平和外交研究所

2014年9月

2014.09.10

プーチン大統領のモンゴル訪問

9月3日、プーチン大統領はノモンハン事件75周年記念に出席するためモンゴルを訪問した。習近平主席が約10日前(8月21~22日)モンゴルを訪問していたのでちょっと比較してみたくなる。たとえば、習近平主席は今次訪問でモンゴルと26の協力文書に合意したが、プーチン大統領はビザの相互免除に関する合意などを含め中国の半分程度であった。プーチン大統領は半日だけのモンゴル滞在であり、ロシアと中国では条件が違うので単純に比較しても意味はないが、ロシアの対外的な影響力の特色は中国と比較するとよりはっきりとしてくる。
ロシアの姿勢として目立つのはやはり軍事力への自信が強いことである。今回のノモンハン事件記念日もその関係であるが、プーチン大統領はさらに、来年5月に行なわれる対ドイツ戦勝70周年の記念式典へモンゴルのエルベグドルジ大統領を招待した。ノモンハン事件ではモンゴル軍がソ連軍とともに日本軍と戦ったが、モンゴル軍はドイツと戦争したか、おそらくしていないだろう(要調査)が、プーチン大統領は一緒に祝おうと言っているのである。
そのことが歴史的にどのような意味があるかはともかく、これももちろん軍事関係である。ウクライナ問題の関連でも8月末にプーチン大統領がロシア人青年の集会で語った際にはやはり軍事力を強調し、核大国であることにも言及した。
中国も軍事力に頼っており、あくなき軍事力の増強は各国にとって大きな脅威である。南シナ海など一定の地域ではかなり露骨な軍事行動も見せるが、ロシアの姿勢と違うのは、中国は経済的な進出・膨張の傾向が著しく、むしろ経済的問題が先に来る傾向が強いことである。モンゴルがそのよい例であり、習近平は今次訪問の際巨額の借款を供与することとした。モンゴル経済は最近数年の外資規制の強化の影響で、深刻な外貨不足となっているからである。
ロシアは中国ほどではないものの、世界で有数のドル保有国であるが、モンゴルの経済状況についてどのような話し合いをしているのか。プーチン大統領は時間がなかったが、ロシア政府としてはどのように見ているか、また、関わろうとしているのか、そうでないのか。いずれにしてもそのインパクトは中国と比較にならないであろう。
中国のモンゴルに対する影響力は強過ぎるので逆に警戒される面もある。歴史的にはモンゴル人に憎まれていたこともあり、現在も中国を見る目は複雑である。習近平主席がモンゴル側の感情に配慮して振る舞っていたのは当然である。

2014.09.08

米・中・イスラム国関係

9月8日、キヤノングローバル戦略研究所のホームページに掲載されたもの。

「オバマ大統領はニューヨークタイムズ紙によるインタビュー(8月8日付 Friedman記者の記事)で、「中国について大統領はどうするつもりなのか。中国は現在イラクで最大のエネルギー投資国である。大統領は、中国に対して、貴国はこの世界でただ乗りでなく、ステークホルダーとなる時が来ている、と言うつもりはあるか」と質問されたのに対し、オバマ大統領は「そう言いたい。中国はたしかにただ乗りしている。過去30年間ただ乗りした」と述べた上、大国としての自覚と責任に関する持論を展開し、米国は他国のために行動することを期待されており、大国とはそういうものだと述べつつ、中国はそのようには見られていないし、行動もしていないなどと厳しく指摘した。
戦争で落ち込んだイラクの産油量は急速に回復しつつあり、2014年4月には304万BDを超え、OPECではすでにサウジに次ぐ産油国になっている。中国は世界最大級の埋蔵量があるイラク南部の油田群、ルメイラ、西クルナ、ハルファヤとアブダブなどで石油メジャーやロシアとともに多額の投資を行ない、開発・生産に加わっている。イラクの最重要パートナーだとも言われている中国石油天然ガス集団公司(CNPC)は同時にパイプラインや輸出ターミナルの建設計画を進めており、インフラ関連を含め派遣中国労働者の数は1万人を超えると推定されている。他の中近東やアフリカ諸国へ送り込まれている労働者の数と比べこれはむしろ控え目な推定であり、リビアの政変では3万人が脱出した。
米国はイラクにおいて莫大な犠牲をこうむった。戦死者だけでも約4千5百人に上った。しかし、イラク戦争に参加しなかったどころか批判的であった中国とロシアがイラクで権益を拡大し、ある意味で最大の受益者となっている。このような状況は米国から見ると、「ただ乗り」と見えるのであろう。オバマ大統領に限らずそれが米国民の気持ちであることはインタービューアーの質問からも窺える。
しかし、中国にとっても事は簡単でない。香港の『鳳凰週刊』は8月9日、「ISIS、数年後に新疆ウイグルの占領を計画、中国を『復讐ランキング』首位に」と題した記事を掲載した(12日の新華社日本語版が転載)。ISISは言わずと知れた「イスラム国」であり、イラク政府はもちろん米国にとっても頭の痛い問題となっている。英国出身の戦士が米国人記者を処刑し、その模様をインターネットに流すというおぞましい行為が行なわれたのもイスラム国である。
鳳凰テレビは日本ではフェニックス・テレビとして知られている。香港を拠点としているが、海外で中国の代弁をしっかりやっている。先日、中国機が米軍機に異常接近したことについて米国防省のスポークスマンが危険行為であったと指摘すると、同テレビの記者は逆に、米国は中国に対してスパイ行為をしているではないかと食って掛かったことがあった。前置きが長くなったが、『鳳凰週刊』はつぎのように記している。翻訳上の問題があるので一部修文した。

「イスラム国の目標は、アフガンにイスラム国を実現させるというタリバンの目標よりもっと壮大で、カリフの伝統に戻ることを主張しており、数年後に西アジア、北アフリカ、スペイン、中央アジア、インドから中国・新疆ウイグル自治区までを占領する計画を立てている。
イスラム国は、「中国、インド、パキスタン、ソマリア、アラビア半島、コーカサス、モロッコ、エジプト、イラク、インドネシア、アフガン、フィリピン、シーア派イラク、パキスタン、チュニジア、リビア、アルジェリアと、東洋でも西洋でもムスリムの権利が強制的に剥奪されている。中央アフリカとミャンマーの苦難は氷山の一角。われわれは復讐しなければならない!」と表明し、その筆頭に中国を挙げている。バグダッドでの声明では何度も中国と新疆ウイグル自治区に言及し、中国政府の新疆政策を非難した。中国のムスリムに対し、全世界のムスリムのように自分たちに忠誠を尽くすよう呼び掛けている。」

中国が資源の確保を求めて進出している地域はイスラム圏が多い。イスラム諸国にとって中国は、かつては第三世界の利益を守ってくれる頼もしい存在であったが、今や矛盾することが目立つようになっている。イスラム過激派との関係は特殊であるが、矛盾の象徴でもある。
一方、オバマ大統領の発言は、イスラム圏において中国は米国との関係でも矛盾を抱えていることを示している。中国はこのような状況でどのように対応するか。中国が多国籍軍に参加することは、いくら米国がイスラムの過激派と戦うのに強力な味方を必要としていると言っても当面はまずありえないが、将来起こりうるパワーバランスの変化としては頭の片隅に留めておくべきことと思われる。
(本コラムはエナジー・ジオポリティクス代表の渋谷祐氏の許可の下、「ジオポリ」2014年8月号(第133号)をもとに作成したものである)。」

2014.09.07

<集団的自衛権を考える>武力行使ができるのはどんな時?「基礎編」

THEPAGEに9月6日掲載された一文

「集団的自衛権という言葉が頻繁に話題に上るようになったのは1990年の湾岸危機の頃からですが、我が国は「集団的自衛権を持つが行使はできない」という立場でした。安倍内閣はこの問題を含め安全保障のあり方に関する検討を行ない、2014年7月1日に新しい方針を閣議決定しました。
そもそも集団的自衛権とはどういう意味でしょうか。「自衛」は比較的明確です。A国がB国から武力攻撃を受けた場合、A国として自国を守ろうとし、そのために武器を取って戦うこともあります。これが「自衛」であり、これは人類の歴史とともにありました。
しかし、「集団で自衛する」というのは分かりにくいことです。A国とB国だけでは説明がつきません。「集団で自衛する」という概念は昔はなく、1945年に国連憲章が世界で初めてこの言葉を使ってから世に知られるようになりましたが、その意味ははっきりせず、さまざまな解釈が生まれました。
集団的自衛とは、B国によって武力攻撃された国がA国ではなく第三のC国であっても、AとCが共同してBの攻撃に対処することです。A国は、自国が攻撃されているのではないのですが、C国と集団で防衛するのです。
しかし、日本はA国のようにC国を防衛することはできませんでした。日本国憲法が禁止していると解釈していたからであり、したがって「日本は集団的自衛権を持つが行使できない」という立場であったのです。
しかし、これでは国際社会の責任ある一員であり、他国に防衛してもらっている日本国として不都合である、他の国を一切助けないというのでは結局日本の安全保障にも支障が出てくる恐れがあると考えられるようになり、集団的自衛権をあらためて検討しなおそうということになりました。
そうは言っても憲法は国家のあり方を定めた根本規範であり、それについて歴代の政府が積み重ねてきた解釈は重いものです。尊重されなければなりません。したがって、集団的自衛権について検討しなおすと言っても、憲法解釈の信頼性を損なわないようにしなければなりません。
最大、かつもっとも困難な問題は、日本がA国のようにC国を助ける道を開くとしてもどのような要件でそれを認めるかということでした。個別の自衛の場合は、「急迫不正の侵害を防ぐため」「他に方法がない時」「反撃するとしても最小限で」などの要件を満たすことが必要であることが国際法で確立しています。
集団的自衛の場合、これに異なる要因が加わってきます。政府・与党における困難な交渉の末閣議決定された新方針は、次の要件が満たされる場合には日本は「武力を行使」できるという考えを打ち出しました。「武力を行使」するとは、武器を取って反撃する、つまり戦うことを意味します。
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」
「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において」
「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに」
「必要最小限度において」
ということです。
具体的なケースにおいて要件が満たされているか否かの判断は政府が行ないますが、原則として事前に国会の承認を求めることになっています。こうすることにより政府が独断で突っ走るのをチェックするという考えですが、現在の政府と議会のあり方から見て、そのようなチェック機能が本当に働くか疑問だとする声もあります。緊急に対応しなければならない場合には国会の承認は事後的にならざるをえないということも考えておく必要があります。
今後の手続きとしては、閣議決定された方針を実施するために法律の整備が必要であり、現在関係省庁で準備中です。政府は関連の法案を来年の通常国会に提出する予定です。

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