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2017.07.28

防衛省の隠ぺい工作と稲田防衛相の辞任

 稲田防衛相は7月28日、辞任すると表明した。そもそもの問題は昨年夏、自衛隊のPKO部隊が派遣されていた南スーダンの状況が悪化し、自衛隊を維持することについて疑義が生じてきたことから始まり、国会では活発な議論が行われた。
 そして、あるジャーナリストにより現地部隊が作成した日報の開示請求が行われた(10月)のに対し、防衛省はすでに破棄されたと回答した(12月初め)。しかし、さらにある自民党議員によって再調査が求められた結果、日報が残っていることが判明した(12月末)。
 稲田防衛相には、1月27日に防衛省の事務方である統合幕僚監部より日報のデータが残っていることが報告された。2月7日、防衛省は日報を公表した。
 現地の状況をありのままに伝える日報は、自衛隊の派遣が憲法に抵触するか否かを判断する有力な資料である。公表された日報は一部黒塗りになっていたが、そこには戦闘の細かい様子や、弾薬の使用状況などが記載されていたらしい。
 カギとなる「戦闘」という言葉は多数使われていた。政府はこの「戦闘」は「大規模な武力衝突」のことであるという説明をした。それであれば、憲法に抵触しないという考えだと言われていた。はたして、このような言いかえが有効か疑問の余地があるが、政府はそのように考えたのであり、ここではそれ以上論じない。

 ところが、肝心の陸上自衛隊にも日報が残っていたことが判明した。どのような経緯で表に出てきたのか不明だが、陸上自衛隊は日報の扱いに元から不満であったとも言われていた。メディアがそれを察知したのは2月の10日頃であり、防衛省のトップは当然そのころには陸上自衛隊の日報の存在について報告を受けていただろう。
 しかし、そうなるとこれまでの説明と矛盾が出てくる。防衛省全体の信頼性にもかかわってくる。そこで、2月15日、稲田防衛相、岡部陸上幕僚長、事務方トップの黒江事務次官らが出席して対応を協議した。
 この前後、稲田防衛相は国会で答弁の矛盾、事実関係の説明の不明確さ、防衛省内の把握の不十分さを突かれていた。現在、メディアでは2月15日の会議を中心に協議の内容、さらには稲田氏の関与の程度について探求が行われている。
 稲田防衛相が防衛相直属の防衛監察本部に命じた特別防衛監察は3月17日に調査を開始し、7月28日に調査結果を報告したのだが、この特別監察によっても事実関係は解明されなかった。とくに、稲田氏が、陸上自衛隊の日報を不公表とすることを了承したかについては、「そのような事実はない」と明言しているが、その前後の状況は不明としつつ、なぜ、そのような結論が得られるのか疑問を持たれている。この監察結果は総じて非常に不十分だと見られている。

 本稿で指摘したい第1のことは、自衛隊の行動について調査が必要となる事態が発生した際に、どこまで真相究明ができるかであるが、今回の経緯を見ると、現在の制度では真相究明は極めて困難で、おそらく不可能だと言わざるを得ない。調査を命じた防衛相、実際に調査に当たった人たちに熱意がなかったからでなく、防衛相の直属の機関では、防衛省が隠したい事実の真相究明はできないからである。

 第2には、いわゆる文民統制に問題があることも露呈された。今回は稲田氏の防衛相として統率力、さらには経験や資質も問われたが、そもそも現在の憲法が定める文民統制だけでは不十分である。
 稲田氏は、いったん自衛隊が「廃棄した」と言った日報について大臣命令で調査させその存在を明らかにしたと胸を張ったが、今回の特別監察は大事な点を究明できなかった。
 初期段階の日報の存在についての稲田氏への報告が一カ月以上遅れたことは重大な問題であった。新しい安保法制では自衛隊が朝鮮半島へ派遣されることもありうるが、その場合、自衛隊について大事なことが生じているのにそのように長い間報告されなければどういう事態になるか空恐ろしい気がする。報告をする、しないの問題ではすまない。国会などで議論されていることについて自衛隊内部で情報がとどめ置かれると日本国の命運にかかわる問題になる危険がある。これをふせぐには、現憲法のように「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」(66条2項)ことになっているから大丈夫とはとても言えないのではないか。
 今回のような問題が発生する危険を防止するには、大臣だけでなく、すべての防衛省員、自衛隊員に、その行動は文民統制に違反する危険を内包していること、具体的には、たとえば、隠ぺいなどをしてはならないことなどを明確な規範として示す必要がある。本当はこの点だけでも憲法改正に値すると思うが、それはやや先走りすぎかもしれない。しかし、少なくとも法律で定めることが必要である。
 
 自衛隊員は命がけで国の安全に努めているが、神様ではない。人であり、過ちもある。隠したがるのも自然だ。だからこそ明確な規範が必要である。
 

2017.07.24

文在寅政権の迷走の始まり?

 韓米間のTHAAD問題は日韓間の慰安婦問題にますます似てきた。表面的に類似点を取り上げるのは控えなければならないが、韓国内の強い反対意見に対して文在寅政権が正しく対処できるか、日本としても注意してフォローしていく必要がある。

 THAADは朴槿恵政権時代の昨年7月、米韓両軍が韓国への配備を決め、2017年3月から装備の搬入が開始され、すでに2基が運用されている。発射台は全6基で運用される予定で、追加の4基の搬入が始まろうとしたときに、就任早々の文在寅大統領はそのことを事前に聞いていなかったと発言して、真相究明を指示したため配備が遅れ現在に至っている。
 文在寅大統領は野党時代からTHAAD配備に反対していた。大統領に就任後はさすがにあからさまな反対は控えつつも、慎重な姿勢を示したのだが、米側としては、両国間の合意に従い配備の手続きを進めてきたのに韓国側から急に待ったがかかったので面白くなかった。

 6月30日に行われた文在寅大統領とトランプ大統領の会談ではこの問題について率直な議論が行われたはずだが、会談後の共同声明では、このTHAAD問題と米韓自由貿易協定(FTA 米国は再交渉を求めていた)の2大難問は直接触れられなかった。文在寅氏はTHAAD問題に焦点を当てたくなかったのと、米側としては、この共同声明は米韓両国の軍事防衛面での協力を両首脳が再確認したことを詳しく述べており、その中でTHAADの配備についても読めるという考えだったと思われる。

 THAADに対する韓国内の反対は、対米従属がさらに深まることと、中国が激しく反対しており、韓国への中国人観光客が激減していたことが原因である。文在寅大統領はトランプ大統領との会談後、CSIS(戦略国際問題研究所)での講演で、「THAAD配備は韓国の主権問題。韓国の主権的決定について、中国が不当に干渉することは正しくない」と述べ、韓国の大統領として胸を張った。
しかし、文大統領がどこまでそのような原則論を貫くことができるか。文在寅氏自身、「THAADの配備を決定する前に、中国と十分な外交的協議をしていないのは事実。韓国政府は、THAAD配備を最終決定するまでの手続き的な正当性を踏まえて進めていくことにしており、その過程で、中国とも十分に協議することができると考えている」と付け加えていた。文在寅氏には原則的立場か、中国への配慮か、どちらに重点があるか分からないところがある。

 韓国内、とくにTHAADが配備されている慶尚北道星州郡ではTHAADに反対する活動家が、THAADの運用に必要な物資の搬入を阻止するため「検問所」を設けており、警察車両も検問を受けないと通れないそうである。韓国軍もやむなくヘリで物資を輸送している。強硬策によるべきだと単純に言いたくないが、それにしてもこのような状況は目に余るものである。韓国の新聞も「無法地帯」と呼んでいる。
 ソウルでも反対デモが在韓米国大使館を取り囲み、これまで何回もレーザービームで「NO THAAD」と照射しているので、米大使館はウィーン条約に基づき抗議し、善処を求めているそうだ。この点でも慰安婦問題と類似の状況になっているのだが、レーザービームのことなどを聞くと、日本大使館よりひどいのかもしれない。
 
 韓国政府は7月21日、さらに一歩後退した。国防部は突如、THAADの追加配備に関する調査の一環である、THAADからのレーダーにより発せられる電磁波の測定を取りやめたのだ。これでは、文在寅氏が米国に対して示している「米国との合意を尊重するが、追加配備の影響については調査する」という方針が貫けなくなるではないか。

 当然米国は韓国が政府間の合意を守るよう求めるだろう。日本が慰安婦問題に関する日韓政府間の合意を尊重するよう求めるのと同じことだ。
 文在寅大統領はこれからどうしていくのか。強い意見を持つ国民を大統領はじめ政府は正しく代表し、また指導できるか。国際社会の常識を尊重しつつ各国と付き合っていけるか。疑問はつきない。
 
 さらに韓国政府は、朝鮮半島の平和を構築・推進するためロードマップの作成を計画しているという。その目的は立派だが、朝鮮戦争の恒久的処理のためにも、朝鮮半島の非核化のためにも米国は決定的な立場にある。韓国が朝鮮半島の統一を最大の国家目標とするのは当然だが、それについても米国との連携は欠かせない。また、東アジアの平和と繁栄に関し日本との連携は不可欠である。文在寅大統領は当面の政治課題の処理をそのようなことと矛盾なく行えるか。今見る限りは、このロードマップも浮ついたポピュリズムになってしまうのではないか。

 韓国人は優秀だ。7月23日、国際数学オリンピックで韓国代表の6人の青年は全員金メダルを獲得し、国別でも1位となった。韓国民に比べ韓国政府には疑問がつくのだが、国民と政府との関係は片方だけの問題でない。双方に責任がある。両方で国際社会における韓国の在り方を考えてもらいたい。

2017.07.21

孫政才重慶市書記の解任

 7月15日、中国共産党は重慶市(北京、上海とならぶ直轄市)のナンバーワン、孫政才書記の解任を発表した。
中国共産党の序列から見れば孫政才よりハイレベルの人物が汚職を理由に逮捕・訴追されている。たとえば、周永康は元政治局常務委員、つまりトップ9の一人であった。孫政才は平の政治局員、つまりトップ25の一人に過ぎない。
 しかし、孫政才はバリバリの現役であり、2022年に習近平主席が退任(その前に今秋開かれる共産党第19回全国代表大会で再任されることが前提であるが、それはほぼ確実視されている)した後に中国共産党のナンバー1か2に昇格する可能性が高いと目されていた。いわゆる「第6世代」のホープだったのだ。

 孫政才は北京で開かれた金融工作会議に出席している間に突然拉致されたという。同人は、党中央が拉致の準備をしていたことを知らずに重慶市の書記としてふるまっていたのだ。
 中国でも法を犯せば、訴追され、裁判にかけられる。一定の手続きがあるが、政治性の強い場合、逮捕されればまず間違いなく有罪となる。おそらく今回もそうなるだろう。裁判が行われても、それは形式的なことに過ぎない。

 おなぜこのように強引な措置が取られるのか。党中央が特定の指導者について排除すると判断せざるをえなかった例は中国共産党の歴史上いくらもあり、決して珍しいことでない。その場合、共産党体制を不安定化させないよう必要な措置が取られる。これは組織防衛の観点からはある意味、当然なのであろう。孫政才のような現役の重要人物の場合は排除の影響がそれだけ大きくなるので、当局としては周到な準備をしたうえで一気呵成に案件の処理を行おうとした。今回、同人の解任と同時に新書記、陳敏爾の就任を発表したのもその一環であり、今回の措置が最終的なものであることを示す狙いがあったと思われる。
 劉暁波の場合も孫政才と共通する面がある。当局は劉暁波が共産党体制を不安定化させる危険があると判断したから投獄したのであり、また、死亡後、一気呵成に遺骨の処理まで進めてしまおうとしたのも、民主化を求める運動に利用されたくないからであった。

 共産党政権は、必要であれば人権の制約も辞さない。とくに習近平主席は国家の安全、すなわち共産党体制の安定を重視し、そのため、言論の統制、反腐敗運動、国家安全関連法の整備など各種の統制措置を最大限強化してきた。孫悟空の緊箍児よろしく、暴れだして共産党体制に危険が及びそうになると締め付けておとなしくさせるわけである。この習近平体制は有効に機能しており、5年に1回の中国共産党全国代表大会は、予定通り今秋に開催されそうだ。
 
 しかし、このような手法が中国のためになるのか。孫政才の場合も劉暁波の場合も反対意見はあまり出ていないように見える。しかし、それは、習近平政権がパワーで反対意見を封じ込んでいるからだ。
 習近平政権は力づくで押さえつけるだけでなく、経済成長にも成功し、それによって人民の不満は緩和されている。膨大な数の中国人が豊かな生活を謳歌しているのは事実である。
 しかし、大多数の人は心の底ではおびえているのではないか。孫政才と劉暁波に対する当局の対応は、共産党体制の闇の深さをあらためてうかがわせる機会になった。

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