平和外交研究所

ブログ

中国

2024.04.26

南シナ海における新しい日比米協力

 岸田文雄首相、バイデン米大統領、マルコス比大統領は2024年4月11日、ワシントンにおいて初の日米比首脳会談を開き、安全保障上の幅広い協力で合意した。なかでも南シナ海問題について次の共通認識を表明したことが注目された。「我々」とは日本、フィリピン及び米国の首脳である。

 「我々は、南シナ海における中国の危険かつ攻撃的な行動について、深刻な懸念を表明 する。我々はまた、南シナ海における埋立て地形の軍事化及び不法な海洋権益に関する 主張を懸念している。我々は、南シナ海における海上保安機関及び海上民兵船舶の危険 で威圧的な使用、並びに他国の海洋資源開発を妨害する試みに断固反対する。我々は、 危険で不安定化をもたらす行為となる、中国によるフィリピン船舶の公海における航行 の自由の行使に対する度重なる妨害及びセカンド・トーマス礁(注 これは英文名。フィリピン名はアユンギン礁)への補給線への妨害に対 して、深刻な懸念を改めて表明する。最終的かつ法的拘束力を有する、2016年7月 12日の仲裁判断は、この地形(this feature)はフィリピンの排他的経済水域内にあると決定しており、 我々は中国に対してこの判断を遵守するよう求める。」
 今次会談により日米比の3か国が共同で中国と対峙する構図が鮮明になったといわれている。これまでは、大まかに言えば、南シナ海のほぼ全域を自国の領域と一方的に主張する中国に対して、南シナ海は公海であり、どの国にも航行の自由が保障されなければならないとする米国とフィリピン、ベトナム、インドネシアなど南シナ海を取り巻く東南アジア諸国が個別に協力する形で南シナ海における安全を確保してきた。

 今次会談での合意の背景には、日米韓、米英豪(AUKUS 3か国間の軍事同盟)、日米豪印(QUAD 4か国の戦略的対話)など複数の安全保障協力があり、これらは「同盟・友好国との枠組みを格子型に重ねて中国を抑止する」といわれている。また、EUも南シナ海への関心を高め、英国、フランス、ドイツなどは艦艇を南シナ海へ派遣しており、格子型安全保障協力に事実上参加する形になっている。

 このような新しい安全保障の枠組みは南シナ海問題を平和的に解決するのに、2016年に常設仲裁裁判所が下した判決に並ぶ画期的なものである。

 だが、新しい枠組みが実際に機能するか、簡単なことでない。どの参加国もそれぞれの役割を果たす努力が必要だが、なかでもフィリピンは重要なカギを握っている。フィリピンはこれまで、仲裁裁判への提訴・判決の獲得などすでに並々ならぬ努力を重ねてきているが、フィリピンの内外にはなお不安定要因がある。

 フィリピンは第二次大戦後の1946年、独立を回復した。だが、国内は共産ゲリラによる反政府活動が活発であり、安定していない。一部には内戦に近い状態が今なお存在している。
 また経済は順調に成長しているが、経済水準はまだ低く、外国からの援助に依存している。そんな状況のため中国が付け入るスキがあるのだろう。

 フィリピンは1951年8月、米比相互防衛条約を締結(有効期間は無期限)。1998年には米国と「訪問米軍に関する地位協定」(VFA)を締結し、米軍機や艦船のフィリピンへの自由な立ち入り、米軍兵士らの入国ビザ(査証)の規制緩和などについて合意した。その背景には、中国の南シナ海での行動が活発化したことがあった。

 2013年、フィリピンは国連海洋法条約(UNCLOS)に基づき、中国は国際法を無視して環礁を埋め立てているとして、軍事基地常設仲裁裁判所に提訴。2016年7月、常設仲裁裁判所は「中国の領有権主張には根拠がなく、国際法に違反する」との判断を下した。

 これに対し中国は、判決には縛られないとの態度を取った。同国外交部は、その裁決が無効であり、拘束力を持たず、中国は受け入れず、認めないと声明した。外交担当国務委員、戴秉国は、判決は「紙くずに過ぎない」と暴言を吐いた。

 仲裁裁判判決の前月(2016年6月)に就任したロドリゴ・ドゥテルテ新大統領は中国寄りの姿勢を取り、同年10月、訪中して習近平国家主席と会談した。すると巨額の経済支援を持ちかけられ、仲裁裁判判決を事実上棚上げすることに合意した。中国はフィリピンに灌漑(かんがい)用水や鉄道などへ出資を開始。中国からの観光客も急増した。

 しかし、その後もフィリピン漁民に対するハラスメントはやまず、2021年4月には数百隻の中国船団が長期間居座り、フィリピン漁船の活動を妨害し続けた。一時は中国寄りの態度をとったドゥテルテ大統領であったが、対中方針を修正するようになり、11月の中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議(オンライン)では、中国海警局の行動を「嫌悪する」と異例の非難を行うに至った。

 これと前後して、フィリピンは一時冷えていた米国との安全保障上の協力関係を再強化し、両国は2021年7月、VFAの維持について合意した。

 フェルディナンド・マルコス・ジュニアは2022年6月にドゥテルテ前大統領を継いで新大統領に就任。翌年1月には中国を訪問し習近平国家主席と会談した。習主席は南シナ海問題に関して、「友好的協議によって海上問題を適切に処理し、石油・天然ガス開発の協力を促進したい」と発言し、ドゥテルテ政権時代に合意され、その後行き詰まっていた資源の共同開発交渉の再開を呼びかけた。マルコス大統領は習主席に積極的に応じた。

 しかし、その後もスプラトリー(南沙)諸島付近の海域では、中国とフィリピンの船舶の衝突が相次ぎ、中国側は放水、レーザー照射を行ったため、比側の乗組員が負傷した。また中国は、100隻を超える「海上民兵」船団を派遣した。8月には中国側の一方的主張を記した「標準地図」の最新版を公表した。

 一方、マルコス大統領は2023年11月、岸田首相と会談。そして24年4月にバイデン大統領および岸田首相と3者会談を行い、安全保障上の幅広い協力で合意した。

 マルコス大統領は記者会見などで、「法や規則に基づく秩序を損なう行動に対し、国際社会が協力して働きかけ続けることが重要だ」と述べるなど、多国間で協調して中国の海洋進出に対抗するべきだと訴えている。また、フィリピンが実効支配するアユンギン礁をめぐり、ドゥテルテ前政権当時に中国との間で密約があったと中国が主張していることについても、「密約があったとしても、私はそれを取り消す。今のフィリピンには影響しない」と語っている。

 マルコス氏の発言は中国におもねることがない毅然としたものであり、フィリピン大統領としてかつてなかった勇気ある態度表明である。それに加えて比日米間で今回達成された合意は、国際法に従って南シナ海問題を解決していくのに力強い枠組みになる。

 首脳会談後に発表された前述の共同声明は、「本日、日米比3か国の新たな3か国協力の章が始まる。」と今次3者合意の重要性を謳いあげた。

 中国はこうした動きに反発し、劉勁松アジア局長は4月12日、在中国日本大使館の横地晃次席を呼び、日本による「中国に関わる消極的な動き」に抗議し、「深刻な懸念と強い不満」を伝えた。また、中国外務省報道官は同日の定例会見で、日本による「侵略の歴史」に言及し、「アジアの近隣諸国の安全への懸念を尊重すべきだ」と日本を批判した。

 ニューズウィーク誌日本版4月25日付によると、「南シナ海の係争海域に今、中国船がどっと集結している」という。これは米国とフィリピンが実施している年次合同演習の一環である洋上訓練をにらんでの動きであり、「中国海警局の艦船に加え、武装した中国漁船など「海上民兵」の船舶も続々とこの海域に押し寄せている」。中国が威嚇的行動を続けているのは誠に遺憾なことである。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.