平和外交研究所

2015年3月

2015.03.11

中国軍の弱点‐米軍事研究家の分析

 米国の中国軍研究家(元在中国米大使館付武官)、Dennis Blaskoは、軍事外交政策に関する論壇サイト、War on the Rocksに、中国軍は予算を増強し、兵器の近代化に努めているが、現状では次のような弱点があると指摘している。この論文は、多維新聞など中国ウォッチャーの間ではかなり広く注目されているようである。

①軍のトップから末端に至るあらゆるレベルで、軍人は共産党員である政治委員と指揮権を共有している。近年政治委員に軍事を習得させる努力をしてはいるが、実戦段階での指揮権共有は困難な事態をもたらす。
②中国軍は伝統的に陸軍中心である。軍人の数では陸72%、海10%、空17%と陸が圧倒的である。2013年11月に3軍の格を同じレベルにするため人民解放軍の編成替えが発表されたが、まだ具体化されていない。実行されれば権力や地位を失う者が強く抵抗するからであり、統一した指揮系統を実現するには数年はかかるだろう。
③非戦闘要員の数が過大である。160万人の陸上戦力のうち85万人が国境警備・教育訓練など非戦闘部署に配備されている。また、全国に地域ごとの軍区を置くのは交通や通信が発達していなかったときに必要であったからであり、時代遅れである。地方の軍区は中央の軍事委員会・国防部と地方政府の二重指導を受ける。この制度を改善すれば、軍人の数を大幅に減らせる。
④指揮官や参謀も実戦経験が不足しており、将官クラスから訓練が必要である。
⑤作戦の基本となる大隊レベルで参謀が不足し、配下の部隊を有効・有機的に使用する能力が不足している。
⑥下士官の訓練が不足している。10年ほど前に士官級指揮官を補佐する下士官を養成する計画を始めたがまだ実績があがっていない。
⑦様々な世代の兵器体系の併存しているため、相互連携が困難である。
⑧訓練にも問題があり、実戦さながらの訓練がなかなか行われず、形式的・デモンストレーションとしての訓練が多い。
⑨空軍の対地上支援能力は依然開発段階にあり、実際にはまだ機能しない。
⑩士気が低い軍人が多く、軍を食い物にしてよい生活をしようとしている。

以上の分析に基づきDennis Blaskoはつぎのような結論を導いている。
○中国軍は予算を増加し武器の近代化を図っているが、諸軍種の統合強化が実際に効果を発揮するようになるのは今世紀の中葉くらいであると中国軍の指導者は見ているようだ。
○中国軍はアグレッシブな印象が強いが、以上の弱点を認識している軍の指導者はイメージと異なり軍事行動には慎重な態度を取る公算が大である。
○東シナ海、尖閣諸島海域で海軍の船舶でなく、海警が前面に出て行動しているのも軍の弱点と関係がある。
○それでも共産党が決定したなら、軍は戦闘行動を起こすであろう。迅速に勝利する作戦に出るだろうが、同時に持久戦にも備えるであろう。中国軍が勝つ可能性は一概には言えず、いつ、どこで戦闘が行われるかにより左右される。

2015.03.09

日本におけるシビリアンコントロール

防衛省のシビリアンコントロール体制を手直しするため防衛省設置法の改正案が3月6日、国会に提出された。その関連でシビリアンコントロールとは何かがメディアなどで解説されているが、その内容はまちまちであり、かなり混乱した状況もある。本HPでは2月26日にTHEPAGEに投稿した一文を転載したが、さらに踏み込んでみていく必要がありそうだ。具体的な問題点は以下のとおりである。

○防衛省におけるシビリアンコントロールは何が問題か
 防衛省における「シビリアンコントロール」とは、陸海空自衛隊の最高指揮権は総理大臣にあり、その下で防衛大臣が自衛隊を指揮・運用するが、その際、防衛大臣は官房長や局長から補佐を受けることになっている(防衛省設置法12条)ことである。この官房長や局長が置かれているところが「内部部局」、略して「内局」であり、そこで勤務している人たちは制服の自衛隊員(制服組) でなく、ビジネススーツの事務官(背広組) である。したがって、内局が自衛隊の上位に立つ関係になっている。
 実際には重要な問題が発生した場合、防衛大臣は会議を開催し事務方の意見を求める。その際背広組だけでなく、制服の自衛官の意見も求めるのが通例である。特に、自衛隊の行動に関すること(そうでないことはあまり重要でない)については幕僚長(いわゆる参謀長に相当する)など自衛官の意見が求められ、背広組がその自衛官の意見について誤りを指摘したり、異なる趣旨の意見を出したりすることはまずない。このため自衛官からすれば防衛大臣を補佐しているのは自衛官だという認識が強く、防衛省設置法が背広組だけが防衛大臣を補佐すると記載していることは実態に合わず、また自衛官を不当に軽視しているとも指摘されていた。

○シビリアンコントロールと「文民統制」は同じか。
 新憲法が制定された際、英語のcivilian controlに相当する言葉は日本になかったので新たに訳語として「文民統制」という言葉が作られた。その経緯からすれば、当然「文民統制」はcivilian controlと同じ意味であるはずであるが、日本ではその言葉が英語のcivilian controlと多少違った意味で使われるようになった。
 日本国憲法この4文字を使わず、第66条2項で「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と規定しただけであるが、これから導き出されることは「文民による統制」であり、「文民統制」である。
しかし、civilianという英語は「市民」という名詞として使われる場合と「非軍事」という形容詞として使用されることがあり、一般にはcivilian controlのcivilianは形容詞として使われている。たとえば、ハンチントンは次のように述べている。
The term ‘civilian’ on the other hand, merely refers to what is nonmilitary.” Huntington, Samuel. P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations. Cambridge, MA and London
 なお、「文民統制」は定義された法律用語でなく、説明の中で使われる言葉に過ぎない。
 
○civilian controlの本質的意味は何か
 「軍は政府の判断・決定に従わなければならない subordination of the military to political authority」というのが英米における一般的な説明である。この説明が妥当するのは民主主義の国であり、いわゆる軍政、すなわち軍人が政治を行なう場合軍の暴走を止めることは期待できない。そもそも軍政の国では「軍の暴走」などありえないことであろう。
その意味では「文民による統制」あるいは「市民による統制」とする方が適切であるが、軍政国家においては「文民による統制」であれ、あるいは「市民による統制」であれ、しょせんそれはかなわないことであるので、このような用語のほうがよいと言っても実際には意味がないわけである。要するに、civilian controlは民主主義の国においていかにそれを確保するかが問題なのである。 
 英語のcivilian controlは「civilian(市民)による統制」を含まないのではない。それはcivilian controlのために不可欠であると認識されている。
 一方、「civilian(市民)による統制」があれば問題ないというわけではない。たとえば、その言葉だけであれば、政府の外にいる民間人が統制することさえありうるが、それはあってはならないし、ありえないことである。
 以上を総括して言えば、民主主義国家において必要なことは、「軍は政府の判断・決定に従わなければならない」と規範を確立することであり、そのためには「文民による統制」も必要となるということである。

○「文民統制」と「文官統制」は異なるか
 日本ではこの二つの概念が区別され説明されることが多く、「文官統制」は日本の防衛省の中の制度のことを指すものとして理解されているが、これは日本だけのことであり、英語にはcivilian controlしかない。ただし、最近はdemocratic controlと表現することや、前述のハンチントンのような説明もあるが、いずれもcivilian controlのことである。「文官統制」に相当する言葉は英語にはない。
 「文官統制」も「文民統制」と同様、法律で定義された言葉でない。正確には、「文民統制」は憲法第66条2項で、「文官統制」は防衛省設置法第12条でそれぞれ規定されていると言うべきである。つまり、「文民統制」あるいは「文官統制」という4文字は法律にはなく、また定義のない言葉であり、その違いは本来的に明確になしえないものである。
 一方、「文民」と「文官」は慣用的に使う文脈は異なるが、どちらも「非軍人」(「非自衛隊員」)であり、また、公務員である。したがって、防衛省の背広組だけを「文官」とみなすのでなく、内閣総理大臣も「文官」とみなすのが適当である。このように考えれば、憲法が「文民」という造語を使ったのは適切でないと思われる。ただし、それは憲法改正の検討の中で初めて問題にできることである。

○なぜシビリアンコントロールが必要か
 軍と政府の主張・判断が異なる場合、軍は武力を持っているのでその判断を政府に強制することも可能であるが、それを許しては軍の暴走を止められなくなる、戦争の惨禍をもたらすという歴史的経験に基づき、国民の利益を擁護し、その希望を実現するには民主的な政府の判断・決定を優先させなければならないというのがcivilian controlの理由である。民主的な政治であれば誤りはないということではなく、国民が受け入れた方法で出された決定であれば、それでよしとしようという考えに立っている。

○日本には軍隊はないのでcivilian control の必要性はないか
 日本には建前上軍隊はないのは事実である。しかし、自衛隊は武器を所持しているので政府の決定を無視して実力で通すことがありうるので、やはり自衛隊の暴走を防ぐ制度的歯止めとしてcivilian control は必要である。

○civilian controlを憲法でどのように規定するのがよいか
 日本国憲法の規定はcivilian controlのための一つの仕組みであり、その規定が最適か、ほかの方法がよいか、理論的には再検討する余地がある。それは憲法改正を伴う。 
 個人的には、将来憲法を改正する場合、「自衛隊は政府の判断・決定に従わなければならない」と「内閣総理大臣その他の国務大臣は、非自衛隊員でなければならない」と両方規定するのが理想であると考える。前者はcivilian controlの根本規範、後者はそのための基本的方策である。

○防衛省設置法第12条の改正は適切か
 設置法に問題があることは前述した。防衛大臣を補佐する者は背広組に限らず、自衛官も含めることは検討してよい。この問題は基本的にはcivilian controlのための一方策であり、同法12条は金科玉条ではない。
 しかし、憲法の記載を含めどうするのがよいかを検討した上で結論を出すのが望ましい。防衛省設置法の改正によりcivilian controlが弱くなることはないと確かめておくべきだからである。
 もし今回の防衛省設置法改正が自衛官の待遇についての不満から発しているのであれば、その原因を徹底的に解明しなければならない。とくに自衛官は「自衛隊は政府の判断・決定に従わなければならない」「内閣総理大臣その他の国務大臣は、非自衛隊員でなければならない」ということに反対しているのでないことは明確にしておかなければならない。もし、そのような根本的規範に不満であるならが、それこそcivilian controlの観点から看過できない問題であり、それを採用した改正案などもってのほかである。

2015.03.06

慰安婦問題は日韓両首脳の直接会談で打開を図るべきである

 朴槿恵大統領は3月1日の「独立節」記念式典で演説し、日韓関係の重要性を指摘しつつ、慰安婦問題の早期解決を日本政府に促した。 
 日韓関係全般については、国交正常化50周年の意義を認め、日韓両国は重要な隣国であり、正常化後の交流、協力の成果は「驚くほどだ」と認め、さらに「より交流できるようにするのも国がすべきことの一つ」と語るなど朴槿恵大統領は非常に積極的であった。友好的であったとも言えるだろう。ある日本政府関係者は「国交50周年を意識し、必要以上に日本を刺激しないという意思を感じる」と語ったそうである。
 2月22日の、島根県での竹島の日式典に内閣府の政務官が出席したことについて韓国外務省が抗議した直後であった。韓国では支持率アップのために竹島問題が利用されるおそれがあるが、朴槿恵大統領の今回の演説にそのようなことは見られなかったことは留意しておきたい。
 この間、日本外務省はホームページ上の韓国紹介文から「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」という表現を削除し、「最も重要な隣国」とだけ表現していた。韓国が日本にとっても最も重要な隣国であることを再確認したのは適切なことである一方、基本的価値を共有すると言い切るには疑問がありすぎるということであろう。日本の新聞記者に対する対応などにかんがみればやむをえない修正であると思う。

 一方、慰安婦問題について朴槿恵大統領は、「必ず解決すべき歴史的な課題」「(元慰安婦の)平均年齢は90歳に近く、名誉回復の時間はいくらも残されていない」などと早期解決を重ねて求めた。これまでと同じ姿勢である。
 この問題については、安倍首相が朴槿恵大統領と直接話し合うのがよいと思う。安倍首相はこれまで未来志向の話には応じる姿勢を示しているが、慰安婦問題については度重なる朴槿恵大統領の要請にまったく応えていない。それには理由があるのだが、そこで止まっているだけでは両国関係はよくならない。そこから一歩を踏み出すことが必要であり、そのために両首脳は直接話し合い、交渉するのがよいと思うのである。
 かりに両首脳が話し合うこととなると、安倍首相から話すべきことは次のとおりである。
①日本政府は正式に謝罪した。橋本首相の謝罪の手紙を慰安婦の方々に届けた。この他歴代の首相も謝罪した。このことを知っているか。知っているとすれば、韓国はなぜ謝罪を要求するのか。
②日本政府は慰安婦となった方々に対し、国民的な償い事業を行ない、償い金をお渡しした。日本政府はこの償い事業に資金面でも可能な限りの協力を行なった。そのことを知っているか。知っているならば、そのことについて韓国はどのような見解をもっているか。
③日本が慰安婦問題は法的には解決済みとしているのは、日韓基本条約で、請求権は条約締結までに判明している請求権も、また将来持ち出されるかもしれない請求権も解決済みであると両国が合意したからである。
 韓国政府が理由としている韓国憲法裁判所の判断と日本政府の法的解釈は異なる。日韓間で解釈が異なる場合、外交ルートで解決を求め、それでも解決しなければ仲裁手続きを求めることとなっているが、韓国政府は外交ルートで解決を求めただけではないか。

注 (イ)日韓請求権協定第2条1項は、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定している。
(ロ)条約の解釈について意見が異なる場合、まず外交ルート、それで解決できなければ仲裁によるという解決方法を定めているのは請求権協定3条である。韓国の憲法裁判所の決定は2011年8月30日に下され、その理由とされたのは「日韓会談では協議されていなかったので未解決だ」ということであり、その際、同裁判所は「韓国政府が、日本政府と解決のための協議を行わないでいるのは、政府に国民の人権を守る義務を課している韓国憲法に違反する」と述べていた。日本政府は、韓国憲法裁判所の決定とは異なり、請求権の問題は複雑で長年交渉してもらちが明かなかったので、日韓両国が関係を正常化するに際して、協定2条のように「完全かつ最終的に解決された」ということで合意したのであり、条約交渉において議論されたか否かは問題とならないという解釈である。
(ハ)仲裁については、韓国政府も検討しているという話もあるが、まだ踏み切っていない。

④韓国政府が慰安婦問題は日韓基本条約の対象でないと主張するならば、その根拠は何か。いわゆる徴用工の問題についても韓国は日韓基本条約の対象外だと主張するのか。もし、例外を広げるならば、日本側にも請求権がありそれを持ち出す請求をする可能性もあるが、韓国側は応じる用意があるか。
⑤韓国側の「解決せよ」という主張だけでは内容が明確でない。韓国側は一方的に要求し、日本側が具体的に実行するということはありえない。日本が行動するには日韓政府間で合意が必要であるが、韓国政府は日本政府と正式に合意できるか。また、この合意では徴用工の問題はどのように処理するか。

 ①から④までは、これまで外交当局間でさんざん議論されてきたことであるが、韓国の大統領がこれらの重要事実をどの程度理解しているか、失礼ながら疑問なしとしない。さらに言えば、韓国にとって都合の悪いことは韓国外務省から上げていないのではないかという疑念もある。⑤は、韓国国内から、あるいはその一部から突き上げを受ける恐れがあると韓国政府としては日本政府と合意できないのではないかと思われるからである。
 慰安婦の方々には日本人の一人として心からお詫びするが、韓国政府にはしっかり対応してもらう必要がある。日本の行動から発した問題だが、その解決のため日本政府が行った努力を認めようとしない、あるいはそれでは不十分だと言うならば、韓国政府は自らも関わるべき問題としてとらえ、責任を持って対応する必要がある。韓国政府は観客席から日本に要求するだけでは当事者になれない。そのような姿勢はまさに韓国の憲法裁判所が問題視していることなのではないか。
 両国の首脳が事務方の調整を飛び越えて直接会談するというのはもちろん異例であり、不可能に近いかもしれないが、この問題の特殊性にかんがみれば、常識的でない方策も検討に値するのではないか。

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