平和外交研究所

2021 - 平和外交研究所 - Page 5

2021.09.23

AUKUSの下での潜水艦製造契約の破棄

 9月15日、インド太平洋地域における米英豪3カ国の新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS」の設置が発表された。その直前、豪は、2016年に仏政府系軍事企業と結んだ、12隻のディーゼル潜水艦の建造契約(総額は約7・2兆円に上る見込み)を破棄する旨仏に一方的に通告した。

 仏は激怒し、米豪に駐在する自国大使を直ちに本国に召還した。ルドリアン仏外相は、大使召還はマクロン大統領からの指示だと強調し、米豪の対応は「同盟関係や、欧州にとってのインド太平洋地域の重要性という考え方そのものに関わってくる」と警告した。

 この経緯から、豪州による潜水艦契約の一方的、かつ突然の破棄は、米仏の同盟関係をも揺るがしかねない深刻な問題と見られたが、わずか1週間後、米仏首脳による30分の電話会談で事態の収拾に向けて原則合意が達成された。バイデン氏とマクロン氏の共同声明によれば、米仏両国は信頼回復のために、今後、突っ込んだ協議を行うことになっているが、ル・ドリアン仏外相が激怒した潜水艦契約の一方的破棄については何の言及も行われなかった。契約の破棄は取り消されないのである。

 バイデン氏は謝罪せず、ただ、「開かれた協議があればよかった(the situation would have benefited from open consultations among allies on matters of strategic interest to France and our European partners)」、つまり「仏を含めて潜水艦契約の取り扱いを決定したほうがよかった」と言っただけである。
 米仏両国の首脳は円熟した安全保障大国らしく振舞ったと言えるかもしれないが、両雄のだましあいのようなところがある。ともかく、今回の合意が容易に達成された背景には、二、三見逃せない事情があったと思われる。

 一つは、もし、契約破棄の相談を仏にしていたならば、容易に結論を得られないことを米豪英とも認識していたことである。豪側には、契約の履行状況について不満があったとも言われているが、それだけでは一方的破棄を正当化できない。米豪英は仏が議論にたけており、容易に説得できる相手でないことを共通に認識しており、迅速に契約を破棄するには一方的に通告するほかなかったと思っていたのであろう。

 もう一つの背景は、安全保障に関する米欧の同盟関係が欧州から中近東、とくにアフガニスタンへ、そしてアジア太平洋にまで拡大しつつあることを仏も重視していたことである。

 さらに、歴史的には、仏は1966年から1996年までの30年間に南太平洋のムルロワ環礁(仏領ポリネシア)で193回の実験を行っていた(最後は1996年1月)。今回の米仏首脳協議でこの歴史問題が提起されたとは思わないが、両者の話し合いに影響を及ぼさなかったとも思わない。直接触れることはなかったにしても、バイデン氏もマクロン氏も意識しつつ話し合いを行ったものと推測される。

 マクロン大統領は東京五輪の開会式出席後に仏領ポリネシアを訪問し、7月27日、タヒチ島での演説で「フランスは仏領ポリネシアに、核実験を繰り返してきたという借りがある」と述べている。マクロン氏は前回の大統領選で掲げた「歴史と向き合う外交」公約に従い、過去に複雑な経緯をたどった国や地域との関係改善を急ピッチで進めているのである。しかし、仏国内には核は必要との立場からマクロン氏の姿勢を弱腰だと批判する勢力も存在している。そんな事情からマクロン氏は謝罪はしないでおり、そのため南太平洋で批判されている。

 豪にとっても南太平洋における核実験はデリケートな問題である。国内では仏に対する批判的勢力が非常に強い。ただ、豪はウランを仏に提供しており、政府は核実験についての姿勢が明確でないと批判されてきたが、基本的には南太平洋諸国よりである。
 
 要するに、南太平洋における核実験は現在も続いている問題なのであり、バイデン氏がマクロン氏との会談で何も言わなくとも影のように付きまとっていたはずである。マクロン氏が今回の米仏首脳協議において意外にあっさりと矛を収めたのはそのような事情があるからだと思われる。
2021.09.17

米英豪3か国の安全保障協力枠組み「AUKUS」

 バイデン米大統領は9月15日、インド太平洋地域における米英豪3か国の新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS」を設置することを明らかにした。米英はまず豪州に対し原子力潜水艦の技術を支援することになっている。豪州はステルス性に優れ、長距離潜航が可能な原潜を保有することになる。米国がこの機密性が高い高度の軍事技術を供与したのはこれまで英国のみであった。今後18か月間、3か国でチームを結成し実行計画を策定するという。AUKUSの発表には、英国のジョンソン、豪州のモリソン両首相もオンラインで参加した。

 豪州は核兵器不拡散条約(NPT)の参加国であり、AUKUSの下での原潜技術供与が同条約に違反しないか問題になりうるが、モリソン氏は「豪州は核兵器の獲得を目指しているわけではない」と主張し、バイデン氏も豪州が保有するのは「原子炉を動力とした通常兵器搭載の潜水艦だ」と説明した。これらの説明でNPTをクリアできるか。豪州は元来NPT参加国の中でも非核を厳守してきたので、批判の声が上がる可能性は排除できないが、動力としての原子炉は核兵器でないとの考えで乗り切るのはさほど難しくないかもしれない。

 AUKUSの設置は中国への対抗が目的であることは明らかであり、中国は反発するとみられている。しかし、米国が豪州と英国を誘って共同の安全保障枠組みを設置したことは、中国が南シナ海で国際法違反の拡張行動を取り続け、また公海における航行の自由を脅かし、台湾に対しては軍事力で揺さぶりをかけ、東シナ海でも尖閣諸島へのハラスメントを繰り返したこと、また、中国の新疆ウイグル自治区でイスラム教徒の人権を擁護せず、香港では国際約束を無視して強引に本土化し、民主派を弾圧したことなどに触発された結果である。

 EUの主要国、とくに英、仏、独なども米国と同様、中国に対抗する必要性を認識するようになり、相次いで海軍艦艇を南シナ海へ派遣している。フランスは2021年2月、原子力潜水艦を、英国は8月、空母クイーン・エリザベスを派遣し、またドイツはフリゲート艦を向かわせている。

 日米豪印4か国は最近インド・太平洋海域での戦略対話(クアッド)を強めてきた。9月末には首脳会合を行うことが予定されている。米欧諸国が、それに加え、軍事的な面で連合して行動することは第二次大戦後初めてのことである。それは、南シナ海から東シナ海にまで延びる海域における中国の行動があまりにも国際法上問題であり、対処困難であると感じているからである。

 中国には中国の言い分があろう。中国がこのような各国連携の動きをどのように見るかはもちろん中国の問題だが、今後の道は二つしかない。一つは軍事的な対立が継続ないし激化することである。中国が9月1日に「改正海上交通安全法」を施行し、外国船に領海外退去を求めることを可能としたことはさらなる強硬策であった。

 もう一つの道は、中国が各国との対話を深め、平和的に解決していくことである。どちらが優れているか、答はおのずと明らかである。
2021.09.16

北朝鮮の巡航ミサイル発射など

 北朝鮮は9月11~12日、初の巡航ミサイルを発射し、1500キロ先の標的に命中させたと発表した。15日にはさらに、短距離弾道ミサイルを2発、移動中の列車から発射した。後者のミサイルはロシア製短距離弾道ミサイル「イスカンデル」の北朝鮮版だとみられている。

 いずれも北朝鮮の軍事能力の向上を示すことであるが、本稿では軍事技術の問題はさておいて、政治的な側面を注目しておきたい。

 一つは、北朝鮮は建国記念日の9月9日、首都平壌の金日成広場で軍事パレードを行ったが、ICBMやSLBMなど大型の戦略兵器は登場させなかった。また、正規軍でなく、労働者や農民で組織された「労農赤衛隊」治安部隊など予備選力が中心となって参加した。開催された時間は午前0時からで、これも異例であったという。

 もう一つは、王毅中国外相の韓国訪問と何らかの関係があるかという疑問である。ただし、王毅氏は9月10日から15日まで、ベトナム、カンボジア、シンガポールと韓国の4か国を訪問し、各国の首脳らと相次いで会談したのであり、その目的は、先月のハリス米副大統領およびブリンケン国務長官やオースティン国防長官の東南アジア訪問に対抗することであり、北朝鮮と直接関係するものではなかった。

 しかし、北朝鮮としては王毅外相の韓国訪問を不愉快に思った可能性がないとは言えない。かねてから、北朝鮮は中国の高官が韓国を訪問することを快く思っていなかった。2014年7月、習近平主席の韓国訪問に際しては、北朝鮮はあからさまに不快感を示し、6月から7月にかけてミサイルを相次いで発射した。『労働新聞』(7月24日付)は、「国際の正義に責任を持つ一部の国は自国の利益のため、米国の強権政治に対して沈黙している」と、名指しではないが、明らかに中国と分かる形で激しく批判した。同月11日は中朝同盟条約締結53周年記念日であったが、北朝鮮も中国も記念活動を行なわなかった。27日は朝鮮戦争休戦61周年記念日であったが、記念式典で金正恩は中国にまったく触れなかった。8月1日は中国人民解放軍建軍記念日であり、韓国を含め各国の大使館付武官は出席したが、在中国北朝鮮大使館付武官は誰も参加しなかった(『大公報』8月4日付)。

 その頃、中朝関係はどん底にあり、その後、米朝首脳会談などを契機に金正恩総書記(当時は「委員長」)は中国に頼る姿勢を見せるようになり、中国も北朝鮮との関係を重視する姿勢を示し、両国関係は顕著に改善された。
 
 現在、中朝関係が以前の険悪な状態に戻ったとは思わない。北朝鮮は国連の制裁を受けたままであり、中国への依存度はむしろ高まっているが、両国の関係には依然として脆弱な面がある。北朝鮮としては、王毅外相の韓国訪問など不愉快なことについては一定程度、その気持ちを表に出しても不思議でない。最新のミサイルを王毅外相の韓国訪問に合わせて発射したという可能性は、ちょっとうがちすぎかもしれないが、頭のどこかにしまっておいてよいと思われる。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.