平和外交研究所

ブログ

朝鮮半島

2023.04.30

尹錫悦大統領の外交

 韓国の尹錫悦大統領は3月に日本、4月に米国を訪問し、岸田首相とバイデン大統領と会談し(それぞれ3月16日、4月26日)、過去20年間で、つまり金大中大統領以降で最大といってよい外交成果を上げた。少々早すぎるかもしれないが、尹錫悦氏の功績は大韓民国成立以来の歴史の中でも3本の指に入るといっても過言でないと考える。

 訪日前の3月6日には、日本政府との間で長らく紛糾していた元徴用工問題について、日本企業が韓国の裁判所から命じられた賠償分を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。これまで韓国側は人道問題として日本側に賠償を求め、日本側は日韓基本条約(請求権協定を含む)と国際法に従った解決を求めて対立していたが、この「解決策」が実行されれば元徴用工問題は解決に向かう可能性は大きくなったといえるだろう。

 さらに尹錫悦大統領は、「100年前のことで日本がひざまずくべきだというのは受け入れられない」とワシントン・ポスト紙のインタビューで語った。“I can’t accept the notion that because of what happened 100 years ago, something is absolutely impossible [to do] and that they [Japanese] must kneel [for forgiveness] because of our history 100 years ago. And this is an issue that requires decision. … In terms of persuasion, I believe I did my best.”
 また3月の国務会議では「過去は直視し、記憶すべきである。しかし過去に足を取られてはいけない。韓日関係も今こそ過去を乗り越えるべきである」と歯切れよく語った。尹氏は、目前の問題のみならず、大韓民国成立以前の1世紀以上にわたりこじれてきた日韓関係を正常化しようとしているのである。

 尹大統領を取り巻く韓国の政治状況は決して容易でない。日韓関係の正常化には激しい反対がありうる。日本に対して太陽政策をとっていると評する向きもある。にもかかわらず強い決意で日韓関係を正常化しようとする尹氏の姿勢は称賛に値する。

 岸田首相との会談では元徴用工問題の他、首脳間の「シャトル外交」の再開、輸出規制解除、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)正常化、半導体に関する国家間の協力強化なども話し合われ、すべて解決されることとなったとみてよいだろう。

 主権国家同士の関係においては双方が努力して信頼関係を構築していかなければならない。今後は日本側としても何ができるか、真剣に検討し、実行していくべきである。岸田文雄首相は5月7~8日の日程で韓国を訪問し、尹錫悦大統領と会談する方向で日韓両政府が調整していると伝えられているのは評価できる。日本の首相による訪韓は、2018年2月の安倍晋三氏以来、5年ぶりである。シャトル外交としては、李明博大統領(当時)が京都を訪問し、野田佳彦首相(同)と会談した11年12月以来である。
 
 岸田首相は5月19~21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に尹氏を招待しており、尹氏も応じる予定だという。これもよい機会になるのは言うまでもない。

 尹錫悦大統領の米国訪問も大成功であった。米側の歓待ぶりは我々第三者には一部しかわからないが、なかなかのものであったらしい。ホワイトハウスでの夕食会で尹氏は1971年の名曲「アメリカン・パイ」をカラオケで披露し、拍手喝采を浴びている。また尹氏は米国議会でも歓待され、演説の機会も与えられた。

 バイデン大統領との会談では、核兵器を搭載可能な米国の戦略原子力潜水艦を韓国に派遣するなど抑止力の強化を謳い、また核兵器が使用される不測の事態に備えて次官級で協議する「核協議グループ」の設置を表明する「ワシントン宣言」が発表された。北朝鮮がミサイルの発射実験などを繰り返し、また「戦術核」の攻撃能力が高まっていると宣伝することに対する対抗姿勢を示したものである。

 韓国ではかねてから、半島有事の場合に米国が本当に韓国を救援してくれるか疑念がくすぶっており、韓国が核武装すべきであるとの意見が高まっていた。米国はこのような傾向がさらに増大することを強く警戒しており、「ワシントン宣言」は米国のコミットメントを再確認するものであり、韓国内での世論の迷走を鎮静化させることを狙っている。

 韓国のこれまでの大統領では核について踏み込んだ表明はできなかったが、尹大統領は米国の懸念をよく理解して韓国は核武装を目指さないとの姿勢を明確に再確認し、また日本とも協力することを示して日米韓の協力の輪を復活させたのである。

 バイデン大統領は共同会見で、「核を含む拡大抑止への我々のコミットメントは鉄壁だ」と強調し、さらに「北朝鮮の核に対する国民の懸念は多くが解消されるだろう」と米国のコミットメントに重点を置いた表明をしたが、その背景には米国のこれまでの懸念が解消される可能性が出てきたことについての満足感があったものと思われる。

 バイデン大統領と尹大統領の間では、ワシントン宣言のほか、最先端の半導体など次世代技術の確保のため、新しい協議の場を設けることも合意された。また、尹氏は米国が日韓など13カ国と進める新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉会合を、今年中に韓国の釜山で開くと表明した。IPEFは半導体などの供給網を中国に頼らずに構築することをめざす構想である。バイデン氏は尹氏のこの発表にも喜んだという。

 さらに米韓両軍は大規模な合同上陸訓練「双竜訓練」を3月20日から4月3日までの15日間韓国において実施した。韓国での上陸訓練は5年ぶりで、3月28日には米原子力空母「ニミッツ」が釜山に入港した。これらのことも尹氏の訪米と密接に関係していた。

 こうした動きに対して北朝鮮は激しく反発し、軍事行動による対抗姿勢をちらつかせた。北朝鮮は3月中旬以降「核攻撃の実験」と称する動きを繰り返していたので自ら招いたトラブルであったが、朝鮮労働党副部長の金与正氏は4月28日付で談話を発表し、米韓両国が北朝鮮に対する抑止力の強化を打ち出したことを批判し、「米国と南朝鮮(韓国)の妄想は今後、さらに強力な力に直面することになるだろう」とかみついた。
 
 尹政権が北朝鮮との関係で成果を挙げることができるか疑問である。北朝鮮はかねてから米国との関係を最重要視しており、ミサイルなどを盛んに発射するのは米国との交渉を考えているからである。

 バイデン大統領はみだりに危険な行動をとる北朝鮮を強く批判する姿勢を続けてきた。米国として正しい政治姿勢なのだろうが、この姿勢だけでは米朝関係を改善することは困難であろう。評価はともかく、トランプ前大統領は北朝鮮との関係改善に熱意に取り組み、一定の成果を挙げたが、バイデン大統領は中国やロシアとの関係で忙殺されているためか、北朝鮮との関係に個人的に興味を持って対処する姿勢は見えない。そして、韓国が米日との協力を強化する姿勢をとるに至ったので北朝鮮の問題はますます韓国に任せるようになる可能性がある。しかし、北朝鮮は韓国が前面に出てくることを評価せず、激しく嫌うことさえ考えられる。この矛盾をどうほぐしていくかが今後の問題となる。

 それに中国の問題がある。本稿で多くを語る余裕はないが、中国が重視するのは台湾の中国への統一、中国経済の持続的成長、中国の特色を国際社会において主張し、確立することなどである。これら中国の重点目標と東アジアでの日米韓の協力強化は矛盾なく進められるか、大きな問題である。

 尹錫悦大統領は日本及び米国との間の外交で高得点を上げた。しかし、北朝鮮や中国との関係は別である。また、韓国内の強く激烈な世論にどう対応していくか、その手腕は未知数であるが、尹政権が日米と協力して信頼関係を築きつつ、韓国内でも地歩を固めていくことを期待したい。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.