平和外交研究所

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2013.08.23

Gluck教授インタビュー

コロンビア大学Carol Gluck教授のインタビュー記事(『朝日新聞』2013/08/20)は示唆に富む。次の諸点がとくに印象的であった。カッコ内は私の感想。
○日本に関する報道は「右傾化」などと安易にラベルを張る。(ラベルを張る傾向はいたるところにあると思う)
○かりに今憲法改正に着手したら政治のエネルギーを吸い尽くしてしまうだろう。(憲法は改正すべし。しかし、第96条から始めるのは邪道)
○「戦後」という言葉を使っているのは日本だけ、というのは興味深い。(最近、米国にも「戦後」があると書いた。原爆投下についての米国内の評価が分かれていることである。)
○安倍首相は、憲法9条は変えたいが、戦後体制のある部分は変えたくない。それは日米関係。安倍首相はほんとうに戦後を変えたいのか。(日本でナショナリズムの強い人に当てはまる疑問。真に精神的独立を望むなら、日米関係は見直すべきである。)
○日本では戦後の問題やナショナリズムに関わることを国内政治扱いし、加害責任を否定することで国内の支持を集めようとしてきた。彼らはまるで自分たちの話す日本語は海外ではまったく理解されないと思っている。(日本には外国の目は強く意識するが、外国との距離を置こうとする傾向がある。)
○この20年ほどで、戦争の記憶に関する「グローバル記憶文化」とでも呼ぶべきものが生まれた。謝罪、追悼記念、EUでのグローバル記憶文化を共有しようとする傾向。日本は強固な日米関係に支えられていたため、戦争の記憶に関して何もする必要がなかった。90年打になって突然対処しなければならなくなった。世界の常識であり、米下院の慰安婦問題決議もその流れ。
○靖国神社参拝は国内問題でもあり、国際問題でもあるので、取り扱うには巧妙な手腕が必要。自民党にはそれができるとは思えない。
○ヘイト・ナショナリズムには懸念を持っている。軽率な愛国心は祖国に対する誇りとは違う。
○日本はグローバルプレーヤーになる努力をするべきだ。非核国で、兵器も売らず、かつ世界有数の経済大国という稀有な国である。クール・ジャパンだけでは無理でも、もっと多面的なソフトパワーを武器にして何かできるはずである。

2013.08.22

イランの核交渉に日本は参加すべきである

キヤノングローバル戦略研究所のホームページに掲載のコラム
「8月3日に就任したイランのロハニ新大統領は6日の記者会見で、悪化していたイランと国際社会との関係改善に努める考えを明らかにした。核問題については、原子力の平和利用はイランの権利であり今後もウラン濃縮を継続すると述べつつも、米国が強権的な姿勢で臨むのでなければ話し合う用意がある、強い政治的意思があれば遠くない将来に解決が可能である、イランに対する制裁は解除すべきであるなどと語った。
ロハニ大統領は、激烈な言葉を使いがちであった前任のアフマディネジャド大統領とちがって穏健な保守派であり、2003年から05年にかけ西側諸国との核問題に関する交渉で首席交渉官を務めたこともあり、国際的感覚が豊かな人物である。米欧諸国やロシアは新大統領の就任を歓迎している。
イランによる核開発が核兵器の製造につながる危険性を警戒する西側諸国や中ロ両国がイランをいさめ、何とか国際的に受け入れ可能な解決に導こうと交渉を始めてからかなりの年月が経過したが、一歩前進しては一歩後退することを繰り返してきた。イランが核兵器を開発すると直接脅威を受けるイスラエルは、もはやこれ以上の猶予はならないと危機感を高め、イランの核施設をみずから攻撃破壊する可能性を口にし始めていただけに、ロハニ大統領の下で核問題交渉が前進することが期待される。
イランとの核交渉は、これまで国連の常任理事国にドイツが加わる形(P5+1)で行なわれてきた。ロハニ大統領はこの交渉を再開することに前向きである一方、前述したように米国との2国間対話を始める用意もあることを明言している。
日本としては、P5+1による交渉に参加する余地はないだろうが、イランと米国との対話には加わってもらいたい。それは次の理由からである。
オバマ大統領は2009年に政権の座について以来、イランとの直接対話に前向きであることを表明してきたが、それは実現しなかった。その理由の一つは、イランが米国に強い警戒心を抱いているからである。とくにイランでの1979年革命の前後から両国間に摩擦が発生し、米国がさまざまな形で干渉してきたとイランは認識している。
どの国際紛争においても一方の側だけに責任があるのは稀であろう。テヘランで米国の大使館員が人質にとられた際には、米国は強引に自国の軍隊をヘリコプターで送りこんで救出を試みたが、失敗に終わった。大使館員を人質にとる行為自体も、またイラン政府がそれを解決できないことなどについてイラン側に責任があることは明らかであったが、それでもイラン人は、米軍の実力行使により主権を侵害されたと憤った。ちなみに、2011年、米国がパキスタンでアルカイダの首領オサマ・ビンラディンを殺害するために行なった作戦はイランでの作戦とよく似ており、やはりパキスタン国内では主権侵害に対する怒りが噴出した。
米国とイランとの直接対話で起こりがちなもう一つの問題は、イランが国際査察に中途半端な協力しかしなくなり、これに対し米国が圧力を加えることである。査察について米国とイランの立場は全く異なっており、米国はイランに対して核不拡散条約(NPT)を順守し、IAEA(国際原子力機関)の査察に全面的に協力するよう要求するが、米国はそのような要求をイランから受けることはない。これは確かに不平等なことであるが、核兵器国と非核兵器国を区別するNPT体制の下ではやむをえないことである。しかし、イランは一方的に要求されることに抵抗があるため、米国の言いなりにはならないと反発し、結局査察にも協力しなくなる。ロハニ大統領の「米国が強権的な姿勢で臨むのでなければ話し合う用意がある」というのはまさにそのような悪循環に陥る危険を考えての発言であろう。
しかるに、日本はイランに対する査察問題に、米国とは違った立場から貢献できる。IAEAの査察要求はきつく、その受け入れのためにはかなりの費用も人手もかかるが、どんなことでも従うほかない。日本は約30年にわたって我慢を重ねて査察に協力し、21世紀になってようやく、日本は核兵器開発に進む危険はないという評価をもらうことができた。イランに対してはこのような経験に基づいて、IAEAの査察に協力することの重要性と我慢の必要性を説得できる。失礼ながら、米国はそのような説得に不向きなのではないかと思われる。
私ごとであるが、数年前、イランのモッタキ外務大臣(当時)に軍縮大使としてこの日本の経験について説明する機会があった。同大臣はその後で、この説明を興味深く聞いたと語っていたそうである。この説明の場に西側主要国の大使連中も同席していたが、彼らも注目したそうであり、なかには「日本の新しい方針か」と言ってきた人もいた。内容は何も新しいことではなかったが、日本がそのようなことをイランの要人に直接説明することを彼らは注目したのである。なかには、積極的に評価すると言ってくれた大使もいた。日本が独特の立場からイランを説得することを西側諸国も評価しうると考えてよいのではないか。
イラン、米国および日本はそれぞれ違った立場にあるが、それを生かして査察に関し協力することは可能である。日本の参加を受け入れるよう米国とイランに説得を試みるべきではないか。」

2013.08.21

米原子力空母の性能を気にする中国

「原子力空母は我々よりどのくらい進んでいるか」「我々は劣勢か」と見出しではあるが、
「原子力空母は航続距離が長いが、エンジン系統が複雑であり大型の船舶にのみ適している。製造価格は通常エンジンの艦艇に比べ18%も高い。米国の原子力空母は3分の1の時間は修理に充てられている。最大の欠点は、安全面で問題があることである。」などと分析した記事(北京晩報20130820)。米国の原子力空母の性能が気になるようである。

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