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2018.12.29
12月27日には、独自の衛星利用測位システム(GPS)「北斗」の運用を全世界で始めた。これにより米国のGPSによらずに位置情報を提供することが可能になった。精度は誤差10メートルだが、アジア太平洋地域では誤差5メートルという
無人自動車の走行実験は今年から中国各地で始まっている。都市単位で無人自動車が走行するようになるのは中国が世界最初となるかもしれない。
無人飛行機(ドローン)は、とくに軍事用のものが注目されている。無人飛行機だけで群衆飛行できるようになっており、その数は200機に達している。米国を追い越したらしい。
トピック性の高いことだけでない。中国の「一帯一路」は陸上と海上でさかんにインフラを建設しており、今や、欧州まで延び、EUは神経をとがらせている。EU内では、資金、環境などの点で制約があり、また、手続き的にも民主的プロセスを守らなければならないため、インフラ建設には種々制約があるが、そのような制約の少ない中国はどんどん進出している。
中国のパワーは宇宙へも伸びている。中国は2013年に月面探査機「嫦娥3号」の月面着陸に成功し、世界で3番目に月面に到着した国となっており、さる12月8日には、月の裏側への着陸する予定の無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」の打ち上げに成功した。数週間後に結果が判明するという。これが成功すれば世界で初めての月の裏側での着陸となる。
そして、すべての先端技術を支え、駆使する人工知能(AI)も日進月歩で進んでいる。とくに、軍事面でのAIの研究開発を大々的に行っており、「軍民融合」も進んでいる。北京理工大学には「AI兵器システム実験班」が新設され、5千人余の中から約160倍の競争率を突破した優秀な31人の1期生が学んでいる。
これらの発展は誠に素晴らしい。それを実現したのは、中国人の力であり、また、集中的に経済・技術を発展させてきた中国共産党の指導である。しかしながら、この輝かしい現実の裏にはまったく異なる実態が潜んでいる。一言で言えば、政治の不安定性が増大しているのではないかと思う。
習近平主席は、2017年秋に共産党の総書記に、翌年3月には国家主席に再任された。その際憲法を改正して国家主席の2期制限制を廃止し、永久に主席であり続けられるようにした。それまでも習近平主席は権力を一身に集めていたが、永久主席の可能性が出てくると習氏の独裁的地位に対する批判的な意見が多くなった。米国が本拠の中国語紙『多維新聞』は「2018年になってから内外の環境は相対的に不安定な時期になった」と評している(11月21日付)。
不安定性を示す、あるいは示唆する現象としては次のようなことがある。
天則経済研究所の茅于軾教授と、中国の最高学府の一つである清華大学の許章潤教授は直接習主席を批判している。許教授は「我々の現在の恐怖と期待」と題する論文を発表し、習近平政権の「指導者を個人崇拝する動き」や「国家主席の任期の撤廃」を痛烈に批判した。同教授は現在、国外に逃亡中である。
中国の政治では、直接の批判は、結論が出ている場合に限られる。通常、直接の批判は危ないので、間接的な表現で批判や不満が示される。12月25~26日に習近平主席は「党内生活会」を開いた。この名称は外国人にはわからないが、非公式に問題を深く議論する場であり、「自己批判の場」だとも言われる。ラジオ・フランス・アンテルナショナル(rfi)中国語版は、この会議において、習主席が「開いてよかった」とか「団結を高めた」と述べたのは、意見が割れていたことを示唆する奇妙な発言であったと評している。
ちなみに、rfiは最近BBCなどとともに中国政治の分析をよくしており、注目されている。
また、会議では、習主席の「遠大な戦略的判断」を聞いたというが、これも奇妙だという、これは習主席に対する既定の評価を超えており、実は、習主席が誤りを犯したと暗に言っているようなものだからであり、習主席がさかんに党内の団結と民主を呼びかけているのはそのためでだとしている。
AFPは、さらに、中国の最高指導層は「緊張状態」にあり、とくに習近平自身について緊張状態があると言っている(12月28日付rfi)。
Rfiの読みが正しいか、慎重に見極める必要があるが、トランプ大統領との間で90日の時限設定を受け入れたことについての評判は悪く、党内でも反習近平の声が上がっているという。
北京市内で、かつて文化大革命の際使われた壁新聞(大字報)が張り出された。中国は文革を否定して改革開放を進め大いに発展したが、文革の精神を忘れるべきでないという考えは根強く残っており、この壁新聞は文革の否定を見直すべしというものであった。これは鄧小平以後の指導者をすべて批判することにつながりうることで、習近平批判にもなりうる。
また、直接の習近平批判ではないが、現政権の方針には問題があるという考えも強く、多数の学生が犠牲になった天安門事件、重慶市長であった薄熙来の投獄、さらには企業改革などは決着がついていない、あるいは争いがあると指摘されている。
国進民退については、習近平は有効な措置を講じていないという気持ちが一般的であろう。
中国各地で権利擁護の騒動が多数起こっているが、最近、復員軍人による同様の事件が起こり、リーダー格の4名が逮捕された。通常このような騒動を起こすのは農民だが、復員軍人であったので特に注目された。
第18回共産党代表大会以来、つまり、習近平政権の成立以来、外交がうまくいっていないという声もある。米国との貿易戦争はそのような見方に火に油を注ぐ結果となった。
現在の中国政治において根本的な問題は政治体制改革である。しかし、その意味は明確にされていない。目標や改革の主要点などは説明されているが、説明を読んでも具体的なイメージは湧いてこない。党大会など正式の会議では、政治体制改革の目標は社会主義制度を強固にすること、社会主義生産力を発展させること、社会主義的民主を発揚し、広範な人民の積極性を動員することなどと説明される。さらに具体的には、司法制度の強化、政治と企業の分離、行政簡素化なども必要とされている。
しかし、その一方で、「民主監督制度」の充実、「安定団結」の確保など民主化を統制することも重視されている。
習近平は政治体制改革小組(作業部会)の長になっているが、茅于軾などは、習近平がこの改革を進めていないと真っ向から批判している。この発言は、民主化を進めたい人々にとっては心強いものであろう。
12月18日、習近平主席は改革開放40周年を記念する大会で大演説を行った。政治体制改革についてどのようなことを発言するか注目されていたが、習は、「改革すべき、改革できることは断固として改革するが、改革すべきでない、また改革できないことは断固として変えない」と発言した。多維ニュースなど海外の中国語メディアは、「習近平は政治体制改革を放棄した」と評した。
政治体制改革の議論から離れて、習近平が力を入れてきたこととしては、つぎのようなことがあげられる。
共産党による支配の強化。
これは幹部の腐敗を取り締まることも、またすべての企業に党支部设置することも含まれる。前述の党生活会の翌日、政治局会議が開催された。これも党支配の強化が目的だろう。
言論統制の強化。
統制の強化というより、「弾圧」というほうが適切かもしれない。習近平政権の特色は、言論統制の強化と反腐敗運動にあり、これらの面では顕著な実績を上げている。
中国政府は2015年、何百人(300人)もの弁護士や活動家を弾圧した。その際とらわれた一人である、人権派弁護士、王全璋氏に対する裁判が12月26日、開始された。
言論統制の強化に大学生の多くは批判的であり、工場などでの人権擁護運動などを支援する傾向がある。最近、当局は北京大学へ入構し、危険な行動をする学生を逮捕した。
「個人信用スコア」制度の導入
北京市は、2020年末までに、交通などで市民が取った行動を数値で評価し、高ければ高いほど便利に行政サービスを受けられる「個人信用スコア」制度を導入することを発表した。交通道徳の向上を目指していると言われているが、このような監視システムは恐ろしい。
中国政府は最近バチカン(法王庁)と妥協に達した。そして福建省のある教区の司教を一本化する儀式が、12月13日、北京の釣魚台国賓館で行われ、中国政府がそれまで認めてきた人物がバチカンにも認められ司教となった。それまでバチカンが司教と認めてきた地下教会の郭希錦(クオシーチン)氏は、バチカン代表団から「中国教会全体のために犠牲になってほしい」と補佐司教になるよう言い渡されたという。
この新体制はいつまで続くか。バチカンは大きな過ちを犯したのではないか。別の教区では、これまでの地下教会司教が退任を通告されたそうだ。
以上から言えることは、習近平主席は共産党の支配を強化することにより、また、強権的な方法を用いて中国を改革し、より強く、より豊かな国にしようとしていることである。また、習主席は中国を民主化しようとしていない。習主席は民主化を極度に恐れている。
習主席の統治は一定の分野では顕著な実績を上げているが、腐敗をなくし、中国をより清い国にすることは前進していない。その原因である「信頼の欠如」状況は改善していないと思われる。
中国の驚異的な発展と脅威的な民主化無視
中国の軍事、経済面での発展は目覚ましい。12月27日には、独自の衛星利用測位システム(GPS)「北斗」の運用を全世界で始めた。これにより米国のGPSによらずに位置情報を提供することが可能になった。精度は誤差10メートルだが、アジア太平洋地域では誤差5メートルという
無人自動車の走行実験は今年から中国各地で始まっている。都市単位で無人自動車が走行するようになるのは中国が世界最初となるかもしれない。
無人飛行機(ドローン)は、とくに軍事用のものが注目されている。無人飛行機だけで群衆飛行できるようになっており、その数は200機に達している。米国を追い越したらしい。
トピック性の高いことだけでない。中国の「一帯一路」は陸上と海上でさかんにインフラを建設しており、今や、欧州まで延び、EUは神経をとがらせている。EU内では、資金、環境などの点で制約があり、また、手続き的にも民主的プロセスを守らなければならないため、インフラ建設には種々制約があるが、そのような制約の少ない中国はどんどん進出している。
中国のパワーは宇宙へも伸びている。中国は2013年に月面探査機「嫦娥3号」の月面着陸に成功し、世界で3番目に月面に到着した国となっており、さる12月8日には、月の裏側への着陸する予定の無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」の打ち上げに成功した。数週間後に結果が判明するという。これが成功すれば世界で初めての月の裏側での着陸となる。
そして、すべての先端技術を支え、駆使する人工知能(AI)も日進月歩で進んでいる。とくに、軍事面でのAIの研究開発を大々的に行っており、「軍民融合」も進んでいる。北京理工大学には「AI兵器システム実験班」が新設され、5千人余の中から約160倍の競争率を突破した優秀な31人の1期生が学んでいる。
これらの発展は誠に素晴らしい。それを実現したのは、中国人の力であり、また、集中的に経済・技術を発展させてきた中国共産党の指導である。しかしながら、この輝かしい現実の裏にはまったく異なる実態が潜んでいる。一言で言えば、政治の不安定性が増大しているのではないかと思う。
習近平主席は、2017年秋に共産党の総書記に、翌年3月には国家主席に再任された。その際憲法を改正して国家主席の2期制限制を廃止し、永久に主席であり続けられるようにした。それまでも習近平主席は権力を一身に集めていたが、永久主席の可能性が出てくると習氏の独裁的地位に対する批判的な意見が多くなった。米国が本拠の中国語紙『多維新聞』は「2018年になってから内外の環境は相対的に不安定な時期になった」と評している(11月21日付)。
不安定性を示す、あるいは示唆する現象としては次のようなことがある。
天則経済研究所の茅于軾教授と、中国の最高学府の一つである清華大学の許章潤教授は直接習主席を批判している。許教授は「我々の現在の恐怖と期待」と題する論文を発表し、習近平政権の「指導者を個人崇拝する動き」や「国家主席の任期の撤廃」を痛烈に批判した。同教授は現在、国外に逃亡中である。
中国の政治では、直接の批判は、結論が出ている場合に限られる。通常、直接の批判は危ないので、間接的な表現で批判や不満が示される。12月25~26日に習近平主席は「党内生活会」を開いた。この名称は外国人にはわからないが、非公式に問題を深く議論する場であり、「自己批判の場」だとも言われる。ラジオ・フランス・アンテルナショナル(rfi)中国語版は、この会議において、習主席が「開いてよかった」とか「団結を高めた」と述べたのは、意見が割れていたことを示唆する奇妙な発言であったと評している。
ちなみに、rfiは最近BBCなどとともに中国政治の分析をよくしており、注目されている。
また、会議では、習主席の「遠大な戦略的判断」を聞いたというが、これも奇妙だという、これは習主席に対する既定の評価を超えており、実は、習主席が誤りを犯したと暗に言っているようなものだからであり、習主席がさかんに党内の団結と民主を呼びかけているのはそのためでだとしている。
AFPは、さらに、中国の最高指導層は「緊張状態」にあり、とくに習近平自身について緊張状態があると言っている(12月28日付rfi)。
Rfiの読みが正しいか、慎重に見極める必要があるが、トランプ大統領との間で90日の時限設定を受け入れたことについての評判は悪く、党内でも反習近平の声が上がっているという。
北京市内で、かつて文化大革命の際使われた壁新聞(大字報)が張り出された。中国は文革を否定して改革開放を進め大いに発展したが、文革の精神を忘れるべきでないという考えは根強く残っており、この壁新聞は文革の否定を見直すべしというものであった。これは鄧小平以後の指導者をすべて批判することにつながりうることで、習近平批判にもなりうる。
また、直接の習近平批判ではないが、現政権の方針には問題があるという考えも強く、多数の学生が犠牲になった天安門事件、重慶市長であった薄熙来の投獄、さらには企業改革などは決着がついていない、あるいは争いがあると指摘されている。
国進民退については、習近平は有効な措置を講じていないという気持ちが一般的であろう。
中国各地で権利擁護の騒動が多数起こっているが、最近、復員軍人による同様の事件が起こり、リーダー格の4名が逮捕された。通常このような騒動を起こすのは農民だが、復員軍人であったので特に注目された。
第18回共産党代表大会以来、つまり、習近平政権の成立以来、外交がうまくいっていないという声もある。米国との貿易戦争はそのような見方に火に油を注ぐ結果となった。
現在の中国政治において根本的な問題は政治体制改革である。しかし、その意味は明確にされていない。目標や改革の主要点などは説明されているが、説明を読んでも具体的なイメージは湧いてこない。党大会など正式の会議では、政治体制改革の目標は社会主義制度を強固にすること、社会主義生産力を発展させること、社会主義的民主を発揚し、広範な人民の積極性を動員することなどと説明される。さらに具体的には、司法制度の強化、政治と企業の分離、行政簡素化なども必要とされている。
しかし、その一方で、「民主監督制度」の充実、「安定団結」の確保など民主化を統制することも重視されている。
習近平は政治体制改革小組(作業部会)の長になっているが、茅于軾などは、習近平がこの改革を進めていないと真っ向から批判している。この発言は、民主化を進めたい人々にとっては心強いものであろう。
12月18日、習近平主席は改革開放40周年を記念する大会で大演説を行った。政治体制改革についてどのようなことを発言するか注目されていたが、習は、「改革すべき、改革できることは断固として改革するが、改革すべきでない、また改革できないことは断固として変えない」と発言した。多維ニュースなど海外の中国語メディアは、「習近平は政治体制改革を放棄した」と評した。
政治体制改革の議論から離れて、習近平が力を入れてきたこととしては、つぎのようなことがあげられる。
共産党による支配の強化。
これは幹部の腐敗を取り締まることも、またすべての企業に党支部设置することも含まれる。前述の党生活会の翌日、政治局会議が開催された。これも党支配の強化が目的だろう。
言論統制の強化。
統制の強化というより、「弾圧」というほうが適切かもしれない。習近平政権の特色は、言論統制の強化と反腐敗運動にあり、これらの面では顕著な実績を上げている。
中国政府は2015年、何百人(300人)もの弁護士や活動家を弾圧した。その際とらわれた一人である、人権派弁護士、王全璋氏に対する裁判が12月26日、開始された。
言論統制の強化に大学生の多くは批判的であり、工場などでの人権擁護運動などを支援する傾向がある。最近、当局は北京大学へ入構し、危険な行動をする学生を逮捕した。
「個人信用スコア」制度の導入
北京市は、2020年末までに、交通などで市民が取った行動を数値で評価し、高ければ高いほど便利に行政サービスを受けられる「個人信用スコア」制度を導入することを発表した。交通道徳の向上を目指していると言われているが、このような監視システムは恐ろしい。
中国政府は最近バチカン(法王庁)と妥協に達した。そして福建省のある教区の司教を一本化する儀式が、12月13日、北京の釣魚台国賓館で行われ、中国政府がそれまで認めてきた人物がバチカンにも認められ司教となった。それまでバチカンが司教と認めてきた地下教会の郭希錦(クオシーチン)氏は、バチカン代表団から「中国教会全体のために犠牲になってほしい」と補佐司教になるよう言い渡されたという。
この新体制はいつまで続くか。バチカンは大きな過ちを犯したのではないか。別の教区では、これまでの地下教会司教が退任を通告されたそうだ。
以上から言えることは、習近平主席は共産党の支配を強化することにより、また、強権的な方法を用いて中国を改革し、より強く、より豊かな国にしようとしていることである。また、習主席は中国を民主化しようとしていない。習主席は民主化を極度に恐れている。
習主席の統治は一定の分野では顕著な実績を上げているが、腐敗をなくし、中国をより清い国にすることは前進していない。その原因である「信頼の欠如」状況は改善していないと思われる。
2018.12.27
めずらしく、セルビアの現況を伝える報道が現れた(『朝日新聞』12月24日付)。筆者は日本の大使として2001年から03年まで同国で勤務したが、その時の状況と今はかなり違っているようである。
以下は、同報道に、日本との関係についての筆者の見解を加え、再構成したものである。
セルビアでは中国の影響力が顕著に増大した。たとえば、西部のウジツェで旧軍用飛行場を物流拠点に変えるプロジェクトが中国の協力で進められている。その一環でウジツェ市内に2017年、中国企業が資金を提供して「怡海(イーハイ)ママ・ウォン幼稚園」が設立された。園児は3、4歳になると週2回中国語を習っており、先生が「中国語のあいさつは?」と問いかけると、「ニー好(ニーハオ)」と元気な声が返ってくるそうだ。
中国の存在感が増しているのはウジツェに限らない。首都ベオグラード郊外では大橋の建設が進んでおり、中国人らしき労働者が行き交う。橋の側面には受注した中国企業の名が刻まれている。、
人口700万のセルビアで中国による開発投資は今年、累計で60億ドル(約6720億円)に上る見込みだという。
このように中国の活動が活発化したのは、前大統領ニコリッチが「中国シフト」にかじを切って以来のことである。ニコリッチは、「セルビアは2000年に欧州連合(EU)に加盟したいと意思表示したのに、EUから必要な援助は得られなかった」といっている。
セルビアは1990年代の紛争、とくに1999年のNATO軍による攻撃で激しく傷ついた。ベオグラード市内の旧社会党本部、国防省・参謀本部、内務省(警察)は見るも無残に破壊された。日本からの旅行者はこれを見て息をのんで見つめる。
2001年からセルビアは復興に取り掛かり、国際機関を含め各国が支援した。そのなかで中心的役割を果たしたのはEUであったが、日本も主要なドナー国となり、発電所、農業機械、音楽機材などについて協力した。ベオグラード市内には日本が供与した約100台の大型バスが走っており、非常に目立つ。
しかし、セルビアとしては、EUは期待外れだったのだろう。セルビアは、爆撃が終了した後、EUが頼みの綱であり、ことあるごとにEUの関与を求めた。
2003年3月12日、暗殺されたセルビアのジンジッチ首相の葬儀で弔辞を最初に読んだのはセルビアの大統領でなく、EUの代表であった。そこまでEUに気を使うのかと驚いた。EUに一刻も早く加盟したいというセルビアの気持ちを見る機会は他にもあった。
セルビアは2009年EUへの加盟を申請したが、EUとの関係はその後複雑になった。加盟が承認されるのに障害となったのは、旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)との協力問題であり、セルビアはユーゴ内戦で大量虐殺の責任を問われたミロシェビッチ元大統領らをハーグへ移送し、この障害は何とか克服できた。
もう一つの障害は、2008年のコソボのセルビアからの独立であり、セルビアは認めたくなかったが、EUなどからの強い圧力の下、コソボとの対話に応じ、2013年春、セルビア・コソボ間で合意が成立した。EUはそれを評価し、セルビアとのEU加盟交渉を2014年1月に開始した。セルビアは加盟候補国となったのだ。この交渉は現在(2018年10月)も継続中である。
一方、セルビアへのEUの投資は期待通りには進まなかったらしい。そこへ中国からシルクロード経済圏構想(一帯一路)への参加を求められた。セルビアにとってはまさに渡りに船だった。ニコリッチは「資金の使い道に条件をつけるEUの助言に従うのか。中国の支援で人々がよい生活をするほうを選ぶのか」選択を迫られるような状況だったという。結局、セルビアはEUとの関係を無視したのではないが、中国からの協力を受け入れることとした。
セルビアが資金を必要としていることはよく分かる。日本の援助政策では、復興の初期段階では無償援助を行い、相手国の力がある程度ついてきた段階でインフラ建設に協力し、円借款を与える。前述の日本の援助はすべて無償援助であったが、その段階ではどの国も引けを取らなかった。EUと比較してもそん色なかったと思う。しかし、円借款を始めるところまではいかなかった。
中国は、ロシアとともにセルビアと特別な友好関係にあった。セルビアがミロシェビッチのもとで西側諸国に厳しく批判され、爆撃で破壊された時に(セルビアは当時「ユーゴスラビア連邦共和国」)、この両国はセルビアを擁護し、NATOの爆撃に反対したからである。セルビアと中ロとの関係は私が大使であった時も続いていた。セルビアにとって、日本は新しく助けてくれる国、中国は命の恩人的な友好国だったのであり、米欧や日本に比べ、その扱いは微妙に、しかし我々にもわかる形で違っていた。
私は、当時のコシュトゥーニツァ大統領の訪日を実現し、友好関係のさらなる発展につなげたいと種々努力していたが、ある日、首相補佐官から大統領は中国を訪問することになったと告げられた。やはりそうかと思ったことを記憶している。
そのときからさまざまな展開があったことは前述したが、セルビアは今や、中国の「一帯一路」戦略のなかで重要な拠点国になっている。中国は中・東欧の16カ国と(16+1)という協力枠組みを構成しており「一帯一路」推進のためにもこの枠組みを活用している。
日本は中国よりも早く円借款の供与を開始した。2011年に始まった「ニコラ・テスラ火力発電所排煙脱硫装置建設計画」である。そのほか、市場経済化、 医療・教育、環境保全なども重点分野として支援する考えだという。
投資としては、日本たばこインターナショナル(JTI)をはじめとして、アサヒビール・三井物産やパナソニック電工が投資を行っている。
その規模を中国と比較してもあまり意味はないが、「一帯一路」戦略に基づく中国の進出は大掛かりである。そして、EUにとって刺激的である。前述の「16+1」のうち現EU加盟国は11カ国に上り、チェコのゼマン大統領は、自国を「中国のEUへの入り口にしたい」とまで言い切っている。つまり、中国にとって橋頭保が複数できているわけだ。
これに対し、EU内では警戒の声が上がっている。ドイツのメルケル首相は中国との関係を重視し何回も訪中しているが、2018年2月、「16+1」の参加国がEU共通の政策に基づいて動かねば「EUは分裂する」と訴えた。
そのほか、中国の影響は人権や南シナ海問題などにも及んでいる。中国を批判しようとしても中国との関係が深い諸国はひるみ、反対するのである。
「一帯一路」戦略は、初期段階においてはその積極的な面ばかりが目立つのであろう。最近東南アジアや南アジアで始まっている慎重な姿勢は欧州諸国には見られない。
たしかに、「一帯一路」は資金を求めている諸国に大きな可能性をもたらすが、いつまでよいことが続くか、とくに、ソフトな条件で大量の資金提供という中国からの援助の特徴が中長期的に維持されるか、実施したプロジェクトは当該国にとって利益となるか、もう少し時間をかけてみていく必要があろう。
セルビアはさまざまな問題点に関する一つのテストケースだ。EU側においても英国の離脱があり、また、イタリアやさらには大黒柱の一つであるフランスについても国内困難があり、セルビアとしては、EUの先行きに不安を覚えはじめているのかもしれないが、EUとの関係強化は変更不可能な方針だと思われる。
中国の「一帯一路」はEUにおよぶ―セルビアはどちらに傾くか
西バルカンのセルビア共和国は日本から遠く、話題になることは非常に少ない。わずかにスポーツで世界一流の選手が話題になるが、それ以外ではほとんど知られていない。めずらしく、セルビアの現況を伝える報道が現れた(『朝日新聞』12月24日付)。筆者は日本の大使として2001年から03年まで同国で勤務したが、その時の状況と今はかなり違っているようである。
以下は、同報道に、日本との関係についての筆者の見解を加え、再構成したものである。
セルビアでは中国の影響力が顕著に増大した。たとえば、西部のウジツェで旧軍用飛行場を物流拠点に変えるプロジェクトが中国の協力で進められている。その一環でウジツェ市内に2017年、中国企業が資金を提供して「怡海(イーハイ)ママ・ウォン幼稚園」が設立された。園児は3、4歳になると週2回中国語を習っており、先生が「中国語のあいさつは?」と問いかけると、「ニー好(ニーハオ)」と元気な声が返ってくるそうだ。
中国の存在感が増しているのはウジツェに限らない。首都ベオグラード郊外では大橋の建設が進んでおり、中国人らしき労働者が行き交う。橋の側面には受注した中国企業の名が刻まれている。、
人口700万のセルビアで中国による開発投資は今年、累計で60億ドル(約6720億円)に上る見込みだという。
このように中国の活動が活発化したのは、前大統領ニコリッチが「中国シフト」にかじを切って以来のことである。ニコリッチは、「セルビアは2000年に欧州連合(EU)に加盟したいと意思表示したのに、EUから必要な援助は得られなかった」といっている。
セルビアは1990年代の紛争、とくに1999年のNATO軍による攻撃で激しく傷ついた。ベオグラード市内の旧社会党本部、国防省・参謀本部、内務省(警察)は見るも無残に破壊された。日本からの旅行者はこれを見て息をのんで見つめる。
2001年からセルビアは復興に取り掛かり、国際機関を含め各国が支援した。そのなかで中心的役割を果たしたのはEUであったが、日本も主要なドナー国となり、発電所、農業機械、音楽機材などについて協力した。ベオグラード市内には日本が供与した約100台の大型バスが走っており、非常に目立つ。
しかし、セルビアとしては、EUは期待外れだったのだろう。セルビアは、爆撃が終了した後、EUが頼みの綱であり、ことあるごとにEUの関与を求めた。
2003年3月12日、暗殺されたセルビアのジンジッチ首相の葬儀で弔辞を最初に読んだのはセルビアの大統領でなく、EUの代表であった。そこまでEUに気を使うのかと驚いた。EUに一刻も早く加盟したいというセルビアの気持ちを見る機会は他にもあった。
セルビアは2009年EUへの加盟を申請したが、EUとの関係はその後複雑になった。加盟が承認されるのに障害となったのは、旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)との協力問題であり、セルビアはユーゴ内戦で大量虐殺の責任を問われたミロシェビッチ元大統領らをハーグへ移送し、この障害は何とか克服できた。
もう一つの障害は、2008年のコソボのセルビアからの独立であり、セルビアは認めたくなかったが、EUなどからの強い圧力の下、コソボとの対話に応じ、2013年春、セルビア・コソボ間で合意が成立した。EUはそれを評価し、セルビアとのEU加盟交渉を2014年1月に開始した。セルビアは加盟候補国となったのだ。この交渉は現在(2018年10月)も継続中である。
一方、セルビアへのEUの投資は期待通りには進まなかったらしい。そこへ中国からシルクロード経済圏構想(一帯一路)への参加を求められた。セルビアにとってはまさに渡りに船だった。ニコリッチは「資金の使い道に条件をつけるEUの助言に従うのか。中国の支援で人々がよい生活をするほうを選ぶのか」選択を迫られるような状況だったという。結局、セルビアはEUとの関係を無視したのではないが、中国からの協力を受け入れることとした。
セルビアが資金を必要としていることはよく分かる。日本の援助政策では、復興の初期段階では無償援助を行い、相手国の力がある程度ついてきた段階でインフラ建設に協力し、円借款を与える。前述の日本の援助はすべて無償援助であったが、その段階ではどの国も引けを取らなかった。EUと比較してもそん色なかったと思う。しかし、円借款を始めるところまではいかなかった。
中国は、ロシアとともにセルビアと特別な友好関係にあった。セルビアがミロシェビッチのもとで西側諸国に厳しく批判され、爆撃で破壊された時に(セルビアは当時「ユーゴスラビア連邦共和国」)、この両国はセルビアを擁護し、NATOの爆撃に反対したからである。セルビアと中ロとの関係は私が大使であった時も続いていた。セルビアにとって、日本は新しく助けてくれる国、中国は命の恩人的な友好国だったのであり、米欧や日本に比べ、その扱いは微妙に、しかし我々にもわかる形で違っていた。
私は、当時のコシュトゥーニツァ大統領の訪日を実現し、友好関係のさらなる発展につなげたいと種々努力していたが、ある日、首相補佐官から大統領は中国を訪問することになったと告げられた。やはりそうかと思ったことを記憶している。
そのときからさまざまな展開があったことは前述したが、セルビアは今や、中国の「一帯一路」戦略のなかで重要な拠点国になっている。中国は中・東欧の16カ国と(16+1)という協力枠組みを構成しており「一帯一路」推進のためにもこの枠組みを活用している。
日本は中国よりも早く円借款の供与を開始した。2011年に始まった「ニコラ・テスラ火力発電所排煙脱硫装置建設計画」である。そのほか、市場経済化、 医療・教育、環境保全なども重点分野として支援する考えだという。
投資としては、日本たばこインターナショナル(JTI)をはじめとして、アサヒビール・三井物産やパナソニック電工が投資を行っている。
その規模を中国と比較してもあまり意味はないが、「一帯一路」戦略に基づく中国の進出は大掛かりである。そして、EUにとって刺激的である。前述の「16+1」のうち現EU加盟国は11カ国に上り、チェコのゼマン大統領は、自国を「中国のEUへの入り口にしたい」とまで言い切っている。つまり、中国にとって橋頭保が複数できているわけだ。
これに対し、EU内では警戒の声が上がっている。ドイツのメルケル首相は中国との関係を重視し何回も訪中しているが、2018年2月、「16+1」の参加国がEU共通の政策に基づいて動かねば「EUは分裂する」と訴えた。
そのほか、中国の影響は人権や南シナ海問題などにも及んでいる。中国を批判しようとしても中国との関係が深い諸国はひるみ、反対するのである。
「一帯一路」戦略は、初期段階においてはその積極的な面ばかりが目立つのであろう。最近東南アジアや南アジアで始まっている慎重な姿勢は欧州諸国には見られない。
たしかに、「一帯一路」は資金を求めている諸国に大きな可能性をもたらすが、いつまでよいことが続くか、とくに、ソフトな条件で大量の資金提供という中国からの援助の特徴が中長期的に維持されるか、実施したプロジェクトは当該国にとって利益となるか、もう少し時間をかけてみていく必要があろう。
セルビアはさまざまな問題点に関する一つのテストケースだ。EU側においても英国の離脱があり、また、イタリアやさらには大黒柱の一つであるフランスについても国内困難があり、セルビアとしては、EUの先行きに不安を覚えはじめているのかもしれないが、EUとの関係強化は変更不可能な方針だと思われる。
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