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2020.12.24

外交文書公開と中国の民主化問題

 12月23日、外務省は1989年6月4日の天安門事件に関する外交文書を公開した。完全な公開でなく、一部は未公開のままになっている可能性があり、今回公開された文書から何が読み取れるか、研究者もメディアも苦心して取り組んだことが伝わってくる。

 天安門事件はあらためて説明の必要はないくらい周知の歴史的問題であるが、要するに、学生らが民主化を求め、天安門広場を占拠したのに対し、中国政府は退去を求めたがデモ隊は従わなかったため武力を行使して鎮圧した事件である。多数の死傷者が出たことから、西側諸国では中国に制裁を加えるべきだという声が強くなった。

 そのなかで、日本政府としてどのような姿勢を取るかが問われたのであったが、日本政府は制裁には消極的であった。外からの圧力で中国を変化させることには限界があるとみていたからである。公開された文書の中には、「圧力を加えれば中国はかえって理性的対応をしなくなる」という懸念があったことも示されている。このような日本政府の見解は、今振り返っても常識的であるし、日本政府が各国に対して圧力をかけないよう説得に努めたのは当時の状況においては適切であったと思われる。

 しかし、日本外交のあり方、今後の日中関係の観点からは、さらに踏み込んだ分析が必要である。

 天安門事件が起こった際、西側諸国が制裁など強い措置をとろうとした背景には冷戦が終了しつつあるという事実があった。ゴルバチョフソ連共産党書記長が1985年に登場して以来の国際政治の変化であり、天安門事件の5か月後にはベルリンの壁の撤去が始まり、その翌月(12月)にはマルタでブッシュ米大統領とゴルバチョフソ連共産党書記長の会談が行われるという流れであった。

 西側諸国としては、中国だけが民主化の波に取り残されているとの見方が強く、天安門事件に際しては中国政府に強い圧力をかけるのがよいと鼻息が荒くなったのである。

 当時日本政府は、中国が改革開放を進め、経済発展していけば、西側諸国に対しても合理的に対応するようになり、民主化の問題も、一遍には無理だとしても徐々に進展していくだろうという見方が強かった。中国をいつまでも特殊な国だとみるべきでないとも考えられていた。これらは口に出して表明されることは少なかったが、日本政府の中で主流の考えであり、協力することにより中国の変化を促すことができると考えられたのであった。

 しかし、30年を経過した現在、そのような見方が持てる状況ではなくなっている。中国は経済的には世界第2位になっている。軍事力も年々大幅に増強しており、世界の軍事強国の一つになっている。政治力も飛躍的に強くなっている。日本政府としては以前と同じ姿勢をとることはできない。

 とくに、民主化の要求については、中国における状況は経済発展とは裏腹に、当時より悪化している。日本政府と鄧小平とは民主化についても一定程度の対話は可能であったが、今や習近平主席の下で民主化の要求は徹底的に抑え込まれている。時折出てくる民主派の弁護士などは容赦なく投獄されている。また、言論は、メディアもインターネットも厳しく統制されている。香港での民主化要求にも習近平政権は矛先を向け、香港を中国化してしまった。

 そんな中にあって、日本政府として中国の民主化についてどのような姿勢で臨むべきか。中国の状況はかつてのように比較的楽観的な見方では済まなくなっている。かといって日中関係は民主化だけで成り立っているわけでなく、さまざまな側面を考慮しなければならない。また、米国ではバイデン新政権が近く発足する。日本政府としては多角的な観点から対中関係を戦略的に構築していく必要がある。

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