オピニオン
2020.11.17
1 中国による人工島の造成と軍事施設建設が注目されるようになったのは2015年頃からであり、東南アジア諸国や米国、日本などが中止を求めても聞き入れなかった。基本的な建設はすでに完了し、最近はスプラトリー(南沙)の人工施設からのミサイル発射、パラセル(西沙)諸島海域での軍事訓練などを行っている。
また、中国は、2020年4月、スプラトリーおよびパラセルを海南省の一部に組み入れた。
この間、2016年7月には、国際仲裁裁判所が、南シナ海のほぼ全域は中国のものだとする主張に根拠はないとの判決を下した。しかし、中国は国連安保理の常任理事国という重要な立場にありながら、国際仲裁裁判所の判決を無視し、かつ、東南アジア諸国などがこの判決に言及するのを嫌い、その棚上げを図ってきた。
2 中国は、南シナ海問題は東南アジア諸国と中国との話し合いで解決するべきだとし、米国などが介入するのを排除しようとしてきた。
しかし、米国も東南アジア諸国もこの中国の主張には同調していない。米国は、艦船を南シナ海に航行させる「航行の自由作戦」を実施している。東南アジア諸国と合同で軍事演習を行うこともある。
ポンペオ米国務長官は2020年7月、南シナ海のほぼ全域を囲む「9段線」の内側に自国の権益が及ぶという中国の主張は「完全に不法」とする声明を発した。
3 ASEAN首脳会議の際に開催される拡大会議(東アジアサミット)は、中国が東南アジア諸国の懐柔を図る場になっており、同会議において中国に不利な結論が出ないよう、種々工作を行っている。
同会議の議長声明は、中国による人工島の造成以来、中国の行動に「懸念」していることを記載してきたが、2017年のASEAN首脳会議では「懸念」という表現が外された。議長を務めたフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を刺激したくなかったからであった。
しかし、翌2018年には「懸念」が復活し、その後もこの言及は維持されている。2020年6月、発表された議長声明は、「信頼を損ね、緊張を高めた最近の活動や重大な出来事に懸念が表明された」として、名指しを避けつつも中国の動きを批判した。「紛争を激化させ、平和と安定に影響を及ぼす行動を自制する必要性を確認した」と記した。昨年11月の議長声明(タイが議長)の「いくつかの懸念に留意する」とのあっさりした言及と比べ、今回は表現がやや強まったとみられている。
4 東南アジア諸国と中国は、南シナ海問題をめぐって紛争が生じるのを防止するため、以前から行動規範(COC)を共同で作成しようとしてきた。しかし、東南アジア諸国側は厳しい規則を設けるべきだとの主張であるのに対し、中国は行動の指針は記載してもよいが、問題が起これば話し合いで解決すべきだとの考えであり、COCを作成する作業は進展していない。
5 中国は表向きは強硬な姿勢であるが、戦略的に行動している。国際海洋法裁判所(Tribunal. The United Nations Convention on the Law of the Sea)の新裁判官として中国は段潔竜(Jielong Duan 前駐ハンガリー大使)送り込んだ。2020年10月1日に着任し、任期は9年である。
段氏の立候補については、米国務省のデービッド・スティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が7月の段階で、「中国は南シナ海などで多くの国々と領海問題を抱えており、中国の代表が裁判官になるのは、放火犯が消防士になるようなものだ」などと述べて、段氏の立候補に強く反対していた経緯がある。米国は各国にも働きかけたが、同調する国はあまり集まらなかったのであろう。
中国は他の国際機関にも中国人を積極的に送り込んでおり、すでに4つの機関の事務局長ポストを獲得している。米国や日本は国際機関全般を見渡した対応が必要になっているが、この点では日米間の連携は心もとない状況にある。
世界貿易機関(WTO)の新事務局長選挙ではトランプ政権が孤立無援に陥っている。
6 フィリピン、マレーシア、ベトナムおよびインドネシアは、南シナ海を囲む形で中国と接しており、中国の「九段線」主張の被害を受ける関係にある。とくに、漁船が中国側から操業を邪魔され、ハラスメントを受ける被害が絶えない。そのため、これら諸国の政府は漁民や軍から強い突き上げを受けている。
しかし、これら諸国は、経済協力、観光、その他の問題で中国に依存しており、慎重に対処せざるを得ない。2016年に就任したフィリピンのドゥテルテ大統領はその典型であり、就任当初は前述したように中国の顔色をうかがう傾向が強かった。
しかし、ドゥテルテ大統領としても、最近はフィリピン漁船にたいする中国側のハラスメントを考慮せざるを得なくなっており、2019年4月には、「パグアサ島は我々のものだ。手を触れるな」と中国を批判した。
また、同国のロレンザーナ国防相は大統領と役割を分担する形で中国に注文を付ける発言を行っており、仲裁裁判所の判決に従うよう求めている。
マレーシアやインドネシアは国連の大陸棚限界委員会(CLCS Commission on the Limits of the Continental Shelf)に対して、国連海洋法上の立場を主張する文書を提出している。マレーシアは先陣を切って2019年12月に、またインドネシアは2020年5月と6月の2度にわたってであった。
また、インドネシアは6月、中国政府が南シナ海の海洋権益に関してインドネシアとの間で話し合いによる解決を目指して直接交渉をしたいとする提案に関して、「中国の一方的な主張に過ぎない」として拒否した。
7 菅義偉首相は11月14日、オンライン形式で行われた東アジアサミットに出席し、つぎの2点を強調した。
①法の支配や開放性とは逆行する動きが起きている。東シナ海では、日本の主権を侵害する活動が継続、南シナ海では、弾道ミサイル発射や地形の一層の軍事化などの緊張を高める行動や国連海洋法条約に整合しない主張が見られる。
②2016年の国際仲裁判断は最終的であり、紛争当事国を法的に拘束するものである。南シナ海において、航行及び上空飛行の自由を含む国連海洋法条約上の正当な権利が尊重される必要がある。「南シナ海に関する行動規範」(COC)は、国連海洋法条約に合致し、全ての利害関係国の正当な権利と利益を尊重すべきである。南シナ海の現状について各国と深刻な懸念を共有するとともに、法の支配と平和的手段の重要性を改めて強調する。
当然の主張であるが、今後は米国の新政権とともに、南シナ海問題に日米両国としてどのようにかかわっていくべきかあらためて徹底的に検討する必要がある。単にこれまでの方針によるだけでなく、中国の強引かつ戦略的な行動に対処していかなければならない。
東アジアサミットと南シナ海問題
南シナ海をめぐる東南アジア諸国と中国の対立は、最近、東南アジア諸国側が若干押し戻している感がある。基本的な力関係が変化したわけではないが、わが道を行く中国外交としても思い通りにならないことがあるようだ。1 中国による人工島の造成と軍事施設建設が注目されるようになったのは2015年頃からであり、東南アジア諸国や米国、日本などが中止を求めても聞き入れなかった。基本的な建設はすでに完了し、最近はスプラトリー(南沙)の人工施設からのミサイル発射、パラセル(西沙)諸島海域での軍事訓練などを行っている。
また、中国は、2020年4月、スプラトリーおよびパラセルを海南省の一部に組み入れた。
この間、2016年7月には、国際仲裁裁判所が、南シナ海のほぼ全域は中国のものだとする主張に根拠はないとの判決を下した。しかし、中国は国連安保理の常任理事国という重要な立場にありながら、国際仲裁裁判所の判決を無視し、かつ、東南アジア諸国などがこの判決に言及するのを嫌い、その棚上げを図ってきた。
2 中国は、南シナ海問題は東南アジア諸国と中国との話し合いで解決するべきだとし、米国などが介入するのを排除しようとしてきた。
しかし、米国も東南アジア諸国もこの中国の主張には同調していない。米国は、艦船を南シナ海に航行させる「航行の自由作戦」を実施している。東南アジア諸国と合同で軍事演習を行うこともある。
ポンペオ米国務長官は2020年7月、南シナ海のほぼ全域を囲む「9段線」の内側に自国の権益が及ぶという中国の主張は「完全に不法」とする声明を発した。
3 ASEAN首脳会議の際に開催される拡大会議(東アジアサミット)は、中国が東南アジア諸国の懐柔を図る場になっており、同会議において中国に不利な結論が出ないよう、種々工作を行っている。
同会議の議長声明は、中国による人工島の造成以来、中国の行動に「懸念」していることを記載してきたが、2017年のASEAN首脳会議では「懸念」という表現が外された。議長を務めたフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を刺激したくなかったからであった。
しかし、翌2018年には「懸念」が復活し、その後もこの言及は維持されている。2020年6月、発表された議長声明は、「信頼を損ね、緊張を高めた最近の活動や重大な出来事に懸念が表明された」として、名指しを避けつつも中国の動きを批判した。「紛争を激化させ、平和と安定に影響を及ぼす行動を自制する必要性を確認した」と記した。昨年11月の議長声明(タイが議長)の「いくつかの懸念に留意する」とのあっさりした言及と比べ、今回は表現がやや強まったとみられている。
4 東南アジア諸国と中国は、南シナ海問題をめぐって紛争が生じるのを防止するため、以前から行動規範(COC)を共同で作成しようとしてきた。しかし、東南アジア諸国側は厳しい規則を設けるべきだとの主張であるのに対し、中国は行動の指針は記載してもよいが、問題が起これば話し合いで解決すべきだとの考えであり、COCを作成する作業は進展していない。
5 中国は表向きは強硬な姿勢であるが、戦略的に行動している。国際海洋法裁判所(Tribunal. The United Nations Convention on the Law of the Sea)の新裁判官として中国は段潔竜(Jielong Duan 前駐ハンガリー大使)送り込んだ。2020年10月1日に着任し、任期は9年である。
段氏の立候補については、米国務省のデービッド・スティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が7月の段階で、「中国は南シナ海などで多くの国々と領海問題を抱えており、中国の代表が裁判官になるのは、放火犯が消防士になるようなものだ」などと述べて、段氏の立候補に強く反対していた経緯がある。米国は各国にも働きかけたが、同調する国はあまり集まらなかったのであろう。
中国は他の国際機関にも中国人を積極的に送り込んでおり、すでに4つの機関の事務局長ポストを獲得している。米国や日本は国際機関全般を見渡した対応が必要になっているが、この点では日米間の連携は心もとない状況にある。
世界貿易機関(WTO)の新事務局長選挙ではトランプ政権が孤立無援に陥っている。
6 フィリピン、マレーシア、ベトナムおよびインドネシアは、南シナ海を囲む形で中国と接しており、中国の「九段線」主張の被害を受ける関係にある。とくに、漁船が中国側から操業を邪魔され、ハラスメントを受ける被害が絶えない。そのため、これら諸国の政府は漁民や軍から強い突き上げを受けている。
しかし、これら諸国は、経済協力、観光、その他の問題で中国に依存しており、慎重に対処せざるを得ない。2016年に就任したフィリピンのドゥテルテ大統領はその典型であり、就任当初は前述したように中国の顔色をうかがう傾向が強かった。
しかし、ドゥテルテ大統領としても、最近はフィリピン漁船にたいする中国側のハラスメントを考慮せざるを得なくなっており、2019年4月には、「パグアサ島は我々のものだ。手を触れるな」と中国を批判した。
また、同国のロレンザーナ国防相は大統領と役割を分担する形で中国に注文を付ける発言を行っており、仲裁裁判所の判決に従うよう求めている。
マレーシアやインドネシアは国連の大陸棚限界委員会(CLCS Commission on the Limits of the Continental Shelf)に対して、国連海洋法上の立場を主張する文書を提出している。マレーシアは先陣を切って2019年12月に、またインドネシアは2020年5月と6月の2度にわたってであった。
また、インドネシアは6月、中国政府が南シナ海の海洋権益に関してインドネシアとの間で話し合いによる解決を目指して直接交渉をしたいとする提案に関して、「中国の一方的な主張に過ぎない」として拒否した。
7 菅義偉首相は11月14日、オンライン形式で行われた東アジアサミットに出席し、つぎの2点を強調した。
①法の支配や開放性とは逆行する動きが起きている。東シナ海では、日本の主権を侵害する活動が継続、南シナ海では、弾道ミサイル発射や地形の一層の軍事化などの緊張を高める行動や国連海洋法条約に整合しない主張が見られる。
②2016年の国際仲裁判断は最終的であり、紛争当事国を法的に拘束するものである。南シナ海において、航行及び上空飛行の自由を含む国連海洋法条約上の正当な権利が尊重される必要がある。「南シナ海に関する行動規範」(COC)は、国連海洋法条約に合致し、全ての利害関係国の正当な権利と利益を尊重すべきである。南シナ海の現状について各国と深刻な懸念を共有するとともに、法の支配と平和的手段の重要性を改めて強調する。
当然の主張であるが、今後は米国の新政権とともに、南シナ海問題に日米両国としてどのようにかかわっていくべきかあらためて徹底的に検討する必要がある。単にこれまでの方針によるだけでなく、中国の強引かつ戦略的な行動に対処していかなければならない。
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