平和外交研究所

2017 - 平和外交研究所 - Page 45

2017.01.12

トランプ氏の政治赤字

 「赤字」とは「支出が収入より多いこと」であり、「財政赤字」あるいは「家計の赤字」などと使われる。
「政治」には支出も収入もないので本来「政治赤字」などという言葉はないが、トランプ氏の特徴を表すのにちょうどよいかもしれない。

 トランプ氏は1月11日、初めての記者会見を行った。次期大統領に選ばれるとだれでも早めに記者会見をして新しい政権樹立への抱負を開陳する。トランプ氏はそうせず、ツイッターで連日発信をしてきた。
 トランプ氏の発言は過激だ。またその内容は、「挑発、攻撃、自慢」だとも言われる。トランプ発言の特徴をよくとらえているが、さらに「自己中心的」も付け加えたい。女性蔑視も男性中心の表れだと考えれば、「自己中心的」だ。日本や韓国のビジネスマンを「おちょくる」のも自分たちの行動が自然だと思っているからだろう。ちなみに、「おちょくる」は小さい辞書にはなく、わずかに大きめの辞書が、「関西でよく使われる言葉で、「からかう」という意味だ」と説明しているが、私は関西出身であるためか、トランプ氏の場合は「おちょくる」というのがぴったりする。
 約10日前に、トランプ氏は障害のある記者の真似をして、映画界で長年の功績が認められセシル・B・デミル賞を受賞したメリル・ストリーブから、名指しではなかったが明らかにそうとわかる形で、手厳しくたしなめられた。それはともかく、このような場合のトランプ氏の行動についてわが新聞は非常に慎重で、「からかった」とも書いてないが、「おちょくった」と言ってよい場面だと思う。「おちょくった」という場合その主体は否定的、批判的にとらえられている。つまり、「おちょくった」人が悪いのだ。

 トランプ氏の過激さ、軽さをあらわす言葉はうんざりするほどあるが、なかでも極め付きがロシアによるサイバー攻撃をめぐる発言であった。
 オバマ米大統領がロシアによる米国へのサイバー攻撃に対する報復としてロシアの情報機関の幹部4人に対し制裁を科し、米国に駐在するロシアの当局者35人を国外退去処分にするなどの措置を発表したのは昨年の12月29日であった。
 これに対し、プーチン・ロシア大統領は対抗措置を見合わせた。そしてトランプ氏は30日、プーチン大統領は「すばらしい対応をした」「私はいつも彼がとても賢いと知っていた!」とツイッターでつぶやいた。さらに31日には、「ロシアではなく、他の誰かがやった可能性もある」「みんなが知らない情報を持っている」と述べた。数日中にその内容を公表する考えを明らかにしたという報道もあった。
 しかしトランプ氏は11日の記者会見で、サイバー攻撃は「ロシアがやったと思う」と認めた。「他の国にも攻撃されたと思う」とも言って粘ったが、誰が間違っていたか疑う余地はなくなった。

 この件について、強く思うことが3つある。
 第1に、サイバー攻撃は被害国が調べ上げて攻撃した国を非難しても、認められることはまずない。うやむやになるのがこの世界の常識だ。ロシアも絶対認めないだろう。
 しかし、トランプ氏はロシアによる攻撃であったことを認めた。トランプ氏がもともとロシアのサイバー攻撃を批判してきたのであれば、今回認めたことに特別の意味はないかもしれない。しかし、トランプ氏は逆にロシアによるサイバー攻撃を認めてなかったのに認識を変えた。トランプ氏は否定のしようがないほど明確にロシアによる攻撃であったことを認識した結果である。
 しかも、トランプ氏は10日後に米国の大統領に就任する。世界が注目している中でロシアがサイバー攻撃をしたことを認めたのであり、その重みは情報機関だけが、たとえばCIAの長官が主張しているのとは比較にならない。

 第2に、情報の世界は恐ろしい。真実もあれば虚偽もあり、しかも確かめようにも方法がないからである。暗号を解読しても100%安心はできない。意図的に虚偽の情報が流されることもある。だから情報を扱う場合、慎重のうえにも慎重を期さなければならない。
 自分が持っている情報を重視するのは結構だが、大事なことは、それが完全に正しいとは限らないので、簡単に行動に出ないことだ。こんな説教は普通の人には要らない。しかし、トランプ氏の発言にはこんなことを言いたくなるほど軽く、思慮が浅いところがある。
 もっとも、この欠陥はトランプ氏が公職についた経験がないためであり、いずれ是正されるという識者は少なくない。わたくしも半分はその見通しに賛成だ。
 しかし、あと半分は、恐ろしいことが起こっているという気持ちである。なぜなら、トランプ氏は10日たてば核の発射ボタンを押せるようになるからだ。今回のサイバー攻撃の場合と同じ感覚で核のボタンを押し間違えれば世界はどうなるか。想像するだに恐ろしい。
 
 第3に、トランプ氏はビジネスの世界と同様の感覚で赤字覚悟の行動をしているのではないか。ビジネスの世界と言っても百人百様でありそう簡単に単純化できないのは承知している。しかし、ビジネスではある程度の情報、ある程度の見通しに基づいて行動を起こすことが必要になる。トランプ氏は、その中でも極端にリスクをとる人らしく、「借金王」を名乗ったこともある。「レンガの壁にブレーキも掛けずに突っ込んでいくようなところがある」と言われていた(朝日新聞1月9日付)ことが想起される。
 今回のサイバー攻撃に関する一連の発言を聞いても、これと類似のことが起こっているのではないかと思うのだが、一つ注目したいのは、トランプ氏がこれまで多額の赤字を抱えても、持ち前のパワーと才覚で克服し、今や米国でも有数の資産家になっていることである。トランプ氏は政治の世界でも負になる言動を繰り返して「政治赤字」を抱え込んでいるが、はたしてビジネスの世界と同様克服できるか。大きな不安はぬぐえないが、気持ちとしてはなんとか克服して成功してほしい。そうならなければ世界は安穏としておれない。

2017.01.10

駐韓国大使の一時帰国

 在釜山日本国総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置されたことを遺憾として長嶺駐韓国大使と森本在釜山総領事を一時帰国させたことが適切であったか、また、今後どのようにしていくのがよいか。いくつか考えるべきことがある。

 ソウルの大使館前の少女像については、2015年末の日韓合意で韓国政府が「適切に解決されるよう努力する」と明言したことも重要だが、韓国政府は日本の大使館を保護し、その尊厳を損なわないようにする国際法上の義務がある。
 しかるに少女像の撤去はまだ実現していないが、日本側は全体として忍耐強く対応してきたと思う。

 少女像以外では、韓国政府は合意通り基金を設置して「名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業」を行い、元慰安婦にその受け入れを説得し、「合意時に生存していた元慰安婦46人のうち、34人が事業を受け入れる意思を明らかにした。そのうち31人にすでに支給を決定し、29人に支給を終えた。残りの人についても支給手続きを進めている」(韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」による2016年12月23日発表)。財団は受け入れしていない12人に対しても事業への理解を求めていく方針だ。
 このことはかなりの実績であり、韓国側の努力を評価できる。

 釜山総領事館前に少女像が設置されたことは、日韓合意の時より事態を悪化させることであり、日本側が遺憾としたことは当然だ。大使と総領事を一時帰国させることにも日本として配慮した面があるが、一時帰国がどうしても必要な措置であったかについては疑問の余地がある。現地、すなわちソウルと釜山で引き続き韓国政府に撤去を求めることも必要だ。

 少女像問題が解決しないどころか、釜山で状況が悪化していることは韓国政府の責任だが、それに対し「日本は10億円をすでに拠出して義務を果たしているのに韓国は義務を果たしていない」という趣旨の表明をするのは賢明でない。「安倍首相は謝罪しており、そのことは合意にも明記されている。かつ日本は約束通り10億円を拠出している」ことを強調すべきである。カネのことだけを話すのは逆効果になる危険がある。

 長嶺大使と森本総領事は必要な報告と打ち合わせを終えれば間をおかずに帰任させるべきだ。帰任が少女像を認めることにならないのはもちろんだ。あくまで早期の撤去を実現するため、韓国政府に対する働きかけを強くするためである。
 韓国側から何らかの言質を引き出してからということを考えるべきでない。それは事態をいたずらに複雑化するだけだ。

 一方、一時帰国と同時に日本が発表した日韓通貨スワップ協議の停止およびハイレベル経済協議の延期については再開の条件が整うのを待つのがよい。大使らの帰任と矛盾することはない。いずれも少女像の撤去を実現するためだ。
2017.01.07

2017年新年の外交展望

今年の外交についての展望をTHE PAGEに寄稿した。

「米国では今月末にドナルド・トランプ氏が第45代の大統領に就任します。どの国にとっても今年最初の、かつ最大の外交課題は米国の新政権とどのような関係を構築するかでしょう。

 トランプ氏は大統領選挙中から過激な言動を繰り返し、日本については安保条約の不平等性について不満を唱えました。日本の防衛は日本が自力で行うべきである、そのために日本が核武装しても構わないと示唆したこともありました。しかし、日本が本当に核武装すれば世界は大混乱に陥るでしょうし、日本にその意図はありません。
 核武装問題についてはトランプ氏もその後発言に注意しているようですが、日本の安全保障の在り方についてはトランプ氏と日本との間に依然として大きな隔たりがあると思います。
 日本は戦後、新憲法の下で国連の集団安全保障による安全確保を防衛の基本とし、それが現実に機能するようになるまでは米国との安保条約に依拠することにしました。この決定は日本をめぐる歴史的、地勢的、政治的諸条件をふまえ、米国との協力の下で行われたのであり、不平等性はそのような事情に由来しています。

 トランプ氏は国連の現状についても激しく批判的な態度を取っていますが、国連が拒否権の問題などのため十分機能しないのも戦後の世界秩序に限界があったからです。世界の政治は過去と切り離せないこと、理想論だけでは済まないことをトランプ氏は理解すべきです。
第2に、トランプ氏は米国経済の現状を憂慮し、貿易・投資・労働面で保護主義的措置を取ることもいとわない姿勢を示しています。これは根が深く、厄介な問題ですが、貿易立国として日本はあくまで自由で開放的な市場経済を目指していかなければなりません。そのため日本自身も努力しつつ、米国にも保護主義に走らないよう要求していくことが必要であり、場合によっては激しい戦いになる可能性もあります。

 韓国では、朴槿恵大統領の友人・側近の不正行為から始まって朴槿恵政権が危機的状況に陥っていますが、任期終了を待たずに退陣するか、米国の新政権発足後まもなく明確になるでしょう。
 韓国は日本にとって最も重要な隣国ですが、歴史的な経緯から反日的傾向が表面化し日本として対応が困難になることがあります。朴槿恵大統領は就任直後とは異なり、約1年前から日本との協力を重視する姿勢に転じ、日韓両国は慰安婦問題を最終的に解決するための合意を達成することができました。また、北朝鮮の核・ミサイル問題への対処の点でも両国は協力し、緊密に連携しあっています。
 日本は韓国内の政治問題にかかわることはできませんが、韓国の政情変化は日本に影響してきます。今回の危機的状況が大事に至らずに解決されることが望まれます。

 中国では、今年の秋、共産党の全国代表大会が5年ぶりに開かれます。習近平政権は第2期目に入ることが決定されるでしょう。
 習近平主席はこれまで政治・軍事両面で改革を進め、人事を刷新し、言論の統制と腐敗の摘発という2本の鞭を駆使して体制の強化を図ってきました。しかし、強権的な方法では国民の願望は必ずしも実現されません。人権抑圧の問題も起こっていると思います。
 日本と中国の間には、特に政治・安全保障面で違いがありますが、日中両国が友好関係にあることは両国にとっても世界にとっても重要なことであり、また、それは日本国民の願望です。両国は違いを拡大させず、また、それを克服する努力が必要です。
 そのための一つのカギは、政治的なひずみを排し、合理性な経済システムに基づく経済・貿易面での協力強化であり、それを通じて両国間の相互依存関係がさらに深化し、相互の信頼が高まることが期待されます。保護主義との戦いが必要なことは米中間にも当てはまります。

 ロシアと日本の関係は良好な状態でありません。昨年末にプーチン大統領の訪日が実現しましたが、平和条約問題は進展しませんでした。今後日本としてはロシアと経済面での協力を進め、信頼関係の強化に努めると同時に、北方領土問題の解決を訴え続けていく必要があります。平和条約はこれまで60年間解決できなかった難問ですが、締結されれば日露関係は大きく進展するでしょう。この点で両国の考えは一致しています。
 トランプ氏はロシアのプーチン大統領を称賛しており、米露関係が改善に向かう可能性があります。そうなれば、日露間でも制裁が解除され、両国関係の改善に弾みがつくことが期待されます。米露関係は複雑でありあまり単純に考えるのは危険ですが、一つの可能性としては注目しておく必要があります。

 問題は少なくありませんが、日本が各国と協力し、お互いの違いを克服してともに繁栄できる道筋を見出すことは可能だと思います。

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