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2019.12.14

英国の総選挙とEUからの離脱

 12月12日に行われた英国の下院総選挙で保守党が圧勝し、来年1月末までにEUから離脱することが確実となった。
 英国がEUの間のモノと人の移動は自由でなくなる。離脱は欧州全体の問題となるし、さらに世界にも影響が及ぶだろう。

英国にはEUから離脱することによるメリットもあろうが、それが現実に効果を発揮するのはかなり先のことであり、離脱直後、英国は大きな打撃をこうむるだろう。水上スキーのようなものであり、飛び出した直後はどうしても水中に沈む。懸命に頑張って首尾よく浮上できればよいが、できなければ水中でもがき苦しむことになる。

 経済面では、貿易、投資、雇用、金融など主要な分野でさまざまな試算が行われている。主な論点を拾ってみると、
 関税率は3%程度上昇し、貿易量は2~3割落ち込む。
 英ポンドは、2016年に実施されたEU離脱の是非を問う国民投票後に急落したままでまだ回復していないが、離脱後はさらに減価する危険がある。
英ポンドの為替レートが低くなると輸入インフレが生じ、消費者の購買力は削がれる。輸出拡大効果はあまり期待できない。
株価も下落する。
企業は銀行も含めてEU側に移転し始める。
英国のGDPは0.5%ポイントほど下回る。かりに2020年の予測成長率が1.5%であったとすれば、1%に落ち込むわけである。

 ただし、EUとの離脱協定はまだ確定していない。ジョンソン首相がさる10月にEUと結んだ協定案では、英国はEUの「関税同盟」と「単一市場」から脱退することとなっているが、最終的な協定についてはあらためて合意が必要である。
 協定案では2020年末まで移行期間がもうけられることになっている。同首相は「離脱後に米国など世界各国とFTAを結ぶ」と表明しているが、それが移行期間内に実現するか、疑問視されている。
 仮に合意なき離脱となった場合には、移行期間は設定されないので、英国はいきなり荒海に飛び込むことになる。

 EU離脱の影響については定量的な分析はもちろんだが、数量で測れない変化にも注意が必要だ。特に、北アイルランドがEUから離脱する英国と今後も運命を共にするかが最大の問題である。
現在、アイルランドの平和と安定は、アイルランド共和国と北アイルランドの間の自由な通行で保たれており、英国がEUから離脱すれば北アイルランドは以前の、英国系(プロテスタント)とアイルランド系(カトリック)の激しい対立に戻ってしまうと言われている。
もちろんこの問題も、英国とEUの離脱協定で最終的にどのように定められるかをみなければならないが、経済面の悪影響が強ければ、いままで分裂が激しく、まとまることができなかった北アイルランドが一体性を高め独立を要求するようになる可能性もある。

また、かねてから独立を求める声がくすぶっていたスコットランドにとってもEU離脱はチャンスになるという。もっとも、スコットランドは英国(イングランド)と長い歴史的つながりがあり、英国がEUから離脱しても簡単に独立傾向が強くならないとの考えもあろう。

ともかく、英国がEU離脱の衝撃から立ち直るのにどのくらいの時間が必要で、また、影響がどのくらい強いかによって将来の姿は違ってくる。停滞が長引けば、北アイルランドやスコットランドの独立問題だけでなく、英国内でも労働力の不足など深刻な問題が生じてくる可能性がある。

対外面では、米国のトランプ大統領は英国のEU離脱を強く支持しており、今後、貿易協定をはじめ英国との協力関係の構築に積極的に努めるであろう。

日本との関係では、英国に進出している約1300の日本企業にとってEU離脱は問題であり、英国から脱出する企業も出てくるだろう。
日本政府としても、EUから離脱した英国とどのような新しい協力関係を構築するかは大きな課題となる。

なお、英国は近年中国との関係を強化してきており、EU離脱にともなう諸困難を乗り切ろうとする中で中国への傾斜が強まることもありうる。

総じて、英国のEU離脱については悪影響ばかりが目立つのはやむを得ないが、英国人は欧州の中でも、もっとも能力が高い人たちであり、また、実務的でありながら大胆なところもある。将来、英国人はそのような資質を発揮して、EUの一体性に縛られることなく政策を決定・実施し、新しい国際的地位を築いていくのではないかと考えられる。
 

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