平和外交研究所

2019 - 平和外交研究所 - Page 19

2019.06.06

トランプ大統領の訪日は何だったか

 トランプ大統領は5月末に日本を、そしてその1週間後には英国を訪問した。どちらにおいても国賓として遇され、日本では新天皇、英国では女王による歓迎晩餐会が開催された。公式行事を比べると日本と英国で大きな差はなかった。

 しかし、歓迎ぶりは非常に違っていた。日本では事実上誰もがトランプ大統領を温かく迎えたのに対し、英国では多くの人がトランプ氏の訪問に抗議した。ロンドンでは雨の中、数千人が抗議デモに参加した。労働党や自由民主党はトランプ大統領を批判する声明を発表した。イスラム教徒でトランプ氏の移民政策に批判的なカーン・ロンドン市長は、トランプ氏が人種差別や外国人への憎悪をあおっているなどとして、訪英時に特別待遇を受けるのを疑問視する文章を英紙に寄稿した。トランプ大統領自身は、「何千人もが沿道で歓迎してくれた。少し抗議も見たが、ごく少数だった。(デモは)フェイクニュースだ」といつもの調子で切り捨てたが、トランプ大統領の英国訪問を喜ばない人が多数いたのは明らかであった。
 
 トランプ氏には批判される理由がある。地球温暖化対策のパリ協定やイランの核合意から一方的に離脱するなど、国際合意を軽視してきた。人種差別や外国人への憎悪をあおっているとみられる言動もあった。さらに、貿易などについても自己中心的な行動を取っている。また、トランプ氏は英国のEU離脱を支持し、訪英中に離脱派の政治家と会おうとするなど行き過ぎた言動もあった。

 これらは日本でも問題になりうることである。しかし、日本はこれら問題の影響を感じさせない大歓迎を行った。日本は歓迎しすぎであったと米国の大手紙に批判されたくらいであった。

 日本と英国ではなぜそのように違ったのか。日本では英国よりも外国からの客人を大事にするという伝統の違いが影響したとも考えられる。また、日本は英国よりも私的な面を重視するという違いもあっただろう。安倍首相とメイ首相では政治環境も違っており、また、歓迎についての考え方も違っていたかもしれない。

 しかし、これらの理由だけで日英の違いを完全に説明することはできない。安倍首相がトランプ大統領におもてなしの限りを尽くしたことについては、日本でも「やりすぎだ」とする声も上がったが、日本人全体は安倍首相に賛同した、積極的に賛同しなくても事実上支持した。

 日本人は前述の諸問題を忘れたわけでないが、トランプ大統領の日本訪問は喜ばしい一大行事であり、日本人が抱いた感情は、国賓に対する儀礼や尊敬を超えたものであり、いわば「お祭り」に類似した気分だったのではないか。

「お祭り」は遊びではない。「お祭り」の中では行儀よくない行動も見られるが、厳粛な行事である。

「お祭り」では人々は平素の違いは不問にして心を合わせ、ともに行動する。

「お祭り」は行事の関係者はもちろん、見て楽しむだけの人たちも参加できる。

「お祭り」は単純な浪費でなく、経済効果もある。

 トランプ大統領の日本訪問についてもこれらすべてが当てはまりそうだ。つまり、トランプ氏の訪日は日本と米国の共同事業であったと同時に、日本では「お祭り」だったのだ。

 米紙の中には、共同記者会見において、トランプ氏は北朝鮮のミサイル発射を「気にしていない」とする一方、安倍氏は「極めて遺憾」とするなど、対応が非常に違っていたと指摘し、そのような違いがあるにもかかわらず安倍首相がトランプ大統領を接待するために非常な努力をしたことを問題視する向きもある。表面的にはその通りだが、日本人の受け止め方の複雑さには気が回らなかったようである。

 しかし、米紙が「安倍首相ほどトランプ大統領を喜ばすのに腐心した国家首脳は、他にはいなかったのではないか」とか、「安倍首相、おべっかの積み上げ 結果はいかに?」とか、「日本のリーダーは、最も大切な同盟関係を維持するためなら、やれることは何でもやるとまでみられている」とか書いたことには注意が必要である。米紙の報道だからといっていちいち気にするのではないが、安倍氏は国際的にも尊敬され、重要視される人物でなければならない。「おもてなし」は日本の文化であるが、一歩誤ると「接待漬け」と開発途上国並みに見られる危険がある。過剰な接待は日本文化でない。
2019.06.01

北方領土問題

 河野太郎外相と来日中のラブロフ外相は5月31日、東京で第4回の平和条約締結交渉を行ったが、進展はなかった。安倍首相は、6月28~29日に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席するため来日するプーチン大統領との会談で北方領土問題の大筋合意を目指していたが、その実現は困難になったと日本政府の関係者が述べているという。

 この際、当研究所の北方領土問題についての見解(ザページにさる1月24日掲載された論考)を再掲しておく。その最大のポイントは、北方領土問題は米国を含めた日米ロ三国で解決を図る必要があるという点である。

ザページ 2019年1月24日、
「北方領土交渉 帰属問題の解決には米国の関与が必要」

「安倍首相は1月22日、モスクワにおいてプーチン大統領と平和条約・領土問題について会談しましたが、交渉を具体的に進展させることはできなかったようです。

今回の交渉は、昨年11月14日の両首脳の合意から始まりましたが、これまでの先人たちの努力を最初から無視して交渉が始められたように思えます。安倍・プーチン両氏は、「平和条約締結後に歯舞群島と色丹島の2島を日本に引き渡すと明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉の進展を図る」としましたが、日ロ両国間の最新かつ最重要の合意は、「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島の帰属に関する問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書および法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続する」という1993年の「東京宣言」でした。

1956年宣言には歯舞・色丹島しか記載されていませんでしたが、その後、1973年の田中角栄首相とブレジネフ書記長との合意、1991年の海部俊樹首相・ゴルバチョフ書記長の合意を経て、1993年の細川護熙首相とエリツィン大統領による東京宣言で、「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島」の、いわゆる北方4島が明記され、しかも、その「帰属に関する問題解決する」ため交渉することになったのです。

これは37年間にわたる日ロ両国の政治家や外交関係者らによる努力のたまものであり、重要な前進でした。1956年以降の交渉は少しも進展しなかったという人がいますが、事実に反します。

にもかかわらず、安倍首相とプーチン大統領の両氏は2島しか記載されていない1956年日ソ共同宣言だけを基礎として交渉を進展させることにしたのです。先人たちが長年にわたって積み重ねてきた合意の一部だけを取り出す恣意的な扱いと言わざるをえません。

私は今回のモスクワ交渉の結果、事態はさらに悪化したと思います。ロシア側は、「両国が合意可能な解決を目指す」と言いますが、「第2次世界大戦の結果、千島列島全島に対する主権を得た」という、日本としては認めることができないことを要求するようになったからです。

第2次大戦の結果、日本の領土は大幅に削減されました。1945年8月の「ポツダム宣言」では本州、北海道、九州および四国は日本の領土であることがあらためて確認されましたが、「その他の島嶼」については、「どれが日本の領土として残るか、米英中ソの4か国が決定する」こととになり、日本はその方針を受け入れました。しかし、「千島列島」や「台湾」などについて、帰属は決定されませんでした。

ポツダム宣言を受けて第2次大戦を法的に処理した「サンフランシスコ平和条約」は自由主義陣営と社会主義陣営による東西対立の影響を受け、「千島列島」や「台湾」の帰属を決定することはできず、日本はそれらを「放棄」するだけにとどまったのです。

日本の戦前の領土を縮小したのはポツダム宣言とサンフランシスコ平和条約の2つだけです。戦時中、米英ソの3国間ではドイツ降伏後のソ連の対日参戦などを盛り込んだ 「「ヤルタ協定」なども合意されましたが、それはあくまで連合国間の問題であり、日本はそれに拘束されません。

日本は、今日でもポツダム宣言とサンフランシスコ平和条約を忠実に守っており、「千島列島」については放棄したままです。ロシアは、現在の交渉において、「千島列島」は第2次大戦の結果としてロシアが獲得したことを認めよと主張していますが、「千島列島」を「放棄」した日本が、ロシアの主権を認めるのは同条約に違反することとなり、それはできません。法的に不可能なのです。また、このロシアの主張を裏付ける根拠は皆無であり、日本もその他の国もロシアが「千島列島」の領有権を得たと認めたことは一度もありません。

ではそうすればよいでしょうか。ロシアが現在の主張を改め、国際法にしたがった理論構成の主張に変えるのが一つの方法ですが、ロシアが果たしてそのようなことに応じるか疑問です。

もう一つの方法は、「第2次大戦の結果に基づいた解決方法をあらためて探求する」ことです。そのなかで米国の役割をあらたに明確化する必要があります。第2次大戦の処理においてもっとも影響力があったのは米国であり、実際ロシアに対して「千島列島」の「占領」を認めたのも、また、日本に対して、「千島列島」の放棄を求めつつ、ロシアへの帰属を認めなかったのも米国でした。

日本としては、米国に、そこで止まらず最終的な帰属問題の解決まで協力を求めることは理屈の立つことです。

もちろん、米国としても世界各地で起こる第三国間の領土紛争には関与しないという大方針があります。また、これまでの伝統的な米国政権の外交方針と一線を画すトランプ政権がどのようなポジションを取るか、予測困難な面もあります。しかし、「千島列島」の帰属の問題は米国による決定の結果です。現在の米国外交としては例外になるでしょうが、米国に関与を求めることは合理的です。

一方、ロシアは米国との対決姿勢から、北方領土交渉に米国の協力を求めることはしたくないという気持ちが働くでしょうが、千島列島の帰属など日本に不可能なことを要求するより現実的ではないでしょうか。

日ロ両国は、1956年宣言だけを交渉の基礎とするという不正常な状態を一刻も早く解消したうえ、あらためて日米ロ3国の立場を整理しなおし、その結果に従って米国の協力を求めるべきです。平和条約・北方領土問題については日ロ間で解決を図るという従来の方針とは大きく異なることになりますが、第2次大戦後の秩序を問題にすればするほど、二国間だけでは解決できなくなっていることは明らかです。

なお、北方領土問題は経済協力などを含め、将来の利用を抜きには語れなくなっています。また、安全保障にかかわる問題も出てきています。米国の協力を得ることはこれらの点でも望ましくなっています。」
2019.05.29

安倍首相は米国とイランの仲介をできるか

 安倍首相のイラン訪問について最終調整が行われている。我が国では、安倍首相がこの機会に米国とイランの間を仲介できるかに注目が集まっているが、イラン側にはそのような期待はなさそうだ。
 
 安倍首相のイラン訪問をめぐって、日本、イラン及び米国の思惑は一致していない。

 米国は2018年5月、イランとの核合意から一方的に離脱した。それ以来イランとの関係が悪化し、米国は11月、経済制裁を完全に復活させる一方、軍事圧力を強化している。
しかし、イランは反発し、ウランの濃縮量を増加させるなどと息巻いている。軍事衝突を懸念する声も上がっている。
 
 トランプ大統領が安倍首相に対し、仲介を期待する理由ははっきりしている。トランプ氏は、「オバマ大統領時代に作られたイランとの核合意を書き換えたい。そのためイランに圧力をかけることもいとわない。しかし、戦争は望まない。イランとは対話したい」という立場である。
 しかるに、米国のこの立場を支持してくれる国は、イスラエルは別にして、事実上皆無である。英仏独およびEUは批判的である。中ロはもっと批判的である。そこでトランプ氏が注目したのが日本であった。日本はイランと伝統的に友好関係にある。核合意は維持すべきだという立場だが、米国を批判しないからである。トランプ大統領は今回の安倍首相との会談の冒頭、「安倍首相と日本が、イランと良い関係を築いていることを知っている」と率直に述べている。要するに、トランプ大統領にとって望ましい道を切り開いてくれる可能性があるのは日本しかないのである。イスラエルはもちろん米国を支持するだろうが、イスラエルではイランと衝突になる。
 だから、トランプ氏は4月のワシントンでの首脳会談で、安倍首相に、イラン訪問の要請を行ったのである。

 日本の立場はあるところまでは米国と矛盾はない。米国の対イラン制裁復活により、日本はイラン原油を輸入できなくなるが、日本は受け入れる姿勢である。したがって、この点で日米間に矛盾はない。
 日本は、トランプ大統領も察している通り、伝統的にイランとの友好関係を重視している。しかも、今年は日・イラン外交関係樹立90周年であり、安倍首相が訪問するよい機会である。
 安倍首相は1983年に父・晋太郎外相のイラン訪問に同行した経験があり、第2次政権発足後、イラン訪問のタイミングを探り続けてきたという。国連総会の際には毎年ローハニ大統領と会談している。
 
 イランにとっても、このように一貫して友好関係を維持してくれる日本は重要であろう。核合意については、前述したように合意に参加した国はいずれもイランの立場を支持しているが、米国との緊張が高まった現在、それらに加えて日本にも核合意支持を再確認してもらいたい。同国のザリーフ外相が急きょ5月中旬に訪日し、安倍首相や河野外相と会談したのはそのためであった。

 しかし、日本が米国とイランの間を仲介することには危険が伴う。米国とイランの争いに巻き込まれる恐れがあるからだ。
米国とイランは妥協の余地があるのか。今のところ全く見えない。対話を望むトランプ氏がイランにどこまで要求するかが問題である。どうしても核合意を書き換えることに固執するなら、イランとの交渉は困難になる。それでも米国は、とくにトランプ氏は意に介さず、あくまで核合意の書き換えに向かって猛進することもあり得る。
ただし、現実的に考えればそのようなことはイランとの関係だけでなく、米国内でも反対を惹起する危険が大なので、トランプ氏としては、交渉を開始しつつ当面は抑制する可能性もあろう。

 イランはそのような危険性を察知しているからこそ米国との対話に消極的なのであろう。イランとしても制裁の解除を求めたいのはやまやまだが、だからと言って核合意を書き換えることはできない。そんなことをすれば、国内世論も各国の支持もうしなってしまう。

 このような状況の中で、安倍首相には慎重さが求められる。トランプ氏との友好関係を重視するあまり、核合意の書き換えを支持していると誤解されることがあってはならない。イランに対して米国との対話に応じるよう勧めることに限れば安倍首相も可能であろうが、それ以上のことはできない。つまり、この際は、深入りすることなく、一般的に物事は対話で解決すべきだという常識程度のことしか勧められないのである。

 トランプ氏のイランに対する強い姿勢の背景には極端なイスラエル寄りの姿勢がある。日本はトランプ氏と同じ態度はとれない。イスラエルとも、また、イランとも友好関係を維持する必要があるからである。
 
 日本政府は、トランプ大統領が2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と公式に認め、テルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転することを発表した際、中東問題の解決は当事者によるべきであることは表明したが、欧州諸国と違って反対の姿勢はとらなかった。日本政府は従来からの中東和平に関する方針から半歩踏み出し、中東のバランスが崩れても構わないトランプ氏に配慮したのであった。イランは現在そのことを問題視していないが、安倍首相がトランプ大統領の期待に応えて、さらに米国寄りになれば、イランは日本を非友好国とみなす恐れがある。

 安倍首相は、トランプ氏からイラン訪問の要請を受けた際、受け答えの歯切れはよくはなかったと伝えられている。中東において一方のみに偏する姿勢を取れない日本の首相として当然であった。そこまではよかったが、本当に困難な場面はこれから始まる。

 トランプ大統領は北朝鮮問題、特に拉致問題について、安倍首相が期待することをすべて実行している。イランと北朝鮮は同日に論じられないが、とくに核兵器の開発の危険の点では北朝鮮もイラン共通するところがある。トランプ氏が、イランについては安倍氏に米国を味方してもらいたいと望んでも何ら不思議でない。しかし、日本にとってそれはできないことである。

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