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2018.12.27

中国の「一帯一路」はEUにおよぶ―セルビアはどちらに傾くか

 西バルカンのセルビア共和国は日本から遠く、話題になることは非常に少ない。わずかにスポーツで世界一流の選手が話題になるが、それ以外ではほとんど知られていない。
 めずらしく、セルビアの現況を伝える報道が現れた(『朝日新聞』12月24日付)。筆者は日本の大使として2001年から03年まで同国で勤務したが、その時の状況と今はかなり違っているようである。
 以下は、同報道に、日本との関係についての筆者の見解を加え、再構成したものである。

 セルビアでは中国の影響力が顕著に増大した。たとえば、西部のウジツェで旧軍用飛行場を物流拠点に変えるプロジェクトが中国の協力で進められている。その一環でウジツェ市内に2017年、中国企業が資金を提供して「怡海(イーハイ)ママ・ウォン幼稚園」が設立された。園児は3、4歳になると週2回中国語を習っており、先生が「中国語のあいさつは?」と問いかけると、「ニー好(ニーハオ)」と元気な声が返ってくるそうだ。
 
 中国の存在感が増しているのはウジツェに限らない。首都ベオグラード郊外では大橋の建設が進んでおり、中国人らしき労働者が行き交う。橋の側面には受注した中国企業の名が刻まれている。、
 人口700万のセルビアで中国による開発投資は今年、累計で60億ドル(約6720億円)に上る見込みだという。

 このように中国の活動が活発化したのは、前大統領ニコリッチが「中国シフト」にかじを切って以来のことである。ニコリッチは、「セルビアは2000年に欧州連合(EU)に加盟したいと意思表示したのに、EUから必要な援助は得られなかった」といっている。
 
 セルビアは1990年代の紛争、とくに1999年のNATO軍による攻撃で激しく傷ついた。ベオグラード市内の旧社会党本部、国防省・参謀本部、内務省(警察)は見るも無残に破壊された。日本からの旅行者はこれを見て息をのんで見つめる。
 2001年からセルビアは復興に取り掛かり、国際機関を含め各国が支援した。そのなかで中心的役割を果たしたのはEUであったが、日本も主要なドナー国となり、発電所、農業機械、音楽機材などについて協力した。ベオグラード市内には日本が供与した約100台の大型バスが走っており、非常に目立つ。

 しかし、セルビアとしては、EUは期待外れだったのだろう。セルビアは、爆撃が終了した後、EUが頼みの綱であり、ことあるごとにEUの関与を求めた。
 2003年3月12日、暗殺されたセルビアのジンジッチ首相の葬儀で弔辞を最初に読んだのはセルビアの大統領でなく、EUの代表であった。そこまでEUに気を使うのかと驚いた。EUに一刻も早く加盟したいというセルビアの気持ちを見る機会は他にもあった。

 セルビアは2009年EUへの加盟を申請したが、EUとの関係はその後複雑になった。加盟が承認されるのに障害となったのは、旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)との協力問題であり、セルビアはユーゴ内戦で大量虐殺の責任を問われたミロシェビッチ元大統領らをハーグへ移送し、この障害は何とか克服できた。

 もう一つの障害は、2008年のコソボのセルビアからの独立であり、セルビアは認めたくなかったが、EUなどからの強い圧力の下、コソボとの対話に応じ、2013年春、セルビア・コソボ間で合意が成立した。EUはそれを評価し、セルビアとのEU加盟交渉を2014年1月に開始した。セルビアは加盟候補国となったのだ。この交渉は現在(2018年10月)も継続中である。

 一方、セルビアへのEUの投資は期待通りには進まなかったらしい。そこへ中国からシルクロード経済圏構想(一帯一路)への参加を求められた。セルビアにとってはまさに渡りに船だった。ニコリッチは「資金の使い道に条件をつけるEUの助言に従うのか。中国の支援で人々がよい生活をするほうを選ぶのか」選択を迫られるような状況だったという。結局、セルビアはEUとの関係を無視したのではないが、中国からの協力を受け入れることとした。

 セルビアが資金を必要としていることはよく分かる。日本の援助政策では、復興の初期段階では無償援助を行い、相手国の力がある程度ついてきた段階でインフラ建設に協力し、円借款を与える。前述の日本の援助はすべて無償援助であったが、その段階ではどの国も引けを取らなかった。EUと比較してもそん色なかったと思う。しかし、円借款を始めるところまではいかなかった。

 中国は、ロシアとともにセルビアと特別な友好関係にあった。セルビアがミロシェビッチのもとで西側諸国に厳しく批判され、爆撃で破壊された時に(セルビアは当時「ユーゴスラビア連邦共和国」)、この両国はセルビアを擁護し、NATOの爆撃に反対したからである。セルビアと中ロとの関係は私が大使であった時も続いていた。セルビアにとって、日本は新しく助けてくれる国、中国は命の恩人的な友好国だったのであり、米欧や日本に比べ、その扱いは微妙に、しかし我々にもわかる形で違っていた。
 私は、当時のコシュトゥーニツァ大統領の訪日を実現し、友好関係のさらなる発展につなげたいと種々努力していたが、ある日、首相補佐官から大統領は中国を訪問することになったと告げられた。やはりそうかと思ったことを記憶している。

 そのときからさまざまな展開があったことは前述したが、セルビアは今や、中国の「一帯一路」戦略のなかで重要な拠点国になっている。中国は中・東欧の16カ国と(16+1)という協力枠組みを構成しており「一帯一路」推進のためにもこの枠組みを活用している。

 日本は中国よりも早く円借款の供与を開始した。2011年に始まった「ニコラ・テスラ火力発電所排煙脱硫装置建設計画」である。そのほか、市場経済化、 医療・教育、環境保全なども重点分野として支援する考えだという。
 投資としては、日本たばこインターナショナル(JTI)をはじめとして、アサヒビール・三井物産やパナソニック電工が投資を行っている。

 その規模を中国と比較してもあまり意味はないが、「一帯一路」戦略に基づく中国の進出は大掛かりである。そして、EUにとって刺激的である。前述の「16+1」のうち現EU加盟国は11カ国に上り、チェコのゼマン大統領は、自国を「中国のEUへの入り口にしたい」とまで言い切っている。つまり、中国にとって橋頭保が複数できているわけだ。

 これに対し、EU内では警戒の声が上がっている。ドイツのメルケル首相は中国との関係を重視し何回も訪中しているが、2018年2月、「16+1」の参加国がEU共通の政策に基づいて動かねば「EUは分裂する」と訴えた。
 そのほか、中国の影響は人権や南シナ海問題などにも及んでいる。中国を批判しようとしても中国との関係が深い諸国はひるみ、反対するのである。
 
 「一帯一路」戦略は、初期段階においてはその積極的な面ばかりが目立つのであろう。最近東南アジアや南アジアで始まっている慎重な姿勢は欧州諸国には見られない。

 たしかに、「一帯一路」は資金を求めている諸国に大きな可能性をもたらすが、いつまでよいことが続くか、とくに、ソフトな条件で大量の資金提供という中国からの援助の特徴が中長期的に維持されるか、実施したプロジェクトは当該国にとって利益となるか、もう少し時間をかけてみていく必要があろう。

 セルビアはさまざまな問題点に関する一つのテストケースだ。EU側においても英国の離脱があり、また、イタリアやさらには大黒柱の一つであるフランスについても国内困難があり、セルビアとしては、EUの先行きに不安を覚えはじめているのかもしれないが、EUとの関係強化は変更不可能な方針だと思われる。

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