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2016.05.10

朝鮮労働党大会

 朝鮮労働党第7回大会が5月6~9日、開催された。36年ぶりの党大会であり、様々な角度から観察されるのは当然だが、今回の党大会の最大の眼目は金正恩第1書記が北朝鮮の唯一・絶対の指導者であることを確立することにあり、その目的は達成したのだと思う。
 新設のポストである「党委員長」についたのは、祖父の金日成主席、父の金正日総書記と並ぶ指導者としてふさわしい肩書があったほうがよいという考えからだろう。もっとも、金正恩が「第1書記」から「党委員長」になっても直ちに実態が変わるのではない。
 一部ではすでに「党委員長」を肩書として使用し始めているようだが、本稿では従来通り「第1書記」と表示する。
 
 指導者としての地位の承認だけでない。金正恩第1書記は大会で過去4年半行ってきたことを報告し、承認された。具体的なことはいちいち示されないが、金正日総書記の逝去後、金正恩第1書記が新しい指導体制作りの過程で、義理の叔父にあたる張成沢を処刑するなどきわめて衝撃的なことを行ったことなども当然承認されたことになるのだろう。
 
 政策面では、金正恩政権の看板である経済改革と核開発の両方を進める「並進路線」が承認された。
 核実験は過激になりすぎて国際社会と鋭く対立し、ほとんど孤立状態に陥っているが、これも承認されたことに含まれている。
 経済改革を重視する路線が承認されたのはもちろんだ。
 要するに金正恩第1書記の指導下で今後も「並進路線」が継続されることになったのだ。

 今回の党大会では、金正恩第1書記の「軍ではなく党」を重視する考えが目立っていた。
 そもそも36年ぶりに党大会を開催したこと自体が象徴的だ。また、金正日時代の重要政策であった「先軍」が強調されなかったのも党重視のためである。

 金正恩第1書記は政権について以来軍の指導層について極端な人事を行ってきた。金正日総書記の葬列で霊柩車に付き添った5人の老軍人は、死亡した者を除き、すべて追放した。処刑した者もいると言われている。
軍のナンバー・ツー(ナンバー・ワンは金正恩)である総参謀長は、金正日時代に任命されていた李英浩を玄永哲に,次いで金格植に、さらに李永吉に代え、さらに今年に入ると李永吉も代えた(処刑した?)ので、金正恩は4年あまりの間に4回総参謀長を変えたことになる。
 人民武力相(防衛相に相当する)については総参謀長よりさらに頻繁に代えた。
 このようなことは、他の国ではありえないことであり、これを実行した金正恩第1書記のパワーは並々ならぬものだと思う。
 ただし、金正恩第1書記は軍を過度に重視することはしないにしても、軍の役割を縮小しようとしているとみなすのは早計にすぎる。これまでの変革はいずれも軍の指導層において起こったことであり、また、「軍よりも党」も指導層の問題だろうからである。そもそも核開発の継続にこだわるのは北朝鮮の軍事的環境を厳しく見ているからである。

 今回の党大会で決定された新しい指導部も注目された。金正恩第1書記以下、最高人民会議常任委員長の金永南、朝鮮人民軍総政治局長の黄炳誓、首相の朴奉珠、党書記の崔竜海の5人が政治局常務委員になったことだ。
 崔竜海は建国初期の人民武力相の子であり、金正日の葬儀時の序列は第18位であったが、その後金正恩の下でナンバー2にまで引き上げられた。しかし、その後下されては、また引き上げられた。それも1回でなく、同人の地位はエレベーターのように浮沈を繰り返した。『多維新聞』(米国に本拠地がある中国語新聞)などは同人がかつて3回地方での労働に追いやられたことがあると解説している。
 これだけの変遷を経ながらも崔竜海が今回北朝鮮のトップ5に入れたのは金正恩に対し絶対的に忠実だからだ。
 一方、黄炳誓は、崔竜海に代わって軍総政治局長に昇進した人物であり。党の組織部(人事を担当する)出身だ。当然金正恩の信頼が厚いのだろう。
 黄炳誓も崔竜海も軍服を着用していることが多いが、職業軍人でなく党官僚らしい。政治局常務委員に軍人はだれも入れなかったのにこれら2人を入れたのも党重視の表れと言える。

 以上、今回の党大会の意義に絞って記述してきたが、その成功、つまり、大会の目標を達成したことと、北朝鮮という国家がどう発展できるかは別問題だ。今回経済計画が発表されたようだが(報告の全文は未発表)、その実行も含め北朝鮮の行動次第である。

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