平和外交研究所

中国

2021.11.19

彭帥選手の告白

 中国テニス界の女子スター選手で、かつては世界のトップクラスであった彭帥(Peng Shuai)さんが、張高麗(Zhang Gaoli)前副首相兼共産党政治局常務委員から性的関係を強要されたとソーシャルメディアで告発した(11月2日、微博への投稿)。しかし、その情報は4日までに検閲対象となりインターネット上から削除された。ただし、削除される以前に10万回以上閲覧されており、その内容は一部に出回っていたという。彭さんが張氏に性行為を迫られたと訴える投稿のスクリーンショットとされる画像には、情感のこもった長文で「とても怖かった」とつづられていた。また、「たとえ岩に卵を投げつけるような行為にすぎないとしても、自ら火に飛び込んで身を滅ぼすガとなっても、私は事実を話す」と書かれていた。

 その後、彭帥氏の所在・安否が分からなくなった。

 現在、中国の検閲当局は、彭さんが投稿したとされる内容への言及をすべてブロックしており、どの検索エンジンを使っても何も出なくなっている。

 彭さんを心配する声が各方面から上がり、女子テニス協会(WTA)のサイモン最高経営責任者(CEO)は14日、「深い懸念」を表明。性暴力は「最大限に深刻に」受け止められるべきだと主張し、「完全で、公正で、透明性があり、検閲のない調査が行われなければならない」と強い口調で訴えた。
 彭さんの友人たちも相次いで懸念を表明した。大坂なおみ選手は「彭帥はどこにいるの」を意味するハッシュタグを付け、「いかなる場合でも検閲は許されない」と批判した(17日のツイッター投稿)。またノバク・ジョコビッチ選手(セルビア)も15日、記者団に対し「消息不明は衝撃的。過去のツアー戦で顔を合わせていた人物ならなおさらだ」と語った。

 一方、中国国営の英語放送CGTNは18日、彭さんがWTA宛てに、「(WTAの声明文は)根拠も実証もなく、自分の同意なく公表されたものだ」と述べ、「性的暴行の申し立てを含むニュースは真実ではない」「私は安全で、自宅で休んでいる」などと、協会側に伝えたとするEメールを公表した。

 これに対し、サイモン氏は18日、「かえって彼女の安全と消息への懸念が高まった」とコメントし、メールが本物だとは信じられないとの見方を示した(18日、AFPなど)。

 中国側と国際社会の見方が対立しているわけだが、CGTNの報道は国際社会の納得を得られないだろう。中国のメディアは政府・党の厳しい統制下にあり、その意に反した報道はできないからだ。

 日本も含め各国のメディアは常に厳しいチェックを受けている。政府や党によるチェックでなく、世界の読者によるチェックである。具体的には、政治の影響を受けない自由な報道であること、客観的な証拠によって裏付けられていること、透明性が確保されていることなどであり、それらを満たして初めて世界に真実を伝えることができる。そのような要件を満たすことなく、政府や党の指示に従ったものは宣伝に過ぎない。

 彭さんに関するCGTNの18日報道は、残念ながら、それらの要件を満たしていないのではないか。だから、世界の懸念を払しょくすることはできないのではないか。

 今回の事件は、コロナ禍に関し、ウイルスの起源を調査した際のことも想起させた。中国当局は多大の努力を払ってWHOや各国専門家と合同調査を行った。しかし、中国側は世界を納得させることはできなかった。一部であるが重要な点について実態をさらけ出すことができなかったからである。

 厳しい言論統制は中国政府・党が必要を感じて行っているのだろうが、果たして中国の利益になっているか、むしろ逆に不利益になっているのではないか。世界は、中国に対して宣伝でなく、客観的な報道を願っている。

2021.11.12

中国共産党における新たな歴史決議の採択

 中国共産党の6中全会(中央委員会第6回全体会議、5年に1回の党大会に次ぐ重要会議)において、11月11日、40年ぶりに新たな歴史決議、「党の100年奮闘の重大な成果と歴史的経験に関する決議」が採択された。全文が発表されるにはあと数日(?)かかるとみられるので、現段階では新華社などの報道に依拠するほかないが、とりあえずの感触は次の通りである。

 習近平総書記の権威を非常に高めたことは事前の予想通りであった。具体的には毛沢東、鄧小平に次ぐ位置づけをし、習氏を「新時代」の指導者と呼び、「マルクスはあらゆる時代に大人物が必要だと指摘した。習総書記は長年の課題を解決し、大事を成した」、「歴史の流れに乗る核心の人物であることは間違いない」と礼賛し、「経験豊富な船長」と持ち上げた。来年に開催される党大会において習氏の総書記としての地位が改めて確認されることがほぼ確実になった。

 習近平氏は2012年に共産党の総書記となって以来、反腐敗運動によって政敵ないし問題人物を排除し、メディアや民主化勢力に対し管理統制を強化し、また党内の後継者候補たち(政治局員)に対しては、18年から「報告制度」を始め、水も漏らさぬ管理指導を実施してきた。また習氏はことあるごとに「党の権威を高めよう」と呼び掛けてきた。実績は十分である。

 しかし、今回の歴史決議は、習近平氏の独裁体制確立の観点からのみ見るべきでない。これまで歴史決議は2回とも、過去の総括を行い、かつそうすることによりその後の大方針を示してきた。第1回は、日本軍および国民党との戦争で勝利したことを背景に党内事情を総括し、中華人民共和国の建設にまい進するという方向が示された。また第2回の歴史決議においては、文化大革命の混乱を終結させることによりその後の「改革開放」の方針が示された。いずれの決議においても、過去を総括することにより未来の方向が明確に示された。

 今回の歴史決議は過去をいかに総括し、未来につなげていくかが前2回ほど明確でない。次のような事情があるからだ。

 最大の問題は、今後、経済成長が鈍化せざるを得なくなり、安定した成長、共同富裕化、人口減少への対処などが必要となるなど、明るい未来像を打ち出しにくい状況にあることだ。その他、台湾の統一についても明るい中国として望ましい展望を示せない。宇宙開発などは好調であるが、全体の雰囲気を変えるほどの問題ではない。

 にもかかわらず今回あえて歴史決議を行ったのは、中国共産党の一党独裁体制をそのような展望の中であらためて揺るぎのないものにしておくことが必要と判断したためではないか。中国共産党は過去100年の間に、特に文化革命以後、共産主義の理想から離れて巨大な権力を持つ官僚機構と化しているのが現状であり、低成長下で、下手をすれば、その問題が表面化し、共産党独裁は動揺するかもしれないという危機感があるからだ。

要するに、今回の決議は、変質した共産党であるが、今後も長きにわたってその独裁体制で行くしかないことと、習近平氏はその困難なかじ取りに最適の人物だという認識を同時に打ち出したのではないかと考える。

2021.11.04

中国・東欧関係とピレウス港

 中国海運大手の中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)がギリシャ・ピレウス港運営会社の株式67%を取得した(新華社10月26日)。
 ピレウス港はヨーロッパの南玄関口に位置し、コンテナ港、フェリー港、客船母港、自動車運搬船中継港、船舶修理センターとして重要な役割を果たしている世界的港湾の一つである。
 コスコは2009年からピレウス港のコンテナふ頭の運営を開始し、16年4月にはギリシャ国有資産開発基金(HRADF)との間で、同港運営会社の株式67%を3億6580万ユーロで取得する取り決めを結んでいた。今般、取り決めに従って株式取得が完了したという。

 習近平政権は2012年以降、東欧16か国との首脳会議、いわゆる16+1を開催するなど、東欧との関係強化に努めてきた。

 2013年から始めた一帯一路はヨーロッパにも及び、ピレウス港は中国のヨーロッパにおける最初の拠点として注目された。

 2019年3月、中国はイタリアと「一帯一路」構想に関する覚書を締結した。これにより、イタリアはG7の中で同構想に係る覚書を交わした最初の国となった。

 同年4月にはギリシャも東欧・中国サミットに参加し、16+1は17+1となった。

 中国と東欧との関係が緊密化するに伴い、各国において中国に対する警戒心が強くなり、ピレウス港はトロイの木馬だと揶揄されたこともあった。米欧の軍関係者は中国海軍の影響力が広範囲にわたって強化されると警戒心をあらわにするようになった。

 ギリシャの財政危機が表面化したのは2009年であり、コスコによるピレウス港への関与はちょうどそのころから始まった。それ以来ギリシャはEUやIMFから厳しい条件を突きつけられる一方、喉から手が出るほど欲しかった資金を中国から受けたのであった。金額的にはギリシャの財政赤字(2009年は2355億ドルのGDP比で13.6%)に比べると4億ドル弱は微々たるものであるが、ギリシャが困り果てている中での投資であり、象徴的意味は大きかった。そしてコスコの関与によりピレウス港の中国関連コンテナ取扱量は急増し、運営・財政状況は顕著に改善した。

 ギリシャは中国の関与を喜んだ。最近(2021年10月)、ギリシャを訪問した王毅外相はミツォタキス首相と会談し、一帯一路構想の象徴ピレウス港を「世界一流の港にしたい」と持ち上げた。ミツォタキス首相はギリシャのピレウス港開発が「素晴らしい成功を収めている」と称賛し、また「ギリシャは反中国的な議論には賛同しない」と述べたという。

 ただし、中国と東欧諸国の関係は万事順調に進んでいるわけではない。ここ数年、懸念材料も発生している。2020年8月、チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が率いる代表団が1週間の日程で台湾を訪問した。チェコは17+1のメンバーであり、台湾を訪問したことだけでも刺激的であったが、さらに同議長は立法院で演説し、「私は台湾人です」とまで述べ、中国側は激怒した。おりしもドイツ訪問中の王毅外相はチェコに「深刻な代償を払わせる」と息巻いた。あまりに激しい口調だったので、ドイツの外相にたしなめられた。ビストルチル上院議長がそこまで中国に挑発的態度を取ったことには背景があったというが、それにしても王毅外相の振る舞いは国際常識に反するものであった。

 リトアニアの17+1からの離脱も中国の東欧政策にとって大問題であった。2017年以降、中国の経済協力は急速にトーンダウンし、欧州への外国直接投資額は16~19年の間に約3分の1に落ち込み、17+1で約束されたインフラ事業も多くが実現されないままになっている。リトアニアはそれに愛想をつかしたのだが、リトアニアに限らない。後に続く国が出てくる可能性がある。リトアニアはしかも台湾に代表処(代表部に相当)を開設した。このようなリトアニアの振る舞いは、中国が進めてきた「一つの中国」プロパガンダに対し、公然と反旗を翻す意味合いがある。

 もっとも、中国の東欧政策を失敗に向かっているとの観点だけで見るべきでない。中国とギリシャの関係は前述したとおりであり、またそれを伝える新華社の報道などから両国政府とも関係強化の実を感じている雰囲気が伝わってくる。

 王毅氏はギリシャの後、セルビア及びイタリアを訪問した。セルビアは西バルカンで中国との関係がもっとも強く、またコロナ感染に関して格別の支援を受け、中国との蜜月関係はますます強くなっている。中国として東欧の中でセルビアは最も信頼できる国なのであろう。

 イタリアはヨーロッパでは大国であり、親中一色では語れないが、前述したようにG7で唯一の一帯一路参加国であり、中国としてはイタリアとの友好関係は常に確認しておきたいだろう。

 また、世界を市場とする海運事業の特殊性も考慮すべきである。『大紀元』(法輪功系)によれば、コスコはドイツ最大のハンブルク港への投資にも意欲を見せており、ドイツ側との交渉は終盤に差し掛かっている。港のホームページにはすでに中国語版ページが増設されている。

 中国の「上海国際港務集団」は、イスラエル最大の港、ハイファ港の運営を行うことになっている。リース期間は25年間。さる9月1日、ハイファ新港の開港式が開かれた。
アメリカは近年、米第6艦隊が頻繁に寄港する地中海のこの重要な港が中国の管轄下に置かれることに繰り返し懸念を表明し、イスラエル政府に対して、米国との安全保障関係を損なう可能性があると警告している。CIAのバーンズ長官が最近イスラエルを訪問した際にもイスラエルのベネット首相にこの問題を再度提起したという。

 

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