平和外交研究所

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2017.06.08

憲法9条改正案

 安倍首相は憲法9条の1項及び2項はそのままにしておいて、さらに自衛隊の存在を明記すると提案している(2017年5月3日の憲法記念日に際してのメッセージ)。これに対する憲法学者や元内閣法制局員など専門家の考えは報道などで伝えられているが、一般の国民にとっても重要な問題である。

 まず、憲法改正について、日本では憲法の性格を厳格に考えるためか、あるいは政治的な意図が働くためか、改正は非常に困難だとみなす傾向があり、「硬性憲法」などというレッテルまで貼られている。しかし、憲法は時代の変化に応じ改正すべきであると思う。たとえば、環境保護などは比較的新しく出てきた問題であるが、その重要性にかんがみれば取り組むべき原則を憲法に規定すべきである。
 しかし、9条に自衛隊の存在を明記することには反対だ。規定すべきだという意見の根拠は、自衛隊が我が国の防衛を担う機関としてしかるべき地位を認められていないという点にあるようだが、自衛が憲法に違反しないことはすでに60年以上も前に憲法の解釈として認められてきたことであり、また、大多数の国民にもその解釈は受け入れられている。したがって、自衛隊の崇高な任務を割引して考えなければならない理由はすでになくなっているはずだ。
 にもかかわらず自衛隊の基盤は確かでないと今もなお思われているのだろう。それは、自衛隊が発足した当時、「自衛のための武力行使も違憲」という考えがあり、「自衛」が広く日本国民に認められた後もその経緯を引きずっているからであり、その意味では自衛隊が本来の地位を認められていないということなのだろう。
 しかし、憲法は「自衛隊を禁止」とはどこにも書いておらず、そして解釈としては「自衛隊は合憲」という考えが確立しているのであり、それで十分である。
 もし、憲法発布時の考えが今なお尾を引いているのならばそれを正せばよく、そのためには憲法を改正する必要はない。法律を変えればよいのだ。
 具体的には、「自衛隊」を「防衛軍」とすべきだというのが国民の考えであれば、その名称変更を自衛隊法など関連の法律で行えばよい。私は、国民大多数のこの点に関する考えはまだ分からないが、個人的にはそのような名称変更は可能と思っている。
 自衛隊員という呼称についても「軍人」に変えてもよいと思っている。

 技術的な理由からだけではない。9条は日本が戦争を起こした結果であり、かつ、戦後再出発した原点だからである。9条を改正したい論者には、憲法を発布してから70年も経っていることが重要なのかもしれないが、日本が戦争を起こしたこと、かつ、その結果に基づいて再出発したという歴史的事実を忘れたり、軽んじたりしてはならない。
 その事実は戦後の新しい歴史によって書き換えられていないはずだ。戦争指導者の問題について、サンフランシスコ平和条約によって東京裁判の結果を受け入れた一方、靖国神社に祀ることをあきらめられないでいることは、そのような日本国としての観念の仕方がまだ不十分であることを物語っている。
 9条は日本国と日本国民が戦争について忘れたり軽んじたりしないための重要な根本規範であり、安易に手を付けてはならないと思う。「現憲法の1項と2項は残すので、平和主義は変えない。ただ自衛隊を正しく位置付けるために追加的に記入するのだ」という議論は、法技術的にも、また、日本が正しい道を歩むためにも受け入れられない。
 
2017.06.06

シャングリラ対話と南シナ海問題

 6月3~5日、シンガポールにおいて「アジア安全保障会議(シャングリラ対話)」が行われた。米国のマティス国防長官は演説で南シナ海や東シナ海の問題に言及して「国際社会の利益を侵害し、規則に基づいた秩序を壊す中国の行動を容認しない」と述べた上、中国が、南シナ海で造成した人工島に滑走路やレーダーサイトなどの建設を進めていることについて、「軍事化そのもので、国際法を無視しており、他国の利益を害している」と厳しく批判した。

 また、日米豪の3カ国防衛相が4日会談し、その後発表された共同声明は次のように述べた。
「3大臣は、国際法を重視し、南シナ海を含め航行及び上空飛行の自由、並びにその他合法的な海の使用を擁護していくとの共通のコミットメントを強調した。3大臣は、南シナ海での一方的な現状変更のために威圧又は武力を行使することに強い反対を表明し、係争のある地形の軍事目的での使用に反対を表明した。
 3大臣は、南シナ海において領有権を主張する全ての当事者に対し、自制を働かせ、緊張緩和に向けた措置を講じ、埋立活動を停止し、係争のある地形を非軍事化し、緊張を高めかねない挑発的な行動を控えるよう促した。3大臣は、特に2016年7月の仲裁裁判判断に留意しつつ、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決の重要性を強調した。3大臣は、当事国政府に対し、領土及びそれに伴う海洋権益に係る主張を国際法に従って、特に海洋の権益に係る主張に関しては国連海洋法条約を反映する形で、明確にした上で追求するよう求めた。この点に関し、3大臣は、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となりうることに留意した。3大臣はまた、東南アジア諸国連合(ASEAN)及び中国の当局間での、南シナ海における行動規範(COC)枠組み案への合意に留意した。三大臣は、効果的で法的拘束力を有するCOCの早期合意に向けた、国際法に基づく対話を奨励し続け、南シナ海における行動宣言全体の完全かつ効果的な履行を呼びかけた。
 3大臣は、東シナ海において、現状を変更し緊張を高めようとする、あらゆる一方的又は威圧的な行動への強い反対を改めて表明した。3大臣はまた、この地域における状況に関し、引き続き緊密に意思疎通を図る意図を表明した。」

 この共同声明は中国を名指しこそしていないが、南シナ海および東シナ海で生じている問題を余すところなく取り上げ、かつ、問題を惹起した国家を批判しており、マティス国防長官の発言とあいまって今後の南シナ海・東シナ海問題に関する基本的文献の一つになるものである。
 念のため、キーワードをあらためて掲げると、国際法の重視、航行および飛行の自由、一方的な現状変更に対する強い反対、係争のある地形(注 岩礁などのこと)を軍事目的に使用するのに反対、埋立活動の停止、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決、領土問題や海洋権益に係る主張を国際法に従って行うべきこと、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となることなどである。

 中国は、今回の会議でマティス国防長官が南シナ海問題についてあまり強い姿勢を取らないと見ていたようだ。トランプ大統領は北朝鮮問題に関し中国がよく協力していると評価する発言を行っていたからだろう。さる4月の習近平主席との会談でもトランプ氏は南シナ海問題を特に問題として取り上げなかった。
 中国の今回のシャングリラ対話に臨む姿勢は代表の選任にも表れていた。この会議に中国はこれまで副総参謀長の一人を派遣していた。国防相が出席したことも過去にはあった。しかし、今回は中国軍事科学院(軍のシンクタンク)の何雷副院長が代表だったのだ。「中将」ではあるが、現役の副総参謀長とは格が違う。
 ともかく、中国の出席者はマティス国防長官の発言に反発し、演説後各国のプレスに対し弁明と米国批判を懸命に行ったが、マティス長官演説のようなインパクトはなかった。

 中国はこのシャングリラ対話の向こうを張ってか、2006年から北京で多国間の安全保障対話「香山フォーラム」を開催している。中国は各国の防衛相や参謀長に招待状を出しているそうだが、実際には学者、外交官、元防衛担当者、中国の専門家などが出席しているにとどまっている。しかし、議論は活発かつ率直である。
 中国軍が対外的に開放的姿勢を取り、このような対話を主催することは非常に有意義だ。前回の会議では、主催者側は、会議運営で気が付いたことは何でも指摘してほしいと御用聞きをするほどサービス精神が旺盛であり、各国代表団にはその国の言語を話せる世話係を配し便宜を図っていた。
 もっとも、香山フォーラムは今年は中止されることになったそうだ。現在中国軍において大規模な改革が進められており、フォーラムを運営する中国軍事科学院も改革の対象になっていることが背景にあるという。
 しかし、来年は例年通り開催する予定だ。今回のシャングリラ対話の際中国の何雷団長はシンガポールのウン国防相に来年の香山フォーラムへの出席を招請したと伝えられている。
2017.06.02

プーチン大統領の北方領土問題に関する姿勢

 ロシアのプーチン大統領は6月1日、サンクトペテルブルクで世界の主要通信社の代表と会見し、「北方四島が日本の主権下に入れば、これらの島に米軍の基地が置かれる可能性がある」と述べた。
歯舞、色丹、国後、択捉4島が日本領となれば米国の軍事基地が置かれたり、米軍の行動に利用され、ロシアにとっては安全保障上問題となると言いたいのだろう。ソ連は1950年代からそのようなことを問題視していたが、必ずしもそれを前提にして日本と交渉していたのではなかった。たとえば、1956年の日ソ共同宣言で歯舞・色丹の返還に応じた。米軍を有利にしないという原則を貫けば、1島たりとも返還しないことになるが、そうはしなかったのだ。

 ソ連が民主化してロシアとなり、西側との冷戦が終わって世界は一変した。それとともに平和条約問題に関する日ロ間の話し合いも進展し、北方4島における米軍の行動を警戒する声も上がらなくなった。
 しかし、プーチン大統領は最近、この問題に再び言及するようになり、2016年12月の訪日の際にもこれを持ち出した。日本との平和条約交渉と米軍の問題を結びつけたのだ。しかも、プーチン氏は、日本との間に「領土問題はない」とさえ言い始めた。これでは冷戦時代へ後戻りしたのも同然であり、誠に遺憾である。
  
 日本としてプーチン政権のロシアと今後どのように平和条約交渉を進めていくべきか考えどころである。
 第1に、プーチン大統領は2012年再び大統領になって以降、4島を具体的に明示して日ロ間で解決すべきことを認めた1990年代の諸合意を無視し、1956年の日ソ共同宣言以外何も合意されていないと言わんばかりの発言をするようになった。つまり、1990年以前の状態にまで後退したのだ。
 第2に、プーチン氏が北方領土問題に関して米軍を警戒するのは、ロシアと、日本を含む西側との関係が悪化し、新冷戦と言われる状態に陥ったからである。つまり、現在の国際情勢は日ロ間で平和条約交渉を進める環境にないのだ。日本は、ロシアと西側の関係と、日ロ関係を切り離したい考えのようだが、ロシアは切り離せないと言っているのである。
 
 平和条約交渉を成立させたいのはやまやまだ。安倍首相はそれに非常な熱意を抱いている。また、プーチン大統領は国内で強い政治力があり支持率は高い。これらのことは平和条約交渉を進めるのに有利な条件であるが、プーチン氏が安倍首相のような熱意を持っていないことは明らかだ。そのような状況で無理に交渉を進めようとしても失うものしかないのではないか。

 安倍首相とプーチン大統領が合意した北方領土での共同経済活動をめぐる実質協議がさる3月に始まったが、米軍を利する云々をロシア側が言い続ける限り日本としてはその協議も中断すべきでないか。一方で北方4島においてロシアの法律を適用することに固執しながら、他方で日本へ返還されれば米軍を利することになると主張するロシアに平和条約交渉を進めようとする意図は感じられない。
 今後の日ロ交渉においては、1956年の日ソ宣言以降積み重ねてきたこと、とくに1990年代の諸合意をあらためて確認することに立ち返るべきだ。そのことをしないで経済協力を進めようとしても結局迷走するのではないかと思われる。

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