平和外交研究所

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朝鮮半島

2023.02.15

北朝鮮で何が起きているのか

 北朝鮮は昨2022年に過去最多となる約70発の弾道ミサイルを撃ち、今年の2月8日には朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードを盛大に催した。その一方で理解に苦しむ出来事が起こっている。

〇キム・ジュエ
 金正恩の娘、キム・ジュエが報道されるようになったのは、2022年11月18日、ICBM「火星17」の試射と関連の行事に父の金正恩総書記に随行したのが初めてであった。それ以前にも、出生(2013年)についての報道、同年に訪朝した米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマンが初めて「ジュエ」という名前を明かしたことなどがあったが、昨年11月以降は様相ががらりと変わって北朝鮮の国家的行事に父親に同行して出席したことが報道されるようになり、またその報道ぶりは派手になった。

 当初、世界の北朝鮮ウォッチャーは金正恩総書記の後継者とするための準備ないし布石かもしれないと耳目をそばだてた。もっとも、キム・ジュエは現在10歳の少女なので後継者とみることに疑問を唱える向きも少なくなかったが、金正恩が娘を可愛がっていることはもちろん、政治的にも特別扱いしていることは明らかであった。

 北朝鮮の朝鮮中央テレビは2月12日、8日の朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードに関する録画中継において、キム・ジュエが白馬に騎乗している姿を公開した。白馬は北朝鮮の指導者が乗る特別の馬であり、金正恩も指導者になったころ白馬に騎乗する姿が盛んに放映されたことがあった。同テレビによれば、キム・ジュエの乗馬は「愛するお子様が最も愛する忠馬」だという。
 この報道により、キム・ジュエが金正恩総書記の後継者(の一人?)と目されている可能性は一段と高まった。
 
 キム・ジュエには2人の兄弟(姉妹?)がおり、その性別については確認されていない。兄は留学中であるという噂もあるが、これも確認されていない。かりにそうだとしても金正恩による娘の扱いは尋常でないように見受けられる。

 金正恩の妻のリ・ソルジュ(李雪主)が公の場に姿を見せたのは1年ぶりであり、しかも娘に同行する形で報道されていた。その行動は従来と変わりなく、控えめであった。

〇金与正(キム・ヨジョン)
 注目されるのは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)の立場である。同氏は現在朝鮮労働党副部長の肩書になっているが、金正恩が指導者としての地位を固める過程で、実質的には特別秘書として金正恩を補佐し、他の高官が金正恩に接近できない時も間近で世話を焼くなどしてきた。2018年6月の米朝首脳会談の際もつねに金正恩の特別の側近としてふるまってきた。

 一度だけ金正恩から大目玉を食らったことがあったらしい。2019年2月、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談に際して、金与正は李容浩外相らとともに首脳会談失敗の責任を取らされたのか、その後重要な場に出てこなくなった。しかし、2019年末からは党第1副部長として復活し、対南(韓国)事業を総括する役割を任された。2020年4月には正式に党政治局員候補に返り咲いた。ここまで回復すれば問題は解消されたとみてよいであろう。その後、金与正は韓国との関係で発言したり、談話を発表したりしており、特に22年5月に尹錫悦が韓国の大統領になってからは対韓国批判の舌鋒は一段と鋭くなった感もある。
 同年11月24日付の談話では、「尹錫悦の大ばかたちが入ってきて、しきりに危険な状況を作っていく政権を、国民たちがなぜそのまま見ているだけなのかわからない」と口汚く批判した。だが、このような対韓発言が金与正の政治的地位とかかわりがあるか分からない。

 しかし、本年2月8日の朝鮮人民軍創建75年の行事においては、金与正はリ・ソルジュ夫人とキム・ジュエから離れた場所に立って行事を見守っていた。宴会でも同様であった。自分は金正恩一家のように特別でないことを示そうとしたともみられる振る舞いであった。だが、これだけで金与正の立場を云々することはできない。いつも通りともいえる様子であった。

 今後金与正の地位がどうなるかを占うのは早すぎるであろう。文在寅前大統領とちがって北朝鮮に対して言うべきことは言う姿勢が強い尹錫悦大統領の在任中南北関係が好転することは望みえないとすれば、金与正として韓国に厳しい姿勢をみせる機会は今まで以上に出てくるかもしれない。

〇李容浩(リー・ヨンホ)元外相
 今年のはじめ、李容浩元外相が2022年夏から秋頃、処刑されたと報道された。韓国から出た情報らしく、北朝鮮外務省員も数人処刑されたという。この報道が事実であるなら、北朝鮮の状況はますます不可解である。
 李容浩は第2回の米朝首脳会談の際、金正恩の不興を買い、会談後公の席には出られなくなった。前述の金与正と同様の状況だった。そして翌20年には外相の職を解かれていることが判明していた。しかるに今回の報道では、李容浩は2022年夏から秋にかけ処刑されたというのである。クビになった者を2年以上も経ってから処刑するというのは訳の分からないことである。この間何が起こったのか。金与正は復活できたが、李容浩は復活できなかったということだけであればそれほど不思議でない。しかし、クビになったのちに処刑されたというのであれば、不可解である。職を解かれた後に再び不興を買うことなどありえない。

 さらに北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党総書記を除く軍の序列1位の地位にあった朴正天(パク・チョンチョン)を23年1月1日に解任した。同人は21年9月、党政治局常務委員へ昇格してトップ5入りした。抜擢されたと言ってよかったが、わずか1年余りで解職されたのだ。なぜか。昨年のミサイル大量発射と関連があるか、疑問は尽きない。金正恩総書記はこれまで軍人を含め高級官吏を何人も解雇ないし配置転換してきた。今後の情勢にも目が離せない。
2022.11.28

台湾の地方選と中台関係

 台湾で統一地方選が11月26日、投開票された。蔡英文総統の与党・民進党は台北市長選などで敗れたほか、首長ポストの獲得が全土の4分の1以下にとどまった。惨敗であったとみられている。蔡英文氏は民進党主席を辞任した。

 今回の地方選挙は2024年に行われる次期総統選の前哨戦であり、総統選でも民進党が敗北し、最大野党の国民党が政権を奪取する公算が高くなったとみるのは単純すぎる。

 台湾の政治は、変化が速い面と岩盤のように変わらない面がある。変化が速いのは民進党か国民党かという問題である。2018年に今回とよく似た状況があった。蔡英文は2016年に総統になり、18年の地方選で大敗して主席を辞任したが、20年に再任された。その原因の一つは、19年の香港の抗議デモを中国が厳しく弾圧したことであったが、それにしてもその時の変化は大きく、かつ早かった。

 岩盤は台湾人がますます台湾化していることである。台湾人の圧倒的多数は現状維持を望んでおり、中国との統一を支持するのは10数パーセントにすぎない。この傾向は民進党であろうと、国民党であろうと無視できなくなっている。国民党はもともと同党の下での、つまり共産党の下でない「統一」を標榜していたが、今や「現状維持」を支持する姿勢を強めている。

 今回の地方選でもこの潮流は変わらなかった。大勝した国民党の朱立倫(チューリールン)主席は「国民党ではなく、台湾の民主主義の勝利だ」と述べていた。この言葉は意味深長である。民主主義は中国にはないという認識が強い台湾人に対して、「国民党は中国寄りでない。台湾人の味方だ」という印象を与えようとしているのである。

 一方、蔡英文総統は、「中国共産党大会のあとに行われる初めての選挙に全世界が注目している」と、対中関係を争点化しようとしたが、有権者には受け入れられなかったという。蔡氏は「国民党政権では対中接近が復活する。そうなれば、台湾の自由と民主主義は失われる」と示唆しようとしたのであろう。だが、台湾人はそれには乗らなかった。

 民進党は台湾独立を志向する傾向が強く、国民党は中国に近いという構図は崩れつつある。
 台湾人が望んでいるのは、長引くコロナ禍や物価高など身近な問題への対応であり、また新鮮な政治である。7年目に入った蔡政権への若年層の後押しは弱かったという。
 彼らは、民進党と国民党の両立には満足しなくなっている。「台湾民意基金会」の10月の世論調査によると、蔡政権の支持率は51・2%。政党支持率は民進党が33・5%、国民党が18・6%、第三勢力の民衆党が15・8%、支持政党無しが25・1%に上っていた。
 「民衆党」とは2019年8月、台北市の柯文哲市長より結成された政党である。民進党にも国民党にも満足できない第三の勢力であり、中道政治を目指している。本稿で民衆党の将来性を論じる気持ちはないが、民衆党の支持率は国民党に追いつく構えを見せている。政党としての組織力などはまだ国民党に遠く及ばないが、台湾の政治バランスとしては無視できなくなっている。
 今回の選挙で台北市長に当選した蒋万安は蒋介石のひ孫として紹介されているが、その看板だけでなく、3つの政党と若者の政治志向の中から生まれた面も見過ごせない。

 台湾の政治情勢が複雑化の傾向を強めていることは中国にとっても大問題である。中国はこれまで「民進党は台湾独立だ」として警戒・攻撃する傍ら、国民党との関係を強化して台湾の統一を実現するという方針であった。しかし、馬英九政権時代の失敗経験にかんがみ台湾の今回の地方選をどのように受け止めるか、非常に微妙な問題になっているはずである。

 中国国営の新華社通信は26日夜、中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官のコメントを伝えた。この中で朱報道官は「結果は『平和と安定を求め、よい生活を送りたい』という主流の民意を反映したものだ」と評価し、そのうえで「われわれは引き続き多くの台湾の同胞と団結し、両岸関係の平和で融合した発展をともに推し進め『台湾独立』の分裂勢力と外部勢力の干渉に断固として反対する」と強調した。これだけで中国の台湾に対する今後の政策を見通すことは困難であるが、中国の反応は控えめである。
 
 先般の中国共産党全国大会の際、一部には、習近平独裁体制の確立とともに中国は台湾に対し強く出てくることを懸念する声が上がったが、これも単純すぎる見方である。中国の対台湾政策は、内外の情勢を考慮して実行されている。中国内には軍などに強硬派がいるが、中国が危険を冒した結果、元も子もなくしてしまってはならないとする慎重な考えも強いとみるべきであろう。

 中国にとって米国との関係は、口には出さないが壁となっている。米国は台湾の現状維持を望んでいることを闡明している。台湾と中国が話し合いで統一問題に結論を出すのは何ら問題ないが、武力行使には絶対反対するという姿勢をバイデン大統領は明言している。中国をそれに反発しているが、下手に手を出すと、これまで築き上げてきたことを危険にさらす恐れがある。ウクライナ侵攻問題で米国と西側の諸国が団結して当たっていることは中国にとっても大きな問題であろう。

それに、中国は今後経済を立て直すのに注力する必要があり、そのためにも米国や西側諸国との関係をこれまで以上悪化させないよう努めなければならない。そのような諸事情を考慮すると台湾に対して強硬な姿勢は取りにくいと思われる。
2022.04.14

尹錫悦氏の朴槿恵氏訪問などと日韓関係


 現在韓国の政界で起こっていることは理解に苦しむ。

 5月10日に次期韓国大統領に就任するのを前に、尹錫悦氏が朴槿恵前大統領を訪問し、謝罪した件である。尹錫悦氏は4月12日、2021年12月に特別赦免された朴槿恵前大統領の自宅(大邱)を訪れ、「面目がない。いつも申し訳なく思っていた」と謝罪した。謝罪の理由は尹氏が特別検察官の捜査チーム長として朴氏の疑惑を捜査・訴追し、結果、朴氏は国会では弾劾され、裁判では2件で計22年の懲役刑となり、収監されたことなのであろう。

 会談は約50分間。和やかな雰囲気で行われ、朴氏は「激務だろうが、良い大統領であってほしい」と尹氏を気遣った。

 尹氏は朴氏に、就任式の出席を要請した。また、尹氏は「朴氏の行った政策を継承し、広く知らせて、名誉を回復できるようにする」と強調し、朴氏は感謝の意を示したという。

 尹錫悦氏はなぜ謝罪したのか。朴槿恵氏に対し、してはならないことをしたかのような発言であるが、当時、検事として法に従い行動したのであり、そのことには疑義が呈せられていない。問題なかったわけである。

 朴氏との和解を演出して保守の結束をアピールする狙いだとする見方もある。しかし、そのためなら尹氏が朴槿恵氏の自宅を訪れ、会談することで十分だったはずである。謝罪することは必要でない。謝罪はどう考えても奇異な感じである。

 尹氏は会談後、記者団にも「人として、申し訳ないという気持ちを伝えた」と発言した。何が人として申し訳ないのか。この発言にも、尹氏は道徳的に反省すべきことをしてしまったような印象があり、奇妙である。

 検察官として法に基づき行った行為についても有罪と判断した、あるいは訴追したことについては謝罪するのが韓国の常識だというなら話は違ってくるが、万一そういうことであれば、それはそれで恐ろしいことである。日本人が韓国の裁判所で裁判されることもあろう。その場合に、法律に従うだけでなく、検察官は「人として申し訳ない」と思うほどのことを行うのか。

 朴槿恵氏の側も心得たものである。朴氏が感謝の意を表明したのは分かるとしても、「激務だろうが、良い大統領であってほしい」と尹氏を気遣ったことはどう理解すべきか。相手の尹氏は自分(朴氏)に対して「人として申し訳ない」というほどのことを行ったのだが、朴氏は鷹揚に、暖かく応じたことになる。それは立派な態度とみられるかもしれないが、過度に親切ではないか。

 現在、文在寅大統領の政権与党「共に民主党」側の大物や家族が血祭りに上げられている。検察改革を掲げて2019年9月に法相に任命され、当時検事総長だった尹氏と対立関係にあった曺国(チョ・グク)元法相の娘の大学院入学は取り消された。曺氏は「これでご満足いただけたか」と悲痛な叫びをフェイスブックに投稿し、「(娘にとって)人生を破壊する死刑宣告と何ら変わりません」とも訴えた。

 朴氏の友人で国政に関与した疑いで逮捕、起訴された崔順実(チェ・スンシル)氏の娘に不正入学疑惑が浮上した時、曺氏は崔氏を激しく批判したが、結局は自分と家族も同類だったのではないか。

 曺氏にはさらに、長男、実弟が嫌疑をかけられ、「曹国事態」と呼ばれる状況になっているという。

 退任を控えた文大統領には、不正な土地投機疑惑や市長選介入疑惑があるほか、妻の金正淑(キム・ジョンスク)氏には、衣装代を特殊活動費で購入した疑惑が持ち上がっている。「大統領府が『公費ではない』と主張するなら内訳を公開すべきだ」という声も日に日に強まっているという。

 今回の大統領選で尹氏に敗れた李在明(イ・ジェミョン)前京畿道知事の妻、金恵景(キム・ヘギョン)氏も捜査対象となっている。李氏が京畿道知事を務めていた当時、金氏が公務用クレジットカードを私的流用していたとして、4日に京畿南部警察庁が京畿道庁を家宅捜索している。当時の道職員に料理の配達など私的な雑用をさせていた疑いもあるという。

 李在明氏自身については、以前よりささやかれていた京畿道の土地開発を巡る不正、あるいは自身と反社会的勢力とのつながりとそれを利用して政治に介入していたことへ疑惑が向けられている。

 あるコメンテーターは、「尹氏の指示ではなく、権力に寄り添う姿勢をみせる検察などが積極的になっているのだろう。韓国独特の検察の体制に大きな問題があるが、今後、風(世論)を読んだ上で文氏や李氏を追い込むのではないか」とコメントしているが、これも気になる。

 尹錫悦氏は日本との関係改善に熱意を持っていると伝えられている。不肖私も日韓関係の改善を望む一人であるが、同氏の朴槿恵氏訪問と、文在寅大統領や曺国元法相、さらには李在明氏などに起こっていることからうかがわれる韓国の政治・司法事情は日本とあまりにもかけ離れている。日本は、慰安婦や元徴用工の問題に関しては条約や両国政府で合意したことを忠実に履行すべきだという立場であるが、韓国では、条約、両国間の合意、法律では問題は解決しないという立場に見える。尹錫悦氏が朴槿恵氏に対して誠意を示すことについて第三者としてとやかく言うつもりはないが、検事総長まで努めた人物であり、条約であれ、国内法であれ、法的に処理することの重要性をよく理解している大統領になることが期待される。

 日本でも最近、犯罪、あるいはその恐れが強いことが政治の世界の暗闇で行われ、権力の乱用が起こっている。そのことに目をつぶることは断じてできないが、2国間で合意したことを忠実に履行することは絶対的に必要である

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