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2019.09.20

ネタニヤフ・イスラエル首相の一部パレスチナ併合宣言

 イスラエルの総選挙(定数120)が9月17日に行われた。さる4月の総選挙では、ネタニヤフ首相が率いる与党リクードは35議席を獲得したが、連立政権樹立に失敗したので、今回「やり直し総選挙」が行われた。

 しかし、出口調査では与野党の獲得議席数が拮抗(きっこう)しており、この選挙結果では連立政権樹立が成功する公算は低いという。かといって、3度目の選挙となれば国民の反発は避けられず、ネタニヤフ首相が率いる与党リクードと元参謀総長のベニ・ガンツ氏が率いる中道野党連合「青と白」との大連立を促す声も出ている。これも成功しない場合、ネタニヤフ首相は退陣を迫られるとの観測も現れている。

 また、ネタニヤフ氏には汚職の疑惑がかかっている。ネタニヤフ首相が国内通信大手に便宜を図った見返りに、傘下のニュースサイトで好意的な報道を要求したことなど、検察は3件の汚職容疑でネタニヤフ氏を起訴する方針だという。首相は被告人になることを回避するためにも、議会で多数派を握って「刑事免責」法案を可決したいところだが、連立政権が失敗するとそれもできなくなる。

 しかし、連立工作が進まないのは今回が初めてでない。そもそもイスラエルの総選挙において単独で過半数を獲得した政党はなかった。最多の議席は1969年総選挙でマアラハ(労働党)が獲得した56であった。イスラエルは建国の経緯からマルチエスニシティ国家であり、そのことが国政にも反映して小党の乱立状態になっていることが根本的な問題である。

 その中では、「中道右派」のリクードと「中道左派」の労働党が比較的大きく、ともに首相を輩出してきた。しかし、労働党は、指導者であったラビン元首相が1995年に暗殺されて以来衰退傾向となり、選挙のたびに議席を減らした。

 2019年2月21日に結成された「青と白」連合(ガンツ党首の回復党とイェシュ・アティッドのラピド党首の連合)は、4月の総選挙でリクードと同数の35議席を獲得し、労働党は5議席に落ち込んだ。この結果を見れば、「青と白」が労働党に代わってイスラエルの主要政党になるような気もするが、多数の政党が乱立するイスラエルでは今回の結果だけを見て中長期的な傾向を予測することは困難であろう。

 ネタニヤフ首相は再選挙を一週間前にした9月10日、自分の続投が決まれば、パレスチナ(政府は自治政府なので「パレスチナ自治区」とも呼ばれる)の一部をイスラエルに併合する、との強硬方針を表明した。選挙の結果は今回も楽観できず、右派の支持を固める必要があったためである。

 イスラエルとパレスチナの地理的状況は日本人にはわかりにくい。現在、イスラエルの東側にパレスチナがあり、その東がヨルダンである。つまり、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンが西から東へ並んでいる。パレスチナとヨルダンはヨルダン川を境に分かれているのでパレスチナは「ヨルダン川西岸」と呼ばれることもある。

 ネタニヤフは、このパレスチナのうち、ヨルダンと境界を接する領域を併合すると発表したのだ。その広さはパレスチナの約3分の1。それがもし実現すると、イスラエルの東に領土を削られたパレスチナがあり、その東がイスラエルが奪った領域であり、さらにその東がヨルダンとなるのである。そうなると、パレスチナは西側のイスラエルと東側の新イスラエル領に挟まれるという奇妙な状況になる。

 パレスチナは3分の1もの領土を奪われては黙っておれず、イスラエルと全面戦争になる危険もある。ヨルダンにも大きな影響が及び、イスラエルや西側諸国に友好的でなくなるとも言われている。それに国際社会が黙っていない。国連安保理では、イスラエルは決議違反を犯したと糾弾されるだろう。トランプ大統領はネタニヤフ首相の強力な支持者であるが、パレスチナの併合まで支持し続けることはできなくなるかもしれない。

 それでもイスラエルがこの地を奪おうとするのは、安全保障上の理由からだという。イスラエルと敵対するパレスチナにヨルダンから物資や武器が自由に搬入されるのを監視し、阻止する必要があるというのである。

 また、イスラエルの超正統派ユダヤ教徒の間には、パレスチナはもともとユダヤ人の土地だという考えがあるそうだ。今回の選挙でも、「ラビ(宗教的指導者)が言うからパレスチナ併合を支持する」と公言してはばからないネタニヤフ支持者がいる。

 イスラエルから時折法外な主張が出てくるのは、そもそも、エジプトとヨルダン以外のアラブ諸国がイスラエルの存在を認めないからであり、また、パレスチナと激しい敵対関係にあるからである。イスラエルがそのような環境にあることには国際的に一定の理解があるが、パレスチナの3分の1を奪うことなどは到底認められない。

 イスラエルのこれまでの指導者はパレスチナを奪うことの危険性と非現実性をよくわきまえており、ネタニヤフとしても実現しないのを見越して選挙目的のため危険な宣言をした可能性もあるが、それはそれで危険なかけである。そんなことまでせざるを得ないネタニヤフ首相が退陣に追い込まれるのはそう遠い将来のことではないかもしれない。
2019.08.31

天皇の即位礼への韓国大統領の出席

 日韓関係がかつてないほど悪くなった中、10月22日の天皇の即位礼に韓国からだれが出席するか、注目される。

 韓国は李洛淵(イ・ナクヨン)首相が出席するらしいとソウル聯合ニュース(8月18日付)は伝えている。同首相は、昨年3月、ブラジリアで開かれた水フォーラムで徳仁皇太子(当時)と会い、「かなり深い話」をしたという。文在寅政権のなかで日本通として知られる人物であり、即位礼に出席されるのに最適の人物だと思われているかもしれないが、韓国の首相に新天皇の即位礼に出席させるのは官僚的な処理ではないか。

 日韓関係が厳しい状況にあるなか、文在寅大統領が出席するのが最も望ましい。李洛淵首相の出席はまだ本決まりでないと承知している。かりに、決まっていても文大統領が出席することへの支障にはならない。大統領が、自ら出席すると言えばよいのである。

 韓国側の事情ももちろん無視できない。韓国の世論は、輸出規制強化以来日本政府に強く反発している。国民感情の根底に植民地統治への強いわだかまりがある。

 そんなことにも注意を払う必要があるが、文在寅大統領の即位礼出席が実現すれば日韓両国にとって大きな意義がある。

 第1に、文在寅氏がみずから出席の意向を示せば、千年単位で日韓関係を考えていることを示すのに役立つ。日韓の友好関係は2千年近い歴史があり、天皇はその象徴でもある。天皇も上皇も韓国との関係を非常に重視している。韓国の大統領が即位礼に出席することはそのような日韓の長い友好関係を尊重する意味合いがある。

 第2に、天皇は政治にはかかわらない日本国民の象徴であり、目前の日韓関係(の悪化)と切り離して考えることができる。

 第3に、文在寅大統領が即位礼に出席することを日本国民は歓迎する。

 第4に、皮肉なことかもしれないが、文在寅氏は日本に対して厳しいだけに、日本に来やすいのではないか。日本に融和的な人であればさらに日本に礼を尽くすことは危険であろうが、その点、文氏は心配ないだろうし、また、それだけに日本側の評価も高くなるだろう。

 第5に、来年は東京オリンピックが開かれる。その際には、文氏が開会式に出席するか決断を迫られるだろう。安倍首相は平昌オリンピックに出席した。つまり、政治的なプレシャーが強く働くなかで日本を訪問するか決定を迫られるより、天皇の即位礼に出席するほうが、韓国内でも容易なのではないか。かりに、オリンピックに出ないとしても即位礼に出席しておけば大きな問題にならない。

 それに番外だが、米国を安心させるのに役立つ。米国は韓国によるGSOMIAの破棄に強く不満である。形式的には日韓両国に注文を付けているが、実質的には韓国に対する不満が大きい。文大統領が即位礼に自ら出席することは米国の不満を和らげる意味合いもある。

 なお、8月31日付の東京新聞に掲載されたインタビューでも以上の趣旨を語っています。ぜひそちらもご覧下さい。

2019.08.25

韓国によるGSOMIAの破棄

ザページに「韓国のGSOMIA破棄は「3年前に戻る」だけなのか?」を寄稿しました。
軍事面への影響よりも、日韓関係がさらに悪化することが懸念されます。
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