平和外交研究所

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2017.02.08

(短評)安倍首相のトランプ大統領との会談

 安倍首相は2月10日にトランプ大統領と会談する。注目度が非常に高い会談だ。メリットもデメリットもあると思う。
 
メリットとしては次のようなことが考えられる。
○トランプ大統領には、日本の安全保障について日本自身が行っている努力、あるいは日米両国間の貿易などに関するはなはだしい誤解がある。それを解く努力が必要だ。

○トランプ大統領は経済交渉には自信があるようだが、国際政治や安全保障の面では不安がある。日米の同盟関係は日米両国にとってはもちろん、アジアや世界の平和と安定にとっても重要な役割を果たしており、このことについてもトランプ大統領に理解してもらうことが必要だ。

○米国の新政権に安倍首相が親近感を持っていることを、理屈抜きに行動で示すことが重要である。トランプ大統領と安倍首相が個人的に親しい関係を築き上げれば今後の日米間の意思疎通、相互理解が容易になる。

反面、次のようなデメリットも考慮すべきだ。
○トランプ氏は非常に個性的で、特異な大統領であり、今後日本として呑めない要求が出てくる危険がある。日米関係を最初から緊密だとしてしまうと、ノーということもできなくなる恐れがある。新政権内部で今後意見の対立が生じる危険もある。

○日本で安保法制改正が行われた結果、日本が米国の軍事行動に貢献・協力する余地は大きくなっている。かりに南シナ海で米国が第3国と衝突すれば、日本は当然貢献・協力を求められるだろう。日本国民としてはそのような覚悟を持っていなければならない。

○日本から対米投資の予定額などを含む経済貢献パッケージを持参するというのが本当であれば、トランプ氏としては「やはり日本にもまず強く出たのは正解であった」と思わせることとなるのではないか。そうであれば、将来はさらに一方的な要求が出てくる恐れがある。


 それから、これはメリット、デメリットと言えるほど割り切れないことだが、今後、日米のみならず、中国、ロシア、欧州などの間の相互関係が大きく変化する可能性がある。英国のメイ首相は新政権の米国と伝統的な友好関係を確認したが、トランプ氏に同調しすぎた、西側として重視してきた価値を軽視したとして英国内外で批判を浴びた。
 一方、メイ首相は中国との関係を重視しており、訪中予定も早々と発表している。経済的な理由から英国はメイ首相の前の政権から中国との関係を積極的に進めている。
 今後、日米関係も広い国際的視野で推進していくことが必要だ。

2017.02.03

元自衛官による「日米同盟と自衛隊の役割 過去、現在、未来」論文


 自衛隊の元将官が英文の論文「日米同盟と自衛隊の役割 過去、現在、未来」を発表したと報道されている。「トランプ大統領が安全保障で同盟国との分担が不公平だと訴える中、日本の防衛に携わった幹部OBから自衛隊の役割拡大や米軍との連携を米国に向けてアピールする異例の提言だ」そうだ。

 元自衛官が日本の将来の姿を考え、意見を発表するのは有意義なことである。しかし、今の憲法では、政府と自衛隊との関係についての規定が不十分だと思う。
 2016年11月11日に当研究所HPに掲載した「憲法改正の論点④ 自衛隊/国防軍の統制」を再掲する。


 「自民党憲法改正案は我が国が「国防軍」を保持すると規定している(同案第9条の2)。「自衛隊」は現憲法では言及されておらず、解釈として認められているに過ぎない。また、現憲法第9条第2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とあるが、これに相当する規定は改正案にはない。

改正案第9条の2
 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

自民党改正案第66条第2項が主たる規定。
「内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない。」

さらに第72条第3項
「内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。」

疑問と問題点 
 自衛隊の統制については、現憲法には2つの問題点がある。
第1は、「自衛隊は軍隊でない」という建前にこだわる結果、自衛隊を統制する必要性が明確に認識されていないことだ。つまり、軍隊は統制しなければならないが、自衛隊についてはそのような必要性がないと思われている。自衛隊はそれが必要になるような状況にはなりえないと想定されているからだ。
自民党改正案は国防軍を持つこととしているので、この「自衛隊」の中途半端な性格は問題にならなくなる。

第2は、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」(66条2項)といういわゆる文民統制だ。首相や防衛相が健全に判断するので軍の暴走を止めることができるという考えだが、実際にはとてもそれでは統制できないと思う。たとえば、作戦Aで成功しなかった軍が作戦Bを必要と主張するが、政治的あるいは外交的な理由から作戦Bは実行すべきでないと判断される場合、防衛相が作戦Bを不許可とするのは困難だ。理論的はもちろんできるとしても、実際には軍はよく検討し、理由を考え防衛相に上げてくるだろうから説得力がある。一方、政治的、外交的判断は妥協の結果として出てくるものであり、したがって理論的根拠は弱いことが多い。軍の考えと政治的・外交的判断を単純に比べてみるとおそらく軍の考えのほうが理屈にかなっているように見えるだろう。
しかし、そこで軍の主張を容れると軍の統制は成り立たない。つまり、軍のほうが合理的であっても政治的、外交的判断を優先させなければならないことがあるのだ。このことは一見不合理に見えても、軍は軍の世界で物事を組み立て、判断しているにすぎないので、全体的判断にはなりえないのであり、またそうしてはならない。
歴史的にいくらも例がある。満州(現東北地方)を防衛するのに長城を超えて華北に入り作戦をしなければならないという主張もあった。この時、日本政府は無力であり、軍の行動を後付けで承認するほかなかった。
陸軍の主張が認められないことを理由に陸軍大臣が閣議をボイコットしたので政府はやむなくその主張を認めたこともあった。
しかも、軍の主張は過去の作戦で多数の兵士が犠牲になったという歴史によって裏付けられ、強化されている。政府が軍の主張する理由に同調しないと、「兵士を無駄死にさせたことになる」などということになる。
このように困難な統制は首相や防衛相が軍人でないことだけで担保されるものでない。しかし、自民党の改正案も現憲法の単純な考えから脱却しておらず、トップに立つ首相や防衛相がいる限り、問題は起こらないという考えに立っている。
 
ではどうすればよいかだが、「軍はいかなる場合でも政府の判断に従う」という原則を明記すべきだ。この原則といわゆる文民統制(シビリアンコントロール)との違いは、このような原則を立てれば、それはすべての軍人がまもるべき規則となり、またそれを教育することになる。今のシビリアンコントロールだけでは首相や防衛相だけがその原則を守ることになっている。つまり、この原則は万人に対して当てはまるが、シビリアンコントロールはトップだけが責任を持っているに過ぎない。

防衛省の元次官であった守屋武昌氏は、先般成立した安保法制の改正において背広組の職権が削られ、制服組の権限が飛躍的に拡大したことを指摘し、「大戦の惨禍の上に築かれた文民統制の仕組みが取り払われてしまった」と述べている(朝日新聞2016年9月1日付)。その中で守屋氏は「軍事的合理性で押してくる制服組に要求はとてもシビア」と述べている。制服組の主張は説得力があるということだ。
守屋氏の言う文民統制の仕組みとはいわゆる内局(背広組)優位の原則であるが、私が防衛庁(当時)に出向していたとき、内局の幹部にあることを相談したところ「自衛隊が反対するから」という理由で断られたことがある。この短いやり取りだけで判断するのはやや問題であるが、その時は文民優位の仕組みは生きているのか疑問に思った。
自主防衛の範囲が拡大することは決して忌むべきことでない。自衛隊を防衛軍とすることには賛成だ。しかし、軍の統制を見直すことは絶対的に必要であり、「軍は政府の判断に従う」という原則を明確に掲げるべきだと思う。」
2017.02.01

トランプ氏と「一つの中国」

 トランプ氏は大統領就任以前から「米国はなぜ一つの中国に縛られなければならないのかわからない」「一つの中国に関する原則も交渉対象となる」(それぞれ1月11日のFOXテレビ、13日の米紙ウォールストリート・ジャーナル)などと述べて物議をかもしている。この際、「一つの中国」原則を確かめておこう。昨年12月24日の「(短評)トランプ新政権の対中姿勢」と併せてご覧いただきたい。

 まず「中国」「中華人民共和国」「台湾」を区別する必要がある。とくに、「中国」と「中華人民共和国」は同じ意味で使われることが多いのでその区別は重要だ。さらにこれらのほか、「中華民国」もあるが、特に断らない限り「中華民国」と「台湾」を区別せず、単に「台湾」と呼ぶこととする。

 「一つの中国」というが「中国」という名称の国はない。現在ないだけでなく、太古の昔からなかった。一方、「中華人民共和国」は実在する国家だ。以前の「清」「明」「唐」なども実在する国家であった。
 では「中国」はまったく存在しないかと言えば、それは微妙な問題で、「中華人民共和国」政府は、存在するという立場であり、その立場に立って「中華人民共和国」も「台湾」も「中国」に属すると主張している。しかし現実には、大陸は「中華人民共和国」が支配し、台湾島は「中華民国」が支配しているので、主張でなく目標に過ぎない。そこで「中華人民共和国」は「一つの中国」を標榜して、「台湾」を「中華人民共和国」のもとで統一したい、つまり、「中国」イコール「中華人民共和国」イコール「中国大陸プラス台湾島」にしたいのだ。

 実は、「台湾」すなわち「中華民国」もかつては「一つの中国」の立場であり、「中国」イコール「中華民国」イコール「中国大陸プラス台湾島」とすることを目標にしていた。
 しかし、現在はそのような主張をしなくなっている。それは、「中華人民共和国」バージョンの「一つの中国」に乗り換えたからでない。「中華民国」バージョンの「一つの中国」の目標、すなわち、「台湾」が中国大陸を征服することなどありえず、政策目標として掲げるべきでないと考えるようなったからだ。

 現在、蔡英文総統は「一つの中国」問題について極めて慎重な態度であり、賛成、あるいは反対と旗幟鮮明にすることを避けている。その説明は、大胆に分かりやすくすれば、「一つの中国について台湾内部にコンセンサスがない現状では、政府として特定の立場に立つべきでない。民主的にコンセンサスが形成されるのを待つ」という考えだと思う。
 これに対し「中華人民共和国」は、蔡英文総統がそのように態度をあいまいにしているのは腹の中で「台湾独立」を企んでいるからだとみなして激しく非難している。

 トランプ氏は米国政府の立場を変更したか否か。日本と米国はそれぞれ1972年と79年に「中華人民共和国」と国交を樹立した。その時から「一つの中国」は問題であったが、日本は「一つの中国」を認めるとは言わなかった。米国は、「中華人民共和国がそのように主張していることに異論を唱えない」と表明するにとどめた。日米両国とも「一つの中国」は意味不明であり、また、一部は明らかに現実でないのでそれを正しいと認めなかったのだと思う。
 トランプ氏の「一つの中国の原則に縛られない」との発言は従来の米政府の説明と感じが違っており、中国は反発しているが、米国が立場を変えたとは単純に断定できない面がある。解釈問題だ。
 また、トランプ氏は「一つの中国原則も交渉の対象となる」とも言っているが、中国は交渉の対象にしないだろう。
 そう考えると、トランプ発言自体はさほど深刻な問題になると思えないが、米新政権の中国政策、とくに台湾の扱いは注意が必要だ。


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