平和外交研究所

2017 - 平和外交研究所 - Page 20

2017.07.04

習近平政権の厳しい出入国規制

 ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏は中国で投獄中であるが、末期がんを患っており、西側へ出国を希望している。ドイツ政府は受け入れる用意があり中国政府と交渉中だが、出国は認められていないという。この件は世界の注目を集めている。
 中国では出入国は厳しく規制されている。観光目的で国外へ出る人の数に比べればごくわずかな比率であるが、それでも出入国を規制された人の数は非常に多い。
 海外に居住している中国人が入国を拒否される場合もある。2009年には上海への入境を拒否された馮正虎氏が成田空港から出発できず、抗議の寝泊まりをするという事件が起こっている。
 出入国が規制されるのは人権問題へのかかわりが理由であることが多く、馮正虎氏も人権活動家である。一般的には、テロの容疑と絡んでいることもある。また、天安門事件の関係者および支援者も規制されることが多い。この事件は1989年に起こったことだが、中国の民主化運動が一挙に進むことを中国政府は恐れ厳しく鎮圧した。その影響は今でも残っており、亡霊のように恐れられている。
 2015年には作家の王力雄氏が日本へ出国しようとして北京空港で阻止された。王氏は中国政府の少数民族政策を批判しており、共産党一党独裁の崩壊を描いた近未来小説「黄禍」が日本で出版されたので日本に行こうとしたのであった。
また、習近平政権は、日本に長期滞在している中国人学者への干渉も強めている。
 
 人の往来の規制は通常個人の問題であり、またその数が多いので全体像が把握しにくいが、習近平政権は言論を統制するのと並んで人の往来も強く規制している。人の往来規制も言論統制の一環なのであろう。
 習近平政権は胡錦涛前政権のときより言論と人の往来を一段と強く規制するようになった。もちろん中国の共産党政権は以前から言論を統制しているが、それでも胡錦涛主席時代の2008年には民主化を求める人たちが「08憲章」を発表できた。その指導者が劉暁波氏であり、そのために後に投獄されることとなり、また、そのためにノーベル平和賞を受賞したのだが、習近平政権はインターネットでの情報流通についても危険なものは事前に差し止められるよう、規制を格段に厳しくしている。
 前述した馮正虎氏は当局の厳しい監督にもめげず、その後も活動しており、ブログも開設して自説を展開している。その中で、2015年7月9日から16年12月12日の間に、42名に上る弁護士、その子女、人権活動家が出国を禁止されたとして彼らの氏名をも発表している。
 
 香港は1997年の中国への返還後も50年間、「高度の自治」が認められることになっていたが、現実には中国による支配が強化されたので雨傘運動などの反対運動が起こった。そんな中にあって、言論については選挙制度ほどあからさまに無視されているのではないが、ここにも厳しい当局の監督が及びつつあり、2015年秋、香港のある書店の店主が中国に強制的に連行される事件が起こった。習近平主席に批判的な書籍を販売したからだ。新聞については、現在のところ中国本土ほど厳しい統制下にはおかれていないが、やはり影響は強まっている。
 一方、香港への人の往来は原則自由で、本土のような問題はない。これも2015年のことだが、中国海南島でミス・ワールド世界大会が開催されることとなった。カナダ代表である中国生まれのアナスタシア・リンさんはかねてから人権問題で活動しており、中国政府を批判していたので中国への入国は許可されなかった。そこでリンさんは、香港への出入りは自由なことを利用して海南島へ行こうと試みたが、これも阻止された。
 中国は、香港における言論と人の往来ももっと規制したいのだろう。かといって、香港への締め付けを強化すると反発が強くなるというジレンマがある。香港独立を求める勢力が生まれてきたことは中国にとって危険な兆候のはずである。
 しかし、習近平主席は、必要なら力ずくで反対運動を抑え込むという姿勢のようだ。さる7月1日、香港で返還20年記念の式典が行われ、習近平主席が出席し、演説を行った。そのなかで、「中央の権力に挑戦する動きは絶対に許さない」と、いかにも習近平らしい強面の発言を行っている。
 
 国家の安全を守るというのが習近平主席の掲げる大義であり、そのための諸措置を講じてきた。そのような強気一点張りの統治がいつまでも維持できるかよく分からないが、習近平氏をはじめ中国の指導者が共産党体制の維持について一種の、しかし深刻な懸念を抱いていることがにじみ出ているように思われる。
2017.07.01

米韓両国首脳の初会談

 訪米した文在寅韓国大統領は6月29~30日、ドナルド・トランプ米国大統領と初めて会談した。会談後には共同声明が発出されたが、文在寅政権と米国はやはり重要な問題について考えが違うことをあらためて印象付けるものであった。
 米国は韓国に対し、高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)については両国間の合意に従い配備することを受け入れること(配備するのは米軍)、また米韓自由貿易協定(FTA)については再交渉に応じることを求めていた。今次会談では率直な議論が行われたものと推測されるが、明確な結論は出なかったようだ。共同声明ではいずれの点も直接には触れられなかった。これを見れば、文在寅氏の頑張りが成功したとも解しうる。
 一方、米国としては、この共同声明は100点満点ではないが、米韓両国の軍事防衛面での協力を両首脳が再確認したことを詳しく述べており、その中でTHAADの配備についても読めるという考えなのだろう。
 また、FTAの再交渉につても共同声明の文言は間接的だが、貿易に関する問題点はしっかりと言及していると見ているのだろう。トランプ氏は、共同声明発表の際に、米国がFTAの再交渉を強く要求したことを明らかにしている。文在寅氏が強く反対したのであれば、トランプ氏としてもそう言えなかったと思われる。
なお、米政府は、近く韓国に対し再交渉の開始を求める方針であるとも別途伝えられている。

 北朝鮮問題についても両者の考えは違っており、文在寅氏は何とかして北朝鮮との対話の途を開きたいとの考えであったが、トランプ氏は対話の開始には慎重であり、一定の条件、ないし環境が必要だとの考えであり、文在寅氏が突っ走ることを警戒していた。
 共同声明は、「北朝鮮との対話の門は、適切な状況の下であれば開かれている(The door to dialogue with North Korea remains open under the right circumstances.)」とした。これはトランプ氏の主張に近い。
 また、トランプ氏は中国が北朝鮮にこれまで以上積極的に働きかけることを望んでおり、共同声明には両首脳が「中国の重要な役割」について合意したと記載された。このことは、翻って考えれば、トランプ氏は韓国には北朝鮮の非核化問題で期待しなかったことを示唆しているのではないか。
 一方、トランプ氏は北朝鮮問題など北東アジアの安全保障について日本を含めた3国間の協力が必要であることを強調したらしく、共同声明は3国間協力についてかなりのスペースを割いた。また、7月末にドイツで行われるG20の際にこの3国間の協議を行うことまで記載した。これらのことを文在寅大統領が積極的に求めたとは考えられない。
 推測を交えてのことだが、以上のように見れば、今次首脳会談でトランプ氏は自説をかなり通したと解すべきであろう。

 一方、文在寅氏は今次首脳会談の結果をどのように受け止めているか。文在寅氏は今後も非核化を含め北朝鮮との関係改善に熱心な姿勢を見せるだろう。それは韓国の立場としてもっともなことであるが、それにしても米国と韓国はズレているのではないかと気になる。

2017.06.29

北朝鮮をめぐる韓国と米国の立場の相違

 文在寅大統領とトランプ大統領との会談(米国時間6月29~30日)で北朝鮮問題が話し合われる。韓国と米国はこの問題をめぐって原則論では一致しているように見えるが、実際には、両者の立場はかなり違っている。
 米国にとって北朝鮮は朝鮮戦争以来一にも二にも安全保障上の問題であり、しかも最近は度重なる核やミサイルの実験のためますます北朝鮮の脅威が増大している。
 一方、韓国にとって北朝鮮は同じ民族であり、第二次大戦が終わって以来統一国家の樹立を目標としてきた。この実現可能性は遠のいているが、韓国としては分野を問わず、可能な限り北朝鮮との関係を進展させたいという気持ちである。朴槿恵政権時代にそのような姿勢が見られなくなったこともあったが、北朝鮮との関係改善は歴代政権の悲願であり、現政権も北朝鮮との関係改善に熱意を示している。
 核については、韓国は北朝鮮と直接交渉してでもその放棄を実現させたい考えである。韓国は1992年に北朝鮮と朝鮮半島の非核化に合意しており、その時以来考えは基本的に変わっていない。
 しかし、米国は北朝鮮の核問題解決について韓国の力を頼りにしようとしない。米国が強く期待するのは、北朝鮮問題にかかわるのを嫌がる中国であることは周知である。

 韓国が北朝鮮問題、特に非核化について、意図と異なり役割を果たせないのは、この問題における韓国の当事者能力に微妙な問題があるからだ。
 まず、北朝鮮は韓国と非核化の交渉を行う気持ちでない。北朝鮮は、「自国の安全を脅かすのは米国であり、米国に対抗するには核とミサイルが必要」と考えている。それは国際的には認められないことだし、また、客観的に見ても誤りかもしれないが、北朝鮮がそのような立場であることは事実として認める必要がある。要するに、北朝鮮が相手と考えているのは米国であり、韓国を当事者とみなしていないのである。
  
 一方、米国は北朝鮮ほどあからさまでないが、非核化について韓国の当事者能力を完全には認めていない。米国にとって韓国は重要な同盟国だが、両国は安全保障については対等の立場になく、米国が主で、韓国は従であろう。しかも、韓国には非核化を実現する能力がない。
 米国が主、韓国が従であることについては朝鮮戦争以来の経緯がある。というのは、同戦争を戦ったのは、形式的には国連軍と北朝鮮軍であり、途中から中国の「義勇軍」が北朝鮮側に加わった。そして1953年に成立した休戦協定に署名したのは国連軍、北朝鮮軍、中国軍の各司令官であり、その中に韓国軍の名はなかった。これは有名な故事である。国連軍は実質的には米軍であり、司令官は米軍の将軍であった。そのため、韓国は当事者扱いされていなかったなどといわれたこともあった。
 しかし、韓国軍を他の参加国軍と同様に扱うのは問題だ。朝鮮戦争で国連軍に参加した国の数は、医療支援まで含めると20を超えた。朝鮮半島で行われた戦争であり、当然だったが、その中で韓国軍が抜群に多かった。休戦交渉は米軍の代表によって行われたが、韓国軍の代表も参加していた。そして、休戦協定の署名は米軍の司令官によって行われたが、米軍や韓国軍など全参加国軍の代表としての署名であった。したがって、韓国軍は朝鮮戦争の休戦協定の当事者でなかったというのは誤りであり、むしろ一部であったと見るべきである。
 それはともかく、国連軍の主力が米軍であったことは紛れもない事実であった。その後60年以上が経過し、韓国軍の実力は朝鮮戦争時とは比較にならないくらいレベルアップしたが、韓国の安全保障を、形式的には国連軍が、実質的には米軍が支えているという状況は基本的には変わっていない。
 そのことの象徴(の一つ)が、朝鮮半島有事の際の作戦指揮権であり、これは朝鮮戦争以来米軍にゆだねられている。もっとも、作戦指揮権は2012年から韓国軍に移すことが2007年に合意された。しかし、その後の検討で2020年代中ごろまで延期されている。ともかく、韓国の当事者能力については、歴史的経緯からくる問題がまだ残っていると見るべきだろう。
先日、文正仁大統領補佐官による米韓合同軍事演習の縮小についての発言は、その可能性に言及しただけであったが、米側から反発の声が上がった。米国政府としての公式の反応は承知していないが、そのような反発が起こったことは驚きでなかった。
 米国が韓国の防衛にコミットし、さまざまな努力を払っているのは、純粋に韓国を助けたいためではない。そのような気持ちもあるだろうが、基本的には東アジアにおける米国の安全保障戦略なのであり、むしろ米国と北朝鮮の関係である。文補佐官の発言はその戦略に意見を言ったと取られたのではないか。
 
 韓国は朝鮮半島の非核化にかかわり、その実現に努力する理由も正当性もあるにもかかわらず、情勢の変化により、北朝鮮からは言うまでもなく、米国からも当事者性を完全には認められていない。そのように困難な立場にあることは我々としても理解すべきだが、韓国としても南北関係を重視するあまり米国との間で齟齬が生じることがないよう細心の注意が必要だと思われる。
 

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