平和外交研究所

1月, 2021 - 平和外交研究所 - Page 3

2021.01.12

トランプ政権最後の対中措置

 米国のポンペオ国務長官は1月9日、「米国の外交官や他の公務員による台湾との接触を制限してきた国務省の内規を撤廃する」と発表した。「内規は北京の共産党体制をなだめるためのものであり、もうよい」と発言したとも伝えられている。今回の撤廃により、米台間の交流のあり方が根本的に変わる可能性がある。台湾の統一は習近平政権が力を入れても実現していない唯一の問題と言って過言でない。米国による台湾支持の強化について中国がどのように対応するか、また反撃できるか注目される。

 内規撤廃の表明に先立って、ポンペオ長官はケリー・クラフト(Kelly Craft)米国連大使を台湾に派遣し、台湾に対する米国の支持を強化すると発表していた。

 これに対し、中国政府は7日、米国の国連大使の台湾訪問が実現すれば、米国は「重い代償」 を払うことになるだろうと強く警告していた。

 なぜトランプ政権は、約10日後(1月20日)にバイデン新政権が発足するという時点で、米中関係に著しい影響を及ぼす方針転換をおこなったのか。

 トランプ政権としての新しい対中政策はすでに実行が始まっていた。トランプ氏は台湾に米国の閣僚を派遣し、また台湾への武器売却を積極的に進めていた。それどころか、ポンペオ長官は昨年7月、中国共産党が米中関係を悪化させている元凶であるとの趣旨を明言する演説を行い、中国の現体制と対決する姿勢を示した。米国の友好国に対しては、「中国について同じ考えの国々が新しいグループを、新しい民主主義の同盟を形成すべき時が来ているのかもしれない。」と呼びかけていた。

 その背景には、中国が南シナ海で拡張的行動をとり、国際法をあからさまに無視していること、香港に関しても国際約束を一方的に無視し、中国化する措置を取ったこと、国営企業を利用して不当な利益を得ていること、WHOなど各種国際機関において自国の政治的主張を強引に押し通していることなどの事情があった。ドイツも最近、中国と政治面で協力することは困難であると表明したことが想起される。

 トランプ政権は今回の措置により、バイデン新政権があらたに中国との関係を進めていくうえで重い条件を設定した。しかし、この条件を取り外して元の中国政策に戻ることは困難である。中国はあまりにも巨大化し、影響力を増しており、各国との協調を損なっても自国の考えを強引に通そうとしているからであり、米国内ではこのような中国に厳しく当たるべきだという意見が強くなっているからである。

 バイデン新政権としては、現在の中国をめぐる諸情勢を客観的に再評価して、新しい対中戦略を策定する必要がある。新政権は以前の関与政策に戻るだろうという見方も残っているが、事情は単純でない。バイデン氏は台湾に好意的だと伝えられている。昨年8月、大統領選挙への民主党候補になるに際し、それまでの民主党綱領には記載されていた「一つの中国」を削除した。新民主党綱領からこの文言を落としたのであり、これは大きな出来事であり、中国は強く反発した。即断は禁物だが、バイデン氏は案外中国に厳しい見方をしているかも知れない。

2021.01.10

北朝鮮労働党大会

 1月5日から開催されている北朝鮮労働党大会において金正恩委員長が行った報告が朝鮮中央通信によって9日、まとめて報道された。今回の労働党大会の特徴は、北朝鮮経済の立て直し方針と近く発足する米国のバイデン新政権に向けたメッセージであった。

 経済について、金委員長は「自給自足」に言及した。北朝鮮はこれまで、核とミサイルの開発を進めたために国連を中心に厳しい制裁を受け、苦しんだ。北朝鮮は米国との非核化交渉において制裁の緩和を求め、段階的非核化なら応じる用意があると示したが、米国は包括的非核化でなければならないという姿勢が固く、3回のトランプ・金会談(本格的な交渉は2回)は失敗に終わった。
ただ、全面的失敗でなく、北朝鮮による核とミサイルの実験は停止したままである。また、シンガポールでの第1回トランプ・金会談後の共同声明は廃棄されておらず、米朝関係の今後のあり方についての合意は維持されている。米朝関係は核とミサイルの実験を頻りに行った2017年以前に戻ったわけではない。

 このような状況の中で、金委員長としては、米国との交渉を進めることにより制裁の緩和を実現することは当面望みえない、一方、交渉を無理に進めようとすると安全保障面で失うものが大きすぎる、また、中国及びロシアに頼ることにも限界があるので、自力で経済を立て直すほかないと判断したものと推測される。北朝鮮経済はそれだけ緊迫した状況にあるのであろう。

 今次党大会では経済対策に力を入れた。金委員長は5日の報告で、昨年までの国家経済発展5カ年戦略の目標がほぼ全ての部門で未達だったとし、対策の必要性を強調した。
 6日には交通運輸、基本建設や対外経済などの主要部門についての分析を示した上、今年からの5カ年計画期間における目標と実践方法を提起した。また、農業面での生産向上策や、科学技術発展を促進するための課題も示したという。
 7日も引き続き活動総括報告が行われたはずである。また、今後5年間の「国家経済発展5カ年計画」が示される予定であったが、詳細は未発表である。

 制裁が以前として続く中で、北朝鮮は経済回復を実現できるか、常識的にはさまざまな疑問がある。が、金委員長はこれまで工場や農地への視察を何回も行い、その都度、指示を出している。以前北朝鮮の生産現場で行われていた数字合わせのようなことも発見した可能性がある。金委員長はかつて、青少年向けのある施設で訓練用具を贈呈し、次の年にまた訪れてその用具がどこに、どのように設置されているか説明を求めたことがあった。金委員長がみずから生産の現場を視察すれば、数字や報告には現れないことが見えてくる可能性もある。北朝鮮の経済回復は困難な問題だが、金委員長は、できることはいろいろあるという思いが強いのではないか。いずれにしても、今後北朝鮮がどうするかを注視していく必要があろう。

 今次党大会における金委員長の演説は、米国の新政権に対するメッセージも含んでおり、「核兵器の小型軽量化、戦術兵器化をさらに発展させる」「多弾頭型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の研究が最終段階にある」などと表明した。米国に対して今後も強い姿勢を維持することを示すものだと解されているが、一方で、「新たな朝米関係を築くカギは米国が北朝鮮への敵視政策を撤回することだ」とも述べている。

 このような硬軟両様の表明の背景には、バイデン新政権は中東問題や中国との関係などに忙殺され、当面北朝鮮との関係に注力する可能性は低いと見通しつつ、先手を打って米国に強い姿勢をみせておくのが得策だという判断があると見られる。
2021.01.08

イランのウラン濃縮に関する新方針

 イランは年明け早々の1月4日、濃縮度20%のウランを製造し始めたと発表した。そこまで濃縮度を高めれば、核兵器に必要な90%の高濃度ウランを短期間で製造できるようになる。2015年、イランと米英仏独中ロの6カ国の合意では20%濃縮は禁止された。

 イランはこの合意に違反することになるわけだが、言い分がある。「イランはこれまで合意を守ってきたにもかかわらず、欧米諸国は制裁緩和を実行しなかった。制裁緩和も合意されたことである。だからイランも合意に縛られないこととした」という主張である。

 イランは合意を破棄したのではない。米国のように離脱したのでもない。欧米諸国が合意に従って制裁緩和を実行するならば、ウランの20%濃縮も中止するとザリフ外相が明言している。その意味では核合意は維持しているのである。

 そもそもイランに対する制裁を欧米諸国が緩和しなかったのは、トランプ米大統領が「2015年の合意はイランの核兵器開発を防止するには不十分なので、合意の再交渉を求める」と主張し、2018年に一方的に離脱したためであった。しかし、トランプ氏には、イランが核兵器を開発すれば脅威にさらされるイスラエルの安全を確保したいという思惑があったともいわれている。

 アラブ諸国ではこれまでエジプトとヨルダンだけがイスラエルを承認していたが、トランプ氏は2020年8月以降、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダンおよびモロッコにイスラエルを承認させた。これもイスラエルを安定化させるためである。トランプ政権の中東外交は画期的な成果を上げたといえる。

 イランをめぐる状況はそれだけ厳しくなったのだが、イラン内での米国に対する反発は非常に強く、核合意についても譲歩するどころか、逆に強気に出て今回の措置を取ったのである。

 このような状況の中、バイデン政権は2週間後の1月20日に発足する。バイデン氏はイランの核合意の扱いについて、昨年12月2日付の米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで「核計画(の協議)が中東地域を安定化させる最良の方法だ」と述べ、トランプ政権が2018年に離脱した核合意への復帰に意欲を見せた。ただ、単純な復帰でなく、「イランの合意順守」を復帰条件に求めた。これに対し、イランのザリフ外相は「(米国は)条件を設定する立場にない」と反発した。イランからすれば、核合意から一方的に離脱したのは米国であるので、合意を尊重するならば一方的に復帰すればよい、イランに対し先に合意順守を求めるのは順序が違うということなのであろう。

 米国ではまた、ミサイルの開発制限も合意に含めるべきだとの考えが出てきている。核だけでもうまくいかないのに、新しい問題を持ち込むと事態は一層複雑化する。

 ちなみに、2015年の合意はオバマ大統領が決断した結果であり、トランプ氏はオバマ氏が行ったことはすべて否定しようとする傾向があった。バイデン氏の場合は当然のことながら基本的にはオバマ大統領に近い立場であろう。

 しかし、核合意をめぐる状況はすでに変化している。米国内にはイスラエル支持のユダヤ教徒が強い政治勢力を張っており、トランプ政権の下で進展したイスラエルの安定化を後退させることとなれば強力な反対が起こるのは必至である。オバマ大統領は、特に任期の前半は中東問題にかまけてアジア・太平洋への関心が薄かったといわれた。バイデン新大統領も中東問題に忙殺される可能性は高い。地球温暖化問題は米国がパリ条約に復帰すると宣言すれば外交的には一件落着となるが、中東問題はそうはいかないのが現実である。
 

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