平和外交研究所

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2013.06.21

米国の新核運用指針

米国防総省は6月19日、核のない世界を達成するという長期的目標のため、「いま具体的措置を取ることが不可欠」などの文言を含む核兵器の新運用指針(nuclear employment strategy)を公表し、また、オバマ大統領は同日ベルリンで、戦略核弾頭をロシアと合意している数(米ロとも1550)からさらに3分の1削減する提案を行うと表明した。両方を通じて見て、オバマ政権の核軍縮を進める積極的姿勢が表れていると評価できる。
しかし、個別の論点についてはどの程度新味があるのか、どの程度核軍縮として評価すべきか、検討の余地がある。なかでも、「米国は(核攻撃で)民間人や民間施設を意図的に標的にしないThe United States will not intentionally target civilian population or civilian objects.」という一文をどのように解するべきか、問題である。
これについて、「広島や長崎への原爆投下のようなことはしないという方針を示した」という趣旨の解説が見られるが、では、この新しい方針が出る以前は、米国は意図的に民間人を核攻撃する方針であったか。広島および長崎への原爆投下の理由や目的についてはいくつかの説明が行われたが、建前として、民間人を攻撃したという説明はなかったと理解している。国防省は今日に至るまで、核兵器で民間人を意図的に攻撃することを米国の戦略として認めたことはないはずである。
このように考えれば、この一文は新しい方針を表明したのではなく、これまでの方針を再確認したとみなすべきではないか。

2013.06.18

慰安婦に関する橋本発言

橋本大阪市長の慰安婦に関する発言は現在も収束していない。国連の拷問禁止委員会はあらためて問題視する報告を行なった。橋本市長に限ったことでないが、日本の政治家のなかから時折出てくる発言は、慰安婦であった人たちを傷つけ、各国に不快感を抱かせ、日本の国益を損ねている。
とくに、「慰安婦を日本が国家の意思として拉致し、人身売買したのかどうか」という点に焦点を当て、それはなかったという主張を行なうことが問題である。橋本市長は、「日本政府が強制連行を認めた証拠となる閣議決定はないとの立場を譲らない」とも報道されている。
橋本市長とこの問題を懸念する人々との間には大きな認識の相違があり、国際社会の大多数が問題にしているのは、日本政府が慰安婦の置かれていた状況に同情し、その人権侵害についてしかるべき反省をすることである。日本政府を攻撃することが各国の目的ではない。多くの国で、歴史的に、さまざまな形で女性の人権が侵害されてきたからであり、そのような過去を清算することがいかに困難で、また、注意深く対処しなければならず、日本はそのような問題を適切に処理してほしいと願うからである。このことが分からないと、まったく見当はずれの反応をすることになる。
日本政府自身は強制的に拉致しなかったと言い張るのは、そのことに関して言えば、正しいかもしれないが、では、絶望的な状況に置かれていた慰安婦が帰国について自らの意思を自由に表明できるように日本政府は配慮したか、仲介業者が行ったことを調査して不適切な行動があった場合は慰安婦を本国へ送還したか、慰安所を運営管理するなかに、慰安婦に対する有形あるいは無形の人権侵害行為はなかったと言えるか。そこまで日本政府の潔白を証明できないであろう。このようなことをさておいて日本政府が拉致を認める閣議決定したことはないと言い張るのは、一連の人権侵害行為の中で一部のことについて日本政府の責任がないことに焦点を当てることによって、全体の問題性を隠そうとすることであると映る。だからこそ各国は不快視するのである。
さらに言えば、橋本発言は命がけの日々を送っている兵士の境遇には理解があるが、悲惨な状況にあった慰安婦に対する配慮は対照的に欠いている。発言が批判された後に、言葉で「慰安婦の方々には配慮しなければならない」と言っても、全体のトーン、その背後の姿勢はごまかせない。

2013.06.16

在日外国人に対する法の壁、心の壁

田中宏氏が最近『在日外国人-法の壁、心の壁 第三版』を出版した。在日外国人はここ二、三年はやや減少気味であるが、大きな傾向としては着実に増加しつつあり、現在、ざっと210万人の外国人が登録している。つまり、旅行者でない外国人滞在者がそれだけいるということである。
当然、日本の社会、国民生活に善悪両方の影響が及ぶが、重要なことは、人間が国境を越えて移動することは世界の趨勢であって、そのなかから異なる国民、異なる民族間に理解が生まれ、親しみが増すことであり、そのような趨勢に背を向ければ、その逆の結果になる。つまり、仲良くなれない、ということである。国家が友好的な関係を維持するには、そのような人々の間の親しみの感情を大切にすることが基礎となる。
しかるに、日本人は外国人に対して基本的には友好的であるが、政府となると必ずしもそうではなく、また、日本の法律や慣習に忠実に行政を行なう結果、外国人に対しては友好的でなくなることがある。この認識を持つことはきわめて重要である。
具体的にどのようなことが起こっているか、田中氏の著作はその経験に基づき、正確に、実証的に教えてくれる。同氏は、キャリアの大半を恵まれない外国人のために研究し、奔走してきた。同氏は日本の良心である。

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