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2023.10.06

中国は処理水問題についての方針を変えるか

 処理水に関して中国がとった行動は一方的、非科学的、過剰であったとの印象を抱いている人は多数に上るだろう。中国自身処理水を海洋に放出しており、しかも放射線は日本の何倍にもなる量である。中国は、日本が中国に事前に協議せず海洋放出を決定したというが、中国は日本に一度も協議したことがない。国際原子力機関(IAEA)は、日本が放出する処理水に含まれる放射能は微量であり、人体に無害であると発表しているが、中国はそれを受け入れない。

 これらの問題は当初から指摘されていたことであった。その後、中国の対応が合理的であったか考えてみる機会は何回もあったが、多くの人は中国の対応はやはりおかしいと考えてきたし、また調べが進むにつれ、疑念は一層高まった。

 そんな中、中国は対日非難を抑制し始めているとの趣旨の報道が2件目についた。一つは、中国は、短期的には日本産水産物の輸入禁止措置を緩和しないが、処理水問題についての過剰な言動は抑制していると報道した。

 他の一つは、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に猛反発していた中国が「ソフトランディングに向けた方針転換に乗り出した」とする記事を掲載した。

 これら2つの報道は、中国が過剰な言動を抑制するのにとどめているか、それともソフトランディングに向けた方向転換に乗り出したのか、用語の点では相違があるように見えるが、実際にはそれほど違わない。中国は一定の自己抑制をし始めている。

 問題は、なぜ中国政府はそのような対応を取り始めたのかである。いくつかの理由が考えられる。

 中国が日本産水産物の輸入禁止措置を講じたのは、そうすれば日本国内で日本政府(福島原発を含め)批判が高まると考えたからであろう。しかし、実際にはそうならなかった。日本人の多くはいつも通り日本産の水産物を消費しており、処理水放出の影響はみられない。なかには中国の対応があまりに理不尽なので、日本産の水産物購入をかえって増やす家庭もある。

 また、処理水の放出に関し検討が進めば進むほど中国の措置が理不尽であることがはっきりしてきた。中国漁船が日本近海でとった魚は何ら問題にしないで、日本産だけを危険視するのははなはだしい矛盾であることが理解されてきた。

 さらに、日本産水産物の中国への輸入を止めれば日本の関係者に被害が及ぶのは不可避だが、中国の水産業にも、水産市場にも悪影響が及ぶ。ひいては中国経済にも悪影響が及ぶとの認識が強くなったことも考えられる。

 中国には軍事面の懸念もあるのではないか。事の性質上推測が多くなるが、中国の原子力潜水艦がさる8月末、台湾海峡付近で事故を起こした可能性がある。もしこれが本当であれば放射能の調査は不可避となる。特に水産物についての調査が行われると、原潜事故の影響は別だとして調査を拒否することはできなくなる。しかし、中国軍としては原潜の事故に関する調査は絶対認めないだろう。また原潜事故に注意を招きかねない、日本産水産物に関する調査も認めないのではないか。

 中国による日本産水産物輸入禁止措置はまだ撤廃されていないが、処理水問題は遠からず解消されるのではないかと思われる。
2023.10.04

ソロモン諸島への中国の進出

 ソロモン諸島は第二次大戦の主要な戦地の一つであり、ガダルカナル島と隣のツラギ島において日本軍と米軍(連合軍)は死闘を繰り広げ、死者だけでも日本軍約1万9千人、米軍(連合軍)約7千人に上った歴史がある。

 近年中国がこの地に手を伸ばし、ソロモン諸島の外交関係を台湾から中国に移させようと働きかけた。これに対し米豪などは台湾との関係を維持するよう説得に努めた。日本は軍事に関することについて協力できないが、経済協力を進めつつ台湾との関係を維持するよう働きかけてきた。しかし、ソロモン諸島が中国寄りになる流れを押し戻すことはできなかった。

 ソロモン諸島は2019年9月、台湾との外交関係を断絶し、中国と国交を樹立した。中国側では早くから準備をしていたらしく、国交樹立から1週間と経たないうちに、中国の「中国森田企業集団有限公司」がツラギ島を租借する契約を、ソロモン諸島と結んでいたことが明らかになった。これにより、中国側はツラギ島全域とその周辺地域を独占的に開発できることとなった。独占開発期間は75年間(更新可)である。

 中国はソロモン諸島に何を提供したのか詳細は分からないが、一般的に台湾との関係を断つよう働きかける際には台湾よりもうまみのある経済協力を提供するのが常であり、ソロモン諸島に対してもそのような方法を用いたのであろう。

 2022年4月、中国はソロモン諸島と安全保障協定を締結した。協定の具体的な内容は明らかにされていないが、締結の発表に先だって草案だとされる文書の画像がSNS上に流れた。投稿したのは地元の有力者であるといわれていた。ソガバレ首相も文書の流出があったことを議会で認めたといわれている。

 文書の内容として報道されたことは次の通りであった。
・ ソロモン諸島は、社会秩序の維持や人々の生命、財産の保護のため、中国に軍や警察の派遣を要請できる。
・ 中国はソロモン諸島の同意を得て船舶を寄港させて補給でき、中国の人員やプロジェクトを保護するために関連する権限を行使することができる。
・ 協力に関する情報は、書面をもって互いの同意が得られなければ、第三者に公開することはできない。

 この内容が本当ならば、ソロモン諸島は身も心も中国に売り渡したのに等しい。第三国への情報提供をしないのも大問題である。米ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)の報道官は、米政府は各国が国民の最善の利益のために意思決定する主権的権利を尊重すると述べつつ、両国に合意文書を迅速に公表して透明性を高めるよう呼びかけたが、無視された。

 そして2023年7月、中国はソロモン諸島と「治安維持協力協定」を締結した。以前、ソロモン諸島において暴動が発生した場合には警察を派遣するなどの治安維持協力を豪州が担っていた。ソガバレ氏は17年に豪州と結んだ安保協定を見直す必要性を訴えていたが、新協定の締結は中国の影響のもとで行われたのであろう。

 ソガバレ首相は9月22日、国連総会で演説し、さる7月に習近平国家主席と会談したことに触れ、中国を称賛する一方で、福島第一原発から出る処理水の海洋放出について、「がく然としている」と日本を批判し、放出の停止を求めた。

 中国の姿勢は戦略的である。最初はソロモン諸島に台湾と決別させることが目標であり、それは実現した。その後は太平洋における自己の勢力拡大を目指している。いわゆる「一帯一路」の一環だと位置づけているが、安全保障面でも野心的に行動していることは明らかである。まさに衣の下の鎧である。むかし、ソロモン諸島は軍事戦略上の要地であったので日米がこの地で激しく戦ったことは前述したが、地政学的な条件は今も変わらない。第2次世界大戦中に日米が死闘を繰り広げたガダルカナル島の航空施設(現ホニアラ国際空港)さえ、中国はやすやすと手に入れてしまうのではないかと危惧する声もある。

 中国の影響力増大に米国や豪州としても警戒し始め、米豪英の3か国はAUKUS同盟を結んだ(2021年9月15日に発足が発表された)。米国は第二次大戦後豪州及びニュージーランドとANZUSを構成していた。この条約は、冷戦時代の共産主義の脅威に対する集団的対応の一環であったが、核に敏感なニュージーランドは米豪と考えが一致せず、そのためANZUSは機能しなかった。島嶼国の立場はニュージーランドに近い。彼らにとってもANZUSは役に立たなかった。

ANZUSの後継ともいわれるAUKUSはニュージーランドが参加しない、いわばlike minded countries(同じ考えを持つ国)の同盟であり、その意味では現実的であるが、南太平洋全体の利益になるものでない。中国の進出に対抗するうえでどこまで有効か疑問である。
 米国は2022年9月、ワシントンで米国・太平洋島嶼国首脳会議を開催した。12か国が招待されていると報道されたが、ソロモン諸島のソガバレ首相はバヌアツのキルマン首相とともに出席を見送った。

 半年後の2023年5月、広島で開かれたG7首脳会合の共同コミュニケでは、「太平洋島嶼国とのパートナシップを再確認」することがうたわれたが、危機感は伝わってこなかった。

 今後、日本を含め西側諸国はどのように対応すべきか。安全保障面はさておいて、経済面でもかなりのことができるはずである。日本はソロモン諸島に対し、過去40年間、ODAをはじめとする支援を行い、ソロモン諸島側は高く評価し、わが国は最も信頼できるパートナーであった(遠山茂前駐ソロモン諸島大使)。

 ソロモン諸島の隣国として、豪州は年平均ベースで我が国の10倍にあたる200億米ドル弱の協力を行っている。豪州には豪州の考えがあるのは当然だが、日本、米国、ニュージーランド、さらには英国やフランスなどと協力すればかなりのことができるはずである。西側諸国にとって今後必要なことは、多角的に協力を強化し、ソロモン諸島が極端な政治偏向に陥ることなく発展する道を拓いていけるよう手助けすることである。今はソガバレ政権の下でソロモン諸島がいちじるしく中国寄りに偏しているが、長い目で、戦略的に協力を続けていけば、ソロモン諸島の真のニーズにこたえられるのではないか。
2023.09.19

金正恩総書記の訪露

 金正恩総書記は9月10日午後に平壌(ピョンヤン)を専用列車で出発し、13日にロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地でプーチン大統領と会談した。帰国の途に就いたのは17日であり、1週間を超える長旅であった。金氏は4年前にもロシアを訪問したことがあったが、その時はあまり大事にされなかったらしい。予定を切り上げ帰国してしまった。

 ロシアは今回、その時とは比較にならない歓待ぶりであった。プーチン大統領は外国の要人と会談するとき遅刻の常習癖(意図的だといわれている)があるが、今回は逆に会談開始より数十分早く会談場に来ていたという。

 金正恩氏は極超音速ミサイルや巡航ミサイル、戦闘機など最新兵器を視察した。見て回っただけでなく、手で触れてみたり、操縦席に乗ったりした。また、ウラジオストックではロシアの太平洋艦隊を訪問した。金正恩氏の視察にはショイグ国防相が、一部はプーチン氏が同行した。

 金正恩氏は軍事施設以外にも、ウラジオストク郊外にある極東連邦大学、海洋生物学を研究する「ロシア科学アカデミー」、海洋水族館を訪問し、セイウチのショーも楽しんだ。帰国の前夜にはバレー、「眠れる森の美女」を観劇した。そして出発に際しては軍事モードに戻り、沿海地方の知事から攻撃用無人機5機、偵察用無人機1機、防弾チョッキを贈呈された。

 金総書記の今回の訪ロについては、ロシア側は北朝鮮側からウクライナで必要な砲弾などの提供を受け、北朝鮮側はロシア側から人工衛星用の技術提供を受けることなどが噂されていた。当然、そのようなことが話し合われたと推測されるが、詳細は分からない。ロシアの通信社は、今回の訪問が、露朝の「同志的友誼(ゆうぎ)と戦闘的団結に根差した伝統的な絆をさらに強固にした」とか、「首脳会談で戦略的協力で一致を見た」とおまじないのようなことを伝えただけである。

 ウクライナ侵攻という特殊事情から始まった新しい露朝関係は今後どうなるか。ロシアは、中国に加え北朝鮮との結託を強くして民主主義世界にとってますます厄介な勢力となるか懸念されるが、結局米国との関係がカギであり、露朝関係も米国を抜きにしては語れない。ロシアが米国を目の敵にしていることはウクライナ侵攻後一層激しくなった感があるが、本稿ではロシア側の状況はさておき、北朝鮮側の状況を考察してみたい。

 北朝鮮が弾道ミサイルの開発に異常なほど国力を注ぎ込んでいるのは、ICBMなど長距離ミサイルを開発して米国が北朝鮮に簡単に手を出せないようにするためである。北朝鮮がミサイルの開発に本格的に取り組み始めたのは、大きく見て1990年代からのことであるが、米国を北朝鮮にとって最大の敵とみなすことは朝鮮戦争以来の変わらぬ姿勢であり、今日のミサイル開発もそのような認識に立っている。

 北朝鮮は一度だけ、2018年6月のシンガポールにおける米朝首脳会談において、話し合いによる解決を探ることに前向きになったことがあったが、長続きしなかった。とくに翌年2月のハノイにおける第2回首脳会談が失敗に終わって以来、金正恩氏はもとの米国との対決路線に戻ってしまった。

 その様子を見てプーチン大統領は2か月後の4月、露朝の話し合いを持ちかけ、金氏は訪露した。ロシアは当時クリミア侵略のため米国はじめEUや日本から制裁を受けており、米朝首脳会談が失敗に終わったことはプーチン大統領にとって外交の幅を広げ、力を取り戻す絶好の機会となったのであるが、北朝鮮はロシアに頼ってくることはあっても、ロシアが頼っていく国ではなかった。

 しかし、今回状況は一変し、ロシアはウクライナ侵攻のために北朝鮮の兵器を必要とするようになり、下手に出ても金正恩のご機嫌を取ろうとした。また北朝鮮にとっては、従来から尊大に構える兄貴分的なロシアから技術を導入するよい機会となった。つまり、ロシアも北朝鮮も米国に負けないために協力を強化し始めたのである。

 もっとも、新しい露朝関係が長続きするとは思えない。今はそういう状況にあっても、ロシアにとって弾薬などの不足は一時的な問題である。ウクライナ侵攻が何らかの形で終結すれば北朝鮮に弾薬を求めることなど自然になくなる。そうすれば、今は下手に出ているロシアは、以前からの兄貴分的振る舞いに戻るのではないか。

 話は飛ぶが、1999年3月、石川県能登半島沖で北朝鮮の工作船が我が国領海に侵入してくる事件が発生した。これに対し、海上保安庁と海上自衛隊が対応し、工作船の一部はロシアの領海内に逃げ込んだ。

 偶然であったが、その直後に野呂田防衛庁長官がロシアを訪問し、ロシア太平洋艦隊の司令官と会談を行った。するとロシアの司令官は野呂田長官に対し、今後同様の事件が起こるなら日本の艦船がロシアの領海内に入ってきてもかまわないと、日本にとっては友好的、北朝鮮にとっては非友好的な発言を行った。当時は、ロシアのエリツィン大統領からプーチン氏に交代するときであり、日露関係は冷戦終結後最も良好なときであった。ロシアと北朝鮮の関係は当時も悪いわけではなかったが、北朝鮮が違法な行為を働くならば、日本が対応するのに協力してもよいという冷静さがロシアにあったのである。同じことが再度起こるかわからないが、金正恩総書記の訪露から始まった両国の関係変化は中長期的な観点から分析していくことも必要である。

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