6月, 2017 - 平和外交研究所 - Page 3
2017.06.14
また、いわゆる反腐敗運動を大々的に展開し、既得権益をむさぼっている連中を摘発してきた。その中には中共中央政治局の元常務委員や中央軍事委員会の元副委員長も含まれている。反腐敗運動は権力闘争だとも言われてきた。
一方、急激な改革により国内が不安定化するのは習近平としても困る。学生など民主化勢力が強くなる恐れもある。このようなことを防止するため習近平は言論を強く統制し、従わないものを投獄してきた。
習近平政権は2012年の末に発足したのだが、今秋には5年に1回の中国共産党全国代表大会(19全大会)が開催される。ここで、習近平がこれまで進めてきた諸改革は成功であったことが改めて承認され、習近平政権は第2期目に入ることになる。
そんななか、軍の改革と「国家安全」システムの強化が進行中である。「国家安全」とはいわゆる「公安」が中心と考えてよいが、その範囲はテロ対策、情報工作、インターネットの統制などにも広がっている。最近よく話題になる「スパイの摘発」もこの活動の一環だ。
習近平は2014年1月、中国共産党に「国家安全委員会」を設置し、みずからその主席となった。副主席には李克強および張徳江の2名を、事務局長には習近平の腹心の部下である栗戦書を任命した。
安倍政権の下で国家安全保障会議が設置されたのとほぼ同時期であったが、中国はとくに米国のNSC(National Security Council)を意識しているようである。
国家安全委員会が監督・指導するのは、国務院の国家安全部、全国の公安機関、武装警察、司法部門などであり、軍については総参謀部および総政治部が関係し、さらに外交部や中共中央宣伝部などもかかわっている。
国家安全委員会が設置される以前は、国家安全部が全国の国家安全システムの中心であったが、その実情はほとんど知られておらず、ホームページもなかった。国務院には25の部があるが、ホームページがないのはこの部だけである。
この他、中国軍、外交部、経済部などはそれぞれの安全部門を持っており、その活動はそれらの機関内部に限られていた。つまり国家の安全にかかわることでも特定機関の安全部が管轄の範囲内で処理するだけだったのであり、国務院の国家安全部は全体をよく統括していなかった。
しかし、国家の安全をおびやかす問題は最近多様化し、また、領域をまたがる事案が増加している。各国との関係も複雑化している。旧来のシステムではそのような状況に十分対応できない。軍は行政機関の問題に介入できないし、行政機関は軍に口出しできない。要するに各機関の間に高い垣根があるのだ。各機関の利害関係が衝突することもあるらしい。
2016年末、馬建前副部長が腐敗が原因で失脚した事件は国家安全の在り方を考え直すきっかけになったという。
新設の国家安全委員会はこれまでに、「国家安全法」「反スパイ法」「インターネット安全法」などが制定させ、さらに「国家情報法」を現在審議中である。これらを見ると一定の効果が上がっているようだが、法律の制定ではとても足りないらしい。米国に本拠がある『多維新聞』6月10日付や中国の関係文献は習近平が最近「国家安全観」を打ち出したことに注目するとともに、中国の国家安全システムは将来全面的に改革されるのではないかとの見方を伝えている。
習近平は国の内外、分野・部門を問わない総合的な取り組みの必要性を強調している。それは比較的明確だが、国家安全としては「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学技術安全、情報安全、生態安全、資源安全、核安全」と11の安全があると指摘しており、これではあまりに広すぎて本当の狙いはよく分からない。
国家安全委員会を頂点とする新システムが期待通りの効果を上げることができるか、さらに事態の推移をみる必要があるが、部分的にはスパイ容疑の摘発増加など実績が上がっている。
しかし、このような状況は訪中する日本人にとって逆に注意が必要だ。環境問題についても同様だが、中国では短期間で対策が強化されることがあり、日本とは異なる国だという認識が弱いと手痛い目にあう危険がある。
習近平主席の国家安全対策の強化
習近平主席は既存の国家機構を動かすだけでは満足しない。行政各部(各省)の上に立つ委員会を次々に設置し、みずからその長となって既存の秩序を揺さぶり、あるいはその是正を図ってきた。また、いわゆる反腐敗運動を大々的に展開し、既得権益をむさぼっている連中を摘発してきた。その中には中共中央政治局の元常務委員や中央軍事委員会の元副委員長も含まれている。反腐敗運動は権力闘争だとも言われてきた。
一方、急激な改革により国内が不安定化するのは習近平としても困る。学生など民主化勢力が強くなる恐れもある。このようなことを防止するため習近平は言論を強く統制し、従わないものを投獄してきた。
習近平政権は2012年の末に発足したのだが、今秋には5年に1回の中国共産党全国代表大会(19全大会)が開催される。ここで、習近平がこれまで進めてきた諸改革は成功であったことが改めて承認され、習近平政権は第2期目に入ることになる。
そんななか、軍の改革と「国家安全」システムの強化が進行中である。「国家安全」とはいわゆる「公安」が中心と考えてよいが、その範囲はテロ対策、情報工作、インターネットの統制などにも広がっている。最近よく話題になる「スパイの摘発」もこの活動の一環だ。
習近平は2014年1月、中国共産党に「国家安全委員会」を設置し、みずからその主席となった。副主席には李克強および張徳江の2名を、事務局長には習近平の腹心の部下である栗戦書を任命した。
安倍政権の下で国家安全保障会議が設置されたのとほぼ同時期であったが、中国はとくに米国のNSC(National Security Council)を意識しているようである。
国家安全委員会が監督・指導するのは、国務院の国家安全部、全国の公安機関、武装警察、司法部門などであり、軍については総参謀部および総政治部が関係し、さらに外交部や中共中央宣伝部などもかかわっている。
国家安全委員会が設置される以前は、国家安全部が全国の国家安全システムの中心であったが、その実情はほとんど知られておらず、ホームページもなかった。国務院には25の部があるが、ホームページがないのはこの部だけである。
この他、中国軍、外交部、経済部などはそれぞれの安全部門を持っており、その活動はそれらの機関内部に限られていた。つまり国家の安全にかかわることでも特定機関の安全部が管轄の範囲内で処理するだけだったのであり、国務院の国家安全部は全体をよく統括していなかった。
しかし、国家の安全をおびやかす問題は最近多様化し、また、領域をまたがる事案が増加している。各国との関係も複雑化している。旧来のシステムではそのような状況に十分対応できない。軍は行政機関の問題に介入できないし、行政機関は軍に口出しできない。要するに各機関の間に高い垣根があるのだ。各機関の利害関係が衝突することもあるらしい。
2016年末、馬建前副部長が腐敗が原因で失脚した事件は国家安全の在り方を考え直すきっかけになったという。
新設の国家安全委員会はこれまでに、「国家安全法」「反スパイ法」「インターネット安全法」などが制定させ、さらに「国家情報法」を現在審議中である。これらを見ると一定の効果が上がっているようだが、法律の制定ではとても足りないらしい。米国に本拠がある『多維新聞』6月10日付や中国の関係文献は習近平が最近「国家安全観」を打ち出したことに注目するとともに、中国の国家安全システムは将来全面的に改革されるのではないかとの見方を伝えている。
習近平は国の内外、分野・部門を問わない総合的な取り組みの必要性を強調している。それは比較的明確だが、国家安全としては「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学技術安全、情報安全、生態安全、資源安全、核安全」と11の安全があると指摘しており、これではあまりに広すぎて本当の狙いはよく分からない。
国家安全委員会を頂点とする新システムが期待通りの効果を上げることができるか、さらに事態の推移をみる必要があるが、部分的にはスパイ容疑の摘発増加など実績が上がっている。
しかし、このような状況は訪中する日本人にとって逆に注意が必要だ。環境問題についても同様だが、中国では短期間で対策が強化されることがあり、日本とは異なる国だという認識が弱いと手痛い目にあう危険がある。
2017.06.11
問題は、トランプ氏が調査に不当な介入をしたか、である。
米国のニュース番組CNBCはさわりの部分について6月8日、次のように報道した。
“In his prepared testimony, Comey recalled that, at that Oval Office meeting, the president said: “I hope you can see your way clear to letting this go, to letting Flynn go. He is a good guy. I hope you can let this go.”
“I took it as a direction,” Comey told the Senate hearing Thursday. “I mean, this is a president of the United States with me alone saying, ‘I hope this.’ I took it as, this is what he wants me to do. I didn’t obey that, but that’s the way I took it.”
“let this go”という口語表現を厳密に解釈することは困難だ。公聴会では、コミー氏の証言後、トランプ大統領が言ったことは「命令であったか。希望でなかったか」との反対質問があり、それに対してコミー氏が答えたのが「私は指示だと受け止めた」、すなわち後半の引用部分である。
コミー氏の証言に対し、トランプ氏は「事実に反する。ウソばかりだ」と真っ向から批判した。また、大統領の側近は、「大統領は捜査の中止を求めたことも、それを示唆したこともないことが判明した」などと発言しているが、トランプ氏の陣営がコミー氏の証言は信用できないと主張しても真実を解明する助けにならない。
トランプ大統領の言動に不適切なところがあったか否か、決めるのはモラー特別検察官だ。「司法妨害」をしたと認定される可能性は高くないという見方が多いが、法的な解釈はともかく、トランプ氏がFBIによるロシア疑惑に関する調査に介入し、考えを表明したことは紛れもない事実であり、コミー氏の証言によってトランプ大統領が非常に不利な状況に追い込まれたことは否めない。
コミー証言に先立って、セッションズ司法長官がロシア疑惑の調査から身を引いていることもトランプ大統領にとって不吉な材料になっている。セッションズ氏はもともと法律家で、共和党の中でも最右翼であり、かつて連邦判事に任命されたが人種差別主義者だとみなされ上院が承認を拒否したこともあった。
このような人物はトランプ氏とウマが合うのだろう。大統領選挙期間中セッションズ氏はトランプ候補を支え、当選の際には特別の功労者として紹介され、政権発足後は司法長官に任命された。当然トランプ氏としては政権を支える重要な役割を期待しての人事であった。
しかし、セッションズ氏は3月初め、ロシア疑惑に関する調査にはかかわらないと表明した。同氏は大統領選挙期間中、ロシア大使と接触していたことを追及されていたのでロシア疑惑の調査に関与しない方がよいというのが理由であったが、それは表向きのことで、実際には強烈な個性のトランプ大統領の下で手を汚したくない、という判断だったのではないか。いずれにしても、トランプ氏としては、「セッションズ司法長官は特別検察官を任命しないでほしい。かりにどうしても任命は避けられないとしても、調査が政権を揺るがすのを食い止めてほしい。特別検察官が訴追の判断を下してもその判断を不適切、あるいは不当と結論付け、訴追に反対してほしい」と期待していたことが推測されるが、セッションズ氏は早々と身を引いてしまい、調査が進行するのを止めなかったのである。そして、ローゼンスタイン副長官が長官に代わって特別検察官を任命した。
特別検察官の任命によってトランプ大統領をめぐる事態は大きく悪化した。トランプ氏だけでなく、同氏が信頼する女婿のクシュナー氏もロシアとの接触を疑われており、調査の対象となっている。
トランプ大統領はセッションズ氏の判断を尊重すると表明したが、トランプ氏は実は不満であるということも伝えられるようになった。
今後、特別検察官の調査がどこまで進むか、大統領の言動は違法と判断されるか、つまり「司法妨害」であったと認定されるか、そして訴追されるか。現段階では明確でない。
また、弾劾は議会の権限であり、それがどうなるかはまだまだ先のことである。
トランプ氏は、ワシントン市内の集会で支持者を前に「われわれは包囲されている。しかし、これまで以上に大きく、強くなる」と述べ、意気軒昂な姿勢を見せたが、ロシアとの関係は冷戦が終わったのちも米国の安全保障上最大の問題であり、特別検察官による調査まで必要とされる事態を招いたトランプ政権が無傷で危機を乗り越えられる見通しは立たない。トランプ政権の内外の政策遂行が不安定化する恐れは払しょくできない
トランプ大統領とロシア疑惑
トランプ政権とロシアの関係を調査している最中にFBI(連邦捜査局)長官を解任されたコミー氏は、6月8日、米上院の公聴会で証言した。問題は、トランプ氏が調査に不当な介入をしたか、である。
米国のニュース番組CNBCはさわりの部分について6月8日、次のように報道した。
“In his prepared testimony, Comey recalled that, at that Oval Office meeting, the president said: “I hope you can see your way clear to letting this go, to letting Flynn go. He is a good guy. I hope you can let this go.”
“I took it as a direction,” Comey told the Senate hearing Thursday. “I mean, this is a president of the United States with me alone saying, ‘I hope this.’ I took it as, this is what he wants me to do. I didn’t obey that, but that’s the way I took it.”
“let this go”という口語表現を厳密に解釈することは困難だ。公聴会では、コミー氏の証言後、トランプ大統領が言ったことは「命令であったか。希望でなかったか」との反対質問があり、それに対してコミー氏が答えたのが「私は指示だと受け止めた」、すなわち後半の引用部分である。
コミー氏の証言に対し、トランプ氏は「事実に反する。ウソばかりだ」と真っ向から批判した。また、大統領の側近は、「大統領は捜査の中止を求めたことも、それを示唆したこともないことが判明した」などと発言しているが、トランプ氏の陣営がコミー氏の証言は信用できないと主張しても真実を解明する助けにならない。
トランプ大統領の言動に不適切なところがあったか否か、決めるのはモラー特別検察官だ。「司法妨害」をしたと認定される可能性は高くないという見方が多いが、法的な解釈はともかく、トランプ氏がFBIによるロシア疑惑に関する調査に介入し、考えを表明したことは紛れもない事実であり、コミー氏の証言によってトランプ大統領が非常に不利な状況に追い込まれたことは否めない。
コミー証言に先立って、セッションズ司法長官がロシア疑惑の調査から身を引いていることもトランプ大統領にとって不吉な材料になっている。セッションズ氏はもともと法律家で、共和党の中でも最右翼であり、かつて連邦判事に任命されたが人種差別主義者だとみなされ上院が承認を拒否したこともあった。
このような人物はトランプ氏とウマが合うのだろう。大統領選挙期間中セッションズ氏はトランプ候補を支え、当選の際には特別の功労者として紹介され、政権発足後は司法長官に任命された。当然トランプ氏としては政権を支える重要な役割を期待しての人事であった。
しかし、セッションズ氏は3月初め、ロシア疑惑に関する調査にはかかわらないと表明した。同氏は大統領選挙期間中、ロシア大使と接触していたことを追及されていたのでロシア疑惑の調査に関与しない方がよいというのが理由であったが、それは表向きのことで、実際には強烈な個性のトランプ大統領の下で手を汚したくない、という判断だったのではないか。いずれにしても、トランプ氏としては、「セッションズ司法長官は特別検察官を任命しないでほしい。かりにどうしても任命は避けられないとしても、調査が政権を揺るがすのを食い止めてほしい。特別検察官が訴追の判断を下してもその判断を不適切、あるいは不当と結論付け、訴追に反対してほしい」と期待していたことが推測されるが、セッションズ氏は早々と身を引いてしまい、調査が進行するのを止めなかったのである。そして、ローゼンスタイン副長官が長官に代わって特別検察官を任命した。
特別検察官の任命によってトランプ大統領をめぐる事態は大きく悪化した。トランプ氏だけでなく、同氏が信頼する女婿のクシュナー氏もロシアとの接触を疑われており、調査の対象となっている。
トランプ大統領はセッションズ氏の判断を尊重すると表明したが、トランプ氏は実は不満であるということも伝えられるようになった。
今後、特別検察官の調査がどこまで進むか、大統領の言動は違法と判断されるか、つまり「司法妨害」であったと認定されるか、そして訴追されるか。現段階では明確でない。
また、弾劾は議会の権限であり、それがどうなるかはまだまだ先のことである。
トランプ氏は、ワシントン市内の集会で支持者を前に「われわれは包囲されている。しかし、これまで以上に大きく、強くなる」と述べ、意気軒昂な姿勢を見せたが、ロシアとの関係は冷戦が終わったのちも米国の安全保障上最大の問題であり、特別検察官による調査まで必要とされる事態を招いたトランプ政権が無傷で危機を乗り越えられる見通しは立たない。トランプ政権の内外の政策遂行が不安定化する恐れは払しょくできない
2017.06.08
まず、憲法改正について、日本では憲法の性格を厳格に考えるためか、あるいは政治的な意図が働くためか、改正は非常に困難だとみなす傾向があり、「硬性憲法」などというレッテルまで貼られている。しかし、憲法は時代の変化に応じ改正すべきであると思う。たとえば、環境保護などは比較的新しく出てきた問題であるが、その重要性にかんがみれば取り組むべき原則を憲法に規定すべきである。
しかし、9条に自衛隊の存在を明記することには反対だ。規定すべきだという意見の根拠は、自衛隊が我が国の防衛を担う機関としてしかるべき地位を認められていないという点にあるようだが、自衛が憲法に違反しないことはすでに60年以上も前に憲法の解釈として認められてきたことであり、また、大多数の国民にもその解釈は受け入れられている。したがって、自衛隊の崇高な任務を割引して考えなければならない理由はすでになくなっているはずだ。
にもかかわらず自衛隊の基盤は確かでないと今もなお思われているのだろう。それは、自衛隊が発足した当時、「自衛のための武力行使も違憲」という考えがあり、「自衛」が広く日本国民に認められた後もその経緯を引きずっているからであり、その意味では自衛隊が本来の地位を認められていないということなのだろう。
しかし、憲法は「自衛隊を禁止」とはどこにも書いておらず、そして解釈としては「自衛隊は合憲」という考えが確立しているのであり、それで十分である。
もし、憲法発布時の考えが今なお尾を引いているのならばそれを正せばよく、そのためには憲法を改正する必要はない。法律を変えればよいのだ。
具体的には、「自衛隊」を「防衛軍」とすべきだというのが国民の考えであれば、その名称変更を自衛隊法など関連の法律で行えばよい。私は、国民大多数のこの点に関する考えはまだ分からないが、個人的にはそのような名称変更は可能と思っている。
自衛隊員という呼称についても「軍人」に変えてもよいと思っている。
技術的な理由からだけではない。9条は日本が戦争を起こした結果であり、かつ、戦後再出発した原点だからである。9条を改正したい論者には、憲法を発布してから70年も経っていることが重要なのかもしれないが、日本が戦争を起こしたこと、かつ、その結果に基づいて再出発したという歴史的事実を忘れたり、軽んじたりしてはならない。
その事実は戦後の新しい歴史によって書き換えられていないはずだ。戦争指導者の問題について、サンフランシスコ平和条約によって東京裁判の結果を受け入れた一方、靖国神社に祀ることをあきらめられないでいることは、そのような日本国としての観念の仕方がまだ不十分であることを物語っている。
9条は日本国と日本国民が戦争について忘れたり軽んじたりしないための重要な根本規範であり、安易に手を付けてはならないと思う。「現憲法の1項と2項は残すので、平和主義は変えない。ただ自衛隊を正しく位置付けるために追加的に記入するのだ」という議論は、法技術的にも、また、日本が正しい道を歩むためにも受け入れられない。
憲法9条改正案
安倍首相は憲法9条の1項及び2項はそのままにしておいて、さらに自衛隊の存在を明記すると提案している(2017年5月3日の憲法記念日に際してのメッセージ)。これに対する憲法学者や元内閣法制局員など専門家の考えは報道などで伝えられているが、一般の国民にとっても重要な問題である。まず、憲法改正について、日本では憲法の性格を厳格に考えるためか、あるいは政治的な意図が働くためか、改正は非常に困難だとみなす傾向があり、「硬性憲法」などというレッテルまで貼られている。しかし、憲法は時代の変化に応じ改正すべきであると思う。たとえば、環境保護などは比較的新しく出てきた問題であるが、その重要性にかんがみれば取り組むべき原則を憲法に規定すべきである。
しかし、9条に自衛隊の存在を明記することには反対だ。規定すべきだという意見の根拠は、自衛隊が我が国の防衛を担う機関としてしかるべき地位を認められていないという点にあるようだが、自衛が憲法に違反しないことはすでに60年以上も前に憲法の解釈として認められてきたことであり、また、大多数の国民にもその解釈は受け入れられている。したがって、自衛隊の崇高な任務を割引して考えなければならない理由はすでになくなっているはずだ。
にもかかわらず自衛隊の基盤は確かでないと今もなお思われているのだろう。それは、自衛隊が発足した当時、「自衛のための武力行使も違憲」という考えがあり、「自衛」が広く日本国民に認められた後もその経緯を引きずっているからであり、その意味では自衛隊が本来の地位を認められていないということなのだろう。
しかし、憲法は「自衛隊を禁止」とはどこにも書いておらず、そして解釈としては「自衛隊は合憲」という考えが確立しているのであり、それで十分である。
もし、憲法発布時の考えが今なお尾を引いているのならばそれを正せばよく、そのためには憲法を改正する必要はない。法律を変えればよいのだ。
具体的には、「自衛隊」を「防衛軍」とすべきだというのが国民の考えであれば、その名称変更を自衛隊法など関連の法律で行えばよい。私は、国民大多数のこの点に関する考えはまだ分からないが、個人的にはそのような名称変更は可能と思っている。
自衛隊員という呼称についても「軍人」に変えてもよいと思っている。
技術的な理由からだけではない。9条は日本が戦争を起こした結果であり、かつ、戦後再出発した原点だからである。9条を改正したい論者には、憲法を発布してから70年も経っていることが重要なのかもしれないが、日本が戦争を起こしたこと、かつ、その結果に基づいて再出発したという歴史的事実を忘れたり、軽んじたりしてはならない。
その事実は戦後の新しい歴史によって書き換えられていないはずだ。戦争指導者の問題について、サンフランシスコ平和条約によって東京裁判の結果を受け入れた一方、靖国神社に祀ることをあきらめられないでいることは、そのような日本国としての観念の仕方がまだ不十分であることを物語っている。
9条は日本国と日本国民が戦争について忘れたり軽んじたりしないための重要な根本規範であり、安易に手を付けてはならないと思う。「現憲法の1項と2項は残すので、平和主義は変えない。ただ自衛隊を正しく位置付けるために追加的に記入するのだ」という議論は、法技術的にも、また、日本が正しい道を歩むためにも受け入れられない。
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