オピニオン
2023.02.04
軍政府は2年前のクーデタの際にも総選挙は2023年8月まで延期することを示唆していたので、今回の発表は必ずしも約束違反ではないが、国軍の弾圧は甚大な被害を生んでおり、2年間に2940人の市民が犠牲になったという(人権団体による)。内外のメディアも厳しく弾圧され、日本人では映像ジャーナリストの久保田徹氏が2022年7月から4か月間拘束された。
各国は軍政府による非常事態宣言の延長を批判し、米政府は1月31日、国軍と関係のある6個人と3団体に制裁を科すと発表し、英国、カナダ、オーストラリアなども制裁を強化した。
日本とミャンマーの関係は深い。日本から進出している企業はクーデタ前430社以上に上っていた。日本はミャンマーに対する最大の援助供与国である。日本としては、ミャンマーが国際的に孤立すれば、中国への接近を招くとの懸念もある。日本は独自の制裁には慎重な姿勢で臨んだ。だが、クーデタ後もミャンマー政府への経済支援を行えば、軍事政権を認めることになるのでODAの新規案件は進めないことにしたが、既存の援助案件は完了までに数年かかるものが多く、クーデタ後も軍政権(国軍系企業MECなど)に日本からの資金が流れた。そのためヒューマンライツウオッチ(HRW)など国際的に活動している団体からは厳しい目を向けられた。ミャンマーに関する国連特別報告者のトーマス・アンドリュース氏は今回の非常事態延長に伴い、日本に対し、国軍関係者らに対する経済制裁網への参加を提言。ODAなどの経済支援の見直しや、防衛省が国軍から受け入れている留学生の送還などを促した。
非常事態の延長は日本の立場をいっそう困難にするだろう。これまで日本が欧米諸国とは異なり、対話を通して国軍に暴力行為をやめるよう働きかけてきたのは、説得によってミャンマーの民主化の実現を扶けるのが最善だという考えだったからである。しかし、今回の非常事態延長はそのような外交重視方針に冷水を浴びせかけた。
非常事態を終わらせる総選挙が半年延期されたことは、冒頭で述べたように全くの驚きではないにしても、軍事政権が政権を明け渡す可能性が遠のき、下手をすると軍事政権が半年どころでなく長期にわたって続くことになる危険が増大したからである。
今後の展開を左右する一つのカギは民主派勢力が樹立した「統一政府(NUG)」と国軍との関係がどうなるかである。国軍は相変わらず強権的だが、かなり手を焼いているのも事実であり、民間人への被害が及ぶのにもかまわず空爆を行ったり、一部地域では村を焼き払ったりするなどかなり強引に民主派勢力を鎮圧しようとしている。
一方、民主派側も自分たちの力で政権を取るには程遠く、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけである。都市部は、基本的に軍が支配している。
また、国民の3分の1近くを占める少数民族は必ずしも政府に従っておらず、武装闘争も継続している。そのため政府としても軍に依存することとなる。つまり、民主派勢力、国軍、少数民族のあいだの微妙なバランスは依然として続いている。
国軍を支える外部勢力は中国とロシアである。中国はミャンマーと隣接している関係で以前から少数民族地域への影響力は大きい。そのために従来から国軍や政府とも一定の友好関係があり、クーデタ後もミャンマーの安定を望み、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明していた。王毅外相がクーデタ後初めてミャンマーを訪問したのは翌2022年の7月であった。
ロシアは違っており、東南アジアにおいて中国のように広範囲に及ぶプレゼンスはなく、国軍が発言権を持つミャンマーとの関係だけが突出している。特に武器輸出は中国の次である。NLD(国民民主連盟、アウンサンスーチーが党首)政権下の18年にはスホイ30戦闘機の供給契約を結んだ。クーデタ直前の2021年1月にはショイグ国防相がミャンマーを訪問し、地対空防衛システムや偵察用無人機などの契約を結んだ。そしてクーデタ以降、ロシアは中立的立場をとった中国と異なり、ミャンマーとの軍事関係を一層強化した。3月、ミャンマーであった「国軍記念日」の行事に日本や欧米諸国が出席を見送るなかロシアから国防次官が出席した。6月にはミンアウンフライン最高司令官がモスクワで開かれた「国際安全保障モスクワ会議」に出席し、パトルシェフ国家安全保障会議書記、ショイグ国防相と会談した。ロシア側の厚遇が目立ったという。
翌22年7月、ロシア軍によるウクライナ侵攻の5か月後であったが、ミンアウンフライン司令官が再度ロシアを訪問した。モスクワで会った人物にはロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴジン社長が含まれていた。両者は何を話し合ったのか。ミャンマーは宇宙分野にも関心があるのだろうか。ロシア国防省は12日声明において「戦略的なパートナーシップの精神に基づき、軍事面や技術協力を深めていくことを再確認した」と発表した。
ロシアは武器取引を通じてミャンマーとの関係を緊密化し、軍事政権の数少ない支持国になった。これはミャンマーにとって大きな意味があり、ロシアの友好国であることをアピールしてロシアに報いた。世界の嫌われ者同士が手を結んだというのは言い過ぎかもしれないが、ミャンマーの軍事政権はロシアが支えてくれるかぎり支配を継続できると考えている可能性がある。
日本が対話を通して民主化の実現に寄与するという方針は、軍事政権としてもいつまでも強権的、暴力的に民主派勢力を抑圧することはできないだろうという見通しの上に立っている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻がどのように展開するかにもよるが、この前提は崩れるかもしれない。そうなると対話を通して効果を生み出すことは困難になる。日本政府の意図でないが、軍事政権を甘やかしているという風当たりが国際的に強くなる危険もある。日本外交にとって容易ならざる事態となることが懸念される。
ミャンマーとロシアは日本外交を困難にする
ミャンマーで実権を握る国軍は2月1日、憲法で定められている2年の期限が到来した非常事態宣言を半年間延長すると発表した。軍事政権がそれだけ継続するのだが、延長が半年で終わるか情勢は不透明である。軍政府は2年前のクーデタの際にも総選挙は2023年8月まで延期することを示唆していたので、今回の発表は必ずしも約束違反ではないが、国軍の弾圧は甚大な被害を生んでおり、2年間に2940人の市民が犠牲になったという(人権団体による)。内外のメディアも厳しく弾圧され、日本人では映像ジャーナリストの久保田徹氏が2022年7月から4か月間拘束された。
各国は軍政府による非常事態宣言の延長を批判し、米政府は1月31日、国軍と関係のある6個人と3団体に制裁を科すと発表し、英国、カナダ、オーストラリアなども制裁を強化した。
日本とミャンマーの関係は深い。日本から進出している企業はクーデタ前430社以上に上っていた。日本はミャンマーに対する最大の援助供与国である。日本としては、ミャンマーが国際的に孤立すれば、中国への接近を招くとの懸念もある。日本は独自の制裁には慎重な姿勢で臨んだ。だが、クーデタ後もミャンマー政府への経済支援を行えば、軍事政権を認めることになるのでODAの新規案件は進めないことにしたが、既存の援助案件は完了までに数年かかるものが多く、クーデタ後も軍政権(国軍系企業MECなど)に日本からの資金が流れた。そのためヒューマンライツウオッチ(HRW)など国際的に活動している団体からは厳しい目を向けられた。ミャンマーに関する国連特別報告者のトーマス・アンドリュース氏は今回の非常事態延長に伴い、日本に対し、国軍関係者らに対する経済制裁網への参加を提言。ODAなどの経済支援の見直しや、防衛省が国軍から受け入れている留学生の送還などを促した。
非常事態の延長は日本の立場をいっそう困難にするだろう。これまで日本が欧米諸国とは異なり、対話を通して国軍に暴力行為をやめるよう働きかけてきたのは、説得によってミャンマーの民主化の実現を扶けるのが最善だという考えだったからである。しかし、今回の非常事態延長はそのような外交重視方針に冷水を浴びせかけた。
非常事態を終わらせる総選挙が半年延期されたことは、冒頭で述べたように全くの驚きではないにしても、軍事政権が政権を明け渡す可能性が遠のき、下手をすると軍事政権が半年どころでなく長期にわたって続くことになる危険が増大したからである。
今後の展開を左右する一つのカギは民主派勢力が樹立した「統一政府(NUG)」と国軍との関係がどうなるかである。国軍は相変わらず強権的だが、かなり手を焼いているのも事実であり、民間人への被害が及ぶのにもかまわず空爆を行ったり、一部地域では村を焼き払ったりするなどかなり強引に民主派勢力を鎮圧しようとしている。
一方、民主派側も自分たちの力で政権を取るには程遠く、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけである。都市部は、基本的に軍が支配している。
また、国民の3分の1近くを占める少数民族は必ずしも政府に従っておらず、武装闘争も継続している。そのため政府としても軍に依存することとなる。つまり、民主派勢力、国軍、少数民族のあいだの微妙なバランスは依然として続いている。
国軍を支える外部勢力は中国とロシアである。中国はミャンマーと隣接している関係で以前から少数民族地域への影響力は大きい。そのために従来から国軍や政府とも一定の友好関係があり、クーデタ後もミャンマーの安定を望み、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明していた。王毅外相がクーデタ後初めてミャンマーを訪問したのは翌2022年の7月であった。
ロシアは違っており、東南アジアにおいて中国のように広範囲に及ぶプレゼンスはなく、国軍が発言権を持つミャンマーとの関係だけが突出している。特に武器輸出は中国の次である。NLD(国民民主連盟、アウンサンスーチーが党首)政権下の18年にはスホイ30戦闘機の供給契約を結んだ。クーデタ直前の2021年1月にはショイグ国防相がミャンマーを訪問し、地対空防衛システムや偵察用無人機などの契約を結んだ。そしてクーデタ以降、ロシアは中立的立場をとった中国と異なり、ミャンマーとの軍事関係を一層強化した。3月、ミャンマーであった「国軍記念日」の行事に日本や欧米諸国が出席を見送るなかロシアから国防次官が出席した。6月にはミンアウンフライン最高司令官がモスクワで開かれた「国際安全保障モスクワ会議」に出席し、パトルシェフ国家安全保障会議書記、ショイグ国防相と会談した。ロシア側の厚遇が目立ったという。
翌22年7月、ロシア軍によるウクライナ侵攻の5か月後であったが、ミンアウンフライン司令官が再度ロシアを訪問した。モスクワで会った人物にはロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴジン社長が含まれていた。両者は何を話し合ったのか。ミャンマーは宇宙分野にも関心があるのだろうか。ロシア国防省は12日声明において「戦略的なパートナーシップの精神に基づき、軍事面や技術協力を深めていくことを再確認した」と発表した。
ロシアは武器取引を通じてミャンマーとの関係を緊密化し、軍事政権の数少ない支持国になった。これはミャンマーにとって大きな意味があり、ロシアの友好国であることをアピールしてロシアに報いた。世界の嫌われ者同士が手を結んだというのは言い過ぎかもしれないが、ミャンマーの軍事政権はロシアが支えてくれるかぎり支配を継続できると考えている可能性がある。
日本が対話を通して民主化の実現に寄与するという方針は、軍事政権としてもいつまでも強権的、暴力的に民主派勢力を抑圧することはできないだろうという見通しの上に立っている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻がどのように展開するかにもよるが、この前提は崩れるかもしれない。そうなると対話を通して効果を生み出すことは困難になる。日本政府の意図でないが、軍事政権を甘やかしているという風当たりが国際的に強くなる危険もある。日本外交にとって容易ならざる事態となることが懸念される。
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