平和外交研究所

4月, 2016 - 平和外交研究所 - Page 2

2016.04.25

(短評)日本における報道の自由

 国連の特別報告者、デビッド・ケイ氏は、日本における言論の自由に関して調査を行い、4月19日、会見で結果を説明した。暫定的な報告であり、本報告は後日改めて行われるそうだ。特別報告者とは,特定の国の状況または特定の人権テーマに関し調査報告を行うために,人権理事会から任命された独立専門家である。
 ケイ氏の調査について報道しているのは一部の新聞に限られる。暫定的報告とはいえメディアにとって極めて重要なことを報道しないのは理解に苦しむが、本報告がどのように扱われるかを見たい。

 ケイ氏は総じて日本の状況に問題があるとみている。一つは政府の姿勢であり、高市早苗総務相が電波停止に言及したことについて、「政府は脅しではないと主張したが、メディア規制の脅しと受け止められても当然だ」と批判した。
 また、放送法、特定秘密保護法の問題も指摘した。
 自民党の報道にかかわるあり方についても問題点を指摘した。憲法改正草案や、前回総選挙前に放送局に「公平中立」を求める文書を送ったことなどである。
 
 このような見方に、残念ながら、反論する気になれない。むしろ、やはりそうかという気持ちが強い。日本の主要メディアではどのように受け止めているのか知りたいところだ。
 海外のNGOは報道の自由度の国際比較をしており、日本は今年急降下したそうだ。
 米国の主要新聞は、日本における報道機関の姿勢に対しても疑問を呈している。それは日本の実情をよく知らない外国人の見方だと思いたいが、果たしてそう主張できるか。分は悪いのではないか。

 ケイ氏の記者会見の翌日、熊本地震への対応を協議するNHKの災害対策本部会議で、籾井会長は原発関連の報道について「住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」と話したそうだ。公式発表とはなにか。政府はメディアが伝えるように細かく状況を発表していないはずだ。NHKは何を頼りに報道せよというのか。
 中国では、新華社という国営の通信社が報道の内容を示しており、各社はそれに従うよう指導、あるいは指示されている。それに従った報道は「正面報道」と呼ばれている。
 しかし、日本にはNHKはあっても、新華社に相当するような公式報道はないはずだ。それとも、我々一般人にはわからない「報道要領」的なものがあるのだろうか。
 日本の報道の自由が中国のようにゆがめられると深刻な問題になる。聞きたくないこと、言われたくないことに耳を貸さないどころか、それをつぶそうとする圧力を加えるのは国を誤ることにならないか。

2016.04.22

習近平政権の言論統制‐2016年(その2)

 習近平主席は「中央サイバーセキュリティ・情報化指導小組」の長である。習近平が一身に集めている権力の一つだ。形式的には宣伝工作、メディア対策などの総元締めであり、中共中央の宣伝部門もその指揮下に置かれている。習近平が実際どの程度個別の問題にまで指示しているかは不明だ。前回のコラムで紹介した議論によると、現場あるいは下部機構がメディアに対して恣意的な処分をしていることがうかがわれる。つまり、必ずしも習近平の考えではないということだ。
 一方、雑誌『炎黄春秋』において起こったことなどは、明らかに習近平の指示があったと推測される。この雑誌は中国革命の元老の次の世代、「紅二代」に属する胡徳平(胡耀邦の子)、李鋭(毛沢東の秘書)らにより出版されてきた雑誌だ。彼らは指導者におもねることなく比較的リベラルな発言で改革開放の推進を後押ししてきた。
 しかし、中央の宣伝部門にとっては、このような雑誌を野放しにしておくことは危険であり、様々な形で圧力を加えてきた。習近平主席が言論統制を強化する方針を打ち出したことは宣伝部門にとって追い風となり、2015年6月、当時の楊継縄編集長を辞任に追い込んだ(当研究所HP 2016.01.09付「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」)。
 習近平も「紅二代」だ。この雑誌の関係者は習近平と同等レベルの大物ばかりであり、その編集長を首にすることは習近平の直接の指示なしにはできないはずだ。

 習近平は諸権力を一身に集め、第2の毛沢東になろうとしていると言われるくらいだが、実際には習近平に批判的な人たちもおり、まだ微妙な状況もあるようだ。
 その関連で注目されたのは、習近平に対して辞任を要求した公開状だった(当研究所HP 2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」、2016.03.28 付「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」および2016.03.30 付「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」)。
これを報道したサイトはすぐに閉鎖されたが、インターネットで広く流布された後であった。
 当局は犯人探しに躍起となり、少しでも関係した人物を拘束し、本人が捕まらない場合は家族に圧力を加えることも辞さなかった。中国の著名コラムニスト、賈葭も行方不明になった一人である。

 この公開状は本当に影響があったか。
 一つ意外なことが『炎黄春秋』誌で起こった。同誌は閉刊近くまで追い込まれていたのだが、当局は今年の春節(旧正月)を前にして態度をがらりと変えた。習近平の側近が同誌を訪問し、天安門事件で失脚した趙紫陽の業績をたたえることを勧めたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』3月22日付)。
 また、同誌は昨年、新春交歓会を直前になって突然中止させられたのだが、今年は開催を認められた。
 杜導正同誌社長はかつて趙紫陽の薫陶を受けた人物だ。直ちに趙紫陽の業績をたたえる一文を掲載した。趙紫陽は天安門事件で学生に同情しすぎて失脚したのであり、趙紫陽についてこのような文章を発表することは、いわゆる民主派の不満を吸収する政治的意義がある。
 ただし、習近平に変化があったか否か、この件だけで判断することは困難だ。ジェスチャーだけかもしれない。
 習近平は4月19日、北京で「サイバーセキュリティと情報化に関する取り組みの座談会」を招集し、「イノベーション、協調、エコ、開放、共有の発展理念に従い中国の経済・社会発展を推進することは、当面の中国の発展における要請と大きな趨勢であり、中国のインターネット・情報事業の発展はこの大きな趨勢に適応し、新たな発展理念に実行において一歩先んじ、インターネット強国の建設を推進し、インターネット・情報事業の発展を推進し、インターネットが国と国民により良く幸福をもたらすようにするべきだ」と強調した(翌日の人民日報報道)。
 要するに、中国の発展に重要な役割を果たすインターネットを盛り立てなければならないと言っており、これまでインターネットを強く問題視し、かなり乱暴な手法でネット空間を統制してきた習近平政権として、この座談会では一味違った包容力を示した感もある。
 ただし、これは人民日報の報道だ。習近平がメディアは国家に奉仕するべきだという考えであることは周知であり、最近は「メディアは共産党の一家(姓党)」を繰り返し強調している。そう簡単に軟化するとは思えない。
 しかし、今までのようにただ言論統制を強化するだけでは不満が高まり、危険な状態に発展することを恐れ、一種のガス抜きを図った可能性はある。公開状の信ぴょう性とともに今後検証していくべきことだと思われる。

 個別の事案ではあいかわらず強権的に言論を統制するケースが目立っている。以下はその若干の例である。これは必ずしも網羅的でなく他にも隠れているケースがありうる。

○香港の「銅鑼灣書店」の店長、店員ら5人は、2015年10月、突然失踪した。後に中国から電話があり居場所が判明した。約5カ月後の3月24日、香港へ帰還した。中国での調査は終わっておらず、近日中に大陸へ戻るそうだ。彼らが中国によって拉致されたのは明らかだ。
○『明報』でパナマ文書の特集を組んだ編集幹部、姜国元が4月20日、突然解雇された。パナマ文書は習近平の親族が租税回避にかかわっていたことを暴露したことでよく知られている。香港の財界人も多数関与していた。『明報』紙側では、パナマ文書の特集が解雇の理由でないと説明しているが、誰からも信じられていないようだ。明報は香港の新聞として中国内の新聞ほど統制されていないが、完全に独立しているわけではない。
○さる1月、甘粛省の地元紙、「蘭州晨報」「蘭州晩報」「西部商報」に所属する男女3人の記者が拘束された。彼らは地元政府の不正などに関する報道を行ない、脅迫を受けていた。
○『南方都市報』前編集長、李新はタイへ出国し連絡を絶った。後に、本人から妻へ電話があり、中国での調査に協力していることが判明した。妻は「中国の当局により強制的に連れ去られたに違いない。鑼灣書店の店主と同じだ」と話している。

最後に、中国の言論統制に関する当研究所のコラムを掲げておく。
2013.10.23 「中国の言論統制強化」
2016.01.09 「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」
2016.04.20 「習近平政権の言論統制‐2016年(その1)」

2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」
2016.03.28 「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」
2016.03.30 「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」

2016.04.20

習近平政権の言論統制‐2016年(その1)

 習近平主席は統治手段として腐敗追及と言論統制の2本の鞭を駆使している(当研究所HP1月5日および9日「習近平主席の2本の鞭」)。以下はそのうちの1つ、言論統制に関するその後の動向(その1)である。

 2月19日、習近平主席は中央テレビ局(CCTV)、人民日報、新華社3大政府系メディアを訪問した。これらは中央宣伝部による言論統制のかなめであり、党や政府の「代弁者」と呼ばれているが、それでも実際には微妙な問題があり、習近平主席が訪問した場合にどのように対応するか、中国内では注目されていた。
 CCTVでは「CCTVは党が苗字で(党に属するという意味)、绝对忠诚です。どうぞ検閲してください」という字幕を大型テレビ画面で流した。これにはメディアの矜持などかなぐり捨てたあからさまな追従であると反発する声が起こり、論争となった。

 本来企業家だが、大胆な発言で有名な任志强はSNSで、「政府系のメディアは党に属するというが、なぜ人民に属すると言わないのか」と批判した。メディアは人民のためであることを忘れていると批判したのであり、これは当局として面白くない発言だ。任志强の批判を流した新浪や腾訊微博のアカウントを急きょ閉鎖してしまった。
 政府系メディアは、これまた当然だが、任志强の発言を激しく糾弾した。
 本来ならば任志强は処分されるところだが、今回の発言についてはとくにおとがめを受けなかった。中国国内の政治状況が複雑なためだ。任志强は昨年共青団を批判したことがあり、その時も処分される危険があったが、中国内の宣伝部系統、共青団派、習近平勢力および王岐山の規律検査委員会系統の4つのグループがけん制しあった(当研究所3月16日付「ある中国人実業家の率直な発言が暴露した中国の政治状況?」)ため、宣伝部だけが強い措置をとることはできなかった。この状況が今日まで続いているのである。

 2月初め、『南方都市報』は「メディアは党に属する」という4文字(媒体姓党)の真下に、1月末に逝去した元老、袁庚の遺骨が最後の居住地である深圳市蛇口の海に散骨される写真を載せ、「魂、大海へ帰る」とキャプションを付けた。袁庚は言論の自由を重視し、晩年当局から問題視されていた。
 同報はこれまで何回も宣伝部にたてつく報道を行っては、圧力を加えられ訂正記事を書かされていた。今回の記事も暗に「メディアは党に属する」を風刺したものであったと見られている。
 しかし、その後、『南方都市報』の総編集、任天陽は「メディアは党に属する」を擁護することを強要され、また、この記事に関係した者を厳しく処分した。中央からの圧力があったからだと見られている。
 『南方都市報』事件の影響は大きく、リベラルなメディア、外国のメディアはつぎつぎに閲覧制限がかけられたり、閉鎖されたりした。ロイター社の中国語サイトや、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストの中国内サイトなどもそのような目にあっている。

 新華社の周方(ペンネーム)は3月7日、宣伝部門を批判し、「違法な行為で世論に誤った知識を植え付けている。改革開放の深化を妨げ、党と政府を損ない、中華民族の長期的利益を損なっている」「ブログやミニサイトを司法手続きを経ずに閉鎖し、強制的に罪を自白させている」「多くの人はそのやり方に疑問を抱き、文化革命の再来を恐れている」などと書いた。この人物の本名はすでに知られており、海外メディアの取材も受けている。元新華社の編集員だったが、現在は事務をさせられている。周方の告発文は既に削除された(多維新聞3月14日付)。

 これとほぼ同時期に、海外でも信頼度の高い財経網は、英文版でやはり中央のメディア統制とニュース・チェックのあり方を批判し、同サイトが3月3日に掲載した文章などを勝手に違法と決めつけ、削除していると報道した。削除された記事は上海財経大学の蒋洪教授のインタビュー記事で、同教授は人民としての意見を発表する重要性を述べたものだった。
 蒋洪が超えたレッドラインの1つは、一度収まったかに見えた任志强事件に火をつけ論争を再燃させたこと、2つ目は、全人代はラバースタンプで、政治協商会議は花瓶だと批判したこと、3つ目は人民の発言の自由を強調しすぎたことだと言われている。

 人民日報傘下の『環球時報』の編集長胡錫進は、習近平主席の3大メディア訪問の際にもメディアのあり方について不満を漏らし、「中国のメディアとして報道する自由度を高めるべきであり、現在のメディアは力が足りない」「中国はもっと言論を自由にし、建設的な意見を受け入れるべきだ」などと発言した。また、任志强を擁護した。
 積極的に発信する胡錫進は以前から当局によって危険視されおり、すでに中央規律検査委員会から処罰されていた。主要政府系メディアの大物が処罰された最初のケースであった。問題にされたのはわずか6千元(日本円約12万円)の使途であり、今日の中国では大した金額でなかったのに追及されたのは政治的な意図があったからである。
 胡錫進は以前から、インターネット規制に使われているファイアーウォールにも批判的で、「それは一時的な規制にとどまるべきである」「長く使えば中国社会を脆弱にし、抵抗力をなくする」という意見も発表していた(この意見も当局によって削除された)。

(以下続く)

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.