平和外交研究所

1月, 2016 - 平和外交研究所 - Page 3

2016.01.24

蔡英文の抱負

 台湾の総統選で圧勝した蔡英文のインタビュー記事が聯合晚報1月18日付(
『台湾壹週刊』誌から転載したもの)に掲載されている。蔡英文の考えがよく表れている。中国をいたずらに刺激しないよう細心の注意を払いながら話す一方、中国と台湾はお互いに尊重することが重要だとくぎを刺している。

 聯合報は一般に国民党寄りと見られているが、中立公平な報道もしている。このインタビュー記事にも偏向は見られない(?)。

 すべて蔡英文の言葉という形で書かれており、鍵括弧は直接の引用だろう。

○選挙期間中、中国の善意をよく感じた。今回の選挙では、中国はみずからを抑制していた。「このような行動でわかる理解(體會理解)と善意こそ最善の意思疎通(溝通)だ」。意思疎通はただ座って話し合うだけでなく、何をするかが大事であり、行動を見て本当のことが理解できる。

(注)総統選の際、中国が台湾に干渉してくることがあることを前提にした発言である。1996年の総統選では、中国は、李登輝を当選させないためミサイルを台湾の近海に発射し、これに対し、米国は空母2隻を台湾海峡に派遣するという事態に発展した。
 なお、蔡英文は「意思疎通(溝通)」という言葉をよく愛用している。

○馬英九の連立提案を受け入れることはできない(不会)。

(注)今次選挙で敗北した国民党は蔡英文に対して民進党と国民党の連立政権とすることを提案している。民進党は総統選でも立法院(議会)選挙でも圧勝したので、それでも国民党が連立政権を提案しているのは常識的には異常なことだ。

○5月20日に正式に就任後、まず「両岸協議監督条例」を制定し、両岸の交流を法的基礎に上に置きたい。それまでは両岸に関係することはしないほうがよい。

○大陸を訪問し、習近平主席と会見する可能性は高くない。中国を訪問するには多くの条件が整わなければならない。いっぺんに条件はそろわない。しかし意図的に行かないのではない。無理していくことはしないということだ。就任後、両岸を安定させ、対等の尊厳を追求したい。「インターラクション(互動)」が重要であり、両岸関係に意外なことが起こらないように努めたい。両岸とも最大限努力する責任がある。

○総統選の2日前に発生した「周子瑜事件(注 韓国で活動する台湾のアイドル周子瑜(16歳)が、インターネットで公開された番組で「中華民国」旗を掲げたことについて、中国から「独立派だ」と非難の殺到を浴び、韓国のメディアでも批判的に報道された。そのため周子瑜は「台湾」としていた出身地を「中国台湾」と変更し、さらに総統選の前日に謝罪の動画を発表した)」は中国政府が意図的にしたことではない。しかし、その動画を見て涙が出た。「16歳の女の子がどうしてこのような圧力を受けなければならないのか」と思った。台湾人が自己のアイデンティティのために謝罪するようなことが起こらないようにしたい。

2016.01.19

北朝鮮の核実験と核不拡散

  北朝鮮による核実験は核不拡散体制(NPT)の観点からも見ておく必要がある。
 THE PAGEに1月18日、次の一文を寄稿した。

 「北朝鮮の核開発は「核不拡散」の観点からも問題です。北朝鮮は「核不拡散条約(NPT)」の締約国なので核兵器を開発・保有することを禁止されています。しかし、北朝鮮は1993年、同条約から脱退すると言い始めました。NPTの義務に縛られないで核開発を行なおうとしたのです。
 しかし、国際社会としては許されることではありません。北朝鮮のNPT脱退は認められないと明確に否定しました。
 それから10年後の2003年、北朝鮮は再びNPTから脱退すると、今度は断定的に表明しました。それ以来北朝鮮はNPTにまったくかかわらないでいます。

 NPTは1970年に発効してから一度も破られていません。条約に参加した国はすべて核兵器を開発・保有しないという義務を守ってきたのです。義務を守る覚悟がない国、例えば、インド、パキスタン、イスラエルなどは参加しませんでした。
 北朝鮮による核兵器の開発・保有はNPTとして初めての条約違反です。これはNPTとして放置しておけない問題ですが、解決の方法は見つかっていません。北朝鮮は脱退したと言い、国際社会はそれを認めないという平行線が続いています。

 そもそも、北朝鮮はなぜNPTから脱退すると言い出したのでしょうか。冷戦の終結が背景にありました。北朝鮮は、冷戦が終結に向かう中で、韓国が1990年にソ連と、さらに92年に中国と国交を樹立したので強いショックを受けました。ソ連と中国は北朝鮮の存立にとって不可欠の同盟国だったのですが、ともに北朝鮮の仮想敵国であった韓国と友好国になったのです。ソ連と中国が北朝鮮と断交したのではありませんが、北朝鮮は風前の灯火の状態になったと思われたこともありました。
 最初のNPT脱退宣言はそのような状況の中で行われたのです。国際社会からは認めてもらえませんでしたが、北朝鮮としてはこのような厳しい国際情勢の変化に直面して、生存を維持するには自らの防衛力を高めるしかない、そのため核兵器とミサイルを開発・保有する必要があると考え始めました。
 そして、2002年、北朝鮮は核兵器製造に必要なウラン濃縮をすでに進めていることを米国の高官に表明したのです。米国を平和条約交渉に引き込むためだったのでしょう。翌年には前述したNPTからの確定的脱退宣言をしました。最初の脱退表明から10年の間に北朝鮮の核開発はかなり進んでいました。

 しかし、北朝鮮が核兵器を開発・製造に成功したとしても、万の台の核兵器を保有する米国やロシアと比べれば、その何千、あるいは何万分の一でしかありえません。今回の北朝鮮の核実験は水爆だと言っていますが、それについても疑念を持たれています。つまり、北朝鮮の核兵器は米ロなど核大国とは比較にならない規模であり、将来もその差が縮まるとは思えません。したがって、北朝鮮が核兵器を保有しても軍事的には大して意味はないという見解もあります。
 おそらくその見方は、客観的には正しいでしょうが、北朝鮮はどのように考えているかが問題です。北朝鮮は、米国に攻撃を仕掛け、破壊するために核兵器を保有しているのではなく、かりに、米国が北朝鮮を攻撃してきた場合に、米軍の犠牲は大きくなる、米国の都市も安泰でなくなるということをアピールしようとしているのではないかと発想を変えてみることも必要だと思います。確かな材料は少なすぎるので、あまり推測をたくましくするのは危険ですが、西側の常識だけで見るのも危険です。

 北朝鮮の核開発が明らかになって以降、米、中、韓国、ロシアおよび日本は北朝鮮といわゆる6者協議を続けてきましたが、北朝鮮の体制維持に決定的な影響力を持つ米国が本気で取り組むことにはならなかったため、結果は出ませんでした。
 国際社会が同じことを繰り返すだけでは北朝鮮が核を保有するという状態は解消されません。北朝鮮が核保有国だと国際社会は認めませんが、有効な手を打てなければ既成事実化が進むのではないでしょうか。
 もしかしたら北朝鮮はインドのようになりたいと考えているのかもしれません。今はインドと北朝鮮の状況は非常に違っていますが、インドが初めて核実験を行なったときは、国際社会は今の北朝鮮と同様強く非難し、制裁も加えました。しかし、現在インドは米国と原子力協力協定を結ぶところまで状況が変わってきました。北朝鮮がすぐにインドのようになるとは思いませんが、国際社会としては手遅れとならないよう思い切った手を打つことが必要であり、そのためにはやはり米国が直接北朝鮮と交渉する必要があると思います。
2016.01.18

(短評)イランの核開発問題の解決

 イランと米欧などとの核合意が履行され、イランに対する各国の制裁の解除が実現した。核合意が成立したのは昨年の7月、制裁解除の発表はこの1月16日であるが、イランによる核開発に関する交渉は2002年から始まっていたので14年かかっており、さらにイランがそのような計画を始める原因は1979年のイラン革命から発生していたので、今回の合意は37年間続いてきた問題に終止符を打つ意味がある。

 ただし、米国とイランとの間の問題がすべて解決したわけではなく、米国はテロ支援を理由に課している制裁を今後も継続するし、弾道ミサイルの開発関連では、今回の発表の翌日に追加制裁を課しているので、米国とイランとの関係が正常化したとは言えない。
 また、米国の内外にイランに対する根強い不信感が残っている。イスラエルはその代表格だ。
 米国内でも今回の制裁解除に対する批判の声が上がっており、大統領選挙の共和党候補の中にも露骨にイラン批判を続ける者がいる。国際原子力機関(IAEA)が昨年12月にイランの合意履行状況に問題はないとする報告をした後でも懐疑論はやまなかった。

 たしかに核開発に関する合意履行の実現は両国関係全体の中では部分的であるが、そうであっても今回発表された合意履行の持つ意義は計り知れない。
 最大の効果(の一つ)は石油供給のさらなる増加であり、イランが石油市場に復帰してくると日本を含めグローバルに影響が出てくる。日本はかつてイラン石油の主要輸入国であった。制裁がかかっている間に日本はイランで多くを失ったが、今後は回復に努めるだろう。
 
 米国とイランとの信頼関係が回復すれば、これも重要な進展となる。イランがISやその他のテロ対策の関係で米欧に協力すれば、大きな効果が期待される。さらに、米国によるイスラエル支持と穏健派アラブ諸国との協力を柱に成立していた中東のパワーバランスは、米国とイランとの間に信頼関係がなかったことと表裏一体の関係にあったが、これが根本的に変わってくる可能性がある。
 よいことばかりでない。イランの核開発問題が収束に向かいつつあるとき、イランとサウジアラビアの対立が再燃した。米国としてはこれまではサウジが頼りであり、これからはイランの協力も期待できそうになったが、肝心の両大国が仲たがいを始め(再開し)たのだ。
 
 しかし、今回の発表は長年のもつれを解きほぐす可能性を持つものであり、オバマ大統領が「歴史的な進展だ」と歓迎する声明を発表したこともうなずける。
 何事についても過度に単純な反応は禁物だが、かつてブッシュ米大統領が言った「悪の枢軸」のうち、イラクはすでに過去のこととなり、イランについても解決が見えてきた。残るは北朝鮮である。すくなくとも中東での負担が軽くなれば、米国が北朝鮮との関係に本気で取り組む余地が出てくるのではないか。オバマ大統領が言った「歴史的な進展」とは中東のことであろうが、米国のアジア政策、とくに北朝鮮政策が中東と関連していたのは事実であろう。

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