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2018.08.29

「旧ユーゴスラビア」問題を伝える難しさ

「旧ユーゴスラビア」の大使を務めた経験をもとに、同国のことを日本に伝える難しさについて書いた一文をTHE PAGEに寄稿しました。
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2018.08.06

北朝鮮の非核化をどうみるべきか

 6月の米朝首脳会談後、北朝鮮の非核化に関しいくつかのことが話題になってきた。「北朝鮮は今もウランの濃縮を進めている。」
「北朝鮮はミサイルの製造を続けている。」
「北朝鮮は、米国が朝鮮戦争の終結宣言に応じないので非常に不満であり、非核化の作業を進めていない。」
「北朝鮮は最近、国連の制裁やぶりにますます熱心になり、海上での積み荷の積み替え(瀬取り)を盛んにしていると国連で報告されている。」などである。
 
 さらに8月2日に行われたASEAN外相会議の際に垣間見られた北朝鮮の姿勢もかなりの関心を集めた。

 これらは、多かれ少なかれ根拠があるようだが、北朝鮮の非核化に関し現在最も重要なことはいわゆる高官協議である。実は、その中には、実務者の協議や「作業部会」とも呼ばれている小規模で、専門的な問題を扱う場も含まれている。
 高官協議については、さる7月初めにポンペオ国務長官が平壌を訪問して以降、何も発表されておらず、米朝双方とも情報を出さないので実情が分からないのだが、米朝両国がしようとしていることは推測が可能である。

 それに比べると、本稿の冒頭に掲げたさまざまな観察や分析は、あえて言うなら、「周辺的な問題」である。それには、米朝間の駆け引き、政策決定者でない人たち、南北両朝鮮の考えが影響していると思う。

 また、最初に掲げたウランの濃縮については、以下で述べるように目下米朝で協議中であり、結論が出る前に北朝鮮が自発的に一部を濃縮施設の解体を実行しなくても何ら不思議でない。


 米国としては北朝鮮と詰めなければならないのは、大きく言って次の4項目である。
① 北朝鮮による核兵器廃棄の「決定」。
② 決定の実行。核弾頭の解体、関連施設の廃棄、平和目的利用への転換、核廃棄物の処理などを含む。
③ 非核化の「申告」。「非核化」の決定と実行について北朝鮮政府がIAEA(国際原子力機関)に行う。
④ 申告の「検証」。申告内容が正確かの検証。

①核兵器廃棄の「決定」
 金正恩委員長はトランプ大統領との会談に先立って、「非核化」の意思を示していたことは周知である。トランプ大統領との会談でも、改めてその考えを説明したはずだ。
会談後の共同声明では、「金正恩委員長は、朝鮮半島の非核化についての確固とした、揺るぎのないコミットメントを再確認し」「北朝鮮は非核化に向けて進むことにコミットする」と記載された(第3項)。
 
 にもかかわらず、政治体制の違いから、北朝鮮は「非核化」の決定を正式に行ったかどうか、不明である。そこで、米側としては、正式の決定が、いつ、どのような内容で、どのような手続きで行われるかを確認する必要がある。余談だが、その確認が行われるまで、ワシントンなどでは、北朝鮮は本気で「非核化」を実行する意思がないという懐疑論が消えないだろう。

 なお、北朝鮮の現憲法は北朝鮮を核保有国と明記しており、「非核化」すればその改正が必要となる。憲法改正を行うのは最高人民会議であり、北朝鮮はこれを予定より早く開催するともいわれている。いずれにしても、憲法改正自体はここでいう「非核化」の決定でなく、確認的なことであろう。
 
②決定の実行
 決定には様々な内容が含まれているが、なかでも重要なことは核兵器の廃棄である。北朝鮮が何発保有しているか、また、どこに、どのような状況で保管しているか。廃棄はいつ、だれが、どこで、どの順番で行うか。廃棄した核兵器は北朝鮮内で処分するか、国外へ搬出するか。米側としてはこれらを確定する必要がある。
 1980年代の末に保有していた核兵器を廃棄した南アフリカ共和国の場合、自国ですべての核兵器を廃棄した後に発表したので、これらが問題になることはなかったが、これから「非核化」する北朝鮮の場合には、後で述べる「検証」においてこれらの事実関係についての情報開示が求められる。
 これに対して、北朝鮮側では米側の要求に応じるのに抵抗する力が働く恐れがある。たとえば、人民軍や労働党の強硬派が、「主権」にかかわることとして説明を拒む事態である。これは米国としてとくに知りたいことであろう。

 核兵器を製造するのに使用された施設の廃棄も重要問題だ。関連施設の数は多い。ウランの鉱石から核兵器を製造するまでにはかなりの数の工程がある。例えば、自然な状態で存在するウランを濃縮すること、そのため気化などの加工が必要である。また濃縮されたウランは金属状に加工される。冷却施設や、実験場も必要だ。

 米国は人工衛星などで関連施設の存在をある程度把握しているが、完全ではない。協議においては北朝鮮側からすべての関連施設の現状と廃棄について説明を受ける必要がある。
 
 「非核化」の実行上、北朝鮮による原子力の平和利用も問題となる。平和利用は核兵器不拡散条約(NPT)でもすべての国に認められている権利であるが、兵器用と平和利用用の境界が明確でないことがあるので、協議の対象とせざるを得ないのだ。

 兵器用と平和利用用の混在は様々な局面で現れてくる。たとえば、ウランの濃縮は兵器のためにも、また、平和利用のためにも行われ、そのための施設は完全に分離されていない。したがって、兵器用の濃縮施設を廃棄するといっても、では平和利用の濃縮はどうするかが問題となる。

③④申告と検証
 「非核化」を実行すれば、北朝鮮はIAEA(国際原子力機関)に対して、「非核化」の顛末を記した「申告」を行うことになる。「申告」の主たる目的は、「非核化」の決定が正しく実行されたか、政府の「申告」に虚偽やその他の誤りがないことを「検証」するためであり、「検証」はIAEAによって行われる。どの国でも、核兵器を保有しない国でも、核分裂性物質は厳格に管理されているはずだが、「申告」が正しく行われるとは限らない。

 「検証」は高度に専門的、技術的な問題だが、その詳細について双方で決めておかないとうまくいかない。「検証」が途中で失敗し、とん挫した例はいくつもある。かつての北朝鮮やイランがそうであった。 

 「検証」では、核兵器や関連施設の中に存在する「核分裂性物質」、具体的にはウラン235(U235)と途中で生成されるプルトニウムの増減を調べ上げ、「申告」から漏れている「核分裂性物質」はないことが確認される。つまり、1国内の「核分裂性物質」の量がすべて、兵器用か平和利用用かをとわず、また、全工程を通して確認されるのだ。そのための調査を「査察」というが、煩雑になるのを避けるため本稿では「査察」も含め「検証」と呼ぶこととする。
 例えば、核兵器1発を解体した場合、約50キロのU235が取り出されるのだが、そのことが正確に記録され、正しく保管されていることを確認されるのである。
 
 「検証」のために、すべての関連施設は完全に開放するよう求められる。そして、壁に付着して残る物質がないかということまで調べられる。
 これは普通の感覚では考えられないようなことであり、いわば、他人が家の中に入り込んできて、「裸になってください」と言われるようなものだ。「検証」とはそういう世界なのであるが、それに対する理解がないと抵抗が起こるのも当然だ。だから「検証」はよくとん挫する。
 
 したがって、「検証」は円滑に実施されなくなる危険があるという前提に立って、その場合にはどう対処するかまで決めておかなければならない。
 南アの場合も、「検証」は何回も困難に逢着したが、その都度検証チームは南ア政府の全面的な協力を得たので「検証」を貫徹できたという。
 
 今回の平壌協議に先立ち、複雑な「検証」のための作業部会を米朝間で立ち上げたことは正しいステップであった。このことには北朝鮮も同意していたはずだが、それでもポンペオ長官が提出した要求は、あまりも一方的で、多すぎると映ったのであろう。だから「一方的に強盗のように要求してきた」と非難したのだ。もっと上品な表現はあったかもしれないが、北朝鮮の気持ちは率直に表現していたと思う。

 しかし、「強盗」であろうと何であろうと、「検証」を最後まで貫徹しなければそれまでの努力はたちまち無に帰する。米国としては何としてでも徹底した「検証」を確保しなければならない。北朝鮮の「強盗」声明は、米国がなすべきことを実行している証である。
 
 以上のようなことは技術的、専門的な性質が強く、結論を出すには時間がかかるが、米朝双方がそのために作業を進めているか否かが最大のカギである。

 よく「CVID、すなわち完全な、検証可能な、不可逆的な、核廃棄」に北朝鮮がコミットしているかいなかが問題にされるが、CVIDという言葉の有無をもって米朝協議が進展しているかいないかを判断することはできない。内容が問題なのだ。それはつまるところ、まさに本稿で述べたようなことである。
 

2018.07.18

カンボジア情勢と日本の立場

 7月 29 日に投開票されるカンボジア下院議会選挙に向けて、カンボジア国内は選挙運動が活発化している。フン・セン首相が率いるカンボジア人民党(与党)は、首都プノンペンに約 6 万人の支持者を集結させ、気勢を挙げた。
 一方、複数の野党も集会を開いたが勢いがなかった。最大野党だったカンボジア救国党はすでに解党されており、今回の選挙ではまちがいなく人民党の勝利が予想されている。

 前回 2 013 年下院選では、定数 125 のうち、人民党が 68 議席、救国党が 55 議席を獲得し、野党の救国党はもう少しで人民党に追いつく勢いであった。しかし、救国党は昨年 6月にケム・ソカー党首が国家反逆罪容疑で逮捕され、11 月に党ぐるみで国家反逆を企てたとして最高裁判所により解党させられた。救国党の指導者 118 人は今後 5年間政治活動を禁じられている。 最高裁は、フン・セン首相による、救国党が「政府転覆計画に関与した」とする訴えを認めたのであった。

 2013 年総選挙では、複数の罪に問われ国外に逃亡していたサム・レンシー党首(当時)に対し、投票日直前であったが国王が恩赦を出したので同党首が帰国し、救国党が勢いづくきっかけになった。救国党のメンバーは、今回の下院選においても前回と同様、国王の仲介を求めているが、実現の見通しは立っていない。

 この解党劇については、国内外から批判が高まっており、欧米は国家選挙管理委員会への支援を既に引き揚げ、特に人権尊重を重視する EU は、カンボジアを開発途上国優遇の特恵関税の対象から外すことを検討中である。

 しかし、当のフン・セン首相はどこ吹く風で、全く意に介していないようである。フン・セン首相は、中国からの経済支援を後ろ盾に独裁色を強めているため、「何があっても中国人は友人」などと発言している。南シナ海問題でも明確に中国を支持しており、欧米離れを進めている。

 カンボジアと中国の関係は他の東南アジア諸国よりも複雑である。中国は、ポル・ポトが率 いるクメール・ルージュの武装蜂起を支援し、その結果としてクメール・ルージュによる共産政権が誕生した。そのクメール・ルージュは 1970 年代、カンボジアに「階級が消滅した完全な共産主義社会の建設」を目指し、反乱を起こす可能性があるとの理由で知識階級に対して大量殺戮を繰り広げた。その数については様々な説があるが、100 万人は下らないと言われている。

 この記憶は歴史的には消えていないが、現在は中国からの経済援助により目立たなくなっている 。2010 年から中国は日本を抜いてカンボジアに対する最大の援助国となり、また、シアヌ ークビル港をはじめ、各地で民間投資を含めて大型プロジェクトを実施している。カンボジア全対外債務残高のうち中国の割合は半分を占めるに近づいており、カンボジア政府にとって中国からの経済支援は、アジア屈指の GDP成長率 7%を維持するため、必要不可欠となっているのだ。

 一方で、カンボジアと日本や欧米諸国の関係も依然として密接である。20 年に亘る内戦を経た後の 1990 年代以降、復興を支えてきたのは日本や欧米からの支援であった。同国経済は事実上、『ドル化』しており、約 9割の流通通貨は米ドルである。また、全輸出の 8 割を占める縫製品と履物の主な輸出先は欧米と日本である。

 日本は、中国に追い越されたとはいえ、カンボジアヘの大口援助国であることに変わりない。政治面ではフン・セン寄りで、健全な民主主義を実現するのに協力的ではないと欧米諸国からみられているが、必ずしも同じ立場で臨むのが良いとは限らない。

 中国寄り一辺倒の弊害が顕在化した際には、カンボジア人があらためて中国との関係を考えなおすこともありうる。現に中国企業はカンボジア政府との間で関税逃れ等の癒着が多く、他国の企業は対等な貿易取引ができないという問題が起きている。

 そのような中にあって、日本は独自の方法でカンボジアの発展に貢献する道を求めていかなければならない。そうすることは可能だと思う。

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