平和外交研究所

ブログ

朝鮮半島

2018.10.05

米朝交渉の核心に触れた韓国外相の発言

 10月3日の米紙ワシントン・ポストで報道された韓国の康京和外相の発言は米朝交渉の核心が何かを理解するのに役立つ。発言したのは、「ある時点で北朝鮮の核兵器リストを検証する必要があるが、米朝に十分な信頼を与える相応の措置を取ることで、その時点により早く到達できる」という趣旨であった。

 筆者の承知している限り、米国が北朝鮮に求めているのは「核兵器」リストの申告であることが初めてメディアで報道された。これまでの報道では「核関連施設のリストと工程」などととされており、「核兵器」は含まれなかった。しかし、北朝鮮の「非核化」交渉においてまず求められるのは、「核兵器が何発、どこにあるか、いつ、どこで廃棄されるのか」である。正しくは、「すべての核兵器及び核関連施設の申告」と表現すべきであろう。「申告」とは「検証」のために提出されるものであり、北朝鮮が「非核化」のために行ったこと、今後行うことを細大漏らさず記載したものである。。

 一方、康京和外相が「米国は北朝鮮との非核化交渉で核施設廃棄を優先し、核兵器リスト申告の要求を先送りするよう」提案したことについては、米国は同意しないだろう。もし同外相が提案するようにすれば、北朝鮮が米国を信頼し、対応しやすくなるだろうが、それは一部の問題についてであり、「非核化」の実現は遠のくと米国は判断するからである。

 康京和外相の意見は、南北両朝鮮間では妥当とみなされても、米朝間では通用しない考えであると思う。もし韓国が、このような考えをさらに推し進めようとすれば、南北両朝鮮間の関係と米朝間の関係は調和しにくくなるのではないか。つまり、南北両朝鮮間で話し合うことは、米朝間での話し合いから離れてしまうのではないか。

 文在寅大統領はこれまで米国とのずれが生じないよう、たくみに行動してきたが、9月19日に発表された文在寅大統領と金正恩委員長の平壌共同宣言においては、「北側は米国が6・12米朝共同声明の精神に従い相応の措置をとれば寧辺核施設の永久的廃棄のような追加措置をとる用意がある」ことに合意した。康京和外相はこれを踏まえ、米国も同意することを願って発言したのであろうが、米国は文在寅大統領が金正恩委員長とそのような合意をすることも、また康京和外相がそのような発言をすることも評価しないのではないか。
2018.09.20

文在寅大統領の平壌訪問

(要旨)
〇平壌を訪問した文在寅大統領は平壌で、かつてない熱烈な歓迎を受けた。南北両朝鮮の友好ムードはおおいに盛り上がった。今後のさらなる友好関係増進につながるだろう。
〇「非核化」が今回も会談の中心議題であったと言うが、この点で具体的な進展があったとは見られない。発表された共同宣言についてはさまざまな見方があろうが、米国が望んでいることから外れているのではないか。
〇文大統領は近くトランプ大統領に会い、金委員長との会談について説明するそうだが、文大統領からは、「北朝鮮は具体的な措置を取っているのだから、米国もそれなりに譲歩すべきである。米国があまりに硬い態度を取り続けて「非核化」交渉が崩壊してしまっては元も子もなくなる」ということではないか。
〇トランプ大統領が聞きたいことは、「金委員長はあくまで完全な「非核化」を実行する。そのためにすべてをさらけ出す用意がある」ことではないか。米国が求めているのは「非核化のリストと工程」だと言われているが、この表現は誤解を招きやすい。米国が求めている情報の第1は、北朝鮮が何発の核兵器を保有しているかである。
〇寧辺の核施設の廃棄が北朝鮮の本気度を示しているという見方があるが、その廃棄は完全な「非核化」の一部にすぎず、大した問題でない。
〇「非核化」については、金委員長とトランプ大統領の会談が中心であり、それをめぐって側近、メディア、研究者の間で生じている混乱はますますひどくなっている。

(説明)
 文在寅大統領は9月18日、夫人とともに平壌を訪問した。同日と翌日に金正恩委員長と会談し、その後、「9月平壌共同宣言合意書」が発表された。

北朝鮮が米朝会談以来米国から求められていることは、きたるべきIAEAなどによる査察において北朝鮮が提出することになる申告の準備である。その中には核兵器開発に関するすべての情報が含まれなければならない。つまり、北朝鮮には何発の核兵器があり、どこにあり、いつ、どこで、どのように廃棄するかなどが最重要問題であり、いわば完全な「非核化」の一丁目一番地である。
寧辺の核施設やミサイル発射施設の廃棄は、それなりに重要なことである。トランプ氏は、金氏がその廃棄に合意したことは「とても素晴らしい」とツイートしたが、かといって申告の準備を急がなければならないことに変わりはない。原子炉や実験場の廃棄など個別の問題にこだわるとそれだけ回り道になる危険がある。
米側が求めていることは、いわば、「全部脱いで裸になってください」というもので、それだけ聞くと、途方もない要求であるが、検証とはそういうものである。日本でもどの国でも、そのような要求を受け入れている。受け入れざるを得ないのだ。かつて、北朝鮮のメディアが「強盗のようだ」と評したことがあったが、これは表現はともかく、正しい指摘であった。もしこの言葉を使うのであれば、「米国が強盗のように要求しなければ北朝鮮の非核化などおぼつかない」のである。
しかし、南北両朝鮮の間では、北朝鮮が一方進んだのだから、米国も一歩前に出てほしいという気持ちが強く出てくる傾向がある。残念ながら、これは米国が合意していることではない。そもそも、今問題になっているのは「北朝鮮の非核化」である。もし、「米国の非核化」も問題になっているのであれば、お互いに一方ずつ歩み寄るのもよいだろうが、そもそもそういう事態ではないのである。
この筋道から外れれば混乱がひどくなる。
2018.09.04

米朝協議はいったいどうなっているのか

 トランプ米大統領は8月24日、ポンペオ国務長官が前日に発表した訪朝(第4回目)を中止するよう要請したと、得意のツイッターで表明した。国務長官が発表したことをわずか1日でひっくり返すのは、他の国ではまずありえないことであった。北朝鮮の「非核化」はやはり進展していないという印象があらためて強くなったが、混乱や誤解も少なくない。

 混乱が起きる最大の原因は、北朝鮮の「非核化」のために米国が北朝鮮に求めていることが理解されていないためである。
 
たとえば、いわゆるCVID、すなわち、「完全な、検証可能な、不可逆的な、廃棄」を意味する4文字の言葉が米朝の合意に入っているかどうか、よく問題にされる。米朝首脳会談後の共同声明についてもCVIDが記載されていないといわれた。その後も、北朝鮮はCVIDに合意したのかということが何回も問題視された。
 
しかし、米国が北朝鮮に求めていることはCVIDを確認することではなく、もっと先に進んで、「具体的な非核化の予定と工程」を作成することである。作成されれば、後に国際原子力機関(IAEA)に提出され、その内容が正しいか検証されることになる。
「具体的な非核化の予定と工程」と言っても分かりにくいだろうが、その中で求められている第1の問題は、北朝鮮は核兵器を何発保有しているか、それはどこにあるか、どのような手順で、誰が廃棄するかである。このほか、技術的、専門的な事柄が多数ある。
 
 「具体的な非核化の予定と工程」はそれほど重要なものであるが、メディアではごく最近になってようやく取り上げられるようになった。しかし、その名称は、たとえば「非核化のリストと工程」とされている。これも誤りではないが、これだけではその重要性は伝わらない。
 ともかく、米朝首脳会談で合意された高官協議において米側は北朝鮮側にこの作成を求めている。ポンペオ長官が首脳会談後も訪朝しているのはそのためであり、北朝鮮側に促すためである。
 一方、北朝鮮側は、「具体的な非核化の予定と工程」を作成しないとは言っていないが、作成の準備を進めているか不明である。米側が期待する通りには動いていないように見えるのは事実なのであろう。
 しかし、このような状態を「停滞」と見るのが適当か、簡単には言えないはずである。北朝鮮が「核兵器は何発」ということを米側にさらけ出すのがいかに困難なことか、多言を要しないであろう。
 ともかく、「具体的な非核化の予定と工程」の作成は米朝非核化交渉の本丸であり、北朝鮮の「非核化」が進展しているかどうかは、それを中心に見ていく必要がある。
 
もう一つの混乱は、トランプ大統領と金委員長の周囲から生じている。とくに、北朝鮮のメディアである。
 ポンペオ長官は訪朝を中止する直前、北朝鮮の政府高官から、交渉は「再度危うくなっており、破たんするかもしれない」「核及びミサイルの活動」を再開するかもしれない」と警告する手紙を受け取っていたという(CNN)。
また、これと前後して、北朝鮮の対外宣伝用ウェブサイト「わが民族同士」は、「北朝鮮が先に非核化することは絶対に許容できない」と主張していた。
北朝鮮側のこのような反応を無視すべきでないのはもちろんだが、これが金委員長の考えであるか注意して見ていく必要がある。以前は、北朝鮮メディアの報道や論評は北朝鮮政府の見解をほぼ100%反映していたが、今年になり、金委員長が新戦略を打ち出してからは、金委員長の行動とは一定程度ズレのある報道が目立ってきた。北朝鮮のメディアが金委員長の意に反する報道を行うとは思えないが、米国に対する働きかけとして許容されている可能性がある。

トランプ大統領は、金委員長とその周辺を区別してみているようである。トランプ氏は、北朝鮮が朝鮮戦争で行方不明になった米兵の遺骨55柱を米国に返還したことについて7月27日、「金正恩委員長に対し、私との約束を果たしてくれたことに感謝申し上げたい」と述べた。
その後も、金委員長に好意的な発言を繰り返しており、8月20日、ロイター通信とのインタビューでは、金委員長と2回目の首脳会談を開く可能性は「非常に高い」と述べつつ、金正恩氏との関係について「私は彼が好きだ。彼も私が好きだ。私は金委員長と個人的に非常に良い関係を築いている」と語った。
ポンペオ長官の訪朝中止後の8月30日にも、トランプ大統領は米ブルームバーグ通信のインタビューで、「(非核化への取り組みをめぐり)私は世界中の誰よりも忍耐強い」と述べ、正恩氏に寛容な姿勢を示すとともに、正恩氏と「良い」人間関係を維持していると発言した。
金正恩氏を高く持ち上げるのは、トランプ氏が大統領就任以来繰り返し行ってきたことであり、その手法は効果的であった。
 ともかく、ポンペオ長官が訪朝しようとしたのも、また、トランプ氏がポンペオ長官の訪朝を中止させたのも、北朝鮮側に「具体的な非核化の予定と工程」の早期作成を促すためであったと思われる。

 ただし、朝鮮戦争の終戦宣言については、北朝鮮のメディアが言っているだけだと片付けられないかもしれない。トランプ氏は首脳会談後、声明には書かれていないいくつかの点で合意したと米メディアが報道している。おそらく昼食の席であろう。このような合意は正式のものでないが、北朝鮮側は約束と受け取っている可能性がある。それが事実であれば、トランプ氏も終戦宣言については譲歩する可能性がある。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.