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2015.05.22

中国に司法の独立はない―王岐山とF.フクヤマとの会談

 4月23日、反腐敗運動の司令官である(習近平は最高司令官)王岐山政治局常務委員は訪中したF.フクヤマ(政治学者)および青木昌彦(経済学者)と会談した。
 この会談内容を香港の東網(東方日報傘下のサイト)がどのように入手したのか分からないが、独立評論員の郭大眼の記事としてつぎのように報道しており、香港や多維新聞など海外に拠点がある新聞が転載している。
 「フクヤマは、法律の精神源は宗教にあり、宗派間の衝突から一定の相互監督作用が生まれ、最後に神が真理を判定する唯一の基準となり、統治する力となった、だから法律(神)の前で人は平等である、法の支配、司法の政府からの独立はこのようにして実現された、としつつ、王岐山に対して、中国で法の支配、司法の独立を実現できるかと尋ねた。
 率直な王岐山は「不可能。司法は絶対に党の指導下になければならない。これは中国の特色である。憲法は書いたもの(文件)である。人が書いたものに過ぎない。大統領、国会、さらに憲法があり、憲法は神聖でなければならないが、神ではない。公衆の法である。中国の皇帝は神であり、天子と呼ばれた。日本には天皇があり、英国には女王があり、ともに立憲君主である。米国とは異なる。」と答えた。
(このやり取りについて、郭大眼は、党の指導の優位性をこれほど明確に述べているものはないとしつつ、司法が党の統制下にある状況において、反腐敗運動はいかにして最終的勝利を勝ち取ることができるか、と疑問を呈し)王岐山は、「とくによい考えはない。長期にわたって党の自己監督、自浄の圧力を強める、これらは始まりに過ぎないことを我々は認識している、自己監督は医者が自分で手術するみたいなものだ、ネット上にはシベリアのある外科医が自分の虫様突起を取り除いた話が出ている、これだけである。自分で新しくすること、自浄は大変困難だ」と語った。」

 習近平と王岐山は反腐敗運動を誰よりも強力に推進しているように見えるが、共産党の指導がすべてに優先することは彼らにとっても至上命題である。したがって、この王岐山の説明は内容的には何も新味はなく、当たり前のことを再確認したに過ぎない。
 このように考えれば、この会談、またそれを報道したこの記事にどれほどの価値があるか疑問に思えるが、そもそもの問題は、「党の指導」が優先するか、「司法の独立」を認めるべきか、を議論すること自体にあるのではないか。2014年10月の四中全会(共産党第四回中央委員会全体会議)では主要議題として「法の支配の強化」を掲げ、その後、習近平主席は盛んに「法の支配」を唱えているが、表面だけ取り繕っているに過ぎないのではないか。答えが決まっていることを議論し、あるいは主要議題として取り上げているからである。

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