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2014.11.05

日朝交渉を打開する切り札はあるか

THEPAGEに11月4日掲載されたもの

「外務省の伊原アジア大洋州局長ら日本政府代表団が平壌を訪問し、北朝鮮の特別調査委員会の責任者である徐大河委員長に会い、日本として拉致問題の解決を最重視しているという立場を伝えるとともに、調査の状況について聴取しました。2日間にわたって密度の濃い協議ができたようですが、日朝間の交渉は長らくこう着状態にあり、これから先もさまざまな問題が発生することが懸念されます。
小泉総理が2002年と04年の2回訪朝した例にかんがみ、安倍総理の訪朝により一挙に解決を図るべきだという声もあります。安倍総理の訪朝は切り札となるでしょうか。
日本政府は17名の日本人を北朝鮮による拉致被害者として認定しており、そのうち5名については2002年に帰国が実現しました。しかしながら、残りの12名は安否不明です。さらにこの他、民間団体が調査した結果北朝鮮による拉致された可能性があると思われる多数の「特定失踪者」があります。
もし、日本政府が拉致被害者は健在であり、日本へ帰国できないのは北朝鮮当局によって拘束されているからだと確信しているのであれば、安倍総理が訪朝するのがもっとも効果的かもしれません。しかし、日本政府にはそのような確信があるとは思えません。推測にすぎませんが、もし確信しているのであれば、日本政府の動きは当然異なってくるでしょう。
日本政府が確信を持てないのは、12人の拉致被害者について北朝鮮側が、「8人は死亡した。4人については入国したという記録がない」と説明しているからです。北朝鮮が提供した情報はそもそも限られていた上、内容的にも一貫性に欠け、疑わしい点が多々含まれており、北朝鮮の説明をそのまま受け入れることはできませんが、他方、北朝鮮が説明している事実関係が間違っていると日本側は主張したくても根拠のないことを言うわけにはいきません。これまでいろいろの人が見聞したことが伝えられていますが、日本政府を確信させるものはなかったのでしょう。さまざまな事情があるにせよ、北朝鮮の説明は国家として行なったことであり、それを否定するには根拠が必要です。
小泉総理の訪朝は、北朝鮮にとって日本との関係を打開し、進展させる大きな機会であり、北朝鮮側の交渉者は、日本側の期待に添えることができるという趣旨の確約をしたと思います。だから小泉総理は訪中し5人の拉致被害者の帰国が実現しました。しかし、これは拉致問題の部分的解決でした。その他の人については日本側の期待するような結果は得らなかったので、小泉総理の訪朝をもってしてもその帰国は実現できなかったのです。
もし安倍総理が訪朝するとすれば、失敗に終わるリスクはその時に比べはるかに大きいと言わざるをえません。決定的に異なるのは北朝鮮が、8人は死亡したと説明していることです。1人でも生存していると北朝鮮が説明していれば話は違ってきますが、それはありません。北朝鮮の説明をそのまま受け入れることはできないとしても、日本として北朝鮮の説明を否定しさることができない限り、日本の行動に制約が出てくるのはやむをえないことです。
北朝鮮は、過去の調査結果にとらわれず徹底的、全面的に再調査すると伊原局長ら日本側代表団に確約しました。この特別調査については金正恩第1書記の指示が出ていると思います。金正恩はまだ30歳代の前半で、政治経験が浅いのは事実ですが、短期間に新指導者としての地位を確立しつつあるようです。しかし、よく調べてみなければ分からないことがあるのは北朝鮮においても同じことです。そのことにかんがみると、今後必要なことは一挙に安倍総理の訪朝に走るのではなく、特別調査を進め、煮詰めていくことであると思います。」

2014.11.05

新欧州委員長の就任とEU

11月1日、欧州委員長がバローゾ(ポルトガル)からユンケル(ルクセンブルグ)に交代した。バローゾは10年間(2期)勤め、加盟国および加盟候補国の拡大、ギリシャの金融危機などを経験した。ユンケルは第1期の5年間が経過した後、2期目も務めるか、それは分からないが、すでにEU内部では利害関係の違いにもとづく対立が目立っている。
主要国の間にもEUへの信頼性を問う動きがあり、とくにかねてからEUの主要メンバーでありながら何かと距離を置きたがる英国はEUの官僚的対応に不満を高めている。先月24日には、EUの首脳会議が開催中であったがキャメロン首相は記者会見を開き、「EUがいかに現実から離れ、官僚的かということを、欧州中に知らしめた」とブチまけた。EUの中心勢力である独仏からも不満が漏れている。
EUでしばしば問題となるのは各国の財政負担であり、主要国は負担が重すぎることに不満であり、弱小国は大国の権限が強過ぎると言っている。キャメロン首相の不満も英国の財政負担が引き金であった。
主要国の財政負担がさらに増大するのは避けられないであろう。一方では、将来のEU加盟を目指してセルビアなどの西バルカン諸国が安定化・連合協定を結んでいる。他方では、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの財政不安定国の状況が好転せず、ユーロの維持のための負担が大きくなっている。しかしながら、前者の方は政治的に、後者のほうは経済的にそれぞれ必要であり、主要国としても負担増を理由に協力を拒否することはできない。
そのような状況の中でさらにウクライナの問題に火がついた。親ロシア派とロシアとの関係で困難な立場にあるウクライナ政府を支持し、下支えするのにEUは一致して行動してきたし、これからもそうするであろう。対外的な問題に対してはさすがと思われるところがあるが、ウクライナとも安定化・連合協定を結んだ。これはウクライナにとっては非常に大きなステップであるが、親ロシア派はますますウクライナ政府には協力しなくなり、ごく最近も独自の選挙行なっている。ロシア空軍は冷戦後まれにみる規模で演習を行いウクライナの新ロシア派にエールを送っている。EUにとっての経済的・政治的負担はますます重くなるだろう。ユンケル新委員長にとって難題に満ちた出発である。

2014.10.23

「イスラム国」空爆と「保護する責任」

さる8月、過激派組織「イスラム国」に対して米国が始めた空爆は安保理の決議を経ていなかったが、世界の多数の国から支持された。以前、米国やNATOなどが軍事行動を起こした場合、それを承認する安保理決議があったか否か、何回も問題になったことがある。イラク戦争の場合は米英などがイラクに対する攻撃を承認する安保理決議を獲得しようと努めたが、それは果たせないまま開戦に踏み切り問題になった。そのためイラク戦争は違法であるとする主張が生まれた。一方、米英は、1990年以来何回もイラクの対する決議が採択されており、2003年の攻撃も承認されていると主張した。今回の「イスラム国」に対する攻撃については、承認する安保理の決議はまったくなく、議論が分かれる余地はなかったのである。
しかし、米国の空爆を多数の国が支持し、また近隣諸国を含め米軍の作戦に協力する国家も出てきた。米国はそ空爆について、集団的自衛権の行使であるとも説明したが、多数の国はそのために支持したのではなかった。「イスラム国」が占拠している地域で非人道的な扱いを受けている住民を助けることに各国が賛同し、空爆に積極的な意義を認めたからである。
このケースは、安保理決議のあり方にも一石を投じた。国連は国際の平和と安定の維持を脅かす行為について、非強制的および強制的措置を取ってたいおうすると定めている。前者は勧告などであり、後者は制裁措置や軍事行動などである。軍事的な方法とはいわゆる国連軍の派遣であるが、これは実現していない。ともかく国連は、侵略を想定し、それに対する対処を定めているが、人道問題の特殊性を考慮した特別の対応は想定していない。つまり、人道問題が生じても侵略行為がなければ安保理は対応しないのが国連憲章の建前である。
今回の空爆は国連が想定しているこのような平和維持の仕組みに合致しない行動であっても圧倒的多数の国が支持するケースがありうることを示した。それは深刻な人道侵害を防ぎ、あるいはさらなる悪化を防ぐ目的で行なわれる行動である。
深刻な人道問題が発生している場合に、他に方法がないなどの要件を満たさなければならないが、各国の主権の壁を越えて軍事的な介入が必要となる場合があるという考えが21世紀に入る頃から徐々に強まってきた。英語ではresponsibility to protect(R2P)、日本語では「保護する責任」として論じられている問題である。今後、深刻な人道問題が発生した場合には安保理のこれまでのあり方を超えて、人道的行動を積極的に認めるケースが増えてくるのではないかと思われる。

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