平和外交研究所

2017 - 平和外交研究所 - Page 3

2017.12.11

トランプ大統領のエルサレム首都宣言

 トランプ大統領は12月6日、ホワイトハウスで演説し、公式にエルサレムをイスラエルの首都と認め、テルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転する手続きを始めるよう国務省に指示したと表明した。

 これに対し、イスラエルを除く大多数の国は強く批判的な態度を取っている。英仏独などはトランプ大統領の決定に「同意しない」ことを明確に述べている。「認めない」とか、「支持しない」とか国によって表現の違いは若干あるが、今回の決定を明確に批判している点では同じである。

 一方、日本政府はトランプ大統領の決定に直接賛否を表明していない。菅官房長官は7日の記者会見で「国連安全保障理事会の決議などに基づき、当事者間の交渉により解決されるべきだ」とし、河野外相は同日、「中東和平を巡る状況が厳しさを増し、中東全体の情勢が悪化し得ることを懸念している」とコメントしているが、いずれも誰(どの国)に対して述べているのか分からない表明であり、他人ごとのように見ている印象が強い。要するに、トランプ大統領に対してものを言うことを避けているのだ。

 日本の中東外交に関する基本方針によれば、「エルサレムの最終的地位については,将来の二国家(注 イスラエル及びパレスチナのこと。我が国は2012年,パレスチナに非加盟オブザーバー国家の地位を付与する国連総会決議に対し賛成票を投じた。)の首都となることを前提に,交渉により決定されるべきである。我が国としては,イスラエルによる東エルサレムの併合を含め,エルサレムの最終的地位を予断するいかなる行為も決して是認しないことを強調し,パレスチナ人の住居破壊及び入植活動の継続等,東エルサレムの現状変更の試みについて深い憂慮を表明している。」(外務省「中東和平についての日本の立場」2015年1月13日)である。

 要するに、日本は「エルサレムの最終的地位を予断するいかなる行為も決して是認しない」はずであるが、トランプ氏の決定を正面からは批判しにくい。だから外務省幹部は、「鮮明な立場を表明しない玉虫色の姿勢しかない」と語っている(『朝日新聞』12月8日)のだろう。

 トランプ氏に反対しにくいのは分からないではないが、日本政府はトランプ氏の機嫌を損なわないことを外交の方針としているように聞こえる。さらに踏み込んで言えば、官邸を牛耳っている人たちは、複雑な外交において単純な方針を強要し、人事権を背景に外務省などに異を唱えることを許さないのではないか。加計学園問題をめぐって文科省で起こったことと同じ構図の問題が起こっているのではないか。

 安倍首相とトランプ大統領の特殊な関係はいずれ終わることも考慮すべきだ。今はどの国からも決定的な批判・攻撃をされないよう逃げ回ることが実益にかなっているように見えても、今回のトランプ決定に対する対応(の不存在)がもたらす中東外交への悪影響は計り知れない。
 トランプ大統領はイランの核開発に関しても、米国はもちろん西側の主要国、国連安保理のP5をも含めて決定したことを認めない姿勢である。しかも、トランプ大統領は今回のエルサレム問題にしてもイランの核開発にしても説得力のある判断理由を示したことがない。
 将来、トランプ政権は日本政府に対し自衛隊の海外派兵を求めてくる可能性がある。安倍首相は国会で、自衛隊を海外に派遣しないと答弁したが、2015年に改正された安保法制では可能である。今回のエルサレム首都宣言問題から始まって自衛隊の海外派遣問題にまで心配するのはいきすぎだろうか。
 今、日本政府に必要なのは、日本が築いてきた外交方針とそぐわないことがトランプ政権から出てくる場合、日本らしさ、日本の主体性を維持していくことである。今回のエルサレム問題はそのことを象徴しているように思われる。
2017.12.07

ポスト「火星15号」

 北朝鮮は9月15日のミサイル発射実験から2か月半、核もミサイルも実験しなかった。世界中の人々はそのような状態が続くことを望んでいたが、北朝鮮はまたもや国際社会の意思を無視して11月29日、「火星15号」の実験を行った。これまでで最も性能が高いものでICBMであったという。その後の各国の反応を見ておこう。

 米国のヘイリー国連大使は、29日の安保理緊急会合で、「ミサイル発射は世界を戦争から遠ざけるのではなく近づけた。戦争になれば、昨日我々が目撃した侵害行為(ミサイル発射)が理由だ」などと北朝鮮を非難する一方、すべての国々に、北朝鮮との国交を断ち、北朝鮮を「国際社会ののけ者」として扱うべきだと求めた。
 また、同大使は、トランプ大統領が習近平主席に電話連絡し、「中国は北朝鮮への石油供給を断たねばならない」と伝えたことを明らかにした。
 このヘイリー大使の発言は米国の不快感をよく表しているが、どの程度の効果が期待できるか。9月11日の制裁決議で最大限強力な措置を決定した後なので、いまひとつ明確でない。

 米韓両空軍は12月4日、韓国各地で合同軍事演習を始めた。8日まで実施される予定だ。演習には米軍のF22、F35両ステルス戦闘機などに加え、話題性の高いB-1爆撃機も参加し、地上の爆撃や空中戦などの演習を行う。今回の演習は過去最大規模で、北朝鮮が演習に強く反発しているのはいつものことだが、この演習が必要なのか、どのような利点があるのかが問われる。
 韓国は12月1日、斬首部隊を成立させた。韓国軍にそのような任務の部隊があることは以前から話題に上っていたが、今回は1000人の兵員からなる部隊の正式立ち上げの発表であった。

 北朝鮮によるミサイルの実験後、ティラーソン米国務長官は国連軍派遣国会合を、日本を含めて開催することを提案した。この提案に対し、日本政府は全面拒絶ではなかったが、近日中(12月中?)の開催には消極的で、この会合は開催するにしても来年になるとみられている。日本政府は安保理の緊急会合を優先的に考えており、国連軍派遣国会合はかえって国際社会の足並みを乱しかねないと危惧し、開催に積極的な米加両国に不快感を伝えたとも報道されている(『産経新聞』12月5日)。
 日本政府がこの会合に消極的なのは、これらの理由に加え、この会合を開催すると、北朝鮮が核とミサイルの開発にこだわるのは朝鮮戦争との関係、つまり北朝鮮の安全のためであるという基本問題に焦点が当たるようになるとみているためではないか。

 国連事務局のフェルトマン事務次長が12月5日~8日、北朝鮮を訪問している。この訪問は北朝鮮側の要望に応えたものであるという。北朝鮮は、一方で、実験を繰り返しつつ、国際社会とは意思疎通を続けたいという考えのようだ。柔軟に考える余地があるなら、他にも方策があるのではないか。
 フェルトマン次長は米国の元外交官である。今は国連の職員として中立の立場にあるが、米国政府とも連絡を取ったうえでの訪朝とみるのが自然であろう。
 なお、2010年、潘基文国連事務総長時代にパスコー次長が訪朝した例があったが、その時と現在は客観状況が違っており、あまり参考にならない。

 安倍首相は11月29日の記者会見で、「国連安保理に対して緊急会合を要請します。国際社会は団結して制裁措置を完全に履行していく必要があります。我が国はいかなる挑発行為にも屈することなく、圧力を最大限まで高めていきます」と述べた。やはり圧力一本やりであった。

2017.12.05

中国軍内の権力闘争

 中国軍内の権力闘争は、さる8月の現役総参謀長、房峰輝の拘束により大勢が決し、習近平総書記は10月の中国共産党第19回大会で、軍の最高権威である中央軍事委員会の改編、全国における軍の編成替え、大幅な人事異動など改革の成果を誇り、同時に軍における共産党による指導の強化を強調した。
 また、同大会では習近平総書記の権威が高められ、改正された党規約の総則に「習近平強軍思想」が記載された。習氏の権威を高めることは今次党大会全体を通じる特徴であるが、軍においても習近平総書記の指導体制が顕著に強化されたのであった。

 習氏が示した国防の基本方針は「十六文字方針」と呼ばれている。その内容は、党の指導性の強化、軍事力の強化、科学技術力の向上および法に基づく統治、と全面的なものであるが、このような形で示された国防方針から見えてくることは多くない。

 しかし、中国軍が抱える弱点はすでに明らかになっている。まず、去る8月の、現役の総参謀長の拘束である。中国の総参謀長は、日本では統合幕僚長、米国では統合参謀本部議長であり、軍のトップである。このような人物が拘束されたことは中国が近代的な軍事建設を目指すようになって以来なかったことであり、国際的に比較するまでもなく中国軍の権威を著しく失墜させる醜聞であった。
 習近平主席は、それ以前に中央軍事委員会の副主席であった郭伯雄・徐才厚の両氏を失脚させていた。これら両人は反腐敗運動の標的としては大物(虎)とみなされていたが、胡錦涛主席時代の副主席であり、習近平政権では現役でなかった。これらの者が訴追されたからといってただちに中国軍の規律全体が問われることはなかった。

 房峰輝の失脚には、また、権力闘争の面があった。房峰輝は、胡錦濤主席が任期を終える直前の2012年10月に、次の主席となる習近平に断りなく総参謀長に任命したのであり、郭伯雄・徐才厚の両副主席が引退した後の胡錦濤系の代表と見られていた。
 しかるに、習氏はこの人物を排除するのに5年近くかかったのである。房峰輝は胡錦濤の代表であることもさることながら、軍人の代表でもあった。習近平といえども、簡単に排除できなかったのは理解に難くない。

 房峰輝はすでに拘束されており、中国の常識では同人が失脚することは間違いない。そして第19回党大会となったのだが、房峰輝の系列の人物は軍内にまだかなり(多数?)残っているようだ。そのことを示唆するのが、房峰輝の腹心の部下である中央軍事委員会政治工作部元主任の張陽が11月23日、自殺したことであった。つまり、軍内には房峰輝の拘束に関係する緊張が残っているのである。

 軍内で反腐敗運動を進める機関である「中央軍事委員会規律検査委員会」は第19回党大会で中央軍事委員会の直属機関として格上げされた。旧制度では、規律検査委員会は政治工作の一部としての位置づけしか与えられていなかったので、大幅な格上げであった。
 その理由は、今後も軍内で反腐敗運動を、また、表には出ないが権力闘争を強力に進めていかなければならないからであろう。今次党大会までに習近平主席が行った人事異動は近年まれにみる大規模なものであったが、習氏が問題と考える軍人を排除し去るにはまだ遠い道のりが残っているのである。中国軍の兵員数は、削減計画が2017年末に完了すると約200万人となる。これだけの規模の軍内に房峰輝が築いてきた人脈が多数残っているのは何ら不思議でない。

 軍の改革は2020年までに完了するというのが当初からの目標である。その達成に向けて今後も努力が続けられるであろうが、権力や利権と結びついた中国軍を浄化できるか、常識的には考えられないような事態が今後も発生するのではないかと思われる。

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