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2014.09.04

ウクライナ問題に関する9月5日の協議

9月5日、ベラルーシでウクライナ東部での戦闘に関し停戦協議が再開される。これに至る過程で関係諸国間ではフォローするのが困難になるくらいさまざまな動きや発言があった。停戦協議再開の前に多少」整理しておいた。

5月25日のウクライナ大統領選挙にまでさかのぼると、これに反対していた親ロシア派は前月から行動を活発化し、政府庁舎の占拠を始めていた。しかし、ウクライナ全体では大統領選挙は比較的円滑に実施され、ポロシェンコ新大統領が無事誕生した。

6月6日、ポロシェンコ・プーチン両大統領はノルマンディー上陸記念式典の際出会い、握手も交わした。この時は短時間であったのでとくに突っ込んだ話し合いは行なわれなかったが、ポロシェンコ新大統領にとっては上々の滑り出しであった。

6月27日、ウクライナはグルジアとモルドバとともにEUと連合協定に署名した。将来のEU加盟へ向けての準備の一環であるが、長年の懸案であり、ウクライナにとっては重要な前進であった。

7月17日、マレイシア機MH17便の撃墜事件が起こり、ロシアとウクライナおよび欧米諸国の関係は非常に悪化した。ウクライナ東部ではウクライナ政府の攻勢が強くなり、親ロシア派の武器、食料などが欠乏しかけており、それに対するロシアからの陸路補給が新たな問題となった。
米欧はロシアの姿勢がウクライナ東部の情勢を悪化させているとして対ロシア追加制裁措置を取り、日本も8月5日、追加措置を決定した。

8月26日、ベラルーシでポロシェンコ・プーチン会談が実現し、停戦協議の再開について合意された。その前からロシアによって支えられていた親ロシア派の攻勢が再び強くなり、ウクライナ政府軍は劣勢に立っていたので、この合意はウクライナ政府にとって救いであっただろう。

しかし、その後も事態は改善されなかった。8月28日、ポロシェンコ大統領は、ロシアの戦車部隊がドネツク州南部の国境を突破したとして、緊急声明を発表した。続いて、30日、ポロシェンコ大統領はEU首脳会談がおこなわれていたブリュッセルで会見し、ウクライナ東部の状況は「取り返しのつかない地点に近づいている」と訴え、停戦協議の重要性を強調した。

一方、停戦協議再開のための交渉は並行的に進められていたらしく、ベラルーシ外務省は30日、停戦協議が1日、ベラルーシの首都ミンスクで行われることを明らかにした。

ポロシェンコ大統領がEUなどに窮状を訴える間、ロシアのプーチン大統領は8月31日、「本質的な問題についての協議をただちに始める必要がある。ウクライナ南東部における政治組織、国家機構の問題だ」と述べた。親ロシア派が拠点としているドネツク、ルガンスク両州に、事実上の独立国に近い地位を与えるべきだという考えとみられた。

(9月1日のベラルーシでの協議は実現しなかった。)

NATOは9月4~5日に英国西部ニューポートで首脳会議を開催する。1日、北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長は記者会見で、ウクライナ危機を受け、即応体制の強化に向けて数千人規模の「先陣部隊」を新設する考えを明らかにした。この部隊は最短2日で域内に展開可能である。また、有事の際に機敏に対応するための「即応行動計画」がまとめられる予定となった。先陣部隊は同計画の柱である。

9月3日、オバマ米大統領はNATO首脳会議に先立つ3日、エストニアを訪問し、同国とリトアニア、ラトビアのバルト3国防衛へのNATOの支援を確約した。同時にオバマ大統領はウクライナでの対立激化についてロシア政府を非難し、ロシアの侵略姿勢に対する結束を呼びかけ、た。NATO事務総長とオバマ大統領の行動と発言はロシアにとって強い圧力となったものと推測される。

同日、ポロシェンコ・プーチン両大統領は電話で協議し、ウクライナ側の発表によると、「平和の確立に向けた段取りについて、相互理解が得られた」。
一方、プーチン氏は訪問先のモンゴルで、電話協議について「紛争の正常化に向けた道筋について、私たちの見解は非常に近いと感じた」と述べた。
プーチン氏はさらに、電話協議後モンゴルに向かう機中で書き上げたという、7項目からなる停戦計画案を発表した。(1)ウクライナ軍と親ロ派の即時停戦(2)ウクライナ軍の撤退(3)国際的な停戦監視(4)紛争地での一般市民に対する軍用機の使用禁止(5)捕虜の無条件交換(6)避難民の移動と人道支援物資運搬のための「人道回廊」の確保(7)破壊されたインフラの復旧である。親ロ派に対しても停戦を呼びかけた点が注目されたが、ウクライナ軍に対して東部から撤退するよう求める一方、親ロシア派による政府建物の占拠には触れておらず、ウクライナ側が受け入れない可能性もある。
プーチン大統領は以前、ウクライナ東部に事実上の国家ないし独立性の高い自治区を認める必要があると言っていた。そのような考えはすでになくなっているかという問題もある。



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