平和外交研究所

中国

2013.05.01

尖閣諸島を日本領と決定したこと

中国の駐米大使に起用されることが決まっている崔天凱外務次官は、尖閣諸島について「米国には歴史的な責任がある」「米国は中日が釣魚島問題で直接衝突することは望んでいないが、中日が仲良くすることも望んでいない。米国は正確な選択をすべきだ」などと述べ、また、小野寺防衛相がヘーゲル米防衛長官と会談し、「いかなる力による一方的な行為に反対する」と声明した(4月29日)ことについて、「一方的で脅迫的行動を取ったのは日本側だ」と反発した。
「歴史的な責任」については、1972年の沖縄返還に際し、米国が、尖閣の領有権については関与しないとしつつも、尖閣に対する日本の施政権を認めていることなどを批判したと報道されている。
しかし、尖閣諸島が日本領であることを決定づけたのは、サンフランシスコ平和条約体制の下で、米国が沖縄を統治し(同条約第3条)、尖閣諸島を沖縄の一部であると米国が確認したことであった。これにより、尖閣諸島が台湾の一部でなく、沖縄の一部であることが確認された。台湾の一部であるならば、米国による尖閣諸島の統治は違法であったことになる。返還の問題はその結果であった。

2013.04.25

尖閣諸島に関する重要文献

領土問題については事実関係の解明が肝要と考えています。
石井望長崎純心大学准教授の論考のなかで指摘されていることに注目しました。
○明清時代の文献にはその領土の東端が海岸線か、あるいはそれより数十キロだけ沖に出ていたことを示す文献が多数存在する。『大明一統志』(1461年勅命により刊行)は福建省と浙江省の東端を「海岸線まで」と記していた。
○中国が好んで引用する明代の『籌海図篇』は海における防衛範囲を図解したものであり、そのなかでは領土、沿岸の島の駐屯地・巡邏地(防衛範囲)およびたんなる島すなわち海賊の勢力範囲(防衛外)を区別する必要があり、尖閣諸島は最後のカテゴリーに入っているので領土外と認識されていたことは明白である。
○『皇明実録』(明朝の公式日誌)は明国の人質を送還するため長崎から福建に派遣された使節(明石道友)と福建の役人(韓仲雍)の会話を記録しており、福建の役人は「東湧島(現在の馬祖列島東端 大陸から約40キロ)」までを海防範囲と示しつつ、それより東側の海域は「華夷の共にする所」、すなわち公海であると説明した。福建史の重要史料『湘西紀行』は、この日本側使節が、上司よりかたく命じられているとして「大明の境界に入らず」、すなわち明国の領内には入らないと述べたことを記している。

2013.04.23

中国の核政策

4月22日、ジュネーブにおける核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会において、中国外交部の軍縮局長は、「中国はいかなる時も、いかなる状況でも核兵器を先に使用することはしない。また、非核兵器国および非核兵器地帯に対し無条件で核兵器を使用、あるいは使用の脅しをしない」と宣言した。
これは中国が何回も繰り返し述べてきたことであり、新味はない。先に使用するか否かが問題になるのは核兵器の保有国同士の間であるが、中国以外の核兵器保有国は、先に使用したか否かは検証困難なので、中国の宣言していることに対しあまり意味はないと批評している。
核兵器を保有しない国は、中国に限らず核兵器保有国に対し核を使用しないことを法的に約束してほしいと要求しているが、核兵器保有国はそれに応じようとしない。つまり、今までの宣言は政治的なものにすぎず、もし何らかの事情で使用しても法的には責任を問われない状態になっている。今回の中国外交部軍縮局長の発言も同様の政治的宣言である。
さらに、核兵器を保有しない国は、米国などの核の傘で守られている国とまったく守られていない国に分かれ、前者についても中国は核を使用しないかというと、そのように扱わない。したがって日本に対して核を使用しないとは言わない。
中国は、核兵器を保有しない国との関係は他の核兵器国と同じであると主張しているが、核兵器保有に関する情報開示の点では他のどの核兵器保有国よりも遅れている。これは核兵器に限ったことでなく、通常兵器についても情報の開示は遅れており、国連などにおいてそのことは何回も指摘されている。
中国に限ったことではないが、核兵器に関する表向きの表明とは裏腹になすべきことは多々ある。

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