オピニオン
2015.10.17
最大の懸案である慰安婦問題について、安倍首相は踏み込んだ議論をするのがよい。当研究所HPに本年3月6日アップした一文を再掲する。
「慰安婦問題は日韓両首脳の直接会談で打開を図るべきである」
朴槿恵大統領は3月1日の「独立節」記念式典で演説し、日韓関係の重要性を指摘しつつ、慰安婦問題の早期解決を日本政府に促した。
日韓関係全般については、国交正常化50周年の意義を認め、日韓両国は重要な隣国であり、正常化後の交流、協力の成果は「驚くほどだ」と認め、さらに「より交流できるようにするのも国がすべきことの一つ」と語るなど朴槿恵大統領は非常に積極的であった。友好的であったとも言えるだろう。ある日本政府関係者は「国交50周年を意識し、必要以上に日本を刺激しないという意思を感じる」と語ったそうである。
2月22日の、島根県での竹島の日式典に内閣府の政務官が出席したことについて韓国外務省が抗議した直後であった。韓国では支持率アップのために竹島問題が利用されるおそれがあるが、朴槿恵大統領の今回の演説にそのようなことは見られなかったことは留意しておきたい。
この間、日本外務省はホームページ上の韓国紹介文から「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」という表現を削除し、「最も重要な隣国」とだけ表現していた。韓国が日本にとっても最も重要な隣国であることを再確認したのは適切なことである一方、基本的価値を共有すると言い切るには疑問がありすぎるということであろう。日本の新聞記者に対する対応などにかんがみればやむをえない修正であると思う。
一方、慰安婦問題について朴槿恵大統領は、「必ず解決すべき歴史的な課題」「(元慰安婦の)平均年齢は90歳に近く、名誉回復の時間はいくらも残されていない」などと早期解決を重ねて求めた。これまでと同じ姿勢である。
この問題については、安倍首相が朴槿恵大統領と直接話し合うのがよいと思う。安倍首相はこれまで未来志向の話には応じる姿勢を示しているが、慰安婦問題については度重なる朴槿恵大統領の要請にまったく応えていない。それには理由があるのだが、そこで止まっているだけでは両国関係はよくならない。そこから一歩を踏み出すことが必要であり、そのために両首脳は直接話し合い、交渉するのがよいと思うのである。
かりに両首脳が話し合うこととなると、安倍首相から話すべきことは次のとおりである。
①日本政府は正式に謝罪した。橋本首相の謝罪の手紙を慰安婦の方々に届けた。この他歴代の首相も謝罪した。このことを知っているか。知っているとすれば、韓国はなぜ謝罪を要求するのか。
②日本政府は慰安婦となった方々に対し、国民的な償い事業を行ない、償い金をお渡しした。日本政府はこの償い事業に資金面でも可能な限りの協力を行なった。そのことを知っているか。知っているならば、そのことについて韓国はどのような見解をもっているか。
③日本が慰安婦問題は法的には解決済みとしているのは、日韓基本条約で、請求権は条約締結までに判明している請求権も、また将来持ち出されるかもしれない請求権も解決済みであると両国が合意したからである。
韓国政府が理由としている韓国憲法裁判所の判断と日本政府の法的解釈は異なる。日韓間で解釈が異なる場合、外交ルートで解決を求め、それでも解決しなければ仲裁手続きを求めることとなっているが、韓国政府は外交ルートで解決を求めただけではないか。
注 (イ)日韓請求権協定第2条1項は、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定している。
(ロ)条約の解釈について意見が異なる場合、まず外交ルート、それで解決できなければ仲裁によるという解決方法を定めているのは請求権協定3条である。韓国の憲法裁判所の決定は2011年8月30日に下され、その理由とされたのは「日韓会談では協議されていなかったので未解決だ」ということであり、その際、同裁判所は「韓国政府が、日本政府と解決のための協議を行わないでいるのは、政府に国民の人権を守る義務を課している韓国憲法に違反する」と述べていた。日本政府は、韓国憲法裁判所の決定とは異なり、請求権の問題は複雑で長年交渉してもらちが明かなかったので、日韓両国が関係を正常化するに際して、協定2条のように「完全かつ最終的に解決された」ということで合意したのであり、条約交渉において議論されたか否かは問題とならないという解釈である。
(ハ)仲裁については、韓国政府も検討しているという話もあるが、まだ踏み切っていない。
④韓国政府が慰安婦問題は日韓基本条約の対象でないと主張するならば、その根拠は何か。いわゆる徴用工の問題についても韓国は日韓基本条約の対象外だと主張するのか。もし、例外を広げるならば、日本側にも請求権がありそれを持ち出す請求をする可能性もあるが、韓国側は応じる用意があるか。
⑤韓国側の「解決せよ」という主張だけでは内容が明確でない。韓国側は一方的に要求し、日本側が具体的に実行するということはありえない。日本が行動するには日韓政府間で合意が必要であるが、韓国政府は日本政府と正式に合意できるか。また、この合意では徴用工の問題はどのように処理するか。
①から④までは、これまで外交当局間でさんざん議論されてきたことであるが、韓国の大統領がこれらの重要事実をどの程度理解しているか、失礼ながら疑問なしとしない。さらに言えば、韓国にとって都合の悪いことは韓国外務省から上げていないのではないかという疑念もある。⑤は、韓国国内から、あるいはその一部から突き上げを受ける恐れがあると韓国政府としては日本政府と合意できないのではないかと思われるからである。
慰安婦の方々には日本人の一人として心からお詫びするが、韓国政府にはしっかり対応してもらう必要がある。日本の行動から発した問題だが、その解決のため日本政府が行った努力を認めようとしない、あるいはそれでは不十分だと言うならば、韓国政府は自らも関わるべき問題としてとらえ、責任を持って対応する必要がある。韓国政府は観客席から日本に要求するだけでは当事者になれない。そのような姿勢はまさに韓国の憲法裁判所が問題視していることなのではないか。
両国の首脳が事務方の調整を飛び越えて直接会談するというのはもちろん異例であり、不可能に近いかもしれないが、この問題の特殊性にかんがみれば、常識的でない方策も検討に値するのではないか。
日韓首脳会談
安倍晋三首相と朴槿恵大統領の会談が開かれることになった。ソウルで11月1日に開かれる予定の日中韓首脳会談に合わせて実施される。最大の懸案である慰安婦問題について、安倍首相は踏み込んだ議論をするのがよい。当研究所HPに本年3月6日アップした一文を再掲する。
「慰安婦問題は日韓両首脳の直接会談で打開を図るべきである」
朴槿恵大統領は3月1日の「独立節」記念式典で演説し、日韓関係の重要性を指摘しつつ、慰安婦問題の早期解決を日本政府に促した。
日韓関係全般については、国交正常化50周年の意義を認め、日韓両国は重要な隣国であり、正常化後の交流、協力の成果は「驚くほどだ」と認め、さらに「より交流できるようにするのも国がすべきことの一つ」と語るなど朴槿恵大統領は非常に積極的であった。友好的であったとも言えるだろう。ある日本政府関係者は「国交50周年を意識し、必要以上に日本を刺激しないという意思を感じる」と語ったそうである。
2月22日の、島根県での竹島の日式典に内閣府の政務官が出席したことについて韓国外務省が抗議した直後であった。韓国では支持率アップのために竹島問題が利用されるおそれがあるが、朴槿恵大統領の今回の演説にそのようなことは見られなかったことは留意しておきたい。
この間、日本外務省はホームページ上の韓国紹介文から「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」という表現を削除し、「最も重要な隣国」とだけ表現していた。韓国が日本にとっても最も重要な隣国であることを再確認したのは適切なことである一方、基本的価値を共有すると言い切るには疑問がありすぎるということであろう。日本の新聞記者に対する対応などにかんがみればやむをえない修正であると思う。
一方、慰安婦問題について朴槿恵大統領は、「必ず解決すべき歴史的な課題」「(元慰安婦の)平均年齢は90歳に近く、名誉回復の時間はいくらも残されていない」などと早期解決を重ねて求めた。これまでと同じ姿勢である。
この問題については、安倍首相が朴槿恵大統領と直接話し合うのがよいと思う。安倍首相はこれまで未来志向の話には応じる姿勢を示しているが、慰安婦問題については度重なる朴槿恵大統領の要請にまったく応えていない。それには理由があるのだが、そこで止まっているだけでは両国関係はよくならない。そこから一歩を踏み出すことが必要であり、そのために両首脳は直接話し合い、交渉するのがよいと思うのである。
かりに両首脳が話し合うこととなると、安倍首相から話すべきことは次のとおりである。
①日本政府は正式に謝罪した。橋本首相の謝罪の手紙を慰安婦の方々に届けた。この他歴代の首相も謝罪した。このことを知っているか。知っているとすれば、韓国はなぜ謝罪を要求するのか。
②日本政府は慰安婦となった方々に対し、国民的な償い事業を行ない、償い金をお渡しした。日本政府はこの償い事業に資金面でも可能な限りの協力を行なった。そのことを知っているか。知っているならば、そのことについて韓国はどのような見解をもっているか。
③日本が慰安婦問題は法的には解決済みとしているのは、日韓基本条約で、請求権は条約締結までに判明している請求権も、また将来持ち出されるかもしれない請求権も解決済みであると両国が合意したからである。
韓国政府が理由としている韓国憲法裁判所の判断と日本政府の法的解釈は異なる。日韓間で解釈が異なる場合、外交ルートで解決を求め、それでも解決しなければ仲裁手続きを求めることとなっているが、韓国政府は外交ルートで解決を求めただけではないか。
注 (イ)日韓請求権協定第2条1項は、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定している。
(ロ)条約の解釈について意見が異なる場合、まず外交ルート、それで解決できなければ仲裁によるという解決方法を定めているのは請求権協定3条である。韓国の憲法裁判所の決定は2011年8月30日に下され、その理由とされたのは「日韓会談では協議されていなかったので未解決だ」ということであり、その際、同裁判所は「韓国政府が、日本政府と解決のための協議を行わないでいるのは、政府に国民の人権を守る義務を課している韓国憲法に違反する」と述べていた。日本政府は、韓国憲法裁判所の決定とは異なり、請求権の問題は複雑で長年交渉してもらちが明かなかったので、日韓両国が関係を正常化するに際して、協定2条のように「完全かつ最終的に解決された」ということで合意したのであり、条約交渉において議論されたか否かは問題とならないという解釈である。
(ハ)仲裁については、韓国政府も検討しているという話もあるが、まだ踏み切っていない。
④韓国政府が慰安婦問題は日韓基本条約の対象でないと主張するならば、その根拠は何か。いわゆる徴用工の問題についても韓国は日韓基本条約の対象外だと主張するのか。もし、例外を広げるならば、日本側にも請求権がありそれを持ち出す請求をする可能性もあるが、韓国側は応じる用意があるか。
⑤韓国側の「解決せよ」という主張だけでは内容が明確でない。韓国側は一方的に要求し、日本側が具体的に実行するということはありえない。日本が行動するには日韓政府間で合意が必要であるが、韓国政府は日本政府と正式に合意できるか。また、この合意では徴用工の問題はどのように処理するか。
①から④までは、これまで外交当局間でさんざん議論されてきたことであるが、韓国の大統領がこれらの重要事実をどの程度理解しているか、失礼ながら疑問なしとしない。さらに言えば、韓国にとって都合の悪いことは韓国外務省から上げていないのではないかという疑念もある。⑤は、韓国国内から、あるいはその一部から突き上げを受ける恐れがあると韓国政府としては日本政府と合意できないのではないかと思われるからである。
慰安婦の方々には日本人の一人として心からお詫びするが、韓国政府にはしっかり対応してもらう必要がある。日本の行動から発した問題だが、その解決のため日本政府が行った努力を認めようとしない、あるいはそれでは不十分だと言うならば、韓国政府は自らも関わるべき問題としてとらえ、責任を持って対応する必要がある。韓国政府は観客席から日本に要求するだけでは当事者になれない。そのような姿勢はまさに韓国の憲法裁判所が問題視していることなのではないか。
両国の首脳が事務方の調整を飛び越えて直接会談するというのはもちろん異例であり、不可能に近いかもしれないが、この問題の特殊性にかんがみれば、常識的でない方策も検討に値するのではないか。
最近の投稿
アーカイブ
- 2024年10月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年6月
- 2024年5月
- 2024年4月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年12月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年5月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年9月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2019年4月
- 2019年3月
- 2019年2月
- 2019年1月
- 2018年12月
- 2018年11月
- 2018年10月
- 2018年9月
- 2018年8月
- 2018年7月
- 2018年6月
- 2018年5月
- 2018年4月
- 2018年3月
- 2018年2月
- 2018年1月
- 2017年12月
- 2017年11月
- 2017年10月
- 2017年9月
- 2017年8月
- 2017年7月
- 2017年6月
- 2017年5月
- 2017年4月
- 2017年3月
- 2017年2月
- 2017年1月
- 2016年12月
- 2016年11月
- 2016年10月
- 2016年9月
- 2016年8月
- 2016年7月
- 2016年6月
- 2016年5月
- 2016年4月
- 2016年3月
- 2016年2月
- 2016年1月
- 2015年12月
- 2015年11月
- 2015年10月
- 2015年9月
- 2015年8月
- 2015年7月
- 2015年6月
- 2015年5月
- 2015年4月
- 2015年3月
- 2015年2月
- 2015年1月
- 2014年12月
- 2014年11月
- 2014年10月
- 2014年9月
- 2014年8月
- 2014年7月
- 2014年6月
- 2014年5月
- 2014年4月
- 2014年3月
- 2014年2月
- 2014年1月
- 2013年12月
- 2013年11月
- 2013年10月
- 2013年9月
- 2013年8月
- 2013年7月
- 2013年6月
- 2013年5月
- 2013年4月