平和外交研究所

12月, 2015 - 平和外交研究所 - Page 6

2015.12.08

靖国爆発音で韓国人の男が浮上 韓国との引き渡し条約はどうなっている?

(THE PAGEに12月5日掲載)

 11月23日、靖国神社のトイレで爆発音がした後、不審物が発見されました。警視庁は現場付近の防犯カメラから爆発に関わったのは韓国人の男だった可能性が高いと見て捜査を進めていますが、この男はすでに日本を出国し、韓国に帰っていると報道されています。
 かりにこの人物が事件を起こしたのが事実であるとして、日本政府が韓国政府に引き渡しを要求すれば、韓国政府は要求に応じる義務があるでしょうか。

 刑事事件を起こした犯人が海外へ逃亡した場合、日本の警察はそこへ行って捜査、逮捕することはできません。しかし、国境を超える人の往来が多くなり、それに伴って国際的な犯罪が増加している今日、凶悪犯でも外国へ逃れれば簡単に法の目をかいくぐれるのははなはだしく不都合です。そのため、あらかじめ政府間で取り決めておいて外国で犯した犯罪についても、その国から要請があれば犯人を引き渡すことができるようになっています。
 その取り決めが「犯罪人引き渡し条約」ですが、欧米では数多くの国がこれを締結しています。しかし、日本は米国および韓国とだけ結んでおり、欧米諸国と比べるとかなり異なる状況にありますが、人の国際的往来は増えたと言っても欧米諸国とは比較にならない程度であり、犯罪人引き渡し条約を締結しなければならない必要性は高くないという考えもあります。

 日韓間では、国境をまたがる犯罪の処理について次のような協力の仕組みが作られています。
 まず、「被疑者」と「犯罪人」を区別しなければなりません。「被疑者」は、事件を起こした犯人か明確にするために捜査の対象になっている者であり、訴追(起訴)はまだ行われていません。
 「被疑者」が国外へ出国している場合は、日本の警察はその国の警察に協力してもらって捜査を進めます。この協力を「捜査共助」と言い、具体的には証拠の提供などが含まれます。
 そのような協力のための取り決めが「共助条約」です。日本は米国、韓国、中国、EU、ロシアなどとこの条約を結んでいます。
 「被疑者」が捜査を逃れて出国するケースは「犯罪人」よりはるかに多く、平成24年度には53人の韓国人被疑者が出国しました。
一方、引き渡された犯罪人の数は過去10年間の累計が、しかも米国と韓国を合わせてせいぜい20人ですので、出国した被疑者の方がはるかに多いです(法務省の犯罪白書は内訳を公表していません)。
 今回、靖国神社のトイレで起こった事件の首謀者として韓国人男性が被疑者となっていますが、まだ不明確なことが多く、この件についてまず必要となるのは捜査であり、犯罪であったか、また、その被疑者が犯人であったかなどはその先で判断される問題です。報道されている限りでは、その韓国人は「犯罪人引き渡し条約」に基づいて引き渡しを要求できる対象ではなく、「捜査共助」の対象に過ぎないように思えます。

 次に「犯罪人」については、「日韓犯罪人引き渡し条約」は、捜査がすでに進み、起訴、裁判、または刑罰の執行が決まっている者であるとの考えに立っています。
また、同条約の対象となるのはすべての犯罪人ではなく、死刑又は無期若しくは長期一年を超える拘禁刑に処せられる重犯罪です。国家間での犯罪人の引き渡しは重大なことであり、手続き的にも非常に煩雑なので軽犯罪まで引き渡しを認めることは現実的でないからです。
 また、同条約は、引き渡しを求める要件として、要求している人がその犯罪者であること、つまり人違いでないことを説明した資料の提出のほか、犯した犯罪についても関連の法令の内容や、有罪となった場合どのような刑罰を受けるのかを含め詳しい説明を必要としています。
日本で判決が下っていない者も引き渡しの対象になりますが、起訴、裁判、または刑罰の執行が決まっている者に限られます。

 犯罪人引き渡し条約は、犯罪人を「訴追し、審判し、または刑罰を執行するために」引き渡しすることを定めているのであって、「捜査する」ために引き渡すことは想定していません。ただ「被疑者」の状態でも、逮捕状が出ている場合には捜査が進んでいて「起訴するため」と理解できるので、引き渡し対象になる可能性はあります
 
 一方、「日韓犯罪人引き渡し条約」は引き渡し要求に対して拒否できる場合を定めています。その中には弁護の機会が確保されていない場合のように裁判に特有の問題もありますが、「政治犯」の場合と「自国民」の場合はいわば超法規的に拒否できる道を残しています。
 「政治犯」と「自国民」の場合はすべて引き渡しを禁止しているのではなく、また、どのような場合に拒否できるかについて基準も示していますが、どうしても解釈が分かれることがあります。
 韓国側が「政治犯」を理由に引き渡しを拒否したケースが2013年にありました。その2年前、ある中国人が靖国神社に火炎瓶が投げつける事件を起こし、その後韓国へ逃れました。日本政府は韓国政府に引き渡しを要求しましたが、韓国の裁判所は「政治犯」を理由に引き渡しの対象でないとの判断を下しました。
韓国側の論理では、軍人を祭っている靖国神社に対する犯罪であればすべて「政治犯罪」とみなすことになりかねません。日本政府がこのような判断を認めず抗議したのは当然ですが、この問題は今日に至るも解決されないままになっています。
「政治犯」については、韓国側には植民地時代からの怨念があるのでただちに解決することは困難かもしれませんが、日韓両政府が粘り強く話し合い、より良い解決を求めていくことが望まれます。
2015.12.07

(短文)南シナ海に対する台湾の古い政策は見直すべきだ

 以下に紹介するのは台湾の聯合報(12月6日付)の記事であり、台湾の政府は、南シナ海全域に領有権を主張する昔からの「十一段線」政策を見直すべきではないかと示唆している。同新聞は保守系とみられることが多いが、国民党にも民進党にも批判的な記事を掲載することがある。これもその一つだ。
 なお、台湾の南シナ海に対する政策については東洋経済オンラインに寄稿した(12月1日)「南沙を巡る争いは、台湾存続の命取りになる」を参照願いたい。

 「台湾初の南シナ海の詳細な地図が完成した。内政部によれば、海図の電子版作製を目指してさらに作業を継続するそうだ。
 馬英九総統は12月12日に太平島を訪問する。新地図の公表とあいまって中華民国の南シナ海に対する主権を誇示する狙いがあるのだろう。
 今年「南疆史料展(南方地方史料展)」が開催され、中華民國政府が1947年に発表した地図も展示された。この地図では150あまりの島と岩礁が中華民国の領域と示されていたが、現在実効支配しているのは2つの島と1つの岩礁だけだ。
 2000年に政権が民進党に交代する前から、国民党政府は南シナ海に対する政策の調整を開始し、守備軍であった海軍陸戦隊を海洋警備や生態研究に切り替えてきた。
 陳水扁政権は太平島に滑走路と桟橋を建設する一方、南シナ海の調査を開始した。
 
 台湾がこれまで一貫して主張してきたのは「南シナ海の諸島は中国固有の領域であり、その主権が及ぶ」であり、いわゆる「十一段線」で囲まれる海域を台湾の領域としてきた。
 しかし、そのような対外姿勢は次第に意義を失いつつある。現在進めている調査が完成すれば、これまで主張してきた大陸棚に基づく権利は止揚(揚棄)すべきであり、そうすることによってはじめて形式に実質が伴うことになる。
 中国が南シナ海に対する主権を主張したのを機会に、台湾が同じく南シナ海への主権を主張すれば近隣諸国との間で緊張関係を生み、はなはだしい場合、台湾が中国と結託して南シナ海を掌握しようとしていると疑われかねない。」

(注)「大陸棚に基づく権利」とは南シナ海全域に対する権利のことであり、「形式に実質が伴う」とは「2島と1岩礁しか実行支配していないという現実にあった主張をすべきだ」ということであろう。

2015.12.06

(短評)テロ事件と無人飛行機

 パリにおける同時テロ事件が引き起こした波紋の一つだが、フランス政府は原発の警備を最大限にまで強化することにしたそうだ。フランスの治安機関には1万名のテロ容疑者のリスト(S-ファイル)があるが、EDF(フランス電力)はその最新版を持っていないので、人物確認には限界があると言う。

 本研究所HPはかねてから原発に対するテロ攻撃の危険性、とくに無人飛行機を使った攻撃などに警鐘を鳴らしてきた(2015年10月6日の「(短文)ドローンの危険性」など)こともあり、フランスでのこのような動きにはとくに関心を覚える。

 おりしも、日本ではドローンの競技会が開催されている。米国では、ドローンを使って注文された品物を短時間で配達するネット販売が盛んになっている。どうしてもこのようなことが報道されがちだが、ドローンを悪用した犯罪の危険性について全国民が警戒心を高めるべきだと思う。

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