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2015.07.07
今年の4月から5月にかけて開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議は失敗に終わったが、NPTの歴史から見れば珍しいことでない。曲がりなりにも会議を開催した意義があったと言えるのは1995年と2000年の2回だけであった。1995年はNPTの延長問題があったので核兵器国は譲歩せざるをえなかったからである。
NPTはそもそも妥協の産物であった。国連ができたとき各国とも核兵器は廃絶しなければならないという気持ちが強かったが、なかなか実現しないうちに核保有国が増えていったので、やむをえず、核兵器の拡散禁止に方向転換することになったのである。
その際、核の廃絶についてはgeneral and complete disarmamentの中で実現することになった。第6条である。これはもともと国際連盟で試みられた、各国には最小限の武装しか許さないという方式に淵源がある。NPTで合意されたことは、平たく言えば、「すべての核兵器国が一斉に核を放棄するのでなければならない、また、その放棄については厳格な監督が必要である」ということであった。
核の廃絶がなかなか進まないので、特定の地域だけでも核兵器をなくそうとする動きが出てきた。現在いくつかの地域で成立しているが、完成しているのはラテン・アメリカ、南極および宇宙の3つに過ぎない。
完成しているかどうかについては、条約の内容と核兵器国による保証の2つのポイントから見ていく必要がある。
条約の内容とは、核に関するどのような行為を禁止しているかである。ラテン・アメリカの場合(Tlatelolco条約)は、核兵器をmanufacture, produce(「作る」こと)、acquire, receive, install(「入手」すること)、possess, use, test, store, deploy(「使用」すること)などの行為が禁止されている。後に締結された条約では、さらに核爆発装置の研究、開発、使用済み核物質の廃棄なども禁止される傾向があるが、Tlatelolco条約の禁止は包括的であるとみなされている。
核兵器国による保証は、核兵器5カ国が当該地域の国に対して核兵器を使用しないという約束であり、通常、条約の議定書に核兵器国が署名・批准することで達成される。核兵器国が核を使わないと約束しなければ、域内の国でいくら核を持たないことにしても自己満足でしかない。
今年の4~5月開催されたNPT再検討会議が失敗に終わった主な原因は核軍縮に関する急進派国と核兵器国との間の溝が埋まらなかったからであり、最後の段階で再検討会議を決裂させたのは中東における非核兵器地帯設置に関する国際会議開催問題であった。両者は表面的には別問題であるが、実は関連がある。
中東に非核兵器地帯を設置するという構想が打ち出されたのは1995年の再検討会議であった。
そこで採択された文書では、中東で唯一NPTに参加していないイスラエルに条約への参加を求めているが、それと同時に「中東和平が進展すれば核兵器地帯を設置するのに貢献する」という一文が入っている。イスラエルの存在を一部例外を除き中東諸国は認めておらず、イスラエルとしてはつねに生存を抹殺される危機に瀕しており、したがって核兵器を保有するのもやむをえないという事情があり、中東和平が実現すればイスラエルの存在が認められ、そうなるとイスラエルが核保有する必要もなくなるという考えである。
このようなことはどの中東諸国も分かっているが、表向きには、イスラエルが核兵器を持っているのは実は自分たちのせいだということを認めるわけにいかない。しかし、エジプトは、ヨルダンとともにイスラエルを承認しているので、イスラエルが核を持つのは認められないと言える。そういう事情があるので再検討会議でエジプトは米国などと激しく対立する。今回もそうなった。しかし、欧米諸国にとってはエジプトとヨルダンだけがイスラエルを承認しても大多数の中東諸国が承認していない限り同じことであり、エジプトの主張を認めるわけにいかない。
日本は非核三原則を表明しているので、一見非核兵器地帯の一種のような外観があるが、国際社会ではそのように考えられていない。地域でなく1カ国だからではない。1カ国でもモンゴルは非核兵器地帯の一種とみなされている。
日本の場合は、核を「作らず」「保有せず」「持ち込ませない」というのが三原則であるが、その中には「使用せず」が入っておらず、これでは非核兵器地帯としては十分でない。
日本の非核三原則が、「核を使用しない」ことを含めていないのは、米国の核の抑止力に依存している日本として、必要な場合には核を使ってでも日本を防衛してもらわなければならないからである。日本が「核を使わない」よう米国に要請するのは、米国の核の抑止力に依存せざるをえない日本として自殺行為に等しく、ありえない。
一方、「持ち込ませない」は、小笠原諸島や沖縄が日本に返還される際(それぞれ1968年、1972年)、米軍の保有していた核兵器を撤去してもらう必要があったので原則の一つとした。日本国内に核兵器があるということは受け入れられなかったのである。
しかし、ここには困難な問題、矛盾と言えるかもしれない問題があった。日本は、核兵器を使ってでも日本を防衛してもらわなければならないが、同時に、核兵器を「日本に持ち込んでもらっては困る」と言わざるをえなかった。日本を守る武器を日本に持ち込んでもらっては困るというのはそもそも無理なことだった。非核三原則はそのような矛盾を内包したまま宣言された。
地域的核軍縮と非核三原則
最近、ある大学で行なった講義の要点。今年の4月から5月にかけて開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議は失敗に終わったが、NPTの歴史から見れば珍しいことでない。曲がりなりにも会議を開催した意義があったと言えるのは1995年と2000年の2回だけであった。1995年はNPTの延長問題があったので核兵器国は譲歩せざるをえなかったからである。
NPTはそもそも妥協の産物であった。国連ができたとき各国とも核兵器は廃絶しなければならないという気持ちが強かったが、なかなか実現しないうちに核保有国が増えていったので、やむをえず、核兵器の拡散禁止に方向転換することになったのである。
その際、核の廃絶についてはgeneral and complete disarmamentの中で実現することになった。第6条である。これはもともと国際連盟で試みられた、各国には最小限の武装しか許さないという方式に淵源がある。NPTで合意されたことは、平たく言えば、「すべての核兵器国が一斉に核を放棄するのでなければならない、また、その放棄については厳格な監督が必要である」ということであった。
核の廃絶がなかなか進まないので、特定の地域だけでも核兵器をなくそうとする動きが出てきた。現在いくつかの地域で成立しているが、完成しているのはラテン・アメリカ、南極および宇宙の3つに過ぎない。
完成しているかどうかについては、条約の内容と核兵器国による保証の2つのポイントから見ていく必要がある。
条約の内容とは、核に関するどのような行為を禁止しているかである。ラテン・アメリカの場合(Tlatelolco条約)は、核兵器をmanufacture, produce(「作る」こと)、acquire, receive, install(「入手」すること)、possess, use, test, store, deploy(「使用」すること)などの行為が禁止されている。後に締結された条約では、さらに核爆発装置の研究、開発、使用済み核物質の廃棄なども禁止される傾向があるが、Tlatelolco条約の禁止は包括的であるとみなされている。
核兵器国による保証は、核兵器5カ国が当該地域の国に対して核兵器を使用しないという約束であり、通常、条約の議定書に核兵器国が署名・批准することで達成される。核兵器国が核を使わないと約束しなければ、域内の国でいくら核を持たないことにしても自己満足でしかない。
今年の4~5月開催されたNPT再検討会議が失敗に終わった主な原因は核軍縮に関する急進派国と核兵器国との間の溝が埋まらなかったからであり、最後の段階で再検討会議を決裂させたのは中東における非核兵器地帯設置に関する国際会議開催問題であった。両者は表面的には別問題であるが、実は関連がある。
中東に非核兵器地帯を設置するという構想が打ち出されたのは1995年の再検討会議であった。
そこで採択された文書では、中東で唯一NPTに参加していないイスラエルに条約への参加を求めているが、それと同時に「中東和平が進展すれば核兵器地帯を設置するのに貢献する」という一文が入っている。イスラエルの存在を一部例外を除き中東諸国は認めておらず、イスラエルとしてはつねに生存を抹殺される危機に瀕しており、したがって核兵器を保有するのもやむをえないという事情があり、中東和平が実現すればイスラエルの存在が認められ、そうなるとイスラエルが核保有する必要もなくなるという考えである。
このようなことはどの中東諸国も分かっているが、表向きには、イスラエルが核兵器を持っているのは実は自分たちのせいだということを認めるわけにいかない。しかし、エジプトは、ヨルダンとともにイスラエルを承認しているので、イスラエルが核を持つのは認められないと言える。そういう事情があるので再検討会議でエジプトは米国などと激しく対立する。今回もそうなった。しかし、欧米諸国にとってはエジプトとヨルダンだけがイスラエルを承認しても大多数の中東諸国が承認していない限り同じことであり、エジプトの主張を認めるわけにいかない。
日本は非核三原則を表明しているので、一見非核兵器地帯の一種のような外観があるが、国際社会ではそのように考えられていない。地域でなく1カ国だからではない。1カ国でもモンゴルは非核兵器地帯の一種とみなされている。
日本の場合は、核を「作らず」「保有せず」「持ち込ませない」というのが三原則であるが、その中には「使用せず」が入っておらず、これでは非核兵器地帯としては十分でない。
日本の非核三原則が、「核を使用しない」ことを含めていないのは、米国の核の抑止力に依存している日本として、必要な場合には核を使ってでも日本を防衛してもらわなければならないからである。日本が「核を使わない」よう米国に要請するのは、米国の核の抑止力に依存せざるをえない日本として自殺行為に等しく、ありえない。
一方、「持ち込ませない」は、小笠原諸島や沖縄が日本に返還される際(それぞれ1968年、1972年)、米軍の保有していた核兵器を撤去してもらう必要があったので原則の一つとした。日本国内に核兵器があるということは受け入れられなかったのである。
しかし、ここには困難な問題、矛盾と言えるかもしれない問題があった。日本は、核兵器を使ってでも日本を防衛してもらわなければならないが、同時に、核兵器を「日本に持ち込んでもらっては困る」と言わざるをえなかった。日本を守る武器を日本に持ち込んでもらっては困るというのはそもそも無理なことだった。非核三原則はそのような矛盾を内包したまま宣言された。
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