを言い聞かせるとともに、大量の旗とスローガンを準備し、かつ、「護法隊」を組織するなどした。
 しかし、林祖戀は6月18日、当局によって強制的に連行されてしまった。
 一方、村民大会は武装警察が取り巻く中で予定通り開催された。3千人を超える参加者は「我々の土地を返せ!我々の書記を返せ!」などと叫びながら村内を半時間デモ行進した後大会に出席した。大会では林祖戀の妻、楊珍の呼びかけに応じて、21日から「上訪」を開始することが決定された。

 現在のところ5年前のような衝突事件には至っていないため注目度は低いが、この5年間、農民の不満は解消されず、党中央は時間稼ぎをしたに過ぎないのかもしれない。
 5年前の事件発生のときは胡錦濤が国家主席であった。今回は習近平主席がどのような対応をするかという点でも注目される。習近平は国家の安定を重視する一方、農民の権利擁護も強調している。同主席は一部に「左翼」だ、つまり、本来の共産主義思想に忠実だと言われるくらい農民重視だ。
 
2016.06.20

(短文)イランの核開発に関する合意履行上の新たな問題

 イランの核開発問題に関し、2015年7月、各国間で合意が達成されて以来、イランが合意を忠実に履行するか懐疑的な見方が強かったが、実際には履行はおおむね順調であり、今年の1月、各国の対イラン制裁は解除され、1979年のイラン革命以来続いていた米国との関係は改善され始めた。

 しかし、核合意の履行は簡単でない面があるらしい。とくに、米欧の銀行の姿勢に問題があるとThe Independent紙6月16日付、Robert Fiskの記事が伝えている。その要点は次の通りだ。
「各国政府はイランに対する制裁は解除したのだから企業がおおいに取引を再開することを願っているが、銀行側は積極的に動こうとしない。核合意とは関係ないことで米国から制裁を受けるのが怖いからだ 米国の政府機関はイランがテロとなどにかかわりマネーロンダリングをしている証拠を探そうと躍起になっており、摘発でもされたら罰金は莫大な額に上る。そのため銀行側は慎重にならざるをえず、米国の銀行員にはイラン人に名刺さえ渡さない人がいるそうだ。
 この問題は、米欧の銀行とイランとの取引だけでなく、第三国の銀行にも及んでいる。」

 Fisk記者はこのような銀行側の事情を報道するとともに、イランと米欧の取引が進展しなければ、核合意の実現を導いたローハニ大統領のイランにおける立場が困難になるだろうとも述べている。問題は核開発ではないが、イランの対米不信が高まる恐れがあるからだ。
2016.06.17

(短評)イスラム教徒の移住制限は可能か

 フロリダ州オーランドで、6月12日未明、銃乱射事件が発生し、50人が死亡、53人が負傷するという大惨事となった。
 米大統領選のトランプ候補はいち早く声明を発表し、「米国がイスラム過激派テロリストの攻撃を受けた」「犯人はアフガニスタンからの移民の息子だ」などと述べつつ、あらためて米国はイスラム系移民の受け入れを厳格化すべきだと強調した。

 しかし、イスラム教徒の移住を制限することはできるか。基本に立ち返ってみておこう。
 イスラム教徒は現在米国の人口の約1%を占めている。宗教別にみれば、キリスト教徒が抜群に多いが、第2位のユダヤ教徒と第3位のイスラム教徒は僅差である。米国への移民数では、イスラム教徒が年間10万人に上っており、2030年にはイスラム教徒は620万人に増加すると見込まれている。だからイスラム教徒が警戒されるのかもしれないが、一定の政治勢力であることも事実だ。イスラム教徒だけに制限を加えることは人権蹂躙などの問題があるが、政治的な問題も起きるだろう。
 もともと、イスラム教徒は共和党支持者が多かったが、9.11同時多発テロ以降、共和党内でイスラム教徒に対する風当たりが強くなったためイスラム教徒は民主党支持に回るようになり、オバマ大統領の成立に際しては大多数のイスラム教徒が支持するに至った。したがって、共和党としては、今はイスラムの負の側面が目立っているが、将来は失われたイスラム教徒の支持を回復したいという気持ちがあるはずだ。
 
 また、イスラム教徒についてだけ移民を制限することは困難だろう。米国はもともと移民の国であり、移民については明確な政策があり、国別の枠のほか、家族関係、職業上の技術、人道的理由などが考慮され移民の受け入れが決定される。その中に宗教上の理由を持ち込む余地は皆無なはずである。つまり、ほかの宗教は構わずにイスラム教徒だけ制限することはそもそも法的にできないはずだ。許されるのは移民政策の範囲内に限られる。
 
 イスラム教徒を差別的に扱うことはそもそも移民政策の根幹を揺るがしかねないどころか、人種問題を惹起して米国のタブーに触れる恐れがある。米国では、移民問題について、移民が少ない日本では想像を絶するほど複雑な歴史と経験があり、米国は人種問題の爆発を防ぐため懸命の努力を行っている。だから、非白人のオバマ大統領を選ぶことができたのだ。また、日本では出身地を尋ねることはごく普通のことだが、米国では注意が必要だ。人種について間接的に質問していると取られる恐れがあるからである。
 トランプ候補がイスラム教徒に対する移住制限を繰り返してもさほど問題にならないのは選挙戦という特殊な状況の中だからだと思われる。

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