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2021.05.31

セルビア-いつでも予約なしでワクチン接種を受けられる国

 セルビアは、テニスやサッカーなどは別として、日本ではよく知られていない国である。だが、コロナワクチンの関係では世界有数の先進国であることを5月30日の朝日新聞が伝えている。

 首都ベオグラードでは、たとえばショッピングモールで、予約なしでいつでも自由に、無料でワクチン接種を受けられる。ワクチンは中国シノファーム製と米ファイザー製、ロシア製スプートニクVから選べる。接種を待つ人の行列はなく、すぐに打ってもらえる。夢のような話である。

 セルビアがワクチンをこれほど潤沢に確保できたのは、ブチッチ大統領以下が早くから問題意識をもって取り組んできたからである。ブチッチ氏は「昨年7月末から米ファイザーと交渉を始め、中国の習近平(シーチンピン)国家主席のほかロシアのプーチン大統領や英国のジョンソン首相とも直接交渉した」と明かしている。

 その中で、最も多く供給したのが中国だ。ブチッチ氏は、「外交努力が報われた。中国がとても助けてくれた」と中国の「ワクチン外交」を評価している。EUは昨年3月、医療用品の域外輸出を禁止したが、同じころ、中国はマスクなど医療物資を大量に提供し、ブチッチ氏は空港に出向いて輸送してきた特別機を迎え、中国国旗にキスをした。一国の大統領が、どんな事情があるにせよ、他国の国旗にキスをするなど聞いたことがない。

 ワクチン確保がすべて順調だったわけでなく、苦労も大抵のことではなかったらしい。セルビア正教会の総主教といえばセルビア宗教界の頂点に立ち、国民の尊敬を一身に集めている人物であるが、2020年11月にコロナウイルスにかかって死亡した。政府は困難な立場に立たされたであろう。最近まで在セルビア大使を務めた丸山純一氏は、セルビアのワクチン確保のスピードと量は目覚ましいものであったと認めつつ、同国政府は必要な資金を確保するのに資金流用などもせざるを得なかったことをある会合で指摘していた。

 しかし、あまりに順調すぎると人はありがたさを忘れがちになるらしい。ワクチン効果もあり、セルビアの1日あたりの新規感染者数は、3月下旬から、多かった時の10分の1以下の300人ほどに減少しており、街中でマスク姿の人はほぼいない。レストランの店内営業も認められ、日常生活が戻りつつある。
だが、一方で接種への関心が低下して接種スピードが鈍化しており、「ワクチン余り」の状況になっている。
そのため政府は5月、接種した市民に3千ディナール(約3400円)の商品券を配ることを決めたという。

 セルビアは、かつてコソボ紛争が原因で欧米諸国と対立し、1999年にNATOの爆撃を受けボコボコにされたが、国連などでセルビアを擁護してくれたのが中国とロシアであり、それ以来セルビアにとって中国は特別の存在となっていた。

 2010年ごろから中国のセルビアへの進出が目立つようになり、鉄道、道路などの投資が急増した。中国はギリシャからハンガリーへ伸びる一大交通路の建設をも持ち掛けた。ギリシャのピレウス港は「一帯一路」の欧州第1号プロジェクトであり、またハンガリーはEUの中にあって中国寄りの立場が色濃い国である。この中間に位置しているのがセルビアなので、この輸送・交通路が完成すると、「一帯一路」は大きくと進むことになる。

 セルビアと中国の関係はコロナ禍を通じていっそう緊密化したようだ。今後もセルビアにとって中国が特別に重要な国であることに変わりはないだろうが、一方でセルビアはEUへの加盟を長らく渇望してきた。地政学的にセルビアは欧州の一部であり、EUとの友好関係なくしては国家として立ちいかない。

 しかるに、中国とEUは最近対立する場面が増しており、その傾向は今後容易に解消されそうにない。セルビアが今後中国との関係をさらに緊密化していくと、EUは警戒し、その結果、加盟問題にも悪影響が及ぶ可能性がある。

 セルビア国内でも、中国やロシアとの関係を重視する派(保守派)と欧米派(経済重視派)が併存しており、両者の関係は微妙である。セルビアはコロナワクチンの接種問題で各国から注目される成果を上げたが、内政・外交のかじ取りは逆に困難になっていくのではないか。

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