中国
2023.06.20
係員の説明は、「この資料は政治的に重要な意義のある明代の資料であり、尖閣諸島と付近の島嶼が中国の版図に含まれていたことを記録しており、同文献には、『10日、平嘉山、魚釣島、黄毛島、赤島を過ぎる、、、11日夕、琉球に属する古米山(久米島のこと)が見えてくる』であった」というものであった。この時習氏がどんな反応を示したか、人民日報は何も伝えなかった。
習氏の発言として報道されたのは、「私が福州(福建省の省都)で働いていた頃(1990年から2002年)、福州には琉球館と琉球墓があり、(中国と)琉球との往来の歴史が深いことを知った。当時『閩人(びんじん)三十六姓』が琉球に行っている」と述べ、最後に「典籍や書籍の収集と整理の強化は、中国文明の継承と発展に重要」と述べたことだけであった。
人民日報の本件記事に政治的な意図が込められているのは明らかである。台湾、尖閣諸島、沖縄(本稿では「琉球」)と関係がありそうだが、『使琉球録』という古資料について事実関係を指摘しておきたい。詳しくは、THEPAGEに2015年3月28日掲載された「尖閣諸島の歴史的経緯ー古文献に見る」を参照願いたい。
中国は1971年から従来の態度を変更して尖閣諸島に対する領有権を主張するようになり、その根拠として、明国の海防を説明した書物『籌海圖編(ちゅうかいずへん)』、清国の使節(冊封使)であった汪楫(オウシュウ)の『使琉球録(しりゅうきゅうろく)』、それに西太后の詔書の3文献を引用していたが、最後の文献は偽造であることが判明しており、中国は使わなくなっている。残りの2文献のうち『籌海圖編』は中国の領域を示したものではなく、中国がそのように解釈しているにすぎない。『使琉球録』は「尖閣諸島と付近の島嶼が中国の版図に含まれていたことを記録していた」との文言が入っていたと読めるので、一見中国の領域を明示していたかに見える。
しかし、西方つまり中国大陸から琉球に向かって進んでくる場合、尖閣諸島を過ぎると琉球に入るという趣旨の説明したのは琉球人船員であり、権威のある説明ではありえなかった。
しかも、琉球の外側は明国の領域になるわけではない。そこは「公海」である。明朝の歴史書である『皇明実録』は、臺山、礵山、東湧、烏坵、彭湖、彭山(いずれも大陸に近接している島嶼)は明の庭の中としつつ、「この他の溟渤(大洋)は、華夷(明と諸外国)の共にする所なり」と記載していた。つまり、これらの島より東は公海だと言っているのである。
また、明代の勅撰書『大明一統志』も同様に明の領域は海岸までであると記載している。 要するに、中国の古文献、しかも公式の資料では、清や明の領域が海岸までであることが明記されていたのである。
これらの明清の公式文書を無視しておいて琉球の船員が述べたことを中国に都合がよいように解釈して習近平国家主席に説明するのは極めて問題である。
なお、人民日報の記事については、尖閣諸島に関する恣意的な記述もさることながら、台湾問題について中国が不満を募らせていることが背景にあると思われる。
最近、中国は台湾に対し、平和的に統一問題を解決しようとする姿勢を見せてきた。今年3月の全人代(全国人民代表大会 日本の国会に相当する)における政府活動報告で李克強は台湾について「平和統一への道を歩む」とした。さらに「両岸(中台)の経済と文化の交流、協力を促進し、台湾同胞の福祉増進のための制度と政策を充実させる」や「台湾同胞は血がつながっている」との言葉も加えた。
昨年10月の党大会における政治活動報告では、習近平が、「武力行使の放棄は決して約束しない」と強気の発言を行いつつも、台湾問題について「平和的統一に最大限努力する」と述べていた。また、中国がかねてから台湾に対する攻勢の足掛かりにしていた「一つの中国」に関する「92年合意」について、2017年の党大会では4回言及したが、2022年はわずか1回で、しかも、習氏はこの部分を読み飛ばした。習氏は過去10年間の台湾問題に満足しておらず、党大会のころから新しい台湾方針を模索しており、全人代でのソフトタッチの表明につながったのである。
中国が台湾に関する発言を和らげたのは、台湾の統一に関し方針を緩和させたからではない。来年1月、台湾で行われる総統選挙において国民党の候補が勝利するのを助けるため、国民党と近い関係にある中国は武力による統一を望んでおらず平和的に解決したいのだと台湾人に印象付けるためである。
しかしこの間、台湾の統一問題については目立った進展がなかったどころか、逆に中国にとって不愉快なことが発生した。外交関係樹立については3月、ホンジュラスと外交関係を樹立した。これは中国にとって利益であるが、ほぼ相前後してフィジーは「駐フィジー台北商務弁事処」から「中華民国(台湾)駐フィジー商務代表団」に変更した。これは中国との関係を格下げすることであり、台湾は感謝した。
韓国の尹錫悦大統領は前任の文在寅大統領と異なり、米日との安全保障面での協力を重視している。また、中国側が警戒する、在韓米軍への高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の追加配備問題について、「韓国の安保主権の事案」として韓国が自ら判断する姿勢を示している。尹氏はさらに「力による現状の変更には反対する」と発言したので中国は激しく反発した。韓中間では現在も外交当局同士が激しく言い争っている。
南シナ海問題についてのG7広島サミットの首脳宣言は中国にとって特に刺激的であった。同宣言は「南シナ海における中国の拡張的な海洋権益に関する主張には法的根拠がなく、我々はこの地域における中国の軍事化の活動に反対する。我々は、UNCLOS(国連海洋法条約)の普遍的かつ統一的な性格を強調し、海洋における全ての活動を規律する法的枠組みを規定する上でのUNCLOSの重要な役割を再確認する。我々は、2016年7月12日の仲裁裁判所による仲裁判断が、仲裁手続の当事者を法的に拘束する重要なマイルストーンであり、当事者間の紛争を平和的に解決するための有用な基礎であることを改めて表明する」として明確に中国の主張を退けた。
仲裁判断は台湾には直接言及していないが、南シナ海は台湾、東シナ海とつながる海域であり、仲裁裁判の判断は台湾にも関係しうる。同判断は中国の台湾に対する主張を否定したことになりかねない。
G7広島サミットの首脳宣言に対し、孫衛東外務次官は5月21日、日本の垂秀夫駐中国大使を呼び、「中国の内政に乱暴に干渉し(中略)中国の主権、安全保障と発展上の利益を損なった」と、強く抗議した。これに対し、垂秀夫駐中国大使は「中国が行動を改めない限り、これまで同様にG7として共通の懸念事項に言及するのは当然」「まずは中国側が前向きな対応を行うべき」と反論したと伝えられた。立派な対応である。
中国はまた、南シナ海、台湾海峡、尖閣諸島などで艦艇や航空機による大胆な挑発的行動を再び増加させている。
中国は、日本で「台湾有事は日本有事」とする言説が増えていることにいら立ちを示している。
また、NATOの連絡事務所を東京に設置することを検討しているとの林芳正外相の5月10日の発言(CNNとの単独インタビューで語った)に強く刺激されているという。
中国の台湾に対するソフトタッチの姿勢は、総統選挙をあと半年後にひかえて国民党候補に有利に働いているか不明である。中国は今後どのような動きが出てくるか、注目が必要である。
習近平主席・『使琉球禄』・台湾
6月4日付の中国共産党機関紙「人民日報」は第一面で、習近平主席が6月1日と2日、中国国家版本館(北京郊外 共産党に付属)と中国歴史研究院(北京市内 社会科学院に付属)を視察したことを報道した。全体のトーンは、習氏がかかわった両施設の建設が昨年夏完成したのでもっと早く訪問したかったがようやく実現した、というものであるが、『使琉球録』という古資料について係員が行ったとされる説明には問題がある。係員の説明は、「この資料は政治的に重要な意義のある明代の資料であり、尖閣諸島と付近の島嶼が中国の版図に含まれていたことを記録しており、同文献には、『10日、平嘉山、魚釣島、黄毛島、赤島を過ぎる、、、11日夕、琉球に属する古米山(久米島のこと)が見えてくる』であった」というものであった。この時習氏がどんな反応を示したか、人民日報は何も伝えなかった。
習氏の発言として報道されたのは、「私が福州(福建省の省都)で働いていた頃(1990年から2002年)、福州には琉球館と琉球墓があり、(中国と)琉球との往来の歴史が深いことを知った。当時『閩人(びんじん)三十六姓』が琉球に行っている」と述べ、最後に「典籍や書籍の収集と整理の強化は、中国文明の継承と発展に重要」と述べたことだけであった。
人民日報の本件記事に政治的な意図が込められているのは明らかである。台湾、尖閣諸島、沖縄(本稿では「琉球」)と関係がありそうだが、『使琉球録』という古資料について事実関係を指摘しておきたい。詳しくは、THEPAGEに2015年3月28日掲載された「尖閣諸島の歴史的経緯ー古文献に見る」を参照願いたい。
中国は1971年から従来の態度を変更して尖閣諸島に対する領有権を主張するようになり、その根拠として、明国の海防を説明した書物『籌海圖編(ちゅうかいずへん)』、清国の使節(冊封使)であった汪楫(オウシュウ)の『使琉球録(しりゅうきゅうろく)』、それに西太后の詔書の3文献を引用していたが、最後の文献は偽造であることが判明しており、中国は使わなくなっている。残りの2文献のうち『籌海圖編』は中国の領域を示したものではなく、中国がそのように解釈しているにすぎない。『使琉球録』は「尖閣諸島と付近の島嶼が中国の版図に含まれていたことを記録していた」との文言が入っていたと読めるので、一見中国の領域を明示していたかに見える。
しかし、西方つまり中国大陸から琉球に向かって進んでくる場合、尖閣諸島を過ぎると琉球に入るという趣旨の説明したのは琉球人船員であり、権威のある説明ではありえなかった。
しかも、琉球の外側は明国の領域になるわけではない。そこは「公海」である。明朝の歴史書である『皇明実録』は、臺山、礵山、東湧、烏坵、彭湖、彭山(いずれも大陸に近接している島嶼)は明の庭の中としつつ、「この他の溟渤(大洋)は、華夷(明と諸外国)の共にする所なり」と記載していた。つまり、これらの島より東は公海だと言っているのである。
また、明代の勅撰書『大明一統志』も同様に明の領域は海岸までであると記載している。 要するに、中国の古文献、しかも公式の資料では、清や明の領域が海岸までであることが明記されていたのである。
これらの明清の公式文書を無視しておいて琉球の船員が述べたことを中国に都合がよいように解釈して習近平国家主席に説明するのは極めて問題である。
なお、人民日報の記事については、尖閣諸島に関する恣意的な記述もさることながら、台湾問題について中国が不満を募らせていることが背景にあると思われる。
最近、中国は台湾に対し、平和的に統一問題を解決しようとする姿勢を見せてきた。今年3月の全人代(全国人民代表大会 日本の国会に相当する)における政府活動報告で李克強は台湾について「平和統一への道を歩む」とした。さらに「両岸(中台)の経済と文化の交流、協力を促進し、台湾同胞の福祉増進のための制度と政策を充実させる」や「台湾同胞は血がつながっている」との言葉も加えた。
昨年10月の党大会における政治活動報告では、習近平が、「武力行使の放棄は決して約束しない」と強気の発言を行いつつも、台湾問題について「平和的統一に最大限努力する」と述べていた。また、中国がかねてから台湾に対する攻勢の足掛かりにしていた「一つの中国」に関する「92年合意」について、2017年の党大会では4回言及したが、2022年はわずか1回で、しかも、習氏はこの部分を読み飛ばした。習氏は過去10年間の台湾問題に満足しておらず、党大会のころから新しい台湾方針を模索しており、全人代でのソフトタッチの表明につながったのである。
中国が台湾に関する発言を和らげたのは、台湾の統一に関し方針を緩和させたからではない。来年1月、台湾で行われる総統選挙において国民党の候補が勝利するのを助けるため、国民党と近い関係にある中国は武力による統一を望んでおらず平和的に解決したいのだと台湾人に印象付けるためである。
しかしこの間、台湾の統一問題については目立った進展がなかったどころか、逆に中国にとって不愉快なことが発生した。外交関係樹立については3月、ホンジュラスと外交関係を樹立した。これは中国にとって利益であるが、ほぼ相前後してフィジーは「駐フィジー台北商務弁事処」から「中華民国(台湾)駐フィジー商務代表団」に変更した。これは中国との関係を格下げすることであり、台湾は感謝した。
韓国の尹錫悦大統領は前任の文在寅大統領と異なり、米日との安全保障面での協力を重視している。また、中国側が警戒する、在韓米軍への高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の追加配備問題について、「韓国の安保主権の事案」として韓国が自ら判断する姿勢を示している。尹氏はさらに「力による現状の変更には反対する」と発言したので中国は激しく反発した。韓中間では現在も外交当局同士が激しく言い争っている。
南シナ海問題についてのG7広島サミットの首脳宣言は中国にとって特に刺激的であった。同宣言は「南シナ海における中国の拡張的な海洋権益に関する主張には法的根拠がなく、我々はこの地域における中国の軍事化の活動に反対する。我々は、UNCLOS(国連海洋法条約)の普遍的かつ統一的な性格を強調し、海洋における全ての活動を規律する法的枠組みを規定する上でのUNCLOSの重要な役割を再確認する。我々は、2016年7月12日の仲裁裁判所による仲裁判断が、仲裁手続の当事者を法的に拘束する重要なマイルストーンであり、当事者間の紛争を平和的に解決するための有用な基礎であることを改めて表明する」として明確に中国の主張を退けた。
仲裁判断は台湾には直接言及していないが、南シナ海は台湾、東シナ海とつながる海域であり、仲裁裁判の判断は台湾にも関係しうる。同判断は中国の台湾に対する主張を否定したことになりかねない。
G7広島サミットの首脳宣言に対し、孫衛東外務次官は5月21日、日本の垂秀夫駐中国大使を呼び、「中国の内政に乱暴に干渉し(中略)中国の主権、安全保障と発展上の利益を損なった」と、強く抗議した。これに対し、垂秀夫駐中国大使は「中国が行動を改めない限り、これまで同様にG7として共通の懸念事項に言及するのは当然」「まずは中国側が前向きな対応を行うべき」と反論したと伝えられた。立派な対応である。
中国はまた、南シナ海、台湾海峡、尖閣諸島などで艦艇や航空機による大胆な挑発的行動を再び増加させている。
中国は、日本で「台湾有事は日本有事」とする言説が増えていることにいら立ちを示している。
また、NATOの連絡事務所を東京に設置することを検討しているとの林芳正外相の5月10日の発言(CNNとの単独インタビューで語った)に強く刺激されているという。
中国の台湾に対するソフトタッチの姿勢は、総統選挙をあと半年後にひかえて国民党候補に有利に働いているか不明である。中国は今後どのような動きが出てくるか、注目が必要である。
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